普通だった少年の憑依&転移転生物語
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【ソードアート・オンライン】編
124 憂鬱な再会
SIDE 升田 真人
「色々言いたい事はあるけれど、まずはこれだけは言わせてもらおう。……おかえりなさい──そして、退院おめでとう」
そこそこ年季の入った机の向こうに、俺と対面する様に座っている壮年の男性が万感が込められた表情を浮かべつつ、徐に口を開いた。
「……君は最早身内と云っても差し支えが無いからね。あの〝デスゲームがクリアされた〟──とニュースで見た時、僕にとっても我が子が解放されたかの様な気分だったよ」
「……不肖ながら無事に生き延びる事が出来ました。これも師匠のご鞭撻のお陰です」
俺の感謝の言葉に、壮年の男性──師匠は「……言い過ぎだよ」と断りを入れてくる。……俺は〝双月流〟には幾度も助けられたのだ、〝双月流〟を教えてもらって無かったら、俺は≪無限槍≫のユニークスキルを十全に使いこなすことは出来なかったと思っている。
……だから、俺のその感謝は謙遜でもなんでも無いのだ。……まぁ、〝不肖〟についての謙遜は、無きにしも非ずだが──そう考えてみれば〝ある推察〟が脳内に涌いてきた。……ひょっとしたら師匠は、俺が〝不肖〟と自虐したのをやんわりと注意したのかもしれない。
閑話休題。
「……いろいろと言い含みたい事はあるが、まずは──これだけは言わせてくれ。……〝生きて還ってきてくれてありがとう〟」
「はいっ!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
師匠と再会の挨拶を交わした後、頻りに時計を──俺に気付かれない様に確認している師匠に疑問を持っていると、師匠に「会わせたい人が居る」と、いきなり道場へと連れていかれた。……しかし俺は、道場が〝目と鼻の先〟と云った所で足を止めてしまう。
……それも、〝入りづらい理由〟が出来てしまったからだ。
道場にいる、師匠曰く──〝俺に会わせたい人〟のその〝気〟や〝聲〟には覚えがあった。……いくら〝仙術〟に多少──ちょっとのブランクは有れど、〝電脳世界〟では使えていた〝見聞色〟にはブランクは無いのだから、〝その人物〟とは間違え様がない。
……〝その人物〟は、おそらくきっと──否、それどころか、かなりの確率で〝悲しませてしまったであろう人物〟だった。……なので、会うのを躊躇ってしまうのは人情だろう。……そして〝その人物と師匠の関係〟を鑑みると、現状──〝師匠が近く居る〟と云う状況も上手くなかった。
(……って俺はもう〝フツーの人間〟とは呼べなかったな…)
「……? 開けるよ?」
「……っ!」
俺のダウナーな気分を察したかしてないかは判らないが、師匠は首を傾げながら廊下と道場を隔てている襖を開く。……そして道場の中を見た瞬間、不覚にもごくり、と喉を鳴らして──その雰囲気に当てられてしまった。
〝会うのを躊躇ってしまうしまう人物〟が──師匠の一人娘である稜ちゃんが、道場の真ん中で跪坐──爪先を立たせた正座をしていた。……それも、〝ただ稜ちゃんが跪坐をしているとけの場景〟と云う訳でもなく、その──瞑目しながらの稜ちゃんの佇まいは、とんでもなく〝画に〟なっていたのだ。
〝【SAO】事件〟の前はお世辞にも〝おしとやか〟とは言い難かった稜ちゃんのその佇まいだが、〝2年〟と云う月日は、俺のその認識を改めさせるには十分だったのか、稜ちゃんのその変わり様〟には〝刮目せざるを得なかった。
……〝稜ちゃん(かのじょ)が目を瞠るほどに変わってしまった理由〟──そんなもの、自意識過剰でなければ、1つしか判らない。
「稜、連れて来たよ」
師匠の言葉に反応したのか、稜ちゃんはゆっくりと瞠目して──これまたゆっくりとした所作でちゃんと俺の方に向き直り、先ほどの師匠と同様──万感が込められた表情を浮かべつつ徐に口を開く。
「……真人さんが〝あの事件〟に囚われてから数日間。私の喉は何も受け付けなかったよ」
(……やっぱり、か)
稜ちゃんのその語り振りは、俺を〝自意識過剰〟にしなかった。……寧ろ〝自意識過剰〟なら、それはそれで笑い話になって助かったが、稜ちゃんの声音は俺の〝逃げ〟を許さなくて──〝目を逸らさないで〟と言外に突き付けられている様な気分にすらなってきた。
(……こう見るに、やっぱり稜ちゃんも武家の娘なんだな──っ、これは…)
そんな風に染々とした考えに没頭していると、稜ちゃんはいきなり立ち上がり、〝俺もよく知っている構え〟──〝双月流〟の構えをする。
「……構えて」
「……3本先取な」
俺は〝稜ちゃんのしたい事〟を承諾して壁際に立て掛けてあった槍を取り、稜ちゃん正面3メートル辺りの位置で構える。……もちろん、俺の構えも稜ちゃんの構えと同じ〝双月流〟。
「始めっ!」
「「せぇぇいっ!!!」」
師匠の合図と共に、どちらかともなく槍をぶつけ合うのだった。
………。
……。
…。
「強いね、真人さんは。……負け、ちゃった」
「ああ、同じ流派でも年季が違う。……始めて2年も経ってない奴には負けてやれないよ」
俺の前には、はしたなくも──息を切らしながら大の字で倒れて稜ちゃんの姿がある。……結局のところ、稜ちゃんとの打ち合いは俺に軍配が上がった。ストレート勝ちだった。
俺が〝【SAO】事件〟に巻き込まれる前まで、稜ちゃんは〝武器なんかナンセンスだよ〟──と云っては、槍なんか握っていなかった。……そこから稜ちゃんの現在の技量を併せて逆算するに1年以上の研鑽していただろうし──稜ちゃんから突かれる槍からは、少なくとも1年以上の研鑽が窺える。
……だが、越えられる様に〝手加減〟した──〝試練〟とかならまだしも、〝決闘〟に手を抜くほど〝人でなし〟でもない。……そして、もちろんのことながら、いくら穂先が刃引きしてあるとは云え〝もしもの事〟が有ったら──〝いろいろ当てられない状況〟になるので急所や顔は狙わずだが、割りと容赦なく叩き潰させてもらった。
(師匠、味なマネを…)
気付けば──空気を察したのか、師匠がいつの間にやら退席していて、稜ちゃんと道場で二人きりになっていた。……稜ちゃんは切れていた息を整えながら立ち上がり、何やら物申したい事があるのか俺へと向き直る。
「……真人さんが〝あの忌々しいデスゲーム〟に囚われてから数日間はね、私ずっと自分の殻の中に鬱ぎこんでいたの」
「………」
稜ちゃんからの──いきなりのそんな独白に、掛けるべきだろう言葉を見失ってしまう。……〝お転婆稜〟と、師匠から揶揄されていた時を知っている俺からしたら、稜ちゃんの言葉が信じられなかったからだ。
「今でも思い出せる。あの時の私はまるで人形だったってね。……お父さんが〝双月流〟を奨めてきたのはそんな時だったの…。……よく見ていた真人さんの姿を追うように槍を突き続けている時、気付いちゃったんだ…」
「………」
そこで稜ちゃんは一旦句切る。俺に出来るのは無言で頷きながら〝先を〟促すことだけである。……なぜなら、いくら〝その先〟が予想出来ているからとは云え、〝女子のここ一番〟とな瞬間に男が口を挟むのはナンセンスだという事を知っているから。
「……真人さんの動きが私の記憶から消えてなかったに気付いたんだ。だってずっと真人さんを見ていたから。……だって私、真人さんの事が好きだから」
「……稜ちゃんの気持ちは嬉しい。だが俺には──」
「私っ! 諦めないから!」
俺には乃愛が──契った相手居るので、稜ちゃんの想いを突っぱねようとしたが、稜ちゃんは、然も──〝俺が断るのを見越していた〟とすら思える様な勢いで、俺の言葉尻をそんな風に奪う。
「……私、真人さんがフリーだなんて〝最初から〟思ってなかったよ…。だって真人さんはたまに〝遠くの誰かを〟を見ていたから。……でも瞼の裏に浮かぶ真人さんの姿を追い続けているうちに、〝何がなんでもこの人と添い遂げたい〟──って思ったの。真人さんが【SAO】に囚われてから漸く自分の気持ちが判ったんだ…」
(〝最初から俺がフリーじゃないのを知っていた〟か…)
「……よく、見てるな」
「知ってる? 恋する乙女は好きな人に関する事になら、洞察力が5割増しなんだよ」
稜ちゃんの洞察力には感嘆するばかりで、それについて呟くように褒めてみれば稜ちゃんは顔を破顔させて喜んだ。
「……俺は一身上の──〝とある理由〟で、多数の女の子を侍らすことに忌避感があんまり無いぞ? ……〝俺に甲斐性なんて無い〟──とかも言わないが、間違いなく稜ちゃんは〝1位〟にはなれないぞ?」
「承知だよ。……ゆくゆくは──まだ私の身体が出来て無いから気は早いけど、真人さんの子供だって産む覚悟があるよ。……もちろん〝その行程を行う覚悟〟も──真人さんに肢体を許す覚悟だって…っ、だから、〝そんな目〟で私を見ても、私は引かないからっ」
そんな目玉が飛び出そうな事すらを恥ずかしげも無く稜ちゃんは語る。そんな稜ちゃんの本気度を探りたくて──稜ちゃんにも判りやすく〝劣情〟を籠めて稜ちゃんの肢体を舐めまわす様に見やるが、稜ちゃんは身体を軽く竦めるだけで大した反応は見せなかった。
「……俺の他にも良い男がいるだろうに…」
「確かに居るかもしれない。……でも私は、そんな人が現れても真人さんを選ぶと思う。……だって今の私はアリジゴクに捕らわれてしまった蟻の様なものだから、〝真人さん以外と一緒になる〟と云う選択肢は思い付きもしないと思うよ」
じっ、とそんな事を宣う稜ちゃんの目を見てみるが、稜ちゃんは俺から目を逸らさず──否、逆に〝不退転〟の強い意思すら俺にぶつけてくる。……その〝眼〟は昔、学校で俺に──こう云ってはアレだが、浮わついた気持ちで告白してきた女子とは明らかに違っていた。
「……はぁ~っ、師匠に思いっきり殴られる覚悟をしようか」
「真人さん!」
(痛そうだなぁ…)
俺の言外の承諾に、「それなら〝一番の女性〟にも会わないと」──なんてボヤきながらもハイテンションで抱き付いてくる稜ちゃんを宥めながら、在りし日に振るった事や振るわれた事のある──〝父の拳の重さ〟を想像しながら、今からだが歯を食いしばった。
……そしてその日の帰りは、もちろん──若しくはやはりと云うべきなのかは判らないが、頬を痛めながら帰った場景なんかを詳らかに語るまでもないだろう。
SIDE END
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