食事の秘密

第三章

　彼等はあらためてシュナイダーに話した。
「ドイツ人はジョークが弱いけれどな」
「あんた素質あるよ」
「だよな。今のジョークは最高だよ」
「見事なものだよ」
「いや、私は別に」
　気付かないうちに将校の言葉になっていた。タクシーの運転手のそれではなくなっていた。
「ジョークなぞ言ったつもりは」
「ないのか？」
「それって」
「おいおい、ここでもまた言うのかよ」
「続けるねえ」
　しかしだった。ここでまた言う彼等だった。
「まあとにかくな」
「いいか？」
「食おうか？料理な」
「ここの飯は美味いんだよ」
「そうなのか」
　それを聞いても今一つこの場の雰囲気がわからないシュナイダーだった。しかしそんな話をしている間にであった。
　彼等の席に料理が来た。それは。
「んっ！？ソーセージか」
「ああ、そうだよ」
「それにハンバーグだよ」
「それにジャガイモを煮てバターを乗せてな」
「それにザワークラフト」
「ビールもあるぜ」
　そういった一連の食事だった。しかしだ。
　何かとスパイスや他の食材もあった。マカロニのグラタンも傍にあればキャベツのサラダもある。サラダにはドレッシングがかけられソーセージにはケチャップとマスタードだ。ハンバーグの上には目玉焼きである。
　しかもその量も大きさも半端なものではない。少なくともシュナイダーがこれまで食べてきた東ドイツの食事とは全く違っていたのだ。
　パンもある。ところがこのパンがだ。
「何だ、これは」
「パンだぜ」
「見ればわかるだろ」
「ライスに見えるか？」
「いや、見えない」
　生真面目な調子で答える。そのパンを驚いた目で見て触りながらだ。
　触ってみるとだ。そのパンはだ。
「柔らかいな」
「そういうパンだからな」
「固いパンだってあるけれどな」
「フランスパンもあるけれど頼むかい？」
「フランスパンだと」
　それを聞いてまた驚くシュナイダーだった。
「そんな贅沢なパンまでここでは食べられるのか」
「・・・・・・今のもジョークだよな」
「あんた今のジョークだよな」
　ゴルトリッターの面々はシュナイダーの今の言葉には面食らった顔になった。
「一応聞くけれどな」
「そうだよな」
「ジョーク？ああ、そうだな」
　ここで実はスパイである自分を思い出してだ。演技に戻るのだった。
「そうだ、今のはジョークだ」
「だったらいいけれどな」
「フランスパンが贅沢ってな」
「そんなの何処でも変えるしな」
「パン屋に行けばな」
「そうだよな」
　これが西ドイツである。しかし東ドイツでは違うのだった。
　今目にしているパンにしてもだった。
「こんなに白くて柔らかくて。こんなパンが普通に食べられるのか」
「あんた、ひょっとして貧乏だったのか？」
「ミュンヘンで苦労してたんだな」
「それも相当な」
　彼の驚きを前にしてこう考えたゴルトリッターの面々だった。
「ううむ、じゃあどんどん食ってくれ」
「ここの飯は美味いしな」
「どんどん食ってくれ」
「いいな」
「食べていいのだな」
　シュナイダーは真顔で彼等に返した。