ホテル
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「おまけに取り調べの為に来たのじゃな」
「色気も何もありませんね」
「隣の部屋じゃ宜しくやってるのにな」
「ええ」
部屋の中は大きなダブルベッドがありその端にテレビやソファーが置かれている。風呂場も奇麗であり中々感じのいい部屋だ。唯一の問題はこの部屋が取り調べの対象であるということであった。
「今まで何回ここで失踪事件が起きていましたっけ」
「三回だ」
山根は答えた。
「最初は風俗嬢がな。客がシャワーを浴びている間に」
「急にですか」
「残っていたのは携帯とバッグだけだった。まさかそれで逃げたなんて思わないだろう?」
「まあないですね」
尾松はベッドの上を見回りながら答えた。見たところそこいらには何の異常もなかった。
「お金が入っているバッグも連絡に使う携帯も置いてさよならってのは。頭がおかしくない限り」
「そういうことだ」
山根は山根でクローゼットを調べている。尾松はベッドの上に置かれているバスローブやタオルが入った袋を見ていた。奇麗に整えられ並べられている。
「きちんとした店ですね」
そうしたものを見ていって述べる。
「細かいところまで奇麗で」
「そうでもなきゃこの業界はやっていけないさ」
山根は答える。
「汚い部屋で女の子と一緒になりたいか?」
「まさか」
答えは決まっていた。それでは何か前に気分が壊れてしまう。
「そういうことだ。じゃあわかるな」
「それも商売ってわけですか」
「だからだ。こうした事件は隠したがる」
クローゼットの次は床を見回す。そして目で調べる。
「俺達が今ここにいるのも知ってるのは店の人間だけさ」
「男同士で何やってるんだ、ってところですかね」
「多分君が商売筋の人間と思われているな」
「私がですか」
「そうだ。最近はそうした店も多い」
言葉が妙に深い感じになったのは歳のせいであろうかそれとも何かを含ませているからであろうかそれとも複数の理由からであろうか。そこはわからない。
「出張ホストってやつですか?増えてますよね」
「それを利用するのは有閑マダムだけではないさ」
「同じ位暇と金を持て余しているおじさんもですか」
「そのおじさんが俺というわけだ」
苦虫を噛み潰して、そのうえドクダミを飲み込んだような顔をして笑った。あからさまに不本意だがと言っているのである。どうやらそれなりに女遊びは好きらしい。
「金も暇もない御身分なんだがな」
「公務員ですからね、私達は」
「そういうことだ、今だって仕事だ」
「平日から好きなだけこうした場所に来たいですよね」
「仕事以外でな」
また不平を述べる。これは男の夢である。
「全くです。それで」
「二回目の事件か?」
「それはどんなのだったんです?」
「カップルだ」
「二人共ですか」
尾松はそれを聞いて目を何か妙な感じに動かしてきた。これが癖なのかどうなのかは今一つわからない。
「大学生のな。カップル同士だったらしい」
「それが奇麗に、ですか」
「最初と同じだ。今度は携帯もバッグも奇麗になくなってたそうだ」
「そうなんですか」
「最初の事件はあれだ」
山根はここでベッドの端を指差してきた。やはり何の変哲もないベッドの端である。
「ここに携帯とバッグが落ちていたらしい」
「へえ」
「それで風俗嬢だけが消えて二回目は何もかも消えた」
確かに不思議な話である。人がそうそう簡単に消えるわけもないからだ。尾松も語る山根にしろそこに不気味なものを感じているのは確かなのである。
「そうなんですか」
「そうだ、じゃあ次は風呂場だ」
「そしてトイレですね」
風呂場とトイレも見てみた。普通の洋式トイレだ。そこにも変わったところはなかった。二人はそこから出てまずはベッドの上に座り込んだ。それからまた話をした。
「まあ男同士でベッドにあがるのは」
「もう言わないでおこうな。惨めになるだけだ」
山根は尾松にそう返した。言った後で懐から煙草を取り出す。
「火、あるか」
「私煙草やりませんので」
「そうか。だったら仕方ない」
少し残念な顔をして煙草を元に戻した。
「それで三回目だが」
それで止むを得なくといった感じを漂わせて話を再開させた。煙草を吸えなかったのが不満であるらしい。
「今度の事件ですね」
「今度は男だけだ」
「女の子でも待っていたんですか?」
「わかるか、それだ」
山根は左の人差し指を顔の前で動かしながら言った。
「待っていて急にだ」
「気が変わって帰ったんですかね」
「財布を残してか?」
「今度は財布ですか」
「そこから身元がわかった」
彼は言う。
「役者志望でな。フリーターらしい」
「お金ができて、ですか」
「まあそういうところだろうな。運転免許からわかった」
身元の割れ方としては極めてよくあるパターンであった。これには何も不思議なところはない。
「何か若い奴ばかりですね。何でまた」
尾松はそれを聞いて述べた。
「さてな。幽霊に聞いてくれ」
山根は煙草が吸えなくて少し不機嫌そうであった。
「どうして若い人間ばかり狙うのかな」
「聞けたら苦労はしませんね」
場違いだが真面目に答えを返してきた。
「そもそも人を連れて行く幽霊なんて怨霊に決まっていますし」
「本当に幽霊ならな」
「それどういう意味ですか?」
尾松は何が何なのかといった顔で首を傾げてきた。
「確かにな、その線もある」
「はあ」
こうした仕事に就いていてはどうにも否定出来ることではなかった。転がっている死体が普通のものとは限らないからだ。とても表には出せないようなものや話も実に多いのだ。
「しかしな、そればかりじゃない」
「どういうことですか?」
「一旦幽霊から離れるんだな」
山根は言う。
「そうすると見えてくるぞ」
「!?何がですか?」
だが尾松にはわからない。ついまた考える顔をしながら首を傾げてしまう。
「どういうことか」
「簡単に言うと警官の考えに戻ってみろということだ」
話を率直に述べてきた。
「わかったな」
「事件の可能性もあるということですか」
「やっとわかったな」
それを聞いてようやく頷く。といってもそのしかめ面に笑みは全くない。見事なまでに。
「それじゃあ俺が言いたいことはわかるな」
「ええ」
尾松も頷いてきた。こちらはまだ狐につままれた感じである。
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