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ホテル

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                     ホテル
 前から噂があった。それは何処にでもある話といえばある話だった。
「そんなのデマですよ」
 そのホテルの従業員達は皆口を揃えてこう言う。
「よくある噂話じゃないですか」
 確かによくある話だ。ホテルに幽霊の話は。しかしだ。
 これで人が何人もいなくなっているというのは噂では済まない。それも実際となるとだ。
「またか」
 そのホテルが管轄にある警察署の刑事達がまた失踪事件だと聞いて顔を顰めさせた。
「あのホテルだな」
「はい」
 報告に来た若い制服の警官がそれに応える。
「またあそこです」
「やっぱりな」
 中年の皴がそろそろ目立とうという顔立ちの刑事がそれを聞いて首を捻った。この刑事の名を山根という。四十代半ばといったところであろうか。もうその濃く、太い髪の毛に白いものが混じっていた。かなりのしかめ面をした中肉中背の男であった。
「もう大体わかってきたよ」
「はあ」
「ここの所轄で失踪事件といったらあそこだからな」
「ですよね」
 若い警官がそれに頷く。
「私まだここの署しか知らないですけれど多いと思いますよ」
「多いんじゃない、異常だ」
 山根はまた首を捻って言った。
「俺もあんなに失踪の多いホテルははじめてだ」
「はあ」
「ラブホテル・・・・・・じゃなかった。シティホテルにはよくある話だがな」
 最近はこう言うらしいとは聞いた。どうせ使い道は変わらないだろうがと言いたかったが。
「そうですけれどね」
「だがな。それでもだ」
 山根は言う。
「あのホテルは絶対に何かあるな」
「これですか?」
 今時の細面で所謂イケメンといっていい若い警官がここで手をぬっと前に出して表情を消してきた。これは最初は冗談のつもりだった。
「なあ尾松君」
 山根はここで若い警官の名を呼んだ。
「はい?」
「そういう話な、警察とか自衛隊でするとどうなるかわかるか?」
「いえ」
「まあこれは俺もまだ子供の頃の話だがな」
 彼は尾松に語りはじめた。神妙な声になっていた。
「市ヶ谷のほら、あの基地」
「陸上自衛隊の」
「あそこはな、やばいんだよ」
「あそこは確か」
「あれだ、三島由紀夫のな」
 山根は言った。
「切腹があったんだよ」
「そうらしいですね。何かヘリコプターまで出て大騒ぎだったとか」
 三島事件である。作家の三島由紀夫が自衛隊のクーデターを呼び掛ける演説を行いそこで割腹自殺して果てたのである。三島は腹を切り自身の同志達である盾の会のメンバーに介錯を受けてこの世を去った。その日の夜はその事件の話でもちきりであったという。事故現場の写真や三島の生首の写真が今でも生々しくこの事件のことを伝えている。
「その前は陸軍士官学校があってな」
「はあ」
「かなり厳しい訓練だったからな。それでも何人か死んでいるんだ」
 地獄とまで言われた陸軍士官学校である。他には自殺の話も多い。これは江田島の海軍兵学校でもそうだが軍では自殺の話が多いものである。その理由は色々であるが。
「相当なものだったんですね」
「陸上自衛隊でもこんな話は結構あるんだ。他にも色々とある」
「そうなんですか」
 軍隊には付きものの話である。そうした幽霊の話が尽きることはない。それは警察も同じであり何処そこの殺人現場に出るとかそうした類の話は枚挙にいとまがないのである。
「だからだ、あそこも色々言われているさ」
「やっぱり」
「ホテル側もそうした話を隠したいんだろう」
「けれど失踪があったのは事実ですね」
「ああ」
 山根の顔が険しくなった。しかめ面がさらに厳しくなる。
「行くぞ」
「はい」
 尾松は立ち上がった彼に応えた。
「二人で行くか」
「営業妨害にならないように」
「ああしたホテルは何かと五月蝿いからな」
 山根は顔を顰めさせて言った。どうにも思うところがあるらしい。
「静かに行こう」
「厄介ですね」
「じゃあ営業妨害で訴えられたいか?」
 山根はクールな声でそう述べた。いや、クールであるというよりは醒めた感じであった。
「警察の不祥事になるんだぞ」
「けれどラブホテルですよ」
「ラブホテルだからだ」
 彼は言う。
「余計に五月蝿いんだ、いいな」
「わかりました、じゃあ」
 二人はその足で事件のあったホテルに向かった。まず二人が出たのは何処にでもある駅前であった。
 本屋があってロイヤルホストがある。タクシー乗り場もあるごく普通の駅前である。
 駅の出入り口から見て左手に繁華街がある。道を見れば中華料理店やコンビニ、そして牛丼屋等がある。本当に何処にでもある街並である。
「行くぞ」
 山根は駅前で出る時に私服に着替えてきた尾松に声をかけた。一応の変装である。この辺りは何かと警官を警戒するのでその為である。実はこっそりとモグリの売春業者もいたりするのだ。ホテルの部屋の中では中々わかりはしないが。
「道はもうわかってるな」
「おかげさまで」
 尾松はそれに答える。 
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