| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

リリなのinボクらの太陽サーガ

作者:海底
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

ビギンズナイト

 
前書き
かなりごちゃごちゃしてます。 

 
新暦67年8月27日、14時20分。どこかの病院のベッド内。

『~♪』

「…………………………?」

ゆっくりと目を覚ました“彼女”は何かの曲と心臓の鼓動を知らせる電子音をBGMに、きょろきょろと目を動かして周囲を見る。最新鋭の機材がありながら、病室らしい清潔感が満たされている空間。そこで彼女は、自分が大怪我を負って恐らくここで治療されたのだと理解した。

「……あれ? もしかして……起きてます?」

点滴を新しいのに取り換えているナースが彼女の目を見つめ、彼女は筋肉が衰弱して動きにくくなっている首をどうにか動かし、肯定の意を示した。すると相当驚いたナースは慌てながら主治医を呼びに行く。とりあえず彼女は静かに目を閉じ、会話出来るように体力の回復に努めた。

そして数分後、連絡を受けた主治医がやって来て、彼女の話の相手をする事になった。

「え~、おはようございます。時刻は昼過ぎなので、この挨拶が合っているか微妙な所ですけどね。それで……どうですか? 話せますか?」

「……ぅ……ん」

「上手く、しゃべれませんか? ああ、落ち着いて下さい。焦ることはありません。深呼吸して落ち着けばちゃんと話せますよ。さ、深呼吸して、ゆっくり話してください」

優しく指示された通りに彼女は深呼吸しながら落ち着こうとする。だが頭の中で疑問は尽きない。あの時に何がどうなったのか、なぜ自分はここにいるのか、あれからどれぐらい経ったのか、とにかく様々だった。それを察した主治医は「ええ、わかってます」と伝える。

「あなたはずっと、昏睡状態だった。こうして目を覚ますまでかかった期間は……約4ヶ月です」

驚きに目を丸くする彼女だが、例えば9年みたいにそこまで突飛な期間を昏睡状態で過ごしていた訳ではないと思い、どうにか精神が乱れるのを抑え込む。

「なるほど、やはり自制心はお強いのですね。それで、あなたの名前は言えますか? 自分の事、わかりますか?」

「はい……、…………あれ? ……名前も……過去も……、思い出そうとすると……急にぼやける……」

「ふむ、恐らく大量出血による記憶の欠落でしょうね。大丈夫、時間が経てば自然と思い出せるようになりますよ。でも自分の名前を思い出せないのは不安でしょうから、今の内にお伝えしておきます。あなたは“高町なのは”……管理局本局所属L級次元航行艦アースラに三等空尉として配属されていた第97管理外世界地球出身の魔導師です」

「たかまち……なのは……」

そして彼女……なのはは自分の名前を改めて脳に刻み付ける。自分の存在を、再び認識する。他の所属とか云々についても記憶しようとしたが、主治医は落ち着くようにする意図で手の平を彼女に向ける。

「今は名前だけ覚えていれば十分ですよ。さて……次に、身体の方は動かせますか?」

「やってみます……。すぅ……はぁ……ッ~~!」

全身の筋肉が衰えて身体を動かすだけでかなり体力を消耗してしまうが、なのははどうにか上体を起こす事が出来た。あれから伸びっ放しであまり手入れがされていない自分の茶髪が顔にかかり、少し鬱陶しい気持ちを感じながらも、主治医を見つめ続ける。

「結構、自力で動けるのであれば、後に行うリハビリも早く済みますよ。では……そろそろまとめて、あなたの疑問にお答えしていきましょう。まず、あなたの状況を説明します。落ち着いて聞いて下さい。……あなたは4ヶ月前、重傷を負いました。胸の致命傷に加えてヘリの爆発に巻き込まれて、それはもう酷い有様でした」

そう言って主治医はレントゲン写真を彼女に見えるように提示する。そこには全身の至る所に大量の異物が入っている事が、一目見るだけでわかる程だった。

「救出された時、あなたの身体には108個の破片が刺さっていました。主に金属片でしたが、今は手術によって全て取り除かれています。墜落時にヘリに乗っていた者の中では、最も少ない量でした。そう、あなたは幸運だったのです。友に恵まれるという幸運に……」

「友?」

「ええ、あなたの代わりに他の金属片を受け止めたのはあなたの同僚……。あの時、最後まで共にいた……あなたの仲間です」

「ッ……!」

「彼女は墜落する直前、あなたの上に覆い被さる事で、自分の身を盾にしました。その結果、あなたに襲い掛かるはずだった金属片1024個は代わりに彼女を穿って穴だらけにし、同時に墜落の衝撃も彼女の身体がある程度クッションになりました。しかし……やはり人の身で墜落の衝撃全てを防ぐ事は不可能で、複雑骨折、出血多量であなたの生命は風前の灯火でした。ええ、我々も最善を尽くし、どうにかあなたの生命を繋ぎ止める事は出来ました。ですが……」

主治医はまた違うレントゲン写真を出し、さっき出した写真の隣に並べる。

「これが今のあなた、あなたの姿です」

その写真に写るなのはの身体は、隣の写真にあるような破片の痕跡は綺麗さっぱり無くなっていたのだが……致命的に足りない部分があった。写真の右側、本来なら左腕があるはずのスペース……そこには何も無かった。肘から先が……虚空になっていた。

「実際に見てください。遅かれ早かれ……いつかは受け入れないと」

鼓動が早くなる。なのはがかろうじて保っていた精神の堤防が決壊しそうになる。

「気持ちはわかります、ですが自分の腕を……自分の目で確かめてください。勇気を出して……」

恐る恐るなのはは右手に視線を向け……続いて左手を見ようとする。

だが……無かった。

左腕が、無かった。

無いものを見る事は出来ない。無いものを動かす事は出来ない。彼女は……左腕を喪失していたのだ。

「ッ!? はぁはぁ……ッ! うぁッッ!!!」

「い、いかん! ナース、鎮静剤! 早く!」

「はい!!」

「大丈夫、落ち着いて! そう……大丈夫。心をそ~っと、静かに落ち着けて……休んで……」

鎮静剤の効果によってなのはは徐々に意識が遠のいていき、そのまま眠りに着いた。この日は、それで終わりだった。








新暦67年9月1日、0時12分。

「気分はどうですか?」

「まぁまぁ、です……」

「そうですか。新しい点滴を持ってきますので、少しだけ待っててくださいね」

覚醒から数日経った今日、いつものナースが去った後、なのははおぼろげな眼で虚空を見つめていた。徐に左手を見ると、そこには黄土色の取っ手みたいな義手が緑色の病人服の袖から覗いていた。身体の重心のバランスを整えるという意味もあって付けられたのだが、今の所動かす場面も無いので特に不便は無かった。

先日、主治医が言った通り、記憶は少しだけだが蘇りつつある。しかし、これから何をすれば良いのか、求めるものが何なのか、何のために生きるのか、彼女は答えを見つけられなかった。ただぼやけた頭で、“考える事”を考え続けていた。ただ……身を挺して自分を守った友に抱く罪悪感が、時間を経るごとに大きくなっていた。

だが今のなのはに何かする術は無い。だからこそ、友に助けられた身体を治す事に専念している。そんな日々を送っていたある日、ふと廊下の方から慌ただしい声が聞こえてきた。

「どうしたんですか、主治医。そんなに焦って? これから新しい点滴を交換しなければならないんですけど……」

「マズい事になった。彼女をここに匿っていた事が、例の連中に漏れてしまった! 急がないと……患者が危険だ。すぐに搬送の用意を……それも並の人間では駄目だ。あの連中と戦える力を持っていなければ、彼女を守れない!」

「しかし彼らに頼ろうにも事情を説明する時間もありませんし、呼ぼうにも今すぐは無理です。一体どうしたら……」

「方法は任せる、とにかく何とかしてくれ。私は彼女に事情を伝える」

「わ、わかりました。では後ほど……」

主治医に言われて困惑しながらナースが走っていき、焦燥感を隠し切れないまま主治医が彼女の下へやってくる。

「今の話は……?」

「聞こえていましたか。察しの通り、実はまだ……あなたの命は狙われているのです。世界の闇に潜む者達、あなたの生存を望まない者達から、今も尚……」

「どうして……私が?」

「連中があなたを狙う理由は後で説明します。とにかくこのままここに居ては危険です。すぐに逃げなければ、生き残る事は出来ないのです。そこで、あなたはまだ自力で立てないでしょうから、代わりに私達が移動させます。ナースが戻ってきたらすぐに動かしますので、もうしばらくお待ちを」

なぜ自分が狙われているのか理由はわからないが、主治医たちが自分を生かそうと努力している事は理解したなのは。しかしその直後、突然病院内に轟音が響き渡り、地面が揺れる。

「え、な……!?」

「お、落ち着いて下さい。大丈夫、落ち着いて」

意外と冷静になのはを落ち着かせようとする主治医を見て、なのはも何とか冷静さを取り戻す。主治医は本当なら時間をかけて徐々に伝えるつもりだったが、こんな状況なのでそれは断念し、知っておくべき事をなのはに伝えてきた。

「かつてあなたの愛機であったレイジングハートはヘリ墜落時の衝撃で大破し、本局の技術者が修理はしたものの、原因不明のエラーで再起動しないそうです。もしかしたらAIに何らかのシステムトラブルがあるのかもしれません」

「レイジングハートが……」

「それと、あなたの友人達が頼りにしていた帝政特設外務省ですが、実は1ヶ月前、突如その部署の人間全員が行方不明になりました。それはまるで、存在自体が(ファントム)であったかのように消え去ったのです」

「行方不明って、そんな……!」

「また、最近は次元世界の各地で謎の襲撃と変死事件が多発するようになっているので……と、すみません。ナースが来たので一旦話を切ります」

さっき送り出したナースが戻ってきたので、主治医は彼女から首尾を聞こうと駆け寄っていく。「どうだった?」と尋ねる主治医に、ナースはゆっくりと近付き……、

「ウガァァァ!!」

いきなり噛みついた。主治医は噛まれた部分から血が滝のように噴き出し、床のタイルを赤く染めていく。

「ぐぁあああああ!!! 馬鹿な…………アンデッド……化……している……!」

「しゅ、主治医さん……!」

「逃げ……て……私、も……アンデッドに……なる前、に早、く……!!」

必死に足掻いてる主治医がグールに噛みつかれている内に、なのはは今出せる渾身の力を振り絞ってベッドから降りようとする。しかし上体を起こす所までは出来るのだが、下半身は感覚はあるのに全然動きそうになかった。

そんな時、先程までナースであったグールは主治医の吸血を終わらせてしまい、彼の亡骸を横に放り出す。そしてなのはに逃げろと言った主治医もまた、ゆっくりと起き上がってアンデッド化、グールへと変貌してしまう。

自分を救おうとした二人が逆にアンデッドとなって自分を殺そうと、ひたひた足音を立てて近づいてくる。そんな恐怖の光景を目の当たりにしたなのはは、必死に手で体を後ろに引っ張り、縁の何も無い所に手を突いてしまった事でベッドの下へ転げ落ちてしまう。しかしそれ以上はまともに身動きを取る事すら難しく、もはや自力で逃げるのは不可能だった。

せっかく助けられたのに、結局自分の死の運命は変わらない。そう思って目元に涙を浮かべたなのはの心は、絶望の気持ちで染まっていく。

「こ、こないで……!」

そう願った所でもう助からない、死ぬしかない。迫る死の恐怖で、なのははギュッと目をつぶる。そしてグールが、とうとう彼女に影を伸ばし……、

「うわぁっ!?」

ドサッ。

なのはの目の前にいきなり何かが落ちてきた。

赤いマフラーを巻き、大きめのレザーコート、動きやすそうなブーツ、使い込まれたレザーグローブなどを身に付けた少年……という年齢でもないが、そんな男の子がタツノオトシゴとひまわりを組み合わせたような奇妙な存在と共に唐突に現れたのだ。

「大丈夫か、ジャンゴ!?」

「う、うん。僕は大丈夫…………って、アンデッド!?」

なのはの目の前のグールを発見した彼はすぐさま体勢を立て直し、腰の光り輝く剣を抜き取る。闇を浄化する剣から発せられる、暖かい生命の輝きになのはは目を奪われる。

「綺麗……」

刹那、彼の一閃でグールが薙ぎ払われ、瞬く間に灰燼となって浄化された。奇跡的、もしくは運命的なタイミングで現れた彼のおかげで目前の危機は去ったが、彼は彼で自分の今の状況に困惑していた。

「おてんこさま、ここがどんな所かわかる?」

「すまない、私にもさっぱりだ。だが推測は出来る……転移する瞬間に発した、あの少女の言葉……覚えてるか?」

「うん。……ってことはつまり、ここは次元世界って事? かつてサバタが来て、シャロンが住んでいた、あの……?」

「恐らくそうだろう。しかし私達を転移させたあの少女、どういう訳か近くにはいないようだ」

「彼女は……一体何者なんだろう……」

「ジャンゴ、今の私達では情報が圧倒的に足りない。彼女の思惑について考えるのは後でも良いだろう。それよりジャンゴ、そこに倒れている少女だが、無事だったか確認しておいたらどうだ?」

「そうだね。…………君、大丈夫だったかい?」

ここで一つ、説明しておくことがある。サバタと同じように、ジャンゴも普段は母語の英語を使っている。そしてなのはの英語の成績はサボっていた事もあって壊滅的、ゆえに今の二人の間で会話は全く通じていない。だが英語である事はなのはも察したため、かろうじて引き出せるたどたどしい英会話を口にする。

「そ、そーりー。あいきゃんと、すぴーく、いんぐりっしゅ(ご、ごめんなさい。私は英語が話せません)」

「ん? 英語じゃ駄目なのか……じゃあ何語なら話せる?」

「あいきゃん、すぴーく、じゃぱにーず(私は日本語が話せます)」

「日本語? それなら大丈夫だ。ちょっと待ってて、頭の中で言語を修正するから」

ちなみにジャンゴが日本語を使える理由は、シャロンから学んだおかげである。それまでは日常会話でしか使えないレベルだったが、彼女の指導で母語と同じ感覚で使えるようになったのだ。なお、シャロンが日本語を学んだ相手はサバタなので実は奇妙な縁があるのだが、それは現状と関係ないので置いておく。

「あ~、あえいおう、あいうえお? あかさたなはまやらわ……よし、これで通じる?」

「あ、はい。わかります。あの、助けてくれてありがとうございます。私は、高町なのはと言います」

「なのはさんだね。僕はジャンゴ、こっちはおてんこさま」

「うむ、よろしく!」

「ほとんど偶然だけど、間に合って良かった。あと気を張らず、気楽に話してくれてもいいよ」

「はい……じゃなかった。わかったの……でもそれならジャンゴさんも私の事呼び捨てで良いよ」

「わかった。それで何だけど……なのはにいくつか質問してもいい?」

「うん、良いけど……」

自分に答えられる事なら、と前置きしたなのはに質問しようとするジャンゴだが、突然悲鳴が聞こえた事でハッとしたおてんこは慌てて静止させる。

「待て、二人とも。どうやらゆっくり話をしている時間は無いらしい。先程から周囲に強い暗黒物質が漂っている……生命の気配もどんどん減っているから、恐らくアンデッドにされてしまったのだろう。それにこれほどの濃度だ、近くにイモータルがいる可能性も高い」

「ここにイモータルが!? 最近、世紀末世界であまり見ないと思ったら、まさか次元世界の方にいたなんて……。でもそれなら余計、なのはを置いていく訳にはいかない。さっきみたいに、また襲われるかもしれないし」

「そうだな。せめて安全な場所に身を隠せれば良いが……」

「あの……」

「ん、どうしたんだ?」

「私、今は自力で動けないの。まだリハビリをしていなくて、それで……」

「そうなのか……う~む、仕方ない。ジャンゴ、心苦しいがイモータルの浄化は後回しだ。今は彼女を連れて外に脱出しよう。もしイモータルと遭遇しても、戦闘は最小限に抑えて逃げる事に集中するんだ!」

「わかった。それにしても、おてんこさまも結構融通が利くようになったね。昔なら彼女を安全な場所に隠して、そのままイモータルを倒しに行けって言いそうだもの」

「失礼な! 私だって反省ぐらいするぞ!」

「ごめんってば。……でも自力で動けないなら、僕が運んでいくしかなさそうだね。だけどなのはを背負うとなると両手が塞がって、咄嗟にアンデッドを追い払えなくなるし……う~ん……」

「ジャンゴ、両手を使わなくても片手で人を抱える方法はあるぞ。こう、相手の身体を正面にして、自分の肩に乗せるような感じで持ち上げるんだ。それで自分の左手で相手の左腕と左足を寄せて掴んで落とさないようにする。試しにやってみろ」

「なるほど。じゃあ……なのは、今から持ち上げるけど良いかな?」

「うん。こちらこそ迷惑かけてごめんなさい、ジャンゴさん」

なのはの申し訳ない気持ちを察したジャンゴは「気にしないで」と微笑む。そんな彼女を騎士が姫を扱うみたいに優しく背負いあげ……義手の硬質的な感触にジャンゴは複雑な表情を浮かべる。

「気にしないで。この腕は生き残る代償になっただけだから」

「そうなんだ……。何があったのかは、落ち着いた時にでも聞くよ」

「うん、お願い」

彼女の小さな身体に一体どれほどの苦難が刻まれているのか、それを考えて哀しい気分になりながらも、ジャンゴはゆっくりと病院から脱出するために歩き出した。

それは初めて、太陽の戦士が次元世界に踏み出した瞬間でもあった。


新暦67年9月1日、0時46分。

なのはを背負いながら、ジャンゴは病院の関係者だったグールがはびこる屋内を進む。かつてギルドの依頼で行った脱出任務の経験を活かし、彼は敵に見つからない様にしゃがんだり、別の場所で壁叩きや太陽銃ビートマニアによる陽動を行う事で、巡回したり確認に向かった敵の視線をうまく掻い潜っていく。

「流石だな、ジャンゴ。ブランクがあるとは思えん」

「最近は殲滅任務ばっかりだったからね。たまには隠れるのもいいさ」

曲がり角から先の様子を伺い、敵の姿が無い事でジャンゴは慎重に移動していく。なのはが言うには目の前に見える扉はエレベーターであるため、急いで脱出する自分達には好都合だった。

「ところでさ、ここって病院なんだよね?」

「うん、そのはずだよ」

「じゃあどうして窓が無いの? 設備や建築には高い技術が使われてるのに、外の光が届かない造りは病院としては何かおかしくないかな?」

「言われてみればそうかもしれない……でも私にはわからないよ」

「だよね……。ま、外に出れば何かしら掴めると思うよ。これからあのエレベーターで一階に行けば―――ッ!?」

言葉の途中でいきなりそのエレベーターから炎があふれ出し、異変を感じたジャンゴはすぐに物陰に隠れて警戒する。心臓の鼓動が数回鳴った次の瞬間、着いた事を知らせる音と同時にいきなりエレベーターが爆発した。隠れていたおかげで爆風に襲われずに済んだものの、地上へ行くルートが目の前で木端微塵にされた事と、中から現れた異質な存在を目の当たりにした事で彼らに否応なしに緊張が走る。

「ふむ……ワイヤーが我が紅蓮に耐えられなかったか。やはり人間どもの作る道具は脆弱でいかんな」

炎を思わせる意匠が凝らされた黒いマントで体を覆い、赤髪でいかつい顔立ち、そして人間とは思えない青色の肌。ジャンゴとおてんこはすぐに察した、こいつはイモータル……ヴァンパイアだと。

「さて……眠り姫の様子はどうだろうな。予定通りなら既に……ヌハハハハ……!」

炎のイモータルはジャンゴ達が隠れている事に気付かず、高笑いを上げながらそのまま去って行った。際どい所でやり過ごせた事で、彼らは少し胸を撫で下ろした。

「何とか見つからずに済んだな」

「でもエレベーターが……」

「階段を使おう。こっちにあったはず」

炎が至る所で燻る廊下を、ジャンゴは再び歩き出す。だが来た道を戻る途中、炎でうまく見えなかったホットグール、通称モエボクに見つかってしまう。咄嗟にフロスト属性のレンズを付けた太陽銃ファイターで撃退するものの、他のアンデッド達が異常を察知して一斉に彼らがいる場所目がけて押し寄せてきた。
なのはを抱えている今、他の敵と遭遇するのはマズイと判断したジャンゴは急いで中央が吹き抜けとなっている階段部屋まで行き、扉を閉めて傍の掃除ロッカーを倒す事で敵が入ってこれないようにした。

「ふぅ、少しだけ焦った。これなら時間は稼げるかな」

「あの……ジャンゴさん。この階段なんだけど、上に行く道しかないよ?」

「え、上しかない? 困ったな、それじゃあ外に……」

「いや、出られそうだぞ。そこにある表示を見てみろ、『B2F』と書いてあるだろう? つまり私達がいるここは地下2階だったんだ」

「地下!?」

「だから天窓も無かったんだ……でも地下って聞くと、なんかなぁ……」

「流石に今回は入り口を封印されているような事は無いだろう。そもそもここは人間が頻繁に出入りしていた施設だしな」

「? ジャンゴさん、地下に嫌な記憶とかあるの?」

「まあ、色々ね。にしても……地下にある謎の病院に大量のアンデッド、どこかのホラー映画みたいなシチュエーションだ」

「実際に巻き込まれてる身としては、あまり笑えない冗談だね」

そんな話をして気を紛らわせた後、外に出るために彼らは階段を上っていく。運良く階段部屋にはアンデッドがいなかったため、問題なく一階にたどり着けた。だが……そこでは別の勢力が無数のアンデッドと戦っていた。傍から見るとあまりダメージは与えられていないようだが、足止めぐらいなら出来ているらしい。

「管理局……? でも何か違う気がする……」

近くにあったソファの影に隠れて、ジャンゴはそーっと様子を伺う。謎の勢力がアンデッドに対して見た事も無い力を使っているのと、なのはの疑問から彼らが人間でも敵か味方かわからなかったからだ。

「あれは……あの力は何だ?」

「魔法だよ、おてんこさま。次元世界で魔導師という人が使う、特別な能力……」

「なるほど、あれがシャロンの言っていた次元世界の魔法……僕達のとは違う、機械の魔法……」

とりあえず彼らが魔導師であるのがわかったとして、ジャンゴはもう少し判断材料を増やすべく、周囲の状況などから彼らの行動や目的を推察しようとする。その時突然、部屋向こうから扉が開く音が響いて、中から奇跡的に生き残っていた患者と思われる男性やナース達が恐怖にまみれた表情で謎の部隊に泣きついていった。

「た、助けてくれ! 化け物が、アンデッドが―――――!!」

ドンッ。

「え……!?」

その驚きの声はあの患者だけでなく、隠れて見ていたジャンゴ達も同様だった。助けてほしいと縋り付いた彼らを、謎の部隊の人間はあろうことか……何の躊躇も無く殺傷設定の魔力弾で胸を撃ち抜いたのだ。

「あ……あんた達、俺らを助けに来たんじゃ……」

「暗黒物質に汚染されたと思しき者は全て抹殺する。次元世界の平和のためだ、悪く思うな」

「そ、そんな……嘘でしょ……!」

「お願いだ、死にたくない……!」

ドドドドドドドドンッ!

「ぐぁああああ!!!!」

「きゃああああ!!!!」

無慈悲に魔力弾の斉射を受けた彼らの断末魔が響き渡り、その光景を目の当たりにしたなのはは呆然とし、ジャンゴは眉をしかめる。暗黒物質に汚染された場合、普通の人間は瞬く間にアンデッド化する。そしてアンデッドとなった者を救う方法はまず無い。だからこそ、吸血変異が懸念される人間を変異する前に葬るのは、被害の拡大を防ぐ意味では一応間違ってはいないのだ。

しかし彼らはどうも何かが違う、故に味方じゃないとジャンゴが判断したその時、アンデッド群の後ろの方で地下から凄まじい業火が立ち上り、何かが床を突き破って出てきた。それは先程、ジャンゴ達がやり過ごした炎のイモータルだった。

「そうか。人間ども……やはり貴様らが……こうなったら力づくでも返してもらうぞ!」

「な! イモータルがいるなんて聞いてないぞ!?」

「全部隊、奴に一斉攻撃! 決してひるむな!!」

「ふん、こそばゆい。貴様らごときの攻撃なぞ、我には全く効かんわ!!」

大量の魔力弾を浴びながら全く動じずに炎のイモータルは懐からボウガンを取り出し、火矢を無数に発射する。アンデッドの頭上を飛び越えていくつかはシールドやシューターで迎撃されたものの、矢は彼らの何人かに針山のごとく突き刺さった。しかし生き残った者達はすぐに態勢を立て直して攻撃を再開し、イモータルや他のアンデッドとしのぎを削る。

そんな戦いが繰り広げられる隣で、ジャンゴ達はどちらにも見つからないように物陰を盾にしながら外へ向かっていた。彼は背中で未だに呆然としているなのはに掛ける言葉が見つからず、今はとにかく安全な場所まで逃げる事に専念しようと決めたのだ。

「(話には聞いていたが……次元世界は私の想像以上に混沌としている。シャロンが苦手に思うのも無理はないな)」

おてんこが内心そう思う一方で、ジャンゴは彼らの死角を上手く使って入り口近くの柱の陰にたどり着く。外までもう少しという所で途端に肌を刺すような殺気を感じ、瓦礫を盾にして身体を小さく伏せる。
直後……まるでケンタウロスのような姿となったイモータルが炎を全身に纏いながら凄まじい勢いで謎の部隊に突進、次々と蹴散らしていった。瞬く間になぎ倒された彼らの遺体が瓦礫や壁などの至る所にぶつかっては転がる中、元の位置に戻ったイモータルが徐に視線を巡らし、とうとうジャンゴ達を見つけてしまう。

「なんだ、そこにいたのか……」

目標を認識したイモータルが獰猛な笑みを浮かべる。見つかってしまった事で足止めを図るべく太陽銃を構えるジャンゴだが、彼はなのはを守る必要もあり、敵は炎のイモータルの他に無数のアンデッドもいるため、この状況は多勢に無勢だという事は理解していた。

しかし状況はまたしても変わる。たった今倒された魔導師達の援軍らしき部隊が入り口からやってきて防衛陣を展開、更に装甲車まで出撃させていた。一瞬の緊張の後、彼らはアンデッド群に魔力弾や砲撃の嵐を放ち、装甲車は炎のイモータルを押しつぶそうと強引に突進する。

「今の内だ、早く外へ!」

おてんこに催促された事で、ジャンゴは彼らの意識がアンデッドの方に向いている間に外へダッシュ、屋外への脱出に無事成功した。深夜という事もあって外は暗闇だが、それでもジャンゴとなのはには開放的な気分を感じさせてくれていた。だが……、

「このような玩具ごときで私を倒そうとは……なめられたものだな!!」

瞬間、装甲車の向こうから大爆発が発生。周囲にいた魔導師とアンデッドごと、装甲車を木端微塵に破壊してしまう。その際に発生した衝撃波でジャンゴ達の身体も吹き飛ばされる。反射的にジャンゴはなのはの身体を抱えて自分の身を下にしてかばい、アスファルトの地面に打ち付けられる。だが、あまりの勢いゆえに荒い地面を滑って皮膚が抉れ、二人はかなり大きなダメージを負ってしまう。

「ジャンゴ! なのは! 大丈夫か!?」

「う! い、痛い……!」

「今のでライフが一気に削られた……! ……ぐっ! アバラ、やっちゃったかもしれない……」

「すぐに回復しろ! リタからもらった大地の実を使うんだ!」

痛む体を動かしてジャンゴはバッグから大地の実を2個取り出し、なのはにも一つ与えて食べる。すると体の表面の傷が徐々に塞がっていき、体力も力が湧きあがるように回復していった。おかげで傷の痛みは無くなってある程度動けるようにはなったが、しかし骨折までは治す事が出来なかったようだ。……食べ物を食べただけで傷が塞がる時点で、そもそもアレなのだが。

「待てぇえええええ!!」

いきなり怒号が聞こえてきた方から、炎のイモータルが炎を纏って追いかけてきていた。あの速度から察するに足では逃げられないと判断したジャンゴは、急ぎ立ち上がってフロストのレンズを付けた太陽銃カラミティを構えて連射する。ドラグーンの最大チャージと比べて威力こそ小さいものの、マシンガンのように絶え間なく攻撃を続けられる事で敵を近づけさせない点ではこちらの方が有効だったのだ。

「ぐぅおっ!! だがこの程度の弾幕を受けた所で倒れはせん!!」

「あれ、太陽銃の攻撃が効きにくい?」

「もしや奴が着ている妙なスーツが関係しているのかもしれん。ジャンゴ、貫通力のあるフレームを使え!」

おてんこの指摘を受けてジャンゴは即座にフレームをサムライに変更し、直線状の太陽ショットを放つ。一切物怖じせずに突進してくるイモータルはそのショットを避けずに喰らうが、直撃したスーツの部分はマグナムが当たったかのように穴が開いていた。

「ぐふっ! 試作段階ではまだ防ぎきれぬか……! しかしこれぐらいの傷、何ともないわ!!」

「少しぐらいひるんだって良いのに、どんだけ猪突猛進なの!?」

「同感だよ、全くイモータルってのは皆してタフなんだから!」

なのはと共に半ば愚痴のような気持ちを吐露したジャンゴだが、ここまで近づかれた以上ここで相手するしかないと思い、ブレードオブソルにも手をかけて交戦の姿勢を取る。その際、アバラの痛みに襲われるが、それでもやるしかないと覚悟を決めた……刹那。

――――トゥルードリーム!!

「ぬぐぉああああああ!!!!????」

どこからか放たれた青白いビームがイモータルに直撃、まるで野球のボールのように豪速で遠くに打ち返されていった。突然の事態にジャンゴ達の思考が停止する中、低く荒々しい音を立てて病院とは真逆の方から黒いバイクが走ってきた。そのバイクはジャンゴ達の目の前で停止し、乗っていた蜂蜜色の髪に琥珀色の瞳の女性が彼らに手を差し伸べて急ぎ口調で話しかける。

「さあ、乗って!」

「君は一体……?」

「敵ではないよ。いいから早く!」

「待って、僕は自分のバイクを持ってる。だからなのはをお願い!」

「は? え、高町……!?」

「……?」

「あ~、とにかく話は後で! 離脱する!」

なのはの名前を聞いて一瞬だけ驚いた女性は、ジャンゴの傍で座り込んでいたなのはを持ち上げ、座席の前で腕の間に抱え込むように乗せる。その間にジャンゴもバッグからベクターコフィンを取り出し(どうやって入ってたかは不明)、それをバイクに変形させて搭乗する。ちなみにジャンゴのバイクパーツは、

フロント“ブラスターⅡ”
ボディ“スレイプニル”
タイヤ“トライアル”
スペシャル“弾道ミサイル”
カラー“ジャンゴレッド”

である。準備が整った事で二台のバイクは発進、後ろからまたしても追いかけてくるイモータルとアンデッド群を振り切るべく舗装された道路の上を全速力で走りだした。

「アギト、追ってくるスケルトンの妨害は任せる!」

「おうさ! 任されたぜ姉御!」

女性が言葉をかけると同時に、赤い妖精のような少女が現れて女性と融合(ユニゾン)。輝かしい色彩となった女性の周りから魔力で構築した火炎弾が大量に発射され、バイクに乗るスケルトンらを次々迎撃していく。ジャンゴも負けじとフロントパーツから太陽弾を発射……するのは効率が悪いので、太陽銃ドラグーンのタメ撃ちで炎のイモータルを直接迎撃、弱点を突くことで倍々ダメージを与えていった。

「くっ、アバラが地味に響いてきた……。それにエナジーもそろそろ無くなりそうだよ……!」

「さっき使ったカラミティは消費が激しいからな。せめて太陽の実を食べる時間さえあればエナジーを補充できるのだが……」

「なら私が後方で時間を稼ぐ。その間に天狗みたいな鼻してる奴の言う事を、さっさと実行して!」

「コラ! 私は天狗じゃないぞ! ジャンゴも何か言ってくれ!」

「実は僕も前からそんな気はしてた。見た目だけじゃなく、態度とかも時々それっぽいなぁ~って……」

「ジャンゴぉー!?」

「おてんこさまも今はツッコんでる場合じゃないと思うの……」

「そういうアンタもしゃべってると舌噛むぜ。本気出した姉御の運転は凄まじいから、振り落とされるなよ!」

瞬間、女性の乗るバイクのタイヤから甲高い回転音が響き渡り、その場でドリフトして後ろに走りながらアンデッド群を正面に捉える。そのまま女性は大口径のハンドガンを右手に展開、クイックドロウで敵を次々ヘッドショットし、更にイモータルのボウガンから放たれる矢も迎撃していく。そしてイモータルの正面に来ると、ドリフト状態が切れてバイクは真っ直ぐ直進する。

「ね、ねぇ……このままいったら、その……ぶつかっちゃうんじゃないの?」

「馬鹿だなぁ、姉御はガチでぶつけようとしてるんだよ! ほら、炎陣展開!」

「あっはっはっはっはっはっ!!! そぉ~ら、チキンレースじゃぁああああ!!!」

「上等だ、受けて立つぞ人間!! うぉぉぉおおおおお!!!」

「受けて立たないで!? に、にゃぁああああああああ!!!!!!?????」

なのはの絶叫とアクセル全開でどんどん加速するバイクの音をBGMに、女性は満面の笑顔で炎を纏うイモータルに突撃、対するイモータルも地面を踏みしめる音が激しくなり、最大速度で応対していた。

そして……爆音を轟かせて衝突。同時に女性がアギトと共に放つエナジーの炎とイモータルが放つ炎が周囲に灼熱の衝撃波を放ちながらしのぎを削る。

「ふんがぁああああああ!!!!!」

「ぐぬぉおおおおおおお!!!!!」

「ヌッハッハッハッ! たかが小娘のくせに味な真似をするじゃないか! どうだ、我が炎の力は!?」

「あっついに決まってるっての! だけど……まだ耐えられなくはないさ!!」

「ほざけ! このまま消し炭にしてくれるわ!!」

「悪いけど、まだ火葬される訳にはいかないんでね!!」

ニヤリと口の端を吊り上げた女性は徐にハンドルから手を離し、狙撃銃を展開。イモータルの顔面……眼を狙い撃つ。流石に眼はマズいと判断したイモータルは咄嗟に横に倒れる事で緊急回避……しかし完全にかわしきれず、左頬にかすり傷が刻み付けられる。

「ぬぅおおおおお!!!???」

この一瞬の攻防でイモータルが転倒し、十分な時間稼ぎになると判断した女性はそのままバイクを回頭させて先に行かせたジャンゴを追う。

「流石姉御、敵対する相手にはマジ容赦ねぇ」

「手加減する理由が無いし、別に良いじゃん」

「でもハンドルを手放した時は正直、怖くて漏れそうだったの……」

その言葉に「魔力で遠隔操作できるし、余程の事が無い限り手放し運転はしない」と笑って答える女性に、「余程の事があったらするんだね」と呆れるなのは。一方で女性に出し抜かれたイモータルはゆっくりと立ち上がり、左頬の傷を撫でると何故か肩を震わせて笑い出した。

「まさかこの私が人間ごときに出し抜かれるとは……ククク……あの女、面白い! 実に面白いじゃないか!! ヌッハッハッハッ!!! ハッハハ………あ~初めてだぞ、“辺境伯ライマー”ともあろうものが初めて人間の小娘にこのような感情を抱くとはな。いいだろう、今回は見逃してやる。だが次に会った時は、覚えておくのだな……!」

何かに目覚めた炎のイモータルの高笑いが、暗闇の空に大きく響き渡るのであった……。

 
 

 
後書き
辺境伯ライマー:ボクタイDSで一番最初に戦うヴァンパイア。この作品ではイモータルの分類に入っています。
バイクの女性:アギトがいる時点で察しの通り。
高町なのは:エピソード1では空から現れ、エピソード2では地下から出てくる。そんな対比。


前書きで言った様に裏事情がかなりごちゃごちゃしています。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧