Charlotte 奈緒あふたーっス!
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卒業式
12 本当の帰還
卒業式が閉式を迎え、それぞれ親や仲のいい元学友と共に、正門から去っていく。
これで有宇たちの高校生活は全て終業となる。
記憶がない有宇には思い出など何も無い。
だが、短くはない年月を通ったこの学校に通った日々は心の底で生き続けている。
そう思っただけで何故だか鼻先がツンとして校舎の映るその景色が滲んだ。
そしてその雫と共に有宇の中から確かに何かが抜け落ちていくような感覚があった。
「あ…ふっ…フハハハ。そうか…そうだったのか!!」
回れ右をして生徒会室へ向けて駆け出すと同時にケータイを乱暴に引っ張り出す。
それを震える指先で操作して、生徒会メンバー全員にコールした。
十数分後。
まだ学校に残っていたいつもの生徒会メンバーが数分おきに集まってきた。
「皆に聞いてほしいことがあるんだ」
学校周辺のマップが乗っている大きなテーブルに手をつき、体重を預けている有宇が身を乗り出してニヤケる。
「いきなりなんスか?わざわざ呼び出しまでして」
彼の生き生きとした行動と表情に疑問を感じたらしい奈緒が微妙な表情で有宇を見つめる。
「確かに、あまり今の乙坂さんらしくないといえばそうですね」
高城が眼鏡の位置を右手で整えながら微笑を浮かべた。
コイツは頭良さそうに見えて眼鏡はダテのバカだからなぁ。
などと有宇は考えていたが声には出さない。
「うーんと、何か楽しいことでもありましたか!それとも嬉しいこと?あっ…!!」
黒羽が可愛らしく頬に人差し指をあてて首を傾げた後、何かに気付いたように一歩乗り出した。
「まさか…」
高城の鼻の穴が広がり、息が荒くなる。
「幸せに♪嬉しいな♪ハッピーになれのおまじない♪」
「出たァアアア!!柚咲りんのおまじないシリーズNo.43!!ハッピーになれのおまじない!!!柚咲りん自身が占いランキング最下位の時に自慰目的で編み出したポジティブメッセージキタァアア ア!!」
「引くな!!」
「ぐはぁああああああああ」
ボキッ!!
なんかボキッ!!って言ったぞ。
黒羽のおまじないシリーズの登場に興奮する高城に突っ込んで蹴っ飛ばす奈緒(蹴飛ばされたのはおそらく自慰などという隠語を用いたからだろう)。
ほんと…
「いつも通りだな、お前ら」
有宇が感慨に耽っていると、奈緒が軌道修正する。
「んで、話ってなんスか?」
「あ、ああ。そうだったな」
「おっと、これはこれは。邪魔をしてしまったようですね。どうぞ続きを」
いつの間にか起き上がっていた高城がズレた眼鏡を直している。
腰をさすっているが大丈夫なのだろうか。
「あ、はわわわ!スミマセン!続きを!」
皆から促され、有宇は一つ息を吸った。
必要もないし求められてもないのに、この心臓の高鳴りは何なのだろう。
有宇の心は決まった。
一つ息をはき、全員を見渡すといつの間にか心が温かくなっていく。
有宇は緊張していた頬がほぐれていくのを感じた。
奈緒、高城、黒羽がそれぞれ有宇を見つめる中で彼は話し始めた。
「かつての僕はただのカンニング魔だった」
その一言で十分だったのだろう。
奈緒の「えっ…」という掠れた声が漏れる。
右隣では「おや…」と高城。
左隣では「はい?」と黒羽が首を傾げている。
「それがきっかけで奈緒と高城に掴まっ て、この学校に転校してきて…生徒会に半ば無理矢理入れられて、その過程で黒羽とミサに出会った」
奈緒の瞳からこぼれ落ちている涙が頬に幾つもの軌跡を作り、床に落ちて染みを作っている。
有宇はそんな奈緒を見つめて微笑み、更に続けた。
「一度は死んでしまった歩未をタイムリー プによって救うことが出来た。でもそのあとに失ったものがとてつもなく大きくて…… 僕はあんなことが二度と世界中の誰の身にも起きてほしくなかった。だからあの旅に出たんだったな」
有宇が笑顔で奈緒の方を向くと、くしゃくしゃになった奈緒も泣きながら無理矢理笑った。
「記憶が戻ったんですね、乙坂さん!」
「よ、良かったァ。ほんとに良かったァ」
視界の右から伸ばされた高城の両の手が僕の右手を包み込み、左隣の黒羽は手の甲で溢れる涙を拭いながらしゃくりあげている。
「ぁ…」
不意のフラッシュバック。
そうあの日のことだ
有宇は思い出した。
あの旅から帰ってきて目覚めたあの日、奈緒がくれた言葉を。
『乙坂有宇くん、おかえりなさい!』
あの後も時空間を飛び交う旅があり、そしてようやく今この瞬間、旅の全てが終わったことを実感する。
帰ってきたんだな…僕は。
記憶を失う前の自分と今の自分が感じてきた物を噛み締めながら、もう一度皆を順に見回しす。
数ヵ月前の奈緒の言葉に返事をするようにして奈緒を見つめ、心から叫んだ。
「皆、ただいま!!!」
FIN…
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