Charlotte 奈緒あふたーっス!
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卒業式
09 時空改変
卒業式本番に生徒会会長と副会長が揃って遅れるなど言語道断。
などと生徒会顧問からガミガミ言われた有宇たちは、控え室に入ると顧問にバレないようこっそり舌を出した。
そのまま卒業式が進行し、奈緒が出ていく。
数分後に有宇もその場から出て(幻覚能力で歩いているように振る舞っている)、歩未の送辞へと移行する。
この後だ。
この後本来なら背の高い老人が出てくるらしいのだが、この時間平面では有宇が根本から絶ったことによってシャーロット彗星は存在しないので、その老人も今では科学者なんかとは関わることなく、どこかで飲んだくれていたり、将棋を差していたり、釣りなんかをしているのかもしれない。
送辞の途中ではあるのだが、有宇は「透明」の能力で完全に姿を消し、歩未に近付く。
その歩未には既に打ち合わせていて、有宇の左手は彼女の肩に触れ、右腕は正面の玄関方面へと伸ばす。
有宇は隣でマイクに向かう歩未の耳許で呟く。
「これで全て終わりだ」
歩未は器用にも喋りながらコクリと頷いた。
その瞬間、体育館の玄関先に暗黒の渦が現れる。
それは出現するや否や、キュイイイイインという掃除機にも似た音を体育館内に響かせ、辺りの物を全て吸い込み始めた。
座っていたパイプ椅子や来賓用の机は勿論、生徒やその保護者たち人間ですらその中に吸い込まれていく。
集団で腕を組み合わせ、重さで耐えている人達も見受けられるが、正直いつまでもつか分からない。
「なんだ…どうなってる?」
有宇は自分の思っていた能力とは少し違うことに気付き、その違和感に不安を覚えていた。
どんな能力かを知るための能力が弱まっているのか、こんな惨劇の末路のようにまでなるとは予測出来てなかったのだ。
というよりさせてはくれなかったという方が正確なのかもしれない。
別の能力による妨害もないとは言えないのだから。
「有宇くん!アレ、有宇くんがやったんスか!?」
ステージの隅から奈緒が駆け寄ってくる。
答えようとして手を伸ばそうとしたそのとき、不意に有宇の中で鼓動がピックを踏み外したように揺れる音がした。
ドクン、ドクンと己を揺り動かすその拍動は、有宇の中の奥底に眠っていたらしき何かを覚醒させる。
その判断はほんの一瞬の内に行われた。
「奈緒!僕の能力で未来を見た!!あの中に飛び込むよう皆に指示してくれ!僕は先に行く!!」
有宇はそのまま振り向くことなく駆け出し、それを助走に空中へと馳せる。
『みんな、この穴の先は別の時空間が広がっている。そこに飛べば、今この瞬間の記憶はなくなる上に、コイツはいずれこの世界全てを飲み込むから抵抗しても無駄だ!!怪我しないうちに飛び込むんだ!』
能力「拡散」で拡声器を使って話しているかのように声が辺りに拡がっていく。
動揺している者たちにもそれは届いたようで「どうそれを信じろってんだよ!!」「そんなのあり得ないよ!」「厨二かよ」
などと思った通りの声があがる。
『いいか、これを見てから各自で判断してくれ。僕は先に向こうで待ってる』
自らの持つ能力「映像化(フィルム)」を使い、掌サイズに立体映像を映し出し、更に「拡散」の能力で超拡大する。
最後に、ステージ側で生徒達を導いている奈緒を見つめると、それに気付いたように彼女は威厳たっぷりの胸を張ってニヤッと笑った。
有宇はそれに安堵し、親指を突き立てて穴の方に振り向く。
「またあとで…だな」
ある一つの能力を除いてすべての能力を遮断(キャンセル)して流れに体を委ねると、それは物凄い勢いで有宇の体を吸い込んでいく。
ギザギザに捻れる暗黒が視界の端に入ったかと思うと、それは体を意外にも温かく包み込み、奥へ奥へとさらっていく。
ふわふわと浮かび、ゆっくりと飲み込まれていると、いつの間にか体は体育館のステージがあった側を向いていて、自分が入ってきた穴の光が小さくなって行くのが視認出来ている。
その光にたまにチラチラと影が差すのは、人や物が吸い込まれてきた瞬間なのだろう。
有宇はその光に手を伸ばしてみるが、ゴム人間でも無い限り届くことはないだろう。
その光をギュッと握り潰し、自分の胸元へと運ぶ。
だがそこで、有宇は異変に気付いた。
「あれ?」
握ったその後から、空洞の入り口から見えていたはずの光が完全に消えた。
そんなはずはない。有宇が未来を見た限りでは完全移行シークエンスの発動まであと一週間はあるはずなのだ。
だのに、光点が有宇の視界から消え…
「ブハッ…」
有宇は急に何か温かくて柔らかい物に包まれる。
息が出来ない程にそれは有宇を締め付け、脳の思考回路と判断能力を鈍らせる。
こんな未来は見てないはずなのに、また能力が弱まっているのかと考えていると頭上から声がした。
ちなみにこの間コンマ5秒。
「有宇くんみーっけ!」
「はぁ?」
見上げるとそこには人の顔の輪郭が見てとれるが、さすがにこの暗闇で見えないため暗視能力を使う。
その視界の先には見まがいようもない有宇の恋人、友利奈緒がいた。
有宇の体に巻き付く両の足、肩に置かれた両の手。
ルックスもスタイルも整っている彼女は、再び有宇の視界を塞ぐように抱きついてくる。
「有宇くぅん、こんなとこでも一緒に居られるなんて、やっぱり運命ってあるんスね」
そう耳許で聞こえたような気がしたが、今有宇の耳には何も入ってこない。
胸が…胸がががが
「ぷはっ…く、苦しい」
僅かに漏れだす空気を求めて喘ぐ有宇がもがいていることに気付いた奈緒は「おっと、これはすみませーん」とわざとらしく、いや、可愛らしく(怒)言ったあと、巻き付いていた足を離し、有宇の隣に浮かぶ。
「はぁ…はぁ…僕を窒息死させる気か!!」
「あれれー?全知全能不死不滅の神様が何を言ってやがられますかー」
相も変わらず小憎らしい奈緒の口調は有宇にとって懐かしく、それでいて心臓が飛び出るかのごとくドクドクと激しく鼓動を打つ。
「そうだな。ん、でもなんでだろう。こんな会話、初めてなのに凄く久しぶりな気がする」
ぽわーんと瞳が空を見る有宇の記憶メモリーには引っ掛かることはない。
「それはそうですよー。私は実際にあなたとよく喧嘩する仲だったんですよぉ?」
「へぇ、そうなのか。それなのに僕は君を好きになったんだよね」
自分の知らないかつての二人の関係を知った有宇の瞳は、驚きを隠せずに一粒の黒点となっている。
「はい。あなたは本当に本当に変な人です」
「でした、じゃないんだな」
「それは今もですからねぇ…っとそういえば気付いてますか?」
「何に?」
「あの、穴に向かって飛び立つ瞬間から自分の口調が戻っていること」
「え、あ、ホントだ。戻ってるかどうかは分からないけど、確かにちょっと違うな。なんとなく引き締まってるっていうか」
自分でも気付かなかった箇所を好きな人に気付かれたことが、有宇にとって気分の悪いものではなかった。
「あなたは元々そういう話し方でしたから。何か思い出しましたか?」
「んー、奈緒のことがずっと前から好きだったってことくらいかな」
「もう!有宇くんったらノロケっスか!いいっスよ。大歓迎です!」
有宇は背中をバジバシ叩かれて噎せて(むせて)いる。
昔の有宇も含めて、こんなに他人に心を許す彼女を見るのは初めてなのではないだろうか。
失っている記憶は全く蘇ろうとはしないのに、何故だか奈緒への気持ちは止まることを知らないでいる。
僕は彼女が好きだ。大好きだ。
記憶は失ってしまっても、彼女のことは心が覚えてくれていた。僕の心に刻み込まれていたんだ。
彼女を自らの視界の中に納め、有宇の思考は奈緒一色になっている。
今考えていることなど時空改変後には全て忘れてしまっているのだということすら見えなくなるほどに。
有宇と奈緒は寄り添い合い、暗闇の中で一週間を共に過ごした。
その間にナニをしたかはご想像にお任せするとしよう。
とにかく、その一週間、お腹がすくこともなく、喉も乾かず、ただただ暗黒の中での時が過ぎていった。
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