なかったことに
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1部分:第一章
第一章
隠しているもの
ベネットが殺された。
家の中で母親が朝起こしに来るとだ。もう死んでしまっていたのである。
この事件はアメリカ中でセンセーショナルな話題になった。ベネットは有名な子役であり非常に人気があった娘だったからである。まだ十歳であった。
その彼女の突然の死にまずはファン達が嘆き悲しんだ。そしてそれからだ。
彼女が何故死んだのか。そのことが話題になりだしたのだ。
母親が朝起こしに行けば死んでいた。急死である。
だがその急死がだ。実に不可思議だというのだ。
「昨日の夜まで元気だったらしいな」
「ああ、そうらしいな」
「昨日もテレビの収録があったけれどな」
「そこでも元気だったらしい」
「それで朝起きたら死んでいた?」
このことがだ。不自然だというのだ。
「小さな女の子にそんなのあるか?」
「だよな。ないよな」
「しかもあの一家ってな」
ここでだ。彼女の家の話題も出た。
「どうも怪しい噂があるしな」
「怪しい噂?」
「っていうと?」
「どんな噂なんだ?」
「あの一家の父親と兄貴だよ」
ベネットの家族、それも男だというのだ。
「どうも娘や妹を見る目が危なかったらしいな」
「何だよ、自分の娘をか?」
「妹をか?」
「そんな目で見るのか」
「気色の悪い話だな」
そのことは否定されなかった。そうした話が残念ながらあることはだ。アメリカでもあるからだ。どの国でも同じことである。こうしたこともまた。
「じゃあ。やっぱり」
「親父か兄貴が何かしたのか?」
「そうなるか?それでな」
「ベネットは死んだ」
「そういうことかね」
こうだ。巷では囁かれるようになっていた。ベネットの不審な死はだ。そのまま一家への疑念になっていた。しかしであった。
この一家は元々資産家でありだ。警察にも影響力があると言われていた。そのせいでだ。彼等への捜査は順調というよりかは何も行われなかった。その状況の中でだ。
警察にしても本音は事件を解決したかった。そうした者もいた。だが相手が自分達に影響力を行使しているとなるとだ。迂闊なことはできなかった。
それでだ。彼等はだ。一つの解決策を出したのであった。
外部から調べる相手を連れて来る、しかもアメリカの外からだ。こうして連れて来られたのはである、二人の探偵であった。
一人は黒い髪を短く刈り精悍な顔をした逞しい青年だ。もう一人は彼よりやや年長と思われる外見で茶色の髪を左右で分けている。涼しげな細い顔をしている。
二人共背が高い。アメリカにおいても長身と言っていい位だ。黒髪の男はジーンズにジャケットという服装で茶色の髪の男は地味な色のスーツに灰色のトレンチコートだ。そうした二人がだ。警官達にそれぞれ名乗った。
「本郷忠です」
「役清明です」
「お話は聞いています」
アメリカの警官のだ。ダークブルーで筋肉質の身体によく似合う制服を着た恰幅のいい浅黒い肌の男が二人に対して挨拶をした。
場所は今は車の中だ。大きく頑丈そうな黒い車の中でだ。警官は車を運転しながら二人に話した。
「マクガイヤ警部です」
「警部さんですか」
「はい、そうです」
彼は本郷に対しても答えた。
「どうぞ宜しく御願いします」
「話は御聞きしています」
今度は役が話す。二人はそれぞれ車の後部座席にいる。そこから警部に話しているのだ。
「ベネットちゃんですね」
「そうです。あの娘のことで」
「日本でも噂になっています」
そうだとだ。役は警部に話すのだった。
警部が見る後部座席の二人には表情がない。その無表情さが警部には何かを考えているように見えた。それが妙に頼もしくもあった。
「殺人事件ではないかと」
「ああ、日本でもですか」
「そうなんですよ。雑誌でも載ってますよ」
本郷もここで警部に話す。
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