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ホウセンカのキオク

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第1話 ~新シイ生活~

北海道の比較的内陸に位置する北海道第2の都市旭川。
県庁所在地の札幌からは約120㌔離れたこの土地は程よく田舎と都会が混じった感じだ。
去年札幌から引っ越してきた僕、年神 道隆も初めは田舎だと思っていた。
有名な動物園の周辺は意外と田んぼばかりだったりして驚いたものだ。
だが住み慣れると生活にも苦労しないし、なにより堅苦しくない。
住民の性格が比較的おおらかなのだ。
天気がよく空気の澄んだ日はアパート三階の僕の家からは大雪山を望むこともできる。
なかなかにいい土地だと自負している。

だがそれとやる気は決してイコールではない。
いや、やる気がないのはいつも通りか。
僕は今日起きてからずっと気だるさを感じている。
だが僕と日本の同年齢で今日このやる気の人間は他に存在しない気がする。
20××年4月7日。
今日は華々しい公立高校の入学式の日である。
僕が受験したのは公立先明高校。
日進月歩を校訓とするこの高校は学力はそこそこらしい。
ただ僕のこのやる気はこの高校だからという訳ではないのだ。
僕はただ純粋に「学校」というシステムが嫌いなのだ。
特に「クラス」という集団が。
まあそれにはちゃんと理由があるのだが。
一通り準備は終わっていつでも行けるが、どうにも行こうという気になれない。
なにせ世間では春で桜の開花がそろそろだと騒いでいるが、北海道の桜の開花は5月だ。
4月上旬のこの季節ではまだ多少雪が残っている。
上着を着ないで行くには少しばかり肌寒い。
かといって防寒するまでもない。
この微妙な気温がなんというか嫌いだ。
「あー……」
意味も持たない低い声が喉から漏れる。
何をするでもなくただ時間だけが過ぎていく。
親に「そろそろ行きなさい」と言われるまでは粘っているつもりだった。
だがその時は意外と早く訪れた。
「行ってきます。」
「忘れ物ない?」
「ないよ。」
心配症の親の見送りを一瞥してドアを閉めた。

学校に着くと生徒玄関にクラス分けの紙が貼ってあった。
紙の周りには人が集っている。
その間を縫うようにして前へと進む。
紙の前まで来たところで自分の名前を探す。
「……3組か。」
1年3組8番の場所に僕の名前はあった。
そして同じ高校に入学した同じ中学の知り合いの名前も探してみる……が。
「誰もいない……か。」
3組には比較的仲のいい人などはいなかった。
それどころか顔見知りすら一人いるかいないか。
ま、いっか。と自分の中で折り合いをつけて玄関の中に入る。
8番の下駄箱を開けて外靴を入れる。
1年生は全部で4クラス。
1年生のクラスは4階建ての校舎の4階らしい。
階段を登る足が気だるさのせいか重い。
明日からは重い荷物を持ってこの階段を登ると思うと更に足が重くなった。

教室に入ると既に約8割の生徒が登校してきていた。
その全員が背筋を伸ばし座っている。
やる気に満ち溢れた目である。
その中に一人、重いオーラを放って自席に向かう。
まだ緊張しているのか静かだ。
この初々しさも来月には消えているのだろう。
その頃にはこのやる気も失せていることだろう。
全員が着席したところで先生が入ってくる。
どうやらこのクラスの担任らしい。
前髪が少しお亡くなりになった優しそうなおじいちゃんだ。
「体育館に移動するので出席番号順に並んでください。」
ただし結構声が小さい。
優しすぎて怒れないタイプなのか。
それとも自己主張が苦手なタイプなのか。
まあどんなタイプにしろ教師はあまり好かない。
多少尊敬する人はいるものの、昔の偏見からかどうしても好きになれない。
まあ昔に比べればまだ良くなったものだが。
廊下の窓からは雲の切れ目から少し青空が顔を覗かせていた。

入学式が終わって教室に戻ると数名が話し始めた。
少し緊張が溶けたのかその範囲は徐々に広がっていっている。
無論僕はその輪の中に入らなかった。
なぜと聞かれれば僕はアイソレーショニスト(孤立主義)だからと答えるだろう。
人との必要以上の接触はできるだけ避けたいのだ。
人に夢はみない。ずっと前にそう決めた。
人は第一印象が大事だというけれど、結局のところ大事なのは本当の顔がどうかである。
いくら最初の自己紹介で取り繕ってもその人の根本的な部分はそのままなのだ。
人を第一印象で決めると大抵失敗する。
そうこうしているうちに先生が入ってきた。
教卓の前に立つとさっきまで騒がしかった教室が急に静かになった。
「はい。じゃあみなさん自己紹介。」
待て先生。さっき自己紹介の無意味さについて語ったばかりだろうと心の中で突っ込む。
「〇〇中学から来ました阿部です。趣味は…」
そして律儀に自己を紹介する。
本当に嫌いだ。自己紹介は嫌いだ。
さっきも言ったがそれだけで何がわかる。
趣味や特技どころか名前さえ覚えられない。
まあ覚える気など最初からないのだけれど。
「じゃあ次……伊藤。」
そう。クラスに干渉する気など全くないのだ。
僕が嫌いなのは学校のクラスという集団だ。
自分の嫌いなものに当たっていきたくない。
いや、自己紹介も嫌いなのだけど。
「じゃあ次……としがみ?」
「としかみですね。」
いつの間にか自分の番だったらしい。
自己紹介がなぜ嫌いか。
上で色々言ったがまず聞くのがめんどくさい。
そしてもう一つは……
「年神 道隆です。趣味や特技は……ありません。」
自分についてあまり語りたくない。

「ただいまー。」
「おかえりー。」
家に帰ると謎の開放感があった。
何かに束縛されていた訳ではないのだが、さっきまでの気だるさが和らいだ。
やはり「学校」という存在が大きかったのだろう。
「今日の晩御飯は?」
「生姜焼きだよー。」
いつもと変わらぬやり取りをして自室に向かう。
そして新品同様のスマホを開く。
今では中学生から持つ人もいるらしいが正直なところ中学生のうちはいらなかった。
スマホの電源を入れた時、丁度1通の通知が来た。
送り主は加茂下 礼奈。
中学校3年生の時にかなり仲良くしていた女子。
プラスして言うと腐要素が強い。
「もしマミと陽香梨と一緒に学校行くことになったら一緒に行っても大丈夫?」
どうやら一緒に登校しないかという誘いのようだ。
マミというのは青村 マミのこと。
礼奈と同じく中3の時に仲良くしていた女子。
陽香梨というのは神鳥 陽香梨。
彼女とはほとんど話したことはないが、マミの親友らしい。ちなみに女子。
まあ正直言うと独り言を言いながら1人で自転車を漕ぐのも気が引けると思っていた。
「全然大丈夫。時間どうする?」と返信しておいた。
するとあまり時間を空けずに「グループ作るわ」と返信が来た。
そして間もなく4人のグループに招待された。
グループ名は「集まれぇぇええ先明生ぇぇ!!」。
まあ彼女達らしいといえば彼女達らしい。
そしてその後数分で時間、待ち合わせ場所が決まった。
明日からは4人での行動となる。

「おはよー神道。」
「お、おはよーマミ。」
待ち合わせ場所コンビニ前には通勤の時間なだけあって会社員の姿が多く見られる。
ちなみにみんな道隆と呼ぶのがめんどくさいらしく、年神の神と道隆の道を取って神道と呼ぶ。
あまり変わらない気がするのは僕だけか。
「陽香梨もそろそろ来るよ。」
そう。問題はそこなのだ。
極度の人見知りの僕が初対面の人としかも女子と一緒に登校するなどできるのか……?
地味に緊張しているのだ。
「お、来た。」
マミの視線の先に自転車が一台見えた。
「おはよー。」
「おはー。」
何気なく普通に挨拶したものの一応ほぼ初対面だ。
いや、中3の時に1度マミを通じて話したことはあったが……。
「じゃ、行こっか。」
3人は自転車を漕ぎ出した。
礼奈の家は通り道にあるので、3人で合流してから家を経由して学校に向かう。
そして今日の朝になって気づいたのだった。
完全にハーレム状態になっていることに。
3対1である。完全にハーレムである。
まあ別にそれまで気づかなかったということは苦痛ではないのだ。
というよりその状態を早くも受け入れようとしている。
自分の精神力に恐怖した。
「おっはー。」
「おはよー。」
礼奈を拾って4人(そのうち3人は女子)になった。
これは完全に危ない人になっている気がする。
女たらしだと思われていないだろうか。
まあ誰ともすれ違ってないのだけれど。
そんなことを考えていた時だった。
ズシャァ!という音がして反射的にブレーキを握った。
「陽香梨っ!」
見ると陽香梨(いきなり名前で呼ぶのは気が引けるが)が転んでいた。
「うわっ!」
更に陽香梨を助けようとしたミカも転んだ。
冬に滑り止めとして撒かれる砂利で滑ったのだろう。
怪我は少し擦りむいたくらいで済んだらしい。
まあとりあえず僕の心情としてはどうしていいかわからなかった。
全く気の弱い男子高校生である。
僕が子供の頃に思い描いてた高校生はこんなだったろうか。
もっと大人びてたような……。
やはり夢と現実は違うらしい。
「大丈夫?」
「うん。」
体勢を立て直し、再び自転車を漕ぎ出した。

学校に着くとまだ誰も来ていなかった。
30分前に着くように来たのだから無理もない。
それにしても朝のメンバーが全員クラスがバラバラなのが心苦しい。
だがまさか登校初日で怪我をするとは思っていなかった。
もしかしたらおっちょこちょいなのかも……。
まあそれは追々わかることだ。
今の問題はどこの部活に入るか。
正直僕は部活には入りたくない。
部活に入れば無駄に人間関係が構築されてしまう。
できればそれは避けたい。
ならば入らなければいいのだがそうもいかない。
なんせ将来の進路に関わるかもしれない。
部活動説明が7時限目にあるらしい。
そこで説明を聞いてからにしよう。

7時限目。部活動説明会。
予想通りだった。
予想通りすぎて困った。
運動部のレベルがどこも高すぎる。
とてもじゃないが今から始めて追いつけない。
中2までは陸上部だったが、怪我の問題で無理だろう。
ならどうする。文化系か。
だが文化系は美術部と吹奏楽部くらいしかない。
吹奏楽部は全道常連の強豪。練習も厳しいと聞いている。
だが美術センスは皆無。
真面目に描いた絵を真面目に描けと指導されるほどの技術を持っている。
とてもじゃないが無理だ。
そんなことを思ってる時だった。
あるワンフレーズが耳に入った。
「放送局の局員は現在いません。」
その言葉を聞き逃さなかった。
僕はその続きの言葉に耳を傾けた。
「希望の人は先生までー!」
「聞いたか今の!」
「ほえっ!?」
後ろから突然声がしたので間抜けな声を出してしまった。
「局員0だってよ!」
マミが目をキラキラと輝かせて訴えかけてくる。
次に飛んでくる言葉はだいたい予想できていた。
「俺らの根城にしようぜ!」
予想通り。
ようするに朝のメンバーだけを集めて放送局に入ろうという計画だ。
先輩の圧力もなし。気を遣う人もなし(僕には一人いないわけでもないが)。
だがこれはチャンスかもしれない。
自分のテリトリーの中の人間だけの人間関係で済む上に部活動にも入れる。
「いいね!」
すぐさまマミに賛同した。
冷静に考えればこんなおいしい話ないじゃないか。
僕達は礼奈と陽香梨を呼んで顧問の先生のもとに向かった。

「いやぁ……よかった。」
帰宅途中に思わず言葉を漏らす。
職員室で顧問の先生に詳しく話を聞いた後、入部届けまでもらってしまった。
まさか局員が来るとは思わなかったのだろう。
まあこっちの目的も果たせたのだから万々歳だ。
先生の話によると放送局には大会もあるらしい。
放送局に大会があるとは知らなかった。
「明日入部届け出しに行こうぜ。」
みんなの根城ができるということで全員ノリノリである。
「明日から普通の授業だね。」
「めんどくさいなぁ。」
なんだかんだいって陽香梨とも打ち解けられた。
人見知りの僕にしてはよくやった。
褒めたたえたいくらいだ。
明日からは本当に普通の高校生活なのだ。
やっと……普通の学校生活ができるのだ。
何も気にせず授業して部活して……。
本当に……できるだろうか。
信号が赤に変わった。
止まった時間が長く感じて、空を仰いでみた。
雨が一滴顔の上に落ちた。 
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