銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)
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第二十話 グリンメルスハウゼン艦隊
帝国暦483年12月
ラインハルト・フォン・ミューゼル中佐、巡航艦ヘーシュリッヒ・エンチェンにて同盟領単艦潜入作戦を命じられる。
アルレスハイム星域の会戦。帝国軍、同盟軍に圧勝する。
エーリッヒ・ヴァレンシュタイン少佐、アルレスハイム星域の会戦の勝利に功あり。中佐へ昇進。
帝国暦484年 1月
ラインハルト・フォン・ミューゼル中佐、任務を遂行し帝国へ帰還。
エーリッヒ・ヴァレンシュタイン中佐、巡航艦ツェルプスト艦長兼第1巡察部隊司令を命じられる。
帝国暦484年 3月
ラインハルト・フォン・ミューゼル中佐、大佐へ昇進。
帝国暦484年10月
エーリッヒ・ヴァレンシュタイン中佐、大佐へ昇進。
ラインハルト・フォン・ミューゼル大佐、准将へ昇進。
帝国暦485年 1月
自由惑星同盟軍のヴァンフリート星域への進出が確認される。
帝国軍、ヴァンフリート星域への出兵が決定。
帝国暦485年 1月
■軍務省 尚書室
軍務尚書エーレンベルク元帥はミュッケンベルガー元帥と対していた。ミュッケンベルガー元帥の表情は苦い。
「どうされたかな、ミュッケンベルガー元帥」
「厄介な事になった」
「厄介というと?」
「グリンメルスハウゼン中将のことだ」
「ああ、あの老人のことか。どうかしたのかな」
内心、心当たりが有ったがさりげなく問いかける。
「前線に出たいと言い出した。陛下からも余命も長くないから好きにさせてやれ、と言われている」
「なら連れて行くしか有るまい」
「簡単に言われるな、他人事のように。参謀長が決まらん」
「参謀長? 以前は誰だったのかな?」
「プフェンダー少将だが……例の事件でな」
「なるほど……例の事件か」
確かに他人事ではない。エーレンベルク元帥は静かにうなづいた。
例の事件とはサイオキシン麻薬密売事件である。プフェンダー少将は密売事件に関与していなかったが、少将の兄、プフェンダー男爵が麻薬密売に関与していた。男爵家は当主が逮捕され引退、財産も一部帝国へ返上している。新当主となったプフェンダー少将は、軍を退役し男爵家の再建に日々奔走している……。プフェンダー少将だけではない、帝国軍上層部では似たような例が幾つか起きている。
エーレンベルク、ミュッケンベルガー両元帥はこのサイオキシン麻薬密売事件では協力して対応し、綱紀粛正に尽力した事で軍内外に声望を高めた。軍は信用できないが両元帥は信用できる、そんな評価が宮中の廷臣、貴族達の間で定着している。二人の地位は磐石と言っていいだろう。実際にはある若い士官の振り付けに従って踊っただけだが、その事を知る者は限られ口を閉じている。
あの事件以降、エーレンベルクとミュッケンベルガーの関係は微妙にそれ以前とは違ってきた。事件以前は良く言って”中立”だったが、現在では悪くても”中立”、良く言って”友好的”となっている。お互い共通の秘密を抱え帝国暦484年はサイオキシン麻薬密売事件の後始末で嫌でも協力せざるを得なかった事が原因だった。
逮捕者が続出した事で軍の人事配置は滅茶苦茶になった。空いたポストに穴埋めしているそばから逮捕者が続出、辞めていく人間が出るのだ。人事を扱う人事局では増員してまで対応したが、それでも追いつかずに作業が停滞した。人事局長ハウプト中将は”きりが無い。帝国暦484年は人事局と憲兵隊に戦死者が出るだろう”と悲鳴を上げた。
ミュッケンベルガーは新たに再編された宇宙艦隊の訓練に当たった。幸い同盟軍が行動を起こさなかったので訓練が出来たがそうでなければサイオキシン麻薬密売事件でガタガタになった軍を率いて出兵しなければならなかったろう。帝国暦484年は大規模な戦争が無かったにもかかわらず、軍事費は前年同様の支出を見た。出兵費が訓練費に変わっただけだった。
存在感が薄れるのを恐れたシュタインホフが出兵を主張したがその阻止でも協力している。二人にしてみれば、シュタインホフの出兵論など愚劣以外の何者でもなかった。それらの出来事が一種の同志的連帯感を生み出している。
「あの老人をささえるのだ。それなりの人材がいる」
「……彼はどうかな。ヴァレンシュタイン大佐は」
「ヴァレンシュタイン大佐か、せめて准将でなくては格好がつくまい」
「グリンメルスハウゼン中将に期待しているのかな」
「まさか。期待するだけ無駄であろう」
「なら問題あるまい。だれが参謀長でも」
「それはそうだが」
「ヴァレンシュタイン大佐は無能では無いのだ、上手くやれば良し、失敗しても元々期待していないのだ、構うまい」
確かに無能では無かった。アルレスハイム星域の会戦での勝利が当時の軍の立場を強化したのは間違いない。だが……
「軍務尚書、以前もこんな会話をしたような気がするのだが」
「……確かにそうだな。しかし結果は悪くなかったと思うが」
二人は顔を見合わせ、共に曖昧な表情を浮かべた。
■エーリッヒ・ヴァレンシュタイン
俺はその日人事局へ出頭した。
「エーリッヒ・ヴァレンシュタイン大佐です。人事局より出頭命令を受けました」
人事局の受付でそう告げると、例の受付嬢がハウプト中将閣下がお会いになりますと答えた。相変わらず好奇心一杯の表情で俺を見ている。それを無視し礼をいって局長室へ向かった。俺はまだ警戒される存在らしい、待つ事も無くハウプト中将はすぐ俺を奥の個室へ呼んだ。
「エーリッヒ・ヴァレンシュタイン大佐、入ります」
「ヴァレンシュタイン大佐、元気そうだね」
「有難うございます。閣下も御健勝そうでなによりです」
「有難う。昨年は酷かったからね。生きているのが不思議な程だ。これは冗談ではないよ、大佐」
「判っております」
……実際、人事局と憲兵隊は酷かった。キスリングからも悲鳴を聞いている。
「今度の出兵では卿にも参加してもらう。ヴァレンシュタイン大佐、第285遊撃部隊の参謀長を命じる。詳細はこの資料に書いてある」
……参謀長か。大佐で参謀長というと指揮官は准将か少将か、規模はどちらにしろ小さいな。
「第285遊撃部隊と言いますと指揮官はどなたでしょうか?」
「グリンメルスハウゼン中将だ」
「グリンメルスハウゼン中将? 失礼ですが何かの間違いでは?」
「間違いではない」
……妙だな。グリンメルスハウゼンは10,000隻は率いていたはずだ。それとも規模が小さくなったのか?
「艦隊の規模は小さいのでしょうか?」
「いや、13,000隻だ」
……増えている?参謀長が俺?どういうことだ?
「卿の疑問は判る。私も驚いた。だがこの人事は軍務尚書エーレンベルク元帥、宇宙艦隊司令長官ミュッケンベルガー元帥の推薦なのだ。高く評価されているな、大佐。」
「有難うございます」
……俺にグリンメルスハウゼンのお守りをさせる気だな。面倒な奴はまとめてしまえか。
「何か希望が有るかね?」
「では、お言葉に甘えまして、ナイトハルト・ミュラー中佐をいただきたいのですが」
「ミュラー中佐か。彼は今何処に」
「イゼルローンにおります」
「判った。副参謀長でいいね。他には?」
「副官か従卒を付けていただきたいのですが」
「……従卒でいいかね」
「はい」
「手配しておこう。大佐、武勲を祈る」
「はっ。有難うございます」
俺は正直うんざりしていた。グリンメルスハウゼン、ラインハルト・フォン・ミューゼル、リューネブルク、こいつらをまとめるのが参謀長の俺? 冗談だろう。エーレンベルクもミュッケンベルガーも碌な事をしない。シュターデンでも放り込めばいいのに。
いや、待て。ラインハルト、リューネブルクは配属されているのか? サイオキシン麻薬密売事件以来、帝国軍の人事はかなり変化している。もしかすると配属されていない可能性も有るな。
ミュラー 済まんな、お前を巻き込んで。でもまあ原作どおりなら何とかなるだろう……、違っていたら二人で考えよう。
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