ぼくだけの師匠
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第1章~ぼくらを繋ぐ副作用~
12.病室の二人は
最近の歌川の悩みと言えば、菊地原のことだろう。
毎朝、学校の登校時間ギリギリを走って登校し、周りから注目される。
休み時間は参考書を見ているか、宿題をしているか。
会話は元からしないのでいいとしよう。
昼休みは歌川と一緒に屋上でお弁当。ミニトマトと格闘している。
放課後は、気づけばいなかった。
そのせいか、クラスで菊地原は浮いている。
「菊地原くん、合唱祭の練習があるから残れ・・・」
「ムリ」
「だ、だよね、ごめん。ボーダーで忙しいよね」
今日は任務はない。
歌川は残ろうとしたが、菊地原と同じ隊である以上、いたら不自然だ。
仕方がなく菊地原に合わせて居残り練習には参加しない。
それを責めようとは考えなかった。
ただし、クラスから浮いている状態でいいのか、歌川は心配している。
口裏を合わせ、菊地原のサボらせるのは歌川と奈良坂の役目になっていた。
菊地原は迷わずに病院に向かう。
自分の恋人が眠る病室へ。
「可憐・・・」
色素が抜け、白くなった髪。痩せた腕。眠ったまま返事はない。
言い方を悪くすれば、生かされている状態。
それでも菊地原は毎日お見舞いに来ていた。
まるで少女漫画の主人公みたいに。
話しかけはしない。ただ顔を見て安心できるのだ。
如月なら返事しない相手に話しかけるなど無意味だ、と割りきるだろう。
菊地原はそこでタブレットからランク戦を見ることが日課になっている。
AからB級のランク戦をすべてみている。
分析ができるほど、理論派ではない。菊地原には見ることしかできない。
いつか目が覚めることを見越して、毎朝走り込み、休み時間や夜中に勉強して見舞いの時間を作り、成績は上位を保てば呼び出されない。
必死に時間をやりくりして菊地原は今の生活をしている。
菊地原はテーブルに置かれたトリガーホルダーに目をやった。
如月のトリガーホルダーで今はスコーピオンと射撃用トリガー、グラスホッパーしかない。
如月には充分なトリガーだろう。
菊地原は酷い睡魔に襲われたので、今日は帰ることにした。
次の日、歌川が心配そうに菊地原に言った。
「見舞いもいいが、居残り練習しなくていいのか?」
「別にクラスで浮いてもいいし。」
「でも、そうは言ってられないだろ?
クラスに迷惑をかけるはめになるぞ」
菊地原はやけになっていた。
歌川に言うべき台詞でもなかった。
「何がわかるの?可憐はさみしがり屋なの。
強がりだけどさみしがり屋だから」
それは違うな、菊地原は自分に言った。
さみしがり屋は自分で、自分がさみしいから会いに行くんだ。
それを全て、寝ていて都合のいい可憐に押し付けている。
歌川もそれがわかったからこそ、それ以上何も言わなかった。
それからも、相変わらず菊地原はお見舞いに来ていた。
大規模侵攻が近い日も相変わらず。
「でもさ、近々大規模侵攻があるんだって。
もー可憐ったら・・・まだ寝てるの?
寝坊助じゃないでしょ?早く起きてね。
この病院も危ないかも知れない。」
菊地原は恋人の唇に自分の唇を添えた。
これは彼が初めて甘えた瞬間でもあった。
大規模侵攻の2日前。
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