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大刃少女と禍風の槍

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九節・《狗頭の君主》

 
前書き
自分が書いてて一番楽しい人は、実の所グザかもしれません。
ガトウと同じく何を考えているか、ちょっと分からない男では有りますけど、何処か古臭いノリが楽しいと思わせる一端かも……。


では、本編をどうぞ。
 

 
 
「ぅおりゃあぁぁっ!」
「『ギシャアアアァァッ!!』」


 ある場所ではしっかり受け止める音と、石畳を蹴って駆けだす音が聞こえ、


「てぇいっ!」
「『オオオオオオァァァッ!!』」


 別の個所では気の抜けた声と共に、鋼と鋼が正面からぶつかり合う音がする。
 それは第一層ボスの取り巻きであるコボルド、名を《ルインコボルド・センチネル》と記されたモンスターを相手取る、E隊とG隊から来る戦闘の音だ。

 会議で反ベータテスターの意識を色濃く見せたキバオウがE隊を率い、G隊の援護を得てコボルド二匹と正面より打ち合い、サウンドエフェクトを高らかに響かせている。


「うぐっ……つ、次頼む!」
「おうよ―――今だスイッチ!!」


 盾でメイスにも似た武器を真下に受け流し、地面に激突した隙を逃さずもう一人が割り込んだ。
 後ろでは次の仲間が待機して、下がったプレイヤーは回復POTを慌てずに口に含む。


「「はあぁっ!!」」

「アホ! あれだけ用心せえっちゅうたろうが! ほれ早よ! 飲まんか早よ!!」
「んぐぐぐ……!」


 もう片方ではHPがレッドゾーンまで陥った仲間の為に、二人が強引に割り込み、キバオウが無理矢理飲ませている光景も見受けられる。

 HP=0が現実の死に繋がる以上、彼の慌てぶりもいたしかたない。



「『ジェエェェアアアアアァァァッ!!』」

「よ、避けろおっ!」
「目はそむけるなよ! しっかり構えろ!」
「また来る……!!」


 一方、本命戦。


 前方では骨斧を振り翳す《イルファング・ザ・コボルドロード》と、レイド部隊の主戦力達が火花を散らしていた。

 盾を持つ敵の厄介さは今さら説明するまでもなく、それに加えて高い筋力を持って高威力の斧が振り下ろされる為、まともに受ければ洒落にならないのは明白だ。
 それでも皆、恐怖をその都度必死に振り払いながら、先に進む為そして生き残る為に、己の得物を振い続ける。

 デームだからこそアルゴリズムがある程度決められており、パターン化された安定した戦闘を続ける中―――――変化は唐突に訪れる。


 一歩下がってから後方に構えたコボルドの斧が赤く光り、ソードスキルの発動予兆だと理解した頃には……青灰い巨体では信じられぬ速度で突貫。


「『グルアアアアァァッ!!』」


 そこからまるで、反動を付ける仕掛けでも仕込んであるのかと、そう錯覚せんばかりに勢いよく凶刃が振り上げられる。
 行動を間違えれば、場の空気が逆転してしまいかねない驚異的な一撃だ。


 だが、ディアベルはあくまで冷静に、的確に判断を下した。


「Bパターン! ……来るぞ! B隊構え! A隊、C隊は下がって待機!」

「「おうっ!」」
「踏ん張れよお前ら!」


 己の率いるC隊が下がればもう一つのダメージディーラー部隊が前に陣取り、エギル率いるタンク役のB隊が防御しきったのを確認するや否やスイッチ。
 ダメージ効率よりも生き残る確率の重視か、硬直時間の短いスキルと通常攻撃を併用して、着実に四本あるHPバーを削っていく。

 ボスと向かい合う者達も、取り巻きと闘う者達も、自分の力を脚に腕に……武器に注いで全力で動き続ける。
 出し惜しみなどする筈もない。



 そんな彼等を見て、アスナは少なからず驚いていた。


(……あんな化け物を相手にしているのに……死ぬかもしれないのに……脅える事もしないなんて……!)


 連携と部隊間の動きの滑らかさ、プレイヤー達から発せられる気炎、そして自分以外のプレイヤーの実力。

 プレイヤー側が優位にボス戦を進めるには、どれを抜かしても成り立たないであろう。

 だからこそ、彼女は驚きを禁じ得ないのだ。 


 だが、そんな高レベルプレイヤー達の中でも―――


「っ……スイッ―――」
「スイッチ!」


 目の前を駆け抜けていった、黒い少年は格が違った。

 アスナが間隙を作り出した瞬間、通常攻撃から淀みなくソードスキルへつなげて、自分達の相手である《ルインコボルド・センチネル》が内一体を葬って見せたのだ。

 彼女は思う……彼に何処か引き付けられる訳、それはスピードやパワーなどではなく、このゲームに置いて最適化された行動だからではないか―――と。
 かく思うアスナ自身も、思わず震えてしまえるほどに。


 キリトの活躍はやはり目を見張るものなのか、前線でHPを回復中なエギルは感嘆からか口笛を吹き、何やら敵意を抱いていたキバオウは苦い顔と驚き顔を一辺に表している。


「お疲れさん……てーのはまだ早いかねぇ?」
「早すぎに決まってるだろ。次の第二波から、徐々にレベルが上がっていくからな」
「ほうほう、そりゃー怖いわな!」
「……ならさ、せめてそれっぽい顔してくれよ……」


 されど、別格はもう一人いる―――アスナは己の心の内で、そう付け加えた。


 それは今、目の前で緊張感に欠ける言葉を口にし、コレまた緊迫感の欠片もないやり取りを交わす発端となった、刺青半裸の男・グザだ。
 このボス戦でこそ目立った活躍はしていないものの、アスナからしてみると彼の槍捌きは、いっそ可笑しいぐらいトンデモないのだ、と言っても良かった。

 中距離からの援護を主とする両手武器であり、今回の役割はあくまでヘイト値コントロールやデバフの付与……なのだが、それらを打ち込むタイミングが完璧なのだ。

 後ろからチクチク蚊ほども威力がない攻撃を重ねながら、キリトやアスナにばかり注意が向かないようちょっかいを掛け、必要だと判断した時には迷う事無くスキルにて貫く。
 時にはキリトとアスナのすぐ傍から放つにも拘らず、彼女らの行動は一度たりとも疎外された事が無い。
 寧ろグッドタイミングで身を翻し、相手AIにとっても予想外であろう行動を誘発するぐらいなのだ。


 しかしながらアスナにとって、彼の真価はそれではないと、そう考えてもいた。


(あの人の本領は援護なんかじゃない……余りに、常人離れした―――)


 余裕が出て深く考え込んだからか、アスナの思考は其処まで進む。


「二本目!!」
「「「おおおおぉぉっっ!!」」」

「来るぞ! 二人とも!」
「! ……ええ!」
「あいよぉ!」


 と……ディアベルの高らかな声が、HPバー一本目を削り切った事を皆に伝えたと同時、玉座横に有る不自然な穴から、またも複数の《ルインコボルド・センチネル》が飛び出してきた。

 敵が同じならば此方の対処の仕方も変わらない。
 キリトが片手直剣を、グザが両手槍を構えるのを見て、アスナもまた静かにレイピアの尖端をコボルドへ突き付けた。














 キリトは少々ながら興奮を覚えていた。
 当初に己が抱いた予想よりも、《イルファング・ザ・コボルドロード》戦が順調に進んでいたからだ。


 まずD隊が一本目を削り切り、ディアベル率いるC隊が続く二本目を、現在はF隊とG隊が協力して三本目を消しにかかっている。

 本来ならG隊は、キバオウがリーダーであるE隊の援護をする筈なのだが、E隊とオミソ組であるキリト、アスナ、グザのパーティーが……特に余り物パーティーがとてつもない火力を叩きだしていたので余裕が出来た為、ディアベルはG隊へ前へ出るよう指示出ししたのだ。

 瞬時に作戦を立て直し、上手く噛み合わせるその手腕に、キリトは少なからず驚嘆している。

 更にアスナがキリトの実力に驚いていたが……実の所、キリトもまたアスナの実力とその奮戦ぶりに、ゾクリとした震えを感じているのだ。
 こと彼女の十八番である【リニアー】に置いては、体を意図的に動かしブーストしている事もあり、初動から発生までが恐ろしい速度を誇っている。


(未だ初心者な状態で……この完成度かよ……!)


 再び背筋をブルリ、震わせて彼女の―――いや、自分達の闘いを見やる。
 何時でも突入できるよう剣を構え、タイミングを計るべくコボルドを睨んだ。



 アスナはコボルドの目の前で軽やかにステップを踏み、左右への回避で大味な攻撃をスルリと躱してく。
 進展のない攻防が二、三度続き、不意にコボルドの動きが鈍る。
 ……隙と呼ぶには余りに小さく、しかし“切り替わった”事を判断するには十分な緩急。


 その挙動を待ってましたとばかりに、そのすぐ横からコボルドの腹部目掛け、濁った紫色の穂先が一瞬の硬直のちに突きだされる。

 両手槍スキル妨害技【ジャミング・スパイク】でデバフを付与したグザにコボルドは意識を取られて、彼への報復と言わんばかりに武器を上へ掲げた。


「チャンス……スイッチ!」
「はいよ!」


 コボルドの得物が光を宿すのと、グザが飛び退くのはほぼ同時だった。


 全身がバネなのかとそう疑いたくなる様な、長距離跳躍を披露する彼の脇をすり抜けたキリトの武器もまた、ペールブルーの眩く頼もしき輝きを灯す。
 片手直剣スキル単発技【バーチカル】の垂直切りと、コボルドの袈裟切りは派手なサウンドを上げ正面衝突。
 キリトもコボルドも、例外なく威力を殺し切れずにノックバックした。

 ……彼らの攻撃は、まだ終わっていない。


「スイッチだ!」
「っ! 任せて!」


 細剣を構えて突進するのは、今まで回避に徹していたアスナ。

 喉元が露わになった体勢のコボルド目掛けて細剣スキル【リニアー】による鋭利な一撃を見舞い、後頭部から回転させて数度ほど転がした。


「グッジョブ」


 キリトは転倒(タンブル)状態となったコボルドから一旦距離を取り、通常攻撃で追い打ちをかける二人を見ながら、状況を作り出す事に貢献した彼等へねぎらいの言葉を贈る。


「……貴方達も」
「ヒヒヒ」


 ……アスナからはちゃんとした返事が来たものの、グザからは悪役さながらの笑声が掛けられ、そのギャップで危うくキリトは躓きかける。

 そうこうしている間にコボルドが転倒状態から立ち上がり、再び鈍器が振りかざされるのに合わせてグザが撹乱と妨害、キリトの援護からアスナがソードスキルを決め、見事なコンビネーションでHPを全損させた。

 弾き防御(パリング)していると言っても一番距離が近い為、ダメージが無視できなくなってきたのを確認したキリトは、口で回復POTの蓋をあけ中身を飲む。
 舌を苦いレモンジュースと言った何とも言えない味が支配し、それとは正反対な清涼感と喉ごしを持って通り過ぎていく。


 己の心に安心感が広がると同時、ある種の希望も広がっていった。


(このまま順調に行けば、本当に犠牲0で行ける―――)
「あんま調子にのんなや」


 その希望を持ってボスである《イルファング・ザ・コボルドロード》を見た……正にその時だった。
 後ろから、キバオウの声が掛ったのは。

 第一声から、キリトはまた嫌味かと判断して―――


「ワイは聞かされとんのや。β時代に汚い立ち回りでボスのLA(ラストアタック)を取りまっくっとったちゅう、盾無しのソードマンの話を……お前の事や」
「……何?」


 予想外の内容に思わず顔ごと振り向く。

 LA―――ラストアタックボーナス。
 名の通りボス級モンスターを倒した際、最後にとどめを刺したプレイヤーがもらえる特別な報酬の事で、フロアボスやイベントボスなど一回しか取れない時もあり、LAが喉から手が出るぐらい渇望するプレイヤーは山ほど居るだろう。

 そしてキバオウが言っていたように、キリトはβテスト時代にモンスターの残りHP残量を計り、そこから導きされた最適解(ソードスキル)にてLAを獲得する事を得意としていた。

 だが……彼の内心には、如何にもふに落ちない物があった。


(今キバオウは『聞かされている』って言ってたよな……一体誰に……?)


 少なくともキリトは、自分の脳裏に思い当たる人物はいないと、そう確信している。
 確かに情報屋としてなら《鼠》のアルゴが居るのだが、通常プレイヤーとベータテスター間の軋轢が広がる事を危惧した彼女は、β時代の情報を一切売らない事もポリシ-とした。

 その事からアルゴである事は考えにくい……ならば、誰に聞かされたのか。


 と―――其処でキリトは、今の今まで引っ掛かっていた事を思い出す。


(まさか、俺の《アニール・ブレード》を買い取りたいってプレイヤーから……!)


 それなら辻褄は合う。


 β時代にキリトを知っていた者なら、キリトがβから名前を変えていない所で、同一人物かもしれないと予測することは可能だろう。
 武器をキリトの手からはたき落とし、己の手の内に入れる事が出来れば、『LA取得の阻害』を期待できるのだ。
 β出身で無い事を行動でも極力明かさなければ、潜り込む事だって別段難しくは無い。

 結果的に武器を手に入れる事こそ出来なかったものの、キリト自身は後方の取り巻き相手をさせられているので、目論見自体は成功したと言える。


 されど……一方で、これではキリトの戦力をそいで得する人物とは誰なのか、またも疑問が残る事となる。
 しかしヒントが皆無な訳でもなく、加えてキリトには一つの“あて”があった。


「……それを離したプレイヤーは、どうやってベータ時代のネタを得たんだ? キバオウ」
「大金を積んでネズミから買った言うとったわ。潜り込んだ小ずるい奴等をあぶり出す為にな」


 ビンゴ。
 キリトは心内でそう叫ぶ。
 これで、キバオウに情報を提供したプレイヤーの姿が、ハッキリと映ったからだ。
 

 デスゲームであるSAOなのだから、キリトの妨害をする理由はLA取得を妨害し、ただ単に後ろ指をさして笑う為では有るまい。
 だからキリトを妨害するに足る理由はもう一つ、『己がLAを手に入れる確率を上げる』事に他ならないだろう。

 更に付け加えるのならば……それを発案したプレイヤーは今、LAに“元も近い位置”にいなければ、そもそも考案する意必要性が足りず、話にすらならない。

 最後の確信的な事柄として、キバオウの様な疑り深いプレイヤーでも信用してしまう程、その人物は信頼性が高くては駄目なのだ。



 つまり――――



(ディアベル……アンタなのか……?)


 ……考えてみれば、ディアベルがベータテスターではない証拠など何処にもない。極端な話、ベータテスターであろうとも黙っていれば分からないし、矢面に立たないとも限らないからだ。

 指揮能力の高さだって、以前他のゲームでリーダーをしていたと理由以外にも、穿った見方をすれば『ベータテストで経験した』という可能性もあるかもしれない。

 ベータテスターとは違った生き方で攻略を進めようとする人物に見える事もあり、キバオウが信頼を置くには充分な人物とも言える。


 思い浮かべてしまった所為で、キリトの視線は自然とディアベル率いるC隊の方に向いていた。
 そこでは今まさに三本目のHPを削り切り、自分達のHPは念を入れたかフル回復させて、F・G隊と交替している光景が目に映った。


「いくぞ! コレが最後の攻防……気を抜くなよ!」
「「「おおっ!!」」」

「『グルルゥ……グルオオオォォォォォォォッ!!!』」


 ディアベル達の雄叫びに答えるかのごとく、《イルファング・ザ・コボルドロード》もまた咆哮。

 同時に横の穴から《ルインコボルド・センチネル》が飛び出し、三度目の湧出を告げていた。
 キリトはそれを合図に背後へ目線を戻すも、既にキバオウは自分のパーティーであるE隊の元に戻っている。

 仕方なく、キリトもアスナとグザの元へ駆け寄った。


「何を話していたの?」
「……あ、いや…………」
「オイオイ嬢ちゃん、まだ戦は終わって無いぜ? まだ来るからそっちに集中しようや」
「……言われるまでもないわ」


 言い淀んだキリトは話すべきかどうかを考えかけ、されどグザは相手がキバオウである事からある程度察してくれたか、アスナの注意を前方のコボルドへと誘導してくれる。
 そしてまた皆揃って武器を構えた。


 距離があるからか駆け寄ってくる間にも前線と《イルファング・ザ・コボルドロード》との闘いは進み、ディアベル達が喉元狙いの果敢な攻めを見せ、HPはより早く確実に減っていく。
 《ルインコボルド・センチネル》の武器と、真正面からキリトの剣がぶつかり、グザが妨害を重ねてアスナが一撃を加える。
 ……パターン化されたコンビネーションが始まる頃には、遂にボスのHPが三分の一近くになっていた。

 このまま行けば、LAはまず間違いなくディアベルチームの誰か―――否、ディアベル本人が取っていくだろう。

 だがしかし、ソロプレイヤーである己よりも、多数の人間を導く立場にある彼の方が今回のLAを得るべき人間だと、キリトも少なからず感じている。


「『グルアァァァッ!』」


「やった! 斧を手放した!」
「おおっ!!」
「よし! 腹武装の《湾刀(タルワール)》で来るぞ! 喉もとを突く基本を忘れず油断なく攻めろ!」


 空気を鈍く切り音と、落下時の衝撃音が響き、それは《イルファング・ザ・コボルドロード》のメインウェポンが変わることを意味していた。
 瞳を光らせバーサク状態で暴れるのは恐ろしい限りだが、実は縦切り系のスキルしか繰り出さない事を、ベータ時代に経験したキリトは知っている。

 もう後は目の前のコボルドを倒せば、それで終わりだと言う事もあってか、キリトはグザの呑気さが移った様な声でアスナに問いかけた。


「なぁ……そう言えばタルワールって何処の武器なんだ? 二人とも知ってるか?」
「シャアアアァァッ! ……っと! いや、オレちゃんは知らんわな」
「私は知ってるわ……よっ!!」


 言いながらでも相手できるようになった二人がコボルドの動きを鈍くし、そこからアスナがキリトへ振り向いて質問に答える。


「イスラム圏や中近東の、細身な片刃の剣よ。ダマスカス鋼が使われていて、サーベルよりも大きく反っているのが特徴なの」
「へぇ~、勉強になるなぁ」


 素直に感心して声に出したキリトだが、こういう事には真っ先に反応する筈のグザが答えていない事に、二人とも気が付く。
 デバフの所為でコボルドは思うように動けておらず、相手の攻撃に手いっぱいという風には見えないのに、何故かという思いが彼らの心に伝来する。

 如何したかと、キリトがまずスキルで武器を跳ね上げてから、代表して彼へ声を掛ける。


「……おい、坊主よ」


 その前に、グザがあまりに真剣な声で逆に声を掛けてきた。


「な、何だよ行き成り……そんな声出し―――」
「アレ、本当に『タルワール』かい?」
「……は?」
 

 素っ頓狂な声を出しながらも、今まさに腰布を解いて刀身をあらわにした剣は―――――反りが曲刃より甘く、そして刀身に浮かんでいるのはダマスカス特融の木目ではなく……玉鋼を加えられたの様な鋭い輝き。

 そして刀身と柄の間に有る小銭の様な丸い唾と、部分的に鋭角になった尖端。

 間違っても東洋の剣ではない。
 キリトらの住む日本に伝わる伝統的な刃器――― 


「あ、あれってもしかして!?」
「もしかしてもねえわな……!」
「やばい……アレはどうみたって―――」


 ―――『日本刀』に、他ならない。


「βと違うっ……ディアベル駄目だっ!! まだ突っ込むなぁああああっ!!!」


 最高峰からのキリトの警告に、しかし反応出来たのはキバオウ隊のみ。

 大きく振り上げられた太刀は血色の輝きを迸らせ……《コボルドロード》は縦に斬る事などせず、自分の巨体を軽くだが、飛び上がるほどに浮かせる。

 そしてそのまま―――

「『グラアアアアアァァァッッ!!!』」


 血色の車輪を残して全方位を切り払った。

 叫び声も上げられず吹き飛ばされたディアベル隊のメンバーは、それでも何とか持ちこたえている。 しかし……状況は好転しない。

 今のスキルの威力故か、一時的行動不能(スタン)状態に陥り隙を晒してしまっているのだ。
 次の標的として《コボルドロード》が選んだのは―――――目の前に座る、短髪の男性。


「『グルルゥゥゥッ……!』」
「ひ……!?」

「あ、あかん……追撃が来る……!!」


 駆けつけるには距離が遠く、今まさに走り出している物も間に合わない。

 彼等をあざ笑うかの如く、鮮やかな青に染まった凶刃がプレイヤー目掛けて振りそそぐ―――!


「くう……ああぁぁっ!!」
「へっ……!?」

「ディアベル!?」
「や、やった防いだ!!」


 寸前、カイトシールドを掲げて割り込んだディアベルが、己の仲間を守る盾となった。
 正に『騎士』と湛えても遺憾ないその雄姿に、プレイヤー間に漂っていた靄が少し晴れていく。

 その光景に安堵しながらも、己の剣をきつく握りしめたキリトは、グザの方へ大声で呼びかけた。


「グザ! 取り巻きのコボルド、一人で相手できるか!?」
「大丈夫だわな! オレちゃんを舐めて貰っちゃあ困るやね!」
「あんな動きしてる奴を舐められる訳無いだろ!」


 次に話しかけるは、横で待機しているアスナだ。


「…………君は、一緒に来てくれるか?」
「言われなくても。同じパーティーなんだから」


 頷き合い、猛烈なスピードで前線目掛けて駈け出した。

 通り過ぎる傍らにも、パーティープレイを優先して他の部隊へ声を掛けた。


「タンク部隊続いてくれ! ピヨったC隊の援護を!」
「あんた等はどうする気だ!?」
「「引きつける!!」」

「イーーーッハアアァァァァ!!」


 何という偶然か……二人の声と、グザが槍を打ち込む音が重なった。

 そのやり取りを耳にしながら、後ろへ視線を向けていたディアベル。
 悩むかのように目を一瞬伏せる……が、答えはすぐに叫ばれた。


「武器の打ち払いを頼む! 俺が喉を撃つ!!」


 言いながら《コボルドロード》へ近付いたディアベルへ、相手もまた刀を振り翳し反撃のモーションを起こす。
 同時に狗頭の君主の刀へ、赤灰色の光が発生する。


 ディアベルも構え―――しかし、その光を『知っていた』キリトが次の取ったのは、援護ではなかった。


「や、やめろ!! スキルモーションを起こすなぁあっ!!」


 キリトの声は何の恨みか、大音量のサウンドエフェクトにて、余りにも容易にかき消されてしまう。
 だからこそ伝わらず……ディアベルはそのまま盾を構えて、連撃にて葬るべくスキルを始動させる。

 直後、後方に引き絞られていたコボルドの刀が、大きく弧を描いて盾に迫る。


「『シィィイイッ!』」
「な!?」


 正にその寸前で軌道を体ごと変え、刃はディアベルの喉元へ向けて薙がれた。
 盾にぶつかるその刀剣は、横に構えていた所為で滑るように迫りくる。


「危ないっ!!」
「えっ……!?」


 咄嗟に伏せてアスナをかばい、次に顔を上げたキリトの目に映ったのは―――


「キ、キリトさん……」
「!!」


 頭の上部を斬り飛ばされた、ディアベルの姿だった。


「後はた……頼む、ボスを……倒し―――」


 その言葉を最後に、『騎士』ディアベルは無情にもポリゴンの欠片へ代わり……虚空へと消えた。



 
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