銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)
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第二百八十話 ハイネセン占領
帝国暦 490年 4月 19日 帝国軍総旗艦ロキ エーリッヒ・ヴァレンシュタイン
『ではハイネセン攻略は我々の艦隊で行うのですな』
「ええ。惑星シリーユナガルで準備をした後ハイネセンへ向かってもらいます。こちらは捕虜を引き連れ後から、そうですね、七十二時間後にハイネセンに向かいます。彼らにはハイネセン攻略の場を見せたくありません」
必要以上に敗者に屈辱を与える事は無い。スクリーンに映っているメルカッツが“そうですな”と頷いた。
「アルテミスの首飾りを破壊した後は同盟政府に対して降伏を勧告してください」
『承知しました。……向こうが自分達の生命の安全、財産の保障を求めてくるかもしれませんがその場合は如何しますか?』
「敗戦の罪によって誰かを処罰するような事はしないと伝えて構いません、身分、地位に拘わらずです。彼らも安心するでしょう」
『場合によってはハイネセンに降下する事にもなりますが……』
ちょっと気遣わしげな表情だ。一番最初にハイネセンに乗り込むのは俺じゃなきゃ拙いとでも思っているのかな。俺はそんな事は気にしないんだが……。
「問題ありません。必要に応じて処理してください。大事なのはハイネセンを混乱させない事です」
『はっ』
「当然ですが同盟市民への乱暴、狼藉、略奪は許しません。犯した者は軍規に則って厳正に処罰します。その事は全員に周知徹底させてください」
『承知しました』
メルカッツが大きく頷いた。生粋の武人だからな。略奪、狼藉等は大嫌いだろう。いかん、忘れていた。
「それと占領すればハイネセンは経済的にも混乱する筈です。売り惜しみや価格の高騰には気を付けてください。市民の日常生活を脅かす様な事は許さないように。日常生活が保障されれば市民は落ち着く筈です」
「分かりました」
「私からは以上です、副司令長官から何か有りますか?」
『いえ、特にありません』
「では、お願いします」
『はっ』
互いに礼を交わして通信を終了した。
ハイネセンを攻略すればメルカッツの軍人としての評価もワンランクアップは間違いない。イゼルローン要塞攻略、同盟軍の降伏は俺とイゼルローン方面軍の功績だ。これは大きい。対してメルカッツとフェザーン方面軍の功績はフェザーン攻略だけだ。このままだとメルカッツは俺の引き立て役になってしまう。それは良くない。アルテミスの首飾りの攻略、自由惑星同盟の降伏、メルカッツとフェザーン方面軍にとっては十分な功績になるだろう。
同盟政府は降伏を前提に動いている。如何に犠牲を少なくして戦争を終結させるかを考えている様だ。有難い話だ、民主共和政を守るために市民を犠牲にする事も厭わないなんて事をされるよりはずっと良い。メルカッツも大きなトラブルも無くハイネセンを攻略出来る筈だ。
トリューニヒトが決断したらしいが原作とはかなり人物が違うらしいな。まあレベロとホアンが協力している。それに帝国との交渉においてもかなり強かさを発揮していた。ただの扇動政治家ではないと思っていたが降伏を決断したとなると儀礼ではなくじっくりと話をしてみたい相手だ。
ハイネセン攻略の後は講和交渉だ。ようやく戦争が終わる、戦争が無くなる。いや、三十年後、自由惑星同盟を併合時にもう一度遠征が必要になるかもしれない。しかし国政改革をしっかりと行っておけば併合を不満には思っても不安を感じる事は少ない筈だ。そうなれば抵抗は軽微なものになるし遠征も大規模なものにはならないだろう。
帝国暦 490年 4月 26日 オーディン 新無憂宮 クラウス・フォン・リヒテンラーデ
「国債か、かなりのものだ」
「はい」
「私が財務尚書を務めた頃も多少は気になっていたが……、十二兆帝国マルクか……。随分と増えたものだ」
「統計を見ると恐ろしい勢いで増えていました。止まったのは最近の事です」
よくもここまで借金をしたものだ。財務尚書ゲルラッハ子爵は神妙な表情をしているが内心では呆れているだろう。国政責任者である私の前でなければ皮肉の一つ、罵声の一つも出ているに違いない。
「反乱軍のものも有ると聞いたが?」
「はい、こちらも十五兆ディナールほど有ります」
溜息が出た。帝国も同盟も借金をしながら見境なく戦争をしていたか……。
「このまま戦争を続けていれば借金で国が破産し人口減少で崩壊したであろうな、帝国も反乱軍も……。危ういところであった」
ゲルラッハ子爵も頷いている。今更ながらだがヴァレンシュタインが正しかったことが分かる。門閥貴族を排除し宇宙を統一する、それしか帝国が生き残る道は無かった。ただ誰もがその道を正面から見据えなかった、目を逸らした……。
「閣下、株の問題も有ります」
「株か、それも有ったな」
帝国、フェザーン、反乱軍、かなりの企業の株をフェザーン自治領主府は保持していた。しかもダミー会社を使用して隠密に取得していた。何のためかは言うまでもないだろう、あのおぞましい遺物共が!
「如何しますか?」
「……」
ゲルラッハ子爵が此方を窺う様に見ている。はて……。
「現状では帝国政府が株を所持しています。つまり国営企業という事になりますが……」
「問題が有るのか?」
私が問うとゲルラッハ子爵が頷いた。
「多少経営が傾いても政府が何とかしてくれると思いかねません。それは企業の健全性を失うでしょう。この件で帝国は苦い経験をしております」
「経験?」
「門閥貴族です」
「なるほど」
そういう事か、ゲルラッハ子爵が何を危惧しているのか、ようやく分かった。
「つまり、このままでは新たな御荷物になりかねぬという事か」
「はい、その可能性は無視出来ません。株を所有した企業はいずれも帝国、反乱軍、フェザーンで経済、社会、軍事面において大きな影響力を持つ存在です。そういう意味でも門閥貴族に似ているでしょう。ブラッケ、リヒターも危惧しております。官僚達の天下り先になりかねないと」
思わず息を吐いた。官僚達の天下り先か、そうなれば益々厄介な事になるだろう。ブラッケ、リヒターが危惧しているという事はもう既に官僚達の間でそういう話が出ているのかもしれない。あの連中、利権には鼻が利く。涎を垂らしているかもしれん。一難去ってまた一難か、厄介事は無くならんな。
「帝国のものは放出した方が良かろう。しかしフェザーン、反乱軍のものは如何かな?」
ゲルラッハ子爵が“自分もそれを考えています”と頷いた。
帝国はフェザーンに遷都する。遷都による混乱を出来るだけ少なくするにはフェザーンで強い影響力を持つ企業を帝国の支配下に置いていた方が都合は良い。そして反乱軍、こちらも妙な動きをさせぬためには企業を支配下に置いた方が良いだろう。だが両者とも反発するのは間違いない、そして御荷物か……。将来的に統一する事を考えると……。
「ふむ、ヴァレンシュタインに訊いてみるか?」
私が確認するとゲルラッハ子爵が“はい”と頷いた。やはり最後はそこに落ち着くか。
「不便な事だ。そろそろあれをこちらに引き入れねばなるまい。何時までも軍人のままでは困る」
ゲルラッハ子爵が“そうですな”と言って笑みを浮かべた。この男は財務尚書止まりだな。宰相、国務尚書にはなれん。これからの宰相、国務尚書は宇宙全体を見渡しながら帝国の舵取りをしなければならん。この男にとっては重荷であろう、幸いなのは本人もそれを理解している事だ。
「もう直ぐそれも叶いましょう。反乱軍の宇宙艦隊は降伏しました。今頃はメルカッツ副司令長官がハイネセンを攻略している筈です」
「うむ」
年内には戻ってくるだろう。直ぐにとはいかんであろうがフェザーン遷都が一つの区切りにはなる。もっとも引き抜きには軍が反対するであろうな……。頭の痛い事だ。
執務室のドアを控えめに叩く音がした。ドアが開きワイツ補佐官が顔を出した。表情に多少興奮の色が有る。
「如何した?」
「エーレンベルク軍務尚書、シュタインホフ統帥本部長、両閣下がお見えです。至急閣下にお会いしたいと」
あの二人が直接来たという事は私に報告しそのまま陛下への奏上という事か。陛下もお喜びになるであろうな。ゲルラッハ子爵の笑みが大きくなっている。考える事は皆同じようだ。
帝国暦 490年 4月 28日 ハイネセン エーリッヒ・ヴァレンシュタイン
「ジーク・ライヒ!」
「ジーク・カイザー・フリードリヒ!」
「ジーク・マイン・オーバーベフェールスハーバー!」
足が止まった。総旗艦ロキをハイネセンの宇宙港に降下させタラップで地上に降りようとすると嵐のような歓声が俺を包み込んだ。宇宙港は俺の警備のためだろうが大勢の帝国軍人が周囲を固めている。そして出迎えに来た軍人達、それらが一緒になって叫んでいた。
そんなに厳重にしなくても良いんだけど。俺はラインハルトじゃない。俺を殺しても同盟には何の益ももたらさない。逆に報復が酷くなるだけだ。同盟人だって馬鹿じゃない、少し考えれば分かる筈だ。
「閣下、手を振って頂けますか?」
「手?」
リューネブルクが笑みを浮かべている。
「はい、皆喜ぶと思います」
リューネブルクの言う通りに右手を挙げて応えると歓声はさらに大きくなった、地鳴りのようだ。……気持ちは分かる、嬉しいんだろうな。何と言っても敵の本拠地を占領した、大勝利だ。一生自慢出来るだろうし人生最高の思い出だろう。でもね、俺はあんまり嬉しくない。ちょっと恥ずかしいんだ、頬が熱い。やっぱり俺って小市民なんだな、さっさと降りよう。
フリードリヒ四世が皇帝で本当に良かった。他の奴、特に猜疑心の強い奴が皇帝だったら、そしてこの現場を見たらと思うとぞっとする。簒奪の意思あり、なんて罪状をでっち上げられてあっという間に反逆罪で死刑だろうな。その点あの爺さんなら笑い出して皇帝位を譲るとか言い出しかねん所が有る。臣下の身としては有難い事だ。
タラップを降りるとロイエンタールとミッターマイヤーが近付いて来た。この二人が出迎えだ。互いに礼を交わすと二人が自由惑星同盟の降伏を祝ってくれた。嬉しいよな、こういうの。でもこの二人に祝って貰うのは原作を知ってる俺としてはちょっとこそばゆいな。照れるよ。
「有難う、ロイエンタール提督、ミッターマイヤー提督」
「メルカッツ副司令長官の元へ御連れ致します」
「お願いします」
地上車に乗り込む。同乗者はヴァレリーとリューネブルクだ。如何見ても緊張しているから護衛のつもりなのだろう。ロイエンタール、ミッターマイヤーの先導で宇宙港を出てハイネセン市内に向かった。行先はホテル・カプリコーン、メルカッツはそこを帝国軍の拠点にしている様だ。
宇宙港からは三十分程でホテルに着いた。結構早く着いた。襲撃を避けるためだと思うがかなり飛ばした所為だろう。途中、地上車から見える市内には混乱は無かった。取り敢えず落ち着いていると見て良さそうだ。ホテルに着くとロビーでメルカッツを始めとして宇宙艦隊の艦隊司令官達が姿勢を正して待っていた。ロビーに入ると一斉に敬礼してきたので礼を返す。その後一人ずつ労いの言葉をかけながらメルカッツの所まで進んだ。
「メルカッツ副司令長官、自由惑星同盟を降伏させた事、良くやってくれました。陛下も御喜びでしょう」
「恐れ入ります。アルテミスの首飾りの攻略法は分かっておりましたので楽に終わりました」
僅かにメルカッツが身を屈める様なそぶりを見せた。年長者にそういう風にされるのはちょっと気拙い。
「ハイネセンも落ち着いているようです。有難うございます」
「小官一人の働きでは有りません。皆が良くやってくれました」
ケスラー、クレメンツ達が嬉しそうにしている。メルカッツが褒められるという事は間接的に自分達が褒められる事だ。そしてメルカッツは自分達の働きを十分に評価している。満足だろう。
「勝手ですが閣下の執務室、居住室をこのホテルに用意させていただきました」
「有難うございます、御手数をおかけしました」
「それほどでもありません。では執務室に御案内致します。そちらでハイネセンの状況を説明したいと思いますが」
「分かりました」
状況を確認してからトリューニヒトと会談だ。それから講和交渉。さっさと終わらせて帰国しよう。将兵達もそれを望んでいる。
宇宙暦 799年 4月 26日 ハイネセン ある少年の日記
敗けちゃった。こんなにあっさり敗けちゃうなんて信じられない。一週間前に宇宙艦隊が降伏した。同盟軍七個艦隊が降伏した事でハイネセンを守るのはアルテミスの首飾りだけになってしまった。自由惑星同盟が勝つ事は無い、でも首飾りで相手に損害を与えて講和交渉を有利に進めるって政府は言っていたのに……。
同盟政府は首飾りが破壊されると降伏した。政府からは出来るだけ外に出るなと言われている。特に夜間は絶対出るなって通達が有った。帝国軍の兵士とトラブルにならないようにという事らしい。だから僕も学校には行っていない。でも本当は同盟市民が集まって騒ぐのを防ぐためだとTVのアナウンサーが言っていた。そうなのかもしれない。
首飾りなんて何の役にも立たなかったな。一瞬で壊されちゃったよ。しかも壊したのはヴァレンシュタイン元帥じゃないんだ、副司令長官のメルカッツ元帥。ヴァレンシュタイン元帥にしてみれば自分が出るまでも無いって事なんだろうな。首飾りに頼っていた僕達を馬鹿な奴って嘲笑っていたかもしれない。溜息しか出ない。
これから講和交渉が行われるけどそれはヴァレンシュタイン元帥が来てかららしい。同盟はどうなるんだろう? やっぱり帝国の領土になっちゃうのかな。そうなったら僕達、奴隷になっちゃうのかな? 母さんも酷く不安がっている。帝国では改革をして平民の地位が向上しているから酷い事にはならないんじゃないかって言われているけど……。
宇宙暦 799年 4月 29日 ハイネセン ある少年の日記
今日、ヴァレンシュタイン元帥がハイネセンに到着した。漆黒の総旗艦ロキが空から降下してハイネセンの宇宙港に着陸した。そうしたら帝国軍の兵士達が突然叫び始めた。“帝国万歳”、“皇帝フリードリヒ万歳”、“司令長官万歳”。凄かったよ。
マスコミは遠くからの撮影しか許されなかったから良く分からなかったけどヴァレンシュタイン元帥がロキから降りようとして皆に手を振ったらさらに歓声大きくなった。TVで見ていても圧倒された。元帥は帝国軍の兵士達から凄く信頼されているんだと思った。まあ同盟を降伏させたんだから当然かな。悔しいけど恰好良かった。
帝国軍に占領されて三日が経ったけど彼らは規律が厳しいみたいだ、今の所帝国軍の兵士が街に出て同盟市民に乱暴するとか略奪するとかそういう騒ぎは起きていない。帝国の領土になっても酷い事にはならないんじゃないかって意見が大きくなっている。それにメルカッツ副司令長官は同盟政府に降伏を勧告する時に敗戦の罪を問うような事はしないって言ったらしい。その事も皆を安心させている。
諦めも有ると思う。帝国軍は強いしとても敵わない。イゼルローン要塞もアルテミスの首飾りも全然役に立たなかった。宇宙艦隊も良いところ無く負けた。主戦派って言われた人達も気落ちしている。僕もがっかりだ、こんなにも同盟軍と帝国軍に差が有ったなんて……。まるで大人と子供が喧嘩したみたいだ。
今日、トリューニヒト議長がヴァレンシュタイン元帥と会談した。会談はヴァレンシュタイン元帥が望んだようだ。講和交渉の前に相手を良く知っておこうって事らしい。会談後トリューニヒト議長はマスコミに“同盟市民の生命の安全と財産の保全のために全力を尽くす”って言っていたけどどうなるのかな? 講和交渉は明日から始まるらしいけど頑張って欲しいよ。
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