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執務室の新人提督

作者:RTT
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39

「……」
「山城さん山城さん」
「いや、見ない。絶対見ない。見せたら貴方を沈めて私も沈む」
「なんでやねん」

 提督は隣で自身の腕にしがみつく山城から目を逸らしてテレビ画面に目を向けた。ゲーム用の幾分型落ちしたそれの画面には、美麗なグラフィックが所狭しと映っていた。映像はどこか耽美で、退廃的な雰囲気を漂わせている。美麗な女性と廃墟という組み合わせが人にそう思わせるのだろうか。
 
「あ、山城さん幽霊出た」
「聞こえません聞こえません聞こえませんきーこーえーまーせーん!」
「あ、君、はよ写真でやっつけなこっちがやられるで」
「はいはい、えーっと」

 提督は龍驤の言葉にコントローラーを操作し始めた。提督の操作はお世辞にも手馴れたものとは言えない物であった。ただし、焦った様子も無い。
 
「紅い蝶の方が個人的には好きなんだけどなぁー」
「そっちの方が面白いん?」
「面白いというか、作風があっちの方が僕向きっていうか、まだこれが試行錯誤の時代で色々と遊んでる部分があって好きだったんだよねぇ……あと背景設定が過去作の中で一番ぞくっとする物があったりで」
「ほへー」

 どうやら提督は今作は初めてでも、前作辺りまでは確りとプレイ済みであったらしい。聞き手の龍驤はゲームには疎い物の、楽しそうな提督の笑顔だけで満足げで、特に退屈を覚えている様子も無かった。
 ただ、その中で浮いている人物が一人いた。
 
「……山城さん?」
「……終わった? もう終わった?」
「いや、ほんまなんでやねん」

 提督の腕にしがみついて目を強く閉じた山城である。その肩はまるで神通と出会ったときの如くぷるぷると震えていた。
 さて、どうでもいい話だが一つ。
 現在提督がソファーに座ってプレイし、龍驤が提督の右側で煎餅をかじりながらそれを眺め、山城が提督の左腕にしがみ付いて離さない現状であるが、その原因となったこのゲーム。
 山城が持ち込んできた物である。
 
 
 
 
 
 
 
 事の発端は少し前のDVDにある。自身がホラーに弱いと悟った山城は、度々就寝時間前に執務室へやって来てはライトホラー系の作品を見るようになったのだ。自己改善、弱点の克服、そういったものであろうと提督は考え付き合い始めたが、今夜に限って山城はゲームを持って来たのだ。何故か龍驤まで連れて。
 
「まぁ、うちも暇してるし、邪魔はせぇへんからええやろ?」

 とは龍驤の弁である。山城に誘われたわけではないらしい。提督としても一人が二人になったところで問題は無いし、事実上妻になる山城との二人だけの時間に少々気まずさも覚えていたので、これは渡りに船であった。
 山城がから手渡されたゲームを見て、提督は思わず目を細めた。
 
「て、提督……何か気になる事でも?」
「あぁいや……昔随分遊んだなぁーって思って」
「そ、そうなんですか……? 初霜から借りた物なんですけれど……これは昔ので?」
「いやいや、過去作は随分遊んでたんだけど、これはまだやってないんだよねぇー……こっちにもあったんだなぁ、これも」

 懐かしそうに目を細めて呟く提督に、山城は困惑顔だ。山城にゲームの良し悪しは分からない。ゆえに、彼の懐かしそうな顔にも何も共感できないのである。
 ちなみに、山城は初霜から借りた、と言ったが実際には子日経由である。最近の子日は雪山山荘遭難ゲーで悪い方にバタフライエフェクトする事に必死で、このゲームの貸し出しを許可したのだ。
 
「んじゃ、始めますかー」
「おー」
「お、おー……?」

 ちょいテンション高めの提督と、それに合わせる龍驤に引っ張られて山城も声を上げたが、どう見ても無理をしている感は拭えていなかった。
 
「えーっと、一応ナイトメアいっとくか」
「なんやのんそれ?」
「一番難しい難易度」
「大丈夫なんか、それ? 一応初めてなんやろう?」
「んー……正直もうこのゲームはシステム的には行き詰ってるから、ナイトメアが丁度いいんだよねぇ……あとはまぁ……グラフィック楽しむゲームというか、ちょっとグロ怖い耽美な世界にふけるゲームって言うか」
「ほー」

 提督の説明も、龍驤と山城にはさっぱりだ。ただ、それでも話しかけたり返事をする龍驤に比べて、山城はもうこの時点で口数が減ってきていた。ホラーであるがゆえに、やはり緊張してしまうのだろう。
 
 設定が終わってゲームが始まるなり、山城は提督の腕に自身の腕を絡めた。提督はそれに何を言わない。すでに予定調和だ。来るたびに、ホラーを見るたびになされた行為である。多少は慣れてきたのだろう。ただ、それを端で見ていた龍驤は、なるほどなぁー、と小さく呟いて頷いていた。

「……これ、ゲーム、ですよね?」
「そうそう、これで驚いていたら、最新ゲーム機のゲームなんて、もっと吃驚しますよー?」
「はー……えらいこっちゃでー」

 見慣れぬ二人はOPらしきところで既に感心しきりだ。ただ龍驤は暫ししてから、にやりと笑った。
 
「こんな映像で、ホラーなんやろう?」
「そうそう、そこだけはまぁ、期待していいよ」
「ひ……」

 山城は身を強張らせて一層提督に強くしがみ付いた。その様子に、提督と龍驤は顔を見合わせて同時に肩をすくめた。
 
 そして三人は画面に視線をやり――
 
「山城ぉ、自分が持って来たモンやで? 当人がゲーム画面見てないってどうやねんな」
「でも……だめ、やっぱり無理、怖いもの……」
「……んー? 怖いか、これ?」

 冒頭の場面である。
 龍驤は困惑した相で提督を見た。視線を向けられた提督は一先ずコントローラーをテーブルの上において煎餅を手にした。
 
「このゲーム、前からなんだけども、幽霊より儀式の方が怖いだなぁ、これが」
「せやんなぁ……」

 二人は同時に手に在る煎餅をかじり、未だ目を閉じたままの山城を見た。演技ではなく、本当に怯えている様子の山城に、提督は煎餅を食べ終えると手をハンカチで拭って山城の背を撫で始めた。経験則で、こうすれば多少落ち着くと知っているからだ。
 そんな二人を眺めながら、無造作に煎餅を口に放り込んで龍驤は胸中で呟いた。
 
 ――そら、こんな調子やったら監視役も頼まれるわ、これ。
 
 口の中の煎餅を噛み砕きながら龍驤は天井を見上げた。
 彼女は煎餅を飲み込んでから、すこしばかり口を歪めて山城の背を撫で続けている提督に声をかけた。
 
「なぁ君、もっと怖いのもってないん?」
「りゅ、龍じょ――イタい!?」

 龍驤の言葉に声を荒げる山城だったが、急に頭を上げた為彼女は提督の顎を頭で打ってしまったのだ。涙目の山城よりも深刻なのは提督であろう。
 彼は何一つ言わずただ顎を押さえて肩を震わせているだけだった。その姿だけでも、どれほど痛いか山城と龍驤には分かった。
 常日頃、軽口が多い提督である。それが無言になって痛みを堪えているのだ。相当であると理解できて当然であった。
 
「て、提督、ご、ごめんなさい……大丈夫? 大丈夫ですか?」

 オロオロとする山城を他所に、龍驤は提督の頭に腕を回し自身の胸へと抱き抱いた。
 
「ごめんな、うちが変な事言ったからこうなってもて……ごめんな?」

 優しく頭を撫でる龍驤の姿からは、山城から見ても母性が溢れ出ていた。それゆえに山城は暫し呆然とその龍驤の行為を黙って見ていたが、突如思い出したように提督を奪い返した。
 そのまま、未だ無言の提督を今度は山城が自身の胸へと迎え抱きしめた。その行為にあまり母性は感じられないが、乙女心は垣間見れた。少なくとも龍驤には見えた。
 さて、提督である。彼の顎の痛みは既にそこそこには引いていたが、龍驤の抱擁に何故か不思議な懐かしさを感じ、山城の抱擁には気恥ずかしさの余り言葉が出てこなかっただけである。
 
「ちょ、ちょっと、山城、さん。ストップ、ストップ!」

 山城の抱擁から逃げ出して、提督は自身の頬を数度叩いた。頬に当たっていた山城の女性的な柔らかさを打ち消す為に必要な儀式であったが、龍驤と山城からすれば奇行である。
 二人は心配そうな目で提督を見つめた。
 そんな視線を受けた提督は、心外だ、と鼻で息を吐いてテーブルの上にあるコントローラーを手に取った。この空気を追い払うには、他の何かで気を散らすしかないからだ。
 
「よし、続ける」
「あ、ちょっと待って下さい……!」
「ま、ちょい長い休憩やったかもね」

 再び提督の腕を取り出した山城を見てから、龍驤はソファーから立ち上がった。そのまま彼女は執務室備え付けの小さな冷蔵庫へ向かい、そこからジュースを取り出した。
 彼女自身喉が乾いていたし、他の二人のコップもそろそろ中身が無くなる頃だったからだ。
 そしてそれ以上に、今はソファーから離れておきたかった。
 龍驤は見てしまったのだから。
 
 
 
 
 
 
 暗い廊下をゆっくりと歩いてく。そこそこ深い夜の世界は、どこか深海じみて彼女には少々不気味に思えた。特に執務室であんなゲームを見た後では、それなりに思う事は多い。あの影から何か出てこないか、あの角から誰かが――等と思ってしまうのは、乙女の心の多感さだろう。
 艦時代は戦えばよかったが、少女の体を得てからの彼女は自身でも呆れるほどに複雑だ。
 と、彼女は――龍驤は突然足を止めて視線の先、廊下の角へ目を向けて口を開いた。
 
「安心しぃ、確り山城が寮に戻ったん確認したから」

 独り言にしては大きな声だ。だが、これは独り言ではない。事実、暗い夜の廊下の角から、影が一つ伸びた。月明かりに照らせれたその姿は、夜が良く似合う少女、大井であった。
 
「ごめんなさい、龍驤さん……こんな事をお願いしてしまって」
「まぁ、それが皆の為でもあるやろうしね」

 頭を下げる大井に、龍驤は肩をすくめて返した。龍驤が言う通り、皆の為である。流石に山城が第一旗艦とは言え執務室にそう何度も泊り込めば一部艦娘達のストレスは溜まってしまうし、かといって山城に執務室に行くなとは言えない。必要なのは第三者による線引きだ。
 ただ、この鎮守府で第三者、にあたる人物はいない。
 結果、頼られやすい龍驤が大井の話を聞いて早めに動いたのだ。こじれる前に、と。
 
「ま、自分ももう少ししてから行きや? まだ提督眠れてへんよ?」
「はい、そうします」

 普段提督と語ることが少なく、その癖寝ている提督に今日在った事等を一人報告している大井の横を通り過ぎて、龍驤は歩いていく。その背に大井が再び頭を下げている気配を感じ、龍驤は振り返らずに手をひらひらと振って応じた。
 再び一人夜の廊下を歩きながら、龍驤は胸中でため息をついた。
 
 ――あぁ、損な性分や。
 
 他の鎮守府ならどうだっただろう、他の提督が提督ならどうだっただろう、もっと後に配属されていたらどうだっただろう、彼女はそんな事を考えた。
 しかしそれは余りに無意味だ。彼女はここに居る彼女であるからこそ、提督の龍驤だ。
 古参であり猛者であり武勲艦の中の武勲艦、殊勲艦である。軽空母というどちらかといえば非力な艦種でありながら前線を支え、多くの艦娘達を支え、提督と鎮守府を支えてきた。それは他の鎮守府の龍驤ではなく、この鎮守府の、あの提督の龍驤だからこそ出来た偉業だ。
 
 彼女は小さく横に頭を振った。艦としての戦い方は嫌というほど覚えた体も、未だ乙女としての心は未熟だ。提督を抱きしめた時、胸に宿ったのは温もりで、山城に取られたときに感じたのは純粋すぎる無垢な喪失だ。自身の心の一部さえ消し飛んだと龍驤が錯覚したほどの。そして山城の腕の中で、自身の腕の中にあった時よりも朱色に染まった提督の顔を見て思ったのは、刺すような痛みだ。
 針で刺された程度の痛みは、しかし今も龍驤の心を苛み続けている。
 
「目がええんも、良し悪しやなぁ」

 提督が幸せなら、それで龍驤は満足だ。自身の傍で提督があり続けているだけで満足できた筈だった。艦として納得した部分を、今日乙女としての龍驤が納得行かぬと声高に叫んだ。
 山城に対して、龍驤が悪く思う事は無い。山城は同じ第一艦隊の旗艦としてなんら問題の無い立派な艦娘であり、あれはあれで提督と似合いの乙女だ。硬い山城と軟い提督である。鎮守府のトップとその妻が円満に近い形に収まっているのなら、それは理想的なものだ。
 ただ、龍驤はふと思ってしまうのだ。思うようになってしまったのだ。

「べつに提督を幸せにするん、うちでもええやんなー?」

 競いあいだ。山城だけが相手ではない。競争相手は多いだろう。その結果提督が幸せになれるのなら、これは龍驤にとって必要な事であった。彼女は提督の龍驤だ。提督の為の龍驤だ。
 
「おし、明日鳳翔さんにも相談してみるかー!」

 腕を伸ばして彼女は叫んだ。夜の廊下に不似合いなそれは、深海に溶け込む月の明かりの様に、人知れず鎮守府の波間に消えていった。 
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