チビで悪いか!
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1部分:第一章
第一章
チビで悪いか!
和田咲菜は美人で名が通っている。彼女が通っている中学校ではそれこそ後輩達から慕われ他の学校の子からも注目されている。ちょっと繁華街を歩けばスカウトが来る程である。
黒いふわふわとした髪を肩が覆う程度の長さにしておりいつもにこにことした顔をしている。形のよい眉の下にはアメフトのボールの形をした目が垂れ気味にある。唇は鮮やかなピンク色であり白い肌と実によく合っている。一目で誰もが見る程の美人なのだ。ところがであった。
そんな彼女にもコンプレックスがあった。それは誰でもあるものだが彼女の場合は何かというと。
背であった。何と小学生程度にしかないのだ。中学校三年だというのに一四五もないのだ。これで小柄でないとは誰にも言い繕えなかった。
「背位いいじゃない」
よくこうクラスメイトや同級生に慰められる。
「咲菜可愛いんだし」
「そうよ。小柄なのがかえって」
「私は違うのよ」
だが本人はそれにいつも反論するのだった。
「やっぱり。もっと」
「背が欲しいの?」
「ええ。小さいのは嫌なのよ」
そういうことであった。本人は我慢できないのだ。
「もっと大きくなって欲しいんだけれど」
「それは無理じゃないかしら」
「ねえ」
けれど彼女の願いはこう言われて否定されるのだった。
「もう成長期終わりかけだし」
「それにあんたのお家って」
ここで遺伝的な話が為されるのであった。
「お母さん小さいじゃない」
「それはそうだけれど」
「しかもお母さんあんたにそっくりだし」
実は母親似な咲菜であった。近所では評判の美人母娘である。それでまた有名にもなっているのである。並んで歩けば本当にそっくりなのだ。
「悪いけれどやっぱり」
「それ以上伸びないと思うわよ」
「ずっとこのままなの」
それを言われるといつも落ち込まざるを得なかった。
「小さいままで」
「だから。気にしない気にしない」
「それがどうしたのよ」
こう慰められるのもまた常だった。
「奇麗なんだし」
「自信を持ってね」
「自信を持っても伸びないじゃない」
まだ言う。どうしても諦められないのだ。
「あと十センチは欲しいんだけれど」
「あと十センチねえ」
「望み過ぎかしら」
普通人間が十センチも伸びれば相当なものだ。例えばプロ野球選手や特撮俳優があと十センチも伸びればそれでもう巨人になってしまう。何しろ一八〇超えている人間がざらの世界である。一八〇で低いとするのはそれこそアメリカのバスケやアメフトといった特別な世界である。
「咲菜があと十センチ伸びたら」
「それでも一五五ないわよね」
やはり小柄だ。それは変わらない。
「それ考えたら望み過ぎじゃないけれど」
「むしろ。ささやかかしら」
「ささやかだったらやっぱり欲しいわ」
また言う咲菜であった。
「このままじゃ。またあいつに」
「あいつ!?ああ」
「あいつね」
皆そのあいつが誰かわかった。いつも彼女に対して何かとちょっかいを出すクラスメイトの三浦菊次郎である。彼女が一番嫌いな人間でもある。
「それこそ気にしなかったらいいじゃない」
「ねえ」
「じゃあ聞くけれど」
咲菜はむっとした顔でクラスメイト達に問うのであった。
「頭のてっぺん覗き込まれたことある?」
「それは」
「ないけれど」
見ればどのクラスメイト達も咲菜程低くはない。やはり中には小柄といっていい女の子もいるがそれでも彼女よりはずっと背が高い。
「それで頭を上からポンポンと叩かれたことは?ボールみたいに」
「まあそれもね」
「ないけれど」
同じ答えが繰り返された。
「そういうことよ。わかるわよね」
「まあそういうことされたらね」
「流石にむかつくか」
彼女達も少しだが咲菜の気持ちがわかったのであった。
「だからよ。もっと背が欲しいのよ」
「もっとねえ」
「どうしたらいいかしら」
切実な話になっていた。
「運動しても牛乳飲んでも駄目だし」
「駄目なの」
「真っ先にしたわよ」
むっとした顔のままで皆に答える。
「それでも。駄目だったのよ」
「遺伝もあるしね」
「やっぱりそうなるのね」
「それで納得しないでよっ」
思わず皆に対して言った。
「こっちだって必死なんだから」
「それはわかってるわよ」
「ねえ」
顔を見合わせて咲菜言葉に頷いている。
「ただ。それはそれで受け入れるしかないんじゃないの?」
「やっぱり」
「諦めろってこと!?」
「簡単に言えば」
皆あっさりと言うがそれは咲菜本人にとってはあまりに受け入れ難いことである。現にその言葉を聞いてその顔を余計に憮然とさせていた。
「何よ。それじゃあ何にもならないじゃない」
「そりゃ男の子ならね」
クラスメイトの一人が言ってきた。
「かなり問題だろうけれど」
「女の子だったらそれはそれでいいじゃない」
「そうなるの?」
「もてるわよ」
こう言われたのだった。
「それはそれでね」
「そうなの?」
「小柄な女の子が好きな男の子だって多いわよ」
「結構多いわよね」
これは嗜好である。だから大柄な女の子が好きな男もいれば咲菜みたいに小柄な女の子が好きな男もいる。本当に人それぞれなのだ。
「だからそんなに気にすることはないんじゃ」
「極端にはね」
「極端に気にしているのよ」
クラスメイトの言葉を受けて述べる。
「私はね。あいつにいつもからかわれるし」
「ああ、三浦君ね」
「彼ね」
菊次郎である。いつも彼女をからかっている。
「もっと背が伸びればあいつにだってからかわれなくて済むし」
「あっ、多分それも無理」
「それも諦めて」
「諦めるの」
皆に言われてまた憮然となる。諦めるのは御免というのがはっきりと顔に出ていた。可愛い顔が不機嫌の色で塗りたくられていた。
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