この異世界に統一神話を ─神話マニアが異世界に飛んだ結果─
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01
前書き
一話一話は異様に短いです。
神話伝承の類いに興味を見出だし始めたのは、いったい何歳の頃の事だっただろうか。
始まりの理由は、よく覚えていない。気が付いたときには、のめり込んでいた。
絢爛な神々。勇猛な英雄達。そして魅惑的な精霊種。最初は、ただ彼らの活躍を享受するだけだった。その輝きに。その栄光に。夢と幻想を懐いて、眼を輝かせるだけだった。
いつからだっただろうか。『神の実在』を信じなくなったのは。
英雄は、神々は、本当に居たわけではないのだ、と、いつのまにか受けれ入れていた。
しかしそれは、俺が神話伝承への興味や憧れを棄てた、ということと同義にはならない。逆だ。俺は、神の非実在性の裏に、ある目的を見いだしていた。
全ての神話は、その地に住む人々の起源を写す鏡だ。
例えば、『地母神』という概念がある。神々の中でも、母性や女性の象徴としての役割が強い女神達の事を、総称してそう呼ぶ。
その中でも、あらゆる神々の起源となる母たる大女神は、その神話の広まった土地で愛されたもの、神聖視されたもの、求められたものを司る。
例えば大地なき島々では大地の女神が。
例えば二つの川に挟まれた地では海の竜女神が。
愛された故に。求められた故に。
他ならぬ『命の源』、人類の最初の疑問たる『なぜ私は生まれたのか』『どうやって誕生したのか』……その概念の回答として、彼女らが、祭り上げられた。語りあげられた。
例えば、ひとつの英雄譚がある。そこに記されたのは、それが語られた当時にあった重大な事件や、疑問に思われたことが反映される。
砂漠の王国は海の民を、五つの会戦を以て撃滅し。
夏は冬と争い死に、そしてまた春が来て冬を殺す。
その出来事が、人類にとって大きなターニングポイントであった故に。
その発見が、人類にとって重要な現象であった故に。
そんな、神話の裏を探るのが、俺の目的になっていた。全ての神話を繋げて、再解釈し、感動する。それが俺の、『神話伝承への興味』のカタチだった。
神話の裏を探るのは、楽しかった。
全ての神話の奥に隠された出来事を、概念を紐解けば、人類の起源が──人が辿ってきた全ての歴史が分かるのではないか。それが、俺の中にあった期待だった。
いや、それはもしかしたら建前に過ぎなかったのかもしれない。俺が知りたかったのは。期待していたのは。
──人類の誕生に、その歩みに、もし、本当に神々や英雄がいたならば。
多分、それだったのだ。
超越存在の否定を以て、逆説的に超越存在の実在を証明する。
いつか、最初の創世記よりもなお古い、始まりの神話を閲覧したい。
それが俺の、夢だった。
誰一人として理解しない、日登煌我が、22歳の今日このときまで抱き続けてきた、幻想。
俺が、異世界で出会った、青い少女に気づかされた、願いだ。
***
「ぐぅ……」
体の節々に痛みを感じて目を覚ました。目を開ければ視界に入るのは机の上に山積みになった資料やノート、模型など。全く整理整頓されていないが、俺には一応どこに何があるのか理解できているから問題ない。
しっかし……そうか、寝落ちしてたのか。
高校生くらいまでは寝落ちなんか経験したことも無かったが、大学に進んで以降はよくやらかすようになったなぁ。気を付けないと。
ともかく、昨夜の作業の続きに戻りたいと思う。
俺の職業を端的に表すなら、『統一神話学者』、だろうか。多分、正確には『比較神話学』とでも言うのだろう、国内ではマイナーな学問のジャンルを探究する研究者──の、そのまた異端児だ。
子供の頃から世界中の神話やら伝承やらが大好きだった俺は、大学はそういった方面の学校に進みたかった。しかし俺の学力で行ける大学には、そういった学校は殆どなく。結局、進学先では俺の望んだような研究はできなかった。
だから、卒業した今、俺は自力で研究を進めている。
英語と数学はからっきしなのだが、英語以外の言語なら、多少は簡単だった。何でだろうな。何で英語だけ出来んのじゃろうな。
そういうわけで、取り寄せた資料や、時には自分で資料を作ったりしながら、俺は求めていた。
『始まりの神話』を。この地球に人類が誕生してから、今日に至るまで。どのような経緯を辿ってきたのか──それを象徴する、全ての神話の起源。
と、俺が勝手に想像している神話だ。
あらゆる神話は、何らかの現象や出来事を、人の理解の及ばない領域のこと、として、古代の人々が書き表した物語である、と俺は考えている。だったら、人類の辿ってきた道を全て表した神話だってあってもいい。
今、現存が確認されていて、物語性のある最古の神話はメソポタミアのシュメール神話だ。俺は、それよりもなお古い神話を求めている。
調べることは、楽しい。
幼い頃も。大学時代も。卒業してから今日に至るまでの半年間も。誰も理解はしてくれなかったけれども。誰一人として『統一神話』を求めはしなかったけれども。
俺はきっと、自己満足でそれを調べている。俺自身が、人類の始まりを見たいから。
ただ願わくば──俺の成果を求める人が現れてくれると、もっと嬉しい。必要とされないのは、いくら期待していないとは言っても少々辛い。求めてくれる人がいるのは嬉しいことだ。
「誰もが統一神話を求める世界──なーんてな」
そんな妄想を懐きつつ、俺は今日の作業を開始する。
統一神話の探究方法は、いたって簡単で単純だ。一柱の神格と、もう一柱の神格の権能や特徴を比較して、似通ったところを発見すれば『共通神格』である、と位置付ける。
そうやって見つかった共通部分……相同性を記録し、また別の神や英雄、事件と見比べる。そうやって、起源を探るのだ。
共通神話の有名なところでは、『なぜ人は短命なのか』という事を説明した『バナナ神話』、古代の人類を襲った大災害を描いた『浄化の大津波』や『裁きの光』、あとは人類の最後に、世界中の英雄が甦って故国を護る、『終末戦争』か。
それとイナンナ系女神の存在かなぁ……ヤンデレェ……。いや、俺は好きだけどねヤンデレ。
今日の俺は、数日前に図書館で見つけた、聞いたこともない名前の神々が描かれた叙事詩と、既存神話の照らし合わせである。全体的な雰囲気は、バビロニア神話に近いか。かなりシュメール神話に近い、初期の頃の神話のような気がする。重大な役割を持つ兄弟の主神が、神聖数たる『三柱』ではなく二柱だ。これはトリムルティが一人の父と、その二人の息子で構成されるメソポタミア系の神話に近い。
「ん? この神、イナンナ系じゃない……ぐっ……!?」
その時だった。
突然、頭痛がはしった。脳髄の中心を揺り動かすように、ずきり、ずきりと、痛みが続く。
「なん、だ、これ……!」
自慢ではないが、体力が無いためフィールドワークに向いていない、と言われたほどの俺は、当然痛みにも耐性がない。これは、かなり、きついぞ……!
痛みは、鋭い熱へと変わる。
俺はよろよろと立ち上がると、洗面所に向かって歩き出した。頭を冷やしたい。
しかし、体力の限界は俺を完全に蝕んだ。
ぐらり、と傾く体。痛み。頭に激痛。
俺の意識は、そこで暗転している。
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