少女の黒歴史を乱すは人外(ブルーチェ)
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第二十三話:約束と特訓
もう朝なのだろうか……?
光が俺の瞼を貫通し、さっさと起きろと言わんばかりに刺激してきやがる。
元が夏特融の、柔らかとは言い難い日差しだ。
寝起きに受けて不愉快になるものランキングでは、ぶっちぎりの一位だと断言したっていい。
楓子? ……アイツは不愉快指数が度を越しているという意味で、ランキング外の論外。
まあアイツの愚行や嫌悪指数はさておき―――――そんな刺の様な日差しを目に受けて目を覚まし、古風な家に似合わぬデジタル時計を凝視して見れば…………何と、まだ朝の五時代。
今日の日差しは、随分と張り切り屋な事だ。
「……麟、斗……」
隣で座るマリスはまだ寝ており、何時の間にか握っていた手を放している―――なんて儚い希望が実る事は無く、未だに俺の手を握り続けていた。
手から伝わる感触と暖かさで、昨夜のアレを唐突に思い出してしまい、何となくだが妙な気分になる。
空気に完璧に流された訳じゃあないが、それでも影響されて一部突拍子もない事を考えていた……様な気がするんだが……。
「ハァー……」
溜息一つはいた俺は日課―――というより癖になってしまった境内の掃除をさっさと済ませ、さっさと家に戻る。
この間にも起きる気配のないマリスと楓子の二人よりも先に朝食を取るべく、冷蔵庫へ手を突っ込み中を漁る。
そして引っ張りだし、目の前に置かれていく、生肉と生野菜や調味料に水。
今思ったが―――仕方ないとは言え、コレが主な食事とはよく考えなくても “悪食” か何かとツッコミを入れざるを得ないレパートリーだ。
だが、そうは言ってもこれ位しか美味しく喰えない。
何より他者の目も無いんだから、馬鹿みたいに気にしてても仕方ない。
俺は何の気なしに、自分が食う為にスーパーで買ってきて保存していたステーキ用牛肉を持ち出す。
そして何の加工もせずそのまま乾燥させて砕いた故障を振りかけ、生臭いそれに大口を開けて齧り付く。
「……」
……普通に、いや普通以上に美味い。
とても上質な肉とは言えないのに―――宛ら高級料理店のシェフが丹精込めて焼き上げた様なステーキの味に近い。
当然、前でも今でも高価な牛肉を口に入れた事は愚か香りを嗅いだ事すらない俺だ。
あくまで個人の主観的感想だってのはあるが……でも、今日のはそれぐらいに、冗談抜きで美味い。
満足感を久しぶりに味わいつつパプリカやレタスを齧り、二ℓペットボトルに注いだ飲料水をラッパ飲みする。
作法だなんだ、団欒だなんだと煩い親父の所為なのか、こういった一人静かな空間にいて、自由且つ乱雑な喰い方をするのが俺は好きになっていた。
普段は出来ないなら、尚更に。
「幾らマリスでも、コレは分かっちゃくれないだろうが……」
初めて美味しい物を味わい、だからこそもっと食べていたい―――その想いから仕方なしに大食いとなってしまう事は昨夜聞いた。
そして、その中に団欒が好きだとは一単語も入って無いが、同時に省かれている訳でもなかった。寧ろ一人で乱雑に食うよりも、温かみを感じられる複数との食事の方があいつは好きなのかもしれない。
今俺が食っている物だって、それこそ “異常” の一言に尽きやがるんだ。
理解されるかどうかはそれこそ、試しにそのシチュエーションで食わせてみなけりゃわからない、って奴か?
……試す気など更々ないが。
「……麟斗」
「……!」
喰い終わってから数分後の、更の汚れを水で流して水切り台上に置いた直後、後ろからマリスの声がした。
振り向いてみれば、何時もながらの無表情で意識が覚醒しているのか、まだ寝ぼけ眼なのかは判別付かない。
されど視線は忙しなく、卓上に置かれた食パンと、俺の間で行ったり来たりしていた。
「マリス、オーブントースターは一応買ってある。そっちで焼け。合わせる数字は “3” だ」
本当はもう少し捻った方が、焼き加減にムラや残りが少なくなるが……黒コゲになると臭いが暫く滞留し最悪の場合染み付くので、また親父がうるさくなる事を予想し無難な数字を告げる。。
まあこうして教えた所で……また俺にやれなどと、阿呆な我儘言ってきたりするかもしれない。
当然断ってやろう―――
「……わかった」
―――と、思いきや普通にパンを取り出して、調味料置き場にあるパンに振りかけて焼くことで簡単にスイーツトーストが出来る粉(御袋が教えていた)を振りかけ、自分でトースターの中に入れツマミを捻った。
……普通に、ごく普通に驚いた。てっきり昨晩見たく、無駄な問答を繰り返すと思っていたが。
それで、手間が省けるなら良い事だがな。
設定した通り三分で焼け取りだされたきつね色のトーストからは、俺でもまだ芳しいと感じられたバニラの良い香りがふんわり鼻孔をくすぐってくる。
いただきますを言うのももどかしく、小さく口を開けて齧りついたマリスの無表情に、心なしか歓喜の色が宿った気がした。
これは多分、気の所為じゃあないだろう。
「……美味しくて、甘い……ソフトクリームとは違う。同じ、バニラなのに」
「そっちは砂糖主体だからだ。向こうはミルクが主だからな」
「……不思議……同じ、砂糖でもあるのに」
普段考えもせず、考える事でもない違いに、しかしマリスは食べながらも必死に頭を働かせ答えを出そうとしている。
昨日までなら放っておいただろう奇行も、今は少しだけ微笑ましく思えた。
初めて尽くしなら、五歳ぐらいの子供のようにあらゆる事を疑問に思い、眼に映る遍く事に興味を示しても仕方がないだろうからな。
……というか全体の比率でいえば半分以下だろうが……本当に年齢二桁行かない子供のソレだ、マリスの思考は。
―――――と。
「おっはよぅ! 兄ちゃんにマリスたん!!」
漂う甘い匂いにつられたか、珍しく楓子も早起きしてきた。
チッ、まだ寝てりゃあ良かった物を。
なけなしの安寧がものの十数分でぶっ壊されやがった。
……コレから俺は用事があるけども、コイツにはその用事は何ら関係ないし、何より変にボケかまされて足引っ張られても困るので、尚更あと2時間以上はグッスリ寝ていてもらいたい。
俺に睨まれている事など意に介さず、楓子はパンを取り出しながらマリスの方を見て、臭いの正体に気が付いたか目を煌めかせた。
「おおう! マリスたん、バニラシュガー!? ならあたしもバニラシュガー! プラスでキャラメル、更に抹茶! トドメにチョコとハニーレモン!!」
味がごっちゃにも程がある。
例え不味くはならなくとも、絶対に何喰ってるか判別付かなくなるだろうが。
……つーか朝から大声出すな。
一々頭に響いて煩わしい。
「……一つづつ試す」
「朝から五枚食べる気か、お前は?」
「……食べる」
やっぱり駄目だと、俺は胸中で呟く。
この大食いをある程度受け入れられても、やっとこさ予想の範疇内に収まっても……やっぱり何処か異様過ぎて仕方ない。
それでも昨日までと同じ状況だったなら放っておいただろう。
が……今日に限れば、そうさせる訳にもいかない。
「食うなら後二枚までにしろ。お前には特に動いてもらうからな」
「……駄目?」
「駄目だ」
「……ショボン」
雨の日に捨てられた子犬の様な、思わず足を止めてしまう悲しげな雰囲気を称えて、マリスは俯いた。
庇護欲を掻きたてられる所作を学んで実行したところ悪いが、今はそれに乗ってやる気も流されるつもりもない。
……例え平時でも、乗ってやる気はないが。
そして擬音を口で発するんじゃあねえ。
「兄ちゃん兄ちゃん、あたしはー?」
「家の中で固まっていろ」
「……まさかの行動権利なし……!?」
常にトラブルしか呼び込まんお前と好んで行動したい訳が無い。だから俺は、デコ助をデートに誘いたい奴の気が知れないな。
つらつら感想を述べても、最後は “後悔” の一択へ収束するに決まってるだろうが。
……少なくとも俺にとっては。
そんな如何でも良い事を考えていると、あっという間にデザート系トーストを食い終えたマリスが近寄ってきた。
まあ、何で近寄って来たか、何が言いたいかは分かる。
「……麟斗。なんでこれ以上、食べては駄目なのか説明してほしい」
ほらな? 当たった。
嬉しくない。
微妙に眉を顰めつつも、俺はマリスの疑問に答えた。
「明日の為の準備と、少しながら対抗策を練る為だ。早いうちに行動して置いた方が、やれることが多くなる」
「……準備?」
「取りあえず、説明は『現場』に向かいながらだ」
そっちの方が手っとり早いしな。
何より理解力自体はあるマリスだ、簡単な《作戦》の説明でも理解はしてくれるだろう。
自分をそう納得させつつ小首を傾げるマリスから目を外し、間抜けに口を開けながらパンが焼けるのを待っている楓子を見て、何で此処まで緊張感がないのかと……俺は再びやるせない気持ちになった。
あと少し、スズメの涙ぐらいは緊張感を持ちやがれ、と。
―――全ての気合が抜け、気だるげになりそうなほど、ウンザリする出来事が重なった朝食時より、数時間後。
「シッ!」
「……あっ……!?」
時刻は午後四時丁度の頃。
例の場所での作業より帰ってきてから一先ず遅めの昼食をとり、食休みを挟んだ俺達は、今現在庭へ出てある特訓を行っていた。
「もっと腰落とせ。棒立ちが多い」
「……分かった」
特訓内容は、格闘術。
固有能力の威力、範囲、応用力など全てスペックに大幅な差がある以上、【鋼糸鏖陣】だけで対応しようなど愚の骨頂に他ならない。
現に駐車場では対応しきれず窮地に追い込まれていたしな……。
だからこそ【鋼糸鏖陣】や【漆黒爆弾】だけでなく、ド素人仕込みの付け焼刃だろうとも、体術を覚えておいた方が良いと俺は考えた。
相手が親父の様な規格外にも程がある羆だったり、それこそ手練れの剣士であったなら、体術特訓を行う意味など全くない。
アマチュア以下の人間の教えた体術など、すぐに突破されるだろう……それが自明の理だからだ。
「……この特訓は焼け石に水に近い……でも、合理的。だから有り難い」
「教えてる方としても有りがたいな。そう言ってもらえるなら」
だが相手がロザリンドとなると話は変わってくる。
設定と概念のお陰か、1つの動作に限るなら卓越した剣術を扱える彼女でも、それらを組み合わせて行使するとなればまた別。
各術技を無理矢理くっつけた無駄の多い連撃や、動作が大き過ぎただ速いだけの一撃となり果てた拳など、マリスなら苦もなく避けられる。
事実徒手空拳に限定して言えば、何の能力もない常人であるオレですら、余裕を持って避ける事が出来たのだ。
何よりも―――幾ら作戦を用意したとはいえ、相手は己よりもはるか上位へ位置する格上。
起こり得るかもしれない予想外の事態へ対応するならば、固有能力以外も鍛えて置いて損はない。
……よしんばこの闘いを無事に切り抜けられたとしても、まだ何人もの【A.N.G】残ってやがるのだから。
「もう一度構えろ」
「……ん、構え―――」
「シッ!!」
「た……っ!?」
マリスが構えきる前に襲いかかり、放つのは頭部目掛けた左横蹴り。
行き成りで卑怯だと思う人がいるかもしれねぇが、いつ攻撃を開始してもいいといったのは寧ろマリスの方なのだ。
恐らくは出来る限りの範囲、実戦に近い形式で鍛錬を積みたいのだろう。
しかし己から言い出した事でも、不意打ちには流石に驚いたらしい―――が、それも束の間。
マリスは瞬時に屈んで攻撃を躱し、下段からの反撃を狙う。
……だが甘ぇ。
「っ……ラアッ!!」
俺は振り切らずに膝を曲げて、またも頭部狙いの前蹴りへとつなげた。
慌ててマリスは回避するもタイミングが合わず、勢いよく頬を掠めてバランスを崩す。
そのまま俺は左脚を戻し、引いた勢いを使って右脚での回し蹴りを撃ち出した。
空振っても止まらず今度は左ソバット、軽く跳び上がって更に右の脚刀。
思いつく限り、威力が乗る限り、体術での連撃をマリスへ打ち込んでいく。
「……やられない……!」
バク転を繰り返し俺から遠ざかって、マリスは距離を取り此方を見据えた。
次いで飛んでくるのは―――荒波の如く派手にうねる【鋼糸鏖陣】。
威力や切れ味自体は落としてあるものの、スピードは全く加減されておらず、その様は正しく得物を喰らわんとする大蛇だ。
右腕でソレを叩き落として、一度大きく、二度目からは小さくバックステップで距離を取れば……
「……隙有り」
二股に分かれて一方を地面に突き刺し、跳躍と髪の毛アンカーの二つで爆発的な加速を得たマリスが、青き銃弾と化して俺に躍り掛ってくる。
身体を縮めて傾けて、拳撃か蹴撃か、どちらがとんでくるかを分からなくさせている。
残り1メートルと言う所で突き出されてきたのは……左脚でのキックだった。
「ぐぅ……ッ!」
銃弾どころか砲弾ばりに想い一撃を如何にかこうにか受け流し、追撃しようと身構えた。
―――が、背筋に走った『予感』に従いダッキングする。
一瞬遅れて俺の頭上を、鞭のようなしなやかさを持った【鋼糸鏖陣】が通り過ぎる。
更に姿勢を起こして追撃しようにも、2、3度振り切られる【鋼糸鏖陣】の所為で反撃は愚か、追いすがる事もままならなかった。
此処で不意に、マリスの動きが不自然なまでにピタッと止まった。
……一体どうしたのか……?
「……ごめんなさい麟斗。体術戦なのに【鋼糸鏖陣】を使ってしまった」
あぁ、そう言う事か。
確かに俺は格闘戦の特訓をすると伝えていたし、マリスも【鋼糸鏖陣】は封印しようと考えていたんだろう。
なのに、今咄嗟に使ってしまったから、謝罪の為に止まったと。
「いや、寧ろ良いな」
「……?」
「格闘は飽くまで、今メインに鍛えるモノだからな……格闘を主に据えるなら、コンビネーションとして【鋼糸鏖陣】を使っても良いと言ったんだ」
「……なら、そうさせてもらう」
言うが速いか、互いに放たれる正拳突きが正面からぶつかり合い……悔しいがパワーで一歩劣る俺が僅かに押され、弾かれて無防備な体勢を晒す。
されど、俺とてやられっぱなしじゃあ終わらねぇ。
弾かれたが、その勢いを殺さない。
逆にそのまま活かして顎目掛け左アッパー。
「っ……!」
マリスは目を細めつつ、仰け反ってギリギリで避ける。
……だがその動作は、悪手だ。
俺は軽く口角を上げると、大きく右足を下げ踏み込んでから、当たらぬとも振り抜くつもりで左裏拳を撃った。
けれども、マリスとて負けていなかった。
より大きく反って【鋼糸鏖陣】を三つに分割。2本で身体を支え、もう一本の【鋼糸鏖陣】で俺の脚を払ってきたのだ。
オマケに支えの2本を腕代わりにして“構えたまま”起き上り、空中へ跳んだ俺に飛び込みパンチを打ち込んでくる。
一本だけで威力を持たせて操る事も出来て、力こそ落ちるが複数への分割も可能からこその芸当だ。
「ぐっ……うおっ!?」
流石に空中では支えが利かず、俺は防御こそ出来たがその後思い切り吹き飛ばされた。
……それでも何とか身体を捻り、片膝を吐いて着地する事が出来、地面との衝突だけは免れたが。
「っと―――ふぅー……っ」
一旦呼吸を落ち着かせて、マリスをみやる。
……其処で動きを止めたからなのか、少しばかり体が重い事に気が付いた。
やはり幾ら見た目が美少女相手でも、人外かつ格上との特訓は、知らず知らずの内に想い負荷を身体へ与えていたらしい。
見っとも無いが、マリスに頼んで休憩するか……?
「兄ちゃ~ん、マリスた~ん。二人とも元気にやってる? お茶とお茶菓子持って来たよ~っ♫」
と―――ここで、楓子が妙に甘ったるい声で庭先の縁側に現れた。
何時も時期が悪かったり空気を読まないのに、珍しくタイミング良く登場してくれたもんだ。
陰で見ていたんじゃあるまいな……?
有り得るのが何ともまた、否定しがたいところだ。
……でも今回に限って言うならば、見ていようが見ていまいが別段構わないけどもな。
「……特訓開始から二時間は経っている。……今までも、軽く休み休みやって来たけどもう限界。麟斗、休憩しよう」
「本音は?」
「……御茶菓子食べたい」
「やっぱブレねぇな……お前」
顔では呆れつつ、俺とて休憩自体はしたかったものだから、マリスの提案自体は否定しなかった。
縁側に座り、用意されたお茶(急須の中に毛が入っていないかチェックした)をマリスが、コップに並々注がれた水を俺が手にとって、半分ほど飲みほし一息着く。
不格好に切り取られた羊羹らしきものをパクつくマリスを横目に、俺は此処までの特訓を振りかえる。
マリスは呑み込みも覚えも早く、此処2時間で最初の不格好な拳闘よりは……俺の眼から見てだが少しはマシになったと言えた。
だが『殺戮の天使・マリシエル』という“無差別範囲攻撃特化の概念”に引っ張られているのか―――余り上手いとは言えなかった。
不慣れであるだけならまだしも、未だに棒立ちも多く、【鋼糸鏖陣】を操った時の方が動きも良い。
寧ろ、余計な技術が足を引っ張っているのかもしれない。
それでも……今の状態でもロザリンドクラスなら容易に対処できるだろうし、少し特訓を重ねれば対処もあと少しばかり楽にはなるかもしれない。
何より、今回の戦闘のみ有効な特訓なのだ。今後も続ける必要はない。
兎にも角にも、今日は夕飯時まで特訓を続けるとしよう。
―――夕飯とは言っても俺は全て生モノで、楓子とマリスは宅配飯1択しかねぇがな。
……イチャついてないで早く帰ってきてくれ……御袋。
「……麟斗、羊羹食べない? ……私が食べていい?」
「好きにしろ」
「……分かった、好きにする」
言うが早いか俺の皿の上にあった羊羹を神速でかっさらっていった。
こういう時の動作は何時も以上に、そして物凄く速いとは……もっと別の個所でその反射速度を活かせないモノなのだろうか?
……いやまず無理か。食べ物限定なら。
そんな余計な事を考えつつも、後もう一回特訓を行うべく、頭の中でメニューを組み上げて行く。
「食い終わって少し休んだら、最後の特訓だ。出来るだけ【鋼糸鏖陣】をコンビネーションとして取り入れろ。……良いなマリス?」
「……分かった、頑張る」
リスみたく頬いっぱいに羊羹を詰めたマリスは、微かな咀嚼音を出しながら大きく頷いた。
呑み込むと同時にパンパンと手を叩き合わせて払い、自分から庭の方へと歩を進めて行く。
その背中を見やりながら俺も立ち上がって、彼女の背後に付いて行く。
……そして、再び特訓が始まる。
――――後六時代まで、なけなしの格闘訓練は続いたが、何処まで遊び呆けているのか御袋も親父も帰って来なかった。
溜息を吐きながら、俺達は座卓の前に集合した。
「……疲れた」
「だねー。もうバンバン打ち合いまくってたし! でも格好良かったよマリスたん!」
「……有難う」
そんな会話をしり目に、俺は戸棚をあさる。
結局昨晩と同じように有り合わせのモノで飯を済ませると、テレビもつけずゲームもやらず、さっさと居間へむかう。
薄暗い部屋の中で俺は考えていた。
……泣いても笑っても……明日はロザリンドとマリス決闘、逃れられないのだ。
明日、出来る範囲で全力を出すしかない。
そして、最悪の結果を回避すべく、尽力するしかないと。
「おぉ! あんな泥まみれだったのにマリスたんの肌スベッスベだぁ。……ハッ! もしかして私の為に陰で――――んもぅ♡ そんなに好きなら言ってくれればいいのにぃ、マリスたんのムッツリィ♫」
「……?」
―――にも拘らず……当の本人であるマリスや、全ての元凶たる楓子も、呑気な雰囲気を霧散させようとはしない。
マリスに至っては夕食が出た途端に、訓練時の雰囲気を霧散させてしまった。
今では、ムトゥーヨガー堂の際の緊張感の欠片もない姿勢に変わってしまっている。
俺がどうなるのかと脅えを含んで考え込んでも居るというのに……それがいっそ馬鹿馬鹿しくなるぐらいの明るさを、ついぞ保持したままだった。
本当にこいつ等は、明日とんでもない激戦になる事を分かっているんだろうな?
何時もならば声に出して(拳も込みで)楓子へと突っ込むところだが、生憎と眠気の方が勝っており、動かすのが億劫に感じたので断念する。
そんな変態と死神のやり取りを見続ける内に――――疲れからだろうか、俺もマリスも、騒いでいただけの楓子さえも……何時の間にか眠ってしまっていた。
明日への不安を、己が胸に抱いたまま…………。
ページ上へ戻る