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変わるきっかけ

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8部分:第八章


第八章

 声が聞こえてくる。その声の一つは今日子先生でもう一つが問題であった。
「若い声だな」
「そうだな」
 忠直は健三の言葉に頷く。
「じゃあやっぱり年下かな」
「そうみたいだな。じゃあやっぱり」
「先生、意外とやるな」
 忠直はここで先生を褒めた。先生を褒めるのははじめてであった。
「年下をゲットするなんてな」
「ああ。それにな」
 ここで健三はその先生の言葉を聞いているうちにあることに気付いた。
「これ先生の声だよな」
「ああ、間違いない」
 忠直は健三の言葉に確認してまた頷く。
「けれど喋り方が」
「そういえば」
 今度は忠直が気付く番であった。
「あれだな」
「ああ、あの厳しい調子じゃないぞ」
 そうだったのだ。下から聞こえてくる先生の声の調子は。
「普通の女の子のそれだぞ」
「女の子だな」
 大人の女のそれではないというのが重要であった。
「どうやらこれは見物だな」
「ああ、じっくりと見ようぜ」
 二人はそう言い合って隠れて先生を待つ。やがて声が完全にはっきりと聞こえるようになった。
「今日は返さないんだから」
「今日も!?」
 先生の意外な声が聞こえてきた。何とも甘い調子である。
「何かな」
「ああ」
 忠直と健三はその声を聞いて囁き合う。
「全然違うっていうかな」
「本当に先生なのかよ」
 二人は顔を顰めながらも先生とその彼氏の話を聞き続けるのであった。
「まあいい。ここは黙ってな」
「話を聞くか」
 そんなことを言い合いながらまた先生と彼氏の言葉のやり取りをまた聞く。先生は二人に気付くことなく相変わらず彼氏と甘い会話をするのであった。
「ところでさ、今日子ちゃん」
「何、憲次君」
 見れば先生の服はいつものベストとミニスカートである。服装自体は変わらないがその身体のあちこちを背が高くスラリとした爽やかな茶髪の青年が持っていた。
「最近忙しいの?」
「時間は作るから」
 先生は憲次と呼んだ彼氏に顔を向けてにこりと笑ってみせた。
「それは安心して」
「どんなに忙しくてもなんだね」
「だって。憲次君と一緒にいたいから」
 生徒達の前で見せる顔とは全く違っていた。それは完全に大人の女というよりは恋する乙女の顔であった。似合わないようでかなり似合っているように二人に見えた。
「意外っていうかな」
「驚きだな」
 そんな話をしながら忠直と健三は先生を見続けるのだった。
「けれど。無理はしないでね」
 憲次はここで先生に対して言うのだった。左手で彼女の豊かな腰を抱いて右手は彼女の右肩に添えている。そうして話をしていた。先生も彼氏のそんな手をあえて受けていた。
「今日子ちゃんが疲れたら僕が困るから」
「心配してくれているの?」
「うん」
 そして先生に対して頷くのであった。にこりと笑って。
「だって。やっぱりね」
「有り難う」
 先生は甘い顔で憲次の言葉を受けて微笑む。
「その言葉が嬉しいわ」
「ところでさ」
 ここで先生に対して言ってきた。
「何?」
「生徒達にもそんなふうでいているのかな」
「そんなふうって?」
「今日子ちゃんいつも優しいじゃない」
 そう今日子に対して言うのであった。
「僕に対しては。自分の生徒に対してはどうなの?」
「えっ・・・・・・」
 先生は彼氏にそう問われて顔を強張らせた。二人はそれを聞いて目を顰めさせるのであった。
「何か先生ってな」
「ああ、そうだな」
 健三は忠直の言葉に頷いた。
「俺達の前ではあえて厳しいふうに装って」
「彼氏の前ではあんなにデレデレだったんだな」
「デレデレっていうかよ」
 忠直は先生を見ながら言う。
「あれが地なんじゃないのか?」
「先生のか?」
「ああ」
 そして健三の言葉に応える。
「あれだけ自然だとな。そうとしか思えないぜ」
「地かよ、あれが」
 健三はそのことに驚きを隠せない。まさかとは思うが。しかし忠直の言葉が嘘ではないことは今の先生を見れば見る程十干できるものであった。
「しかしそれだとするとかなり」
「女の子みたいっつうかな」
 忠直は首を捻りながら言葉を選んで出す。
「乙女チックだよな」
「そうだな」
「誰にでも優しくして欲しいな、僕は」
 憲次はそう先生に語るのだった。じっと先生の目を覗き込んで。
「だって今日子ちゃんはとても優しい女の子だから」
「だからなのね」
「僕にだけ優しくしないで」
 彼はまた言う。
「皆にも。それは駄目かな」
「皆にも優しくなのね」
「そうだよ」
 また憲次は先生に言った。
「僕はそうして欲しいけれど。駄目かな」
「それは」
「今日子ちゃんはその方がずっと奇麗だし」
 言葉が殺し文句になってきた。
「皆にもね。御願いだよ」
「憲次君にそう言われると」
 先生も弱かった。その整った大人の女性の美貌をたたえた顔を赤らめさせて言う。
 
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