変わるきっかけ
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5部分:第五章
第五章
「あのマンションだよな」
「ああ」
健三は何を今更といった感じで忠直の言葉に頷いた。
「そうだけれどそれがどうしたんだ?」
「外からじゃ全然わからないんだ」
忠直は少し俯いて考える顔で呟いた。
「中に入ればどうだろうな」
「その中に入られないから困ってるんだろ」
健三はこう言い返す。
「どうやって中に入るつもりなんだよ」
「あそこの人に知り合いを作るんだ」
「知り合いを?」
「駅前の喫茶店あるだろ。あの和風の」
「ああ、あそこは」
健三もその店は知っていた。それで忠直の言葉に応える。
「アンティークだろ」
「そこのウェイトレスのお姉さんあのマンションにいるんだ」
彼はそれを知っていたのである。
「この前マスターとそんな話をしていたの聞いたんだよ」
「そのウェイトレスさんとお知り合いになってか」
「そうさ。これでどうだろうな」
「いいんじゃねえのか?って言いたいけれどよ」
しかし健三はここで大きな疑問を抱かずにはいられなかった。それは下手をすれば屋上でのパーティー実現よりも難しいことである。
「できるのかよ。その人と彼女になるって」
「大丈夫だって」
「本当かね」
即座に突っ込まずにはいられなかった。今の大丈夫という言葉は全く根拠のないものにしか聞こえなかったから当然であった。
「今の言葉は」
「俺を信頼しろって」
「信頼できたらいいな」
ここでも言葉は醒めている。
「果たしてどうなるか」
「三日後な」
それでも忠直は変わらない。平気な顔で健三に言うだけだった。
「確実になっているからな」
「期待しないで待つことにするさ」
「期待しておけよ」
これが忠直の言葉であった。とにかく三日後であった。段々時間がなくなってきているがそれならギリギリかと思いながら本当に期待しないで彼の次の報告を待つのであった。
そうしてその三日後。忠直は教室において明るい声で健三に対して言うのであった。
「上手くいったぜ」
「いったのかよ」
「ああ、全然な」
にこにこと笑顔でまた言う。
「告白したらにこりと笑ってオッケーしてくれたぜ」
「そうなのかよ」
あまりにも意外な言葉に健三も内心かなり呆れていた。
「何でそんなに上手くいくんだよ」
「俺に不可能はないのさ」
彼は笑顔で言う。何の根拠もなくだ。
「これで手筈は整ったな」
「それよりな」
健三は醒めた目でその忠直に対して言う。
「御前に彼女ができたのか」
「ああ、そうだぜ」
忠直はしれっとした顔で健三に対して告げる。
「それがどうしたんだよ」
「どうしたもこうしたもあるか」
そう忠直に対して言葉を返す。顔が怒ったものになっている。
「何で簡単にそう話が進むんだ。御前に彼女だって」
「彼女ができたのに嫉妬しているのか?」
「そうだよ」
さらに不機嫌な顔で忠直に言う。
「何でこんなに簡単に御前にな」
「俺はもてるからな」
ここでも忠直は不遜なまでに自信に満ちていた。そんな彼を見て健三はいい加減頭痛を覚えてきた。今日子先生のことよりこっちの方が問題だとさえ思っていた。
「だから簡単にな。ああそうそう」
「それで何だよ、今度は」
「ちゃんと最後までいったぜ」
彼は笑顔で言う。
「あの人の部屋でな。やっぱり年上の女の人ってな」
「それ位俺でもしてるよ」
健三も憮然として言葉を返す。
「中学生の彼女とな」
「おい、犯罪者」
素直に自分にも彼女がいてやることはやっていると不機嫌そのものの顔で言い返すといきなり忠直にこう言われた。
「中学生に手を出したらまずいだろ」
「御前に言われたかねえっ」
流石に彼も忠直には言われたくはなかった。
「ったくよお、何で御前がそんなに上手くいくんだ。俺はそこまでこぎつけるのに苦労したってのによ」
「これも人徳だな」
忠直はまたしても自分に都合のいい解釈をする。
「俺の前世からのな」
「じゃあ来世ではゴキブリかカマドウマに生まれ変わるな」
言葉にいちいち突っ込むのも疲れていたがあえて突っ込む。
「人徳の話になると」
「何か御前冷たいな」
「気のせいだと思ってくれ」
これ以上話をするのもあれなので打ち切ることにした。
「それでだ」
「それでって何だよ」
忠直は健三の言葉に顔を向ける。
「マンションには何時行くんだ?」
「今日だよ」
彼はあっさりと言う。
「今日行くぜ」
「何か動きが早いな」
「当たり前だろ、もう時間がないんだからな」
「そりゃ誰かさんが三日も時間を潰したからな」
健三はそう忠直に嫌味を言う。
「まあ今日なら今日でいいけれどな」
「反対はしないんだな」
「するわけないだろ」
彼はまた忠直に対して言うがその目はさらに不機嫌なものになっていた。
「屋上でパーティーするんだろ?」
「どうしてもな」
彼もその言葉に頷く。忠直は本気であった。
「やってやるさ」
「そうか。じゃあ行くぞ」
忠直に対して声をかける。
「今日授業が終わってからな」
「彼女の家に行くからな」
「彼女の家にか」
健三はそれを聞いて何か不機嫌な顔のままで言うのだった。
「悪いか?」
「悪いっていうかよ」
彼はさらに不機嫌な顔になる。それが何故かは彼もわかっていることであった。
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