八神家の養父切嗣
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
八話:会話
「ふーむ……これは中々に歯応えがあるね」
「ドクター、リインフォースの件で何か不都合でも?」
「いやいや、彼女の方は非常にスムーズに進んでいるよ。あと少しで完全復活だ。私が悩んでいるのは新しい家族のことだよ」
スカリエッティと同じ髪の色をした彼の娘であるウーノの問いかけに彼は軽くタッチパネルを叩きモニターに件のものを映し出す。
役割がスカリエッティの秘書と世話であるウーノは一目見ただけで納得する。
そこに映っていたのは培養槽の中に浮かぶ衛宮切嗣の姿であった。
「衛宮切嗣の遺伝子で新しい家族を創るつもりですか?」
「そのつもりだったんだがね。どうしても適合率が低くくてね。クローン培養だとどうしても行き詰ってしまう」
「純粋培養にはなさらないのですか? いえ、彼のスキル狙いですか」
「その通り。だが、どうにも彼は細胞の一粒に至るまで私を嫌っているようだ」
大げさに肩をすくめて見せるスカリエッティだがウーノは特に反応を返さない。
スカリエッティが今進めている研究、『戦闘機人計画』人と機械が融合した新しい生命体。
機械の部分は作ればどうにでもなるのだが、肉体の方は元となる細胞、遺伝子が不可欠だ。
それ故に彼をもってしてもこうして難題にぶつかることがある。
しかし、彼にとってはこのぐらいの歯応えがある方が、楽しみがいがあるのだ。
「しかし、何故、彼のスキルにこだわるのですか。高速起動なら、トーレのインヒューレントスキルで十分なのでは?」
彼女達、戦闘機人にはそれぞれ先天固有技能、ISが備わっている。
どれもが非常に強力な能力であり、彼女達の最大の武器と言っても過言ではない。
そして、この能力はクローン培養であれば元となった人間のレアスキルなどを継ぐことも可能となる。
しかしながら、元々の人間と機械の相性にもよるのかその場合は成功率が低い。
特に切嗣に関してはもはや、意志を持っているのではと感じられるほどに相性が悪いのだ。
その点、純粋培養であれば狙った能力は出しにくいが成功率は上がる。
こちらであれば、切嗣の遺伝子を使うことも不可能ではない。
だが、それではスカリエッティが望む能力は付与できないのだ。
「んん、思い違いをしているようだが、彼のレアスキルは高速起動ではないよ。あれは体内時間の操作だ。現に彼はあれを用いて心臓の鼓動を三分の一にまで遅くしたりしているからね」
「そうでしたか。しかし、それでも彼のスキルはリスクが大きすぎるのでは?」
ウーノがもっともな意見を出し、それにスカリエッティも頷く。
確かに、切嗣の固有時制御はお世辞にも使い勝手がいいとは言えない。
そもそも、彼自身が普通の移動魔法が使えるのなら使わないと断言する代物だ。
魔法では到達できない速度に到達することも可能だが、そのリスクが骨折では割に合わない。
「だが、ウーノ。少し考え方を変えてみてごらん。彼は移動魔法とレアスキルを併用して使うことができないが、私達の新しい家族ならば可能になるのではないのかい?」
「つまり、究極の機動特化型の誕生ですか」
「そう。もっとも、トーレが居るから機動特化はあまり必要ではないかもしれないがね」
「なら、やはりそこまでしてこだわる必要はないのでは?」
「確かに。しかし、私が本当に着目しているのはそこではなく、時間を制御するという力だ」
随分と回りくどく、答えにたどり着くまでに時間を掛ける話し方をするスカリエッティ。
もしも、相手が切嗣であれば無視をして部屋から出ていくレベルだが、ウーノは気分を害することもなく静かに聞く。
その様子は彼女が自身の存在理由はスカリエッティに仕えることだけと思っているのを如実に表している。
「時を思うがままに支配し、改竄する。それはまさに神の所業ではないかね?」
「確かに、そういった見方をすることも可能です」
「その通り。もしも、もしもだよ。彼の力を彼以外の物に付与できたとしたら素晴らしいとは思わないかね。既に死んだ者すら巻き戻し、蘇らせる。己以外の全ての時を止める。永劫の時を一瞬にして味合わせ、塵だけにする。勿論、自身の不死化も簡単だ」
長々と演説を行い、疲れたのか少し咳をするスカリエッティにウーノが水を差しだす。
彼はそれを一口程、口に含み一息をつき再び口を開く。
「ようするにだ。私は戦闘機人すら超えた生命体、いわば―――神を作り出してみたいのだよ」
「神……ですか」
「そう、神が人を生み出したのだとほぼ全ての宗教では言われている。しかし、私は知っている。人を生み出すものは人以外にあり得ないのだと。なら、人が神を創り出すことも不可能ではないのではないのか?」
余りにも飛躍した話にここにきて初めて驚いたように目を見開くウーノ。
一方のスカリエッティはまるで子供のようにキラキラと瞳を輝かせ、不気味に笑っている。
そのギャップは常人が見れば鳥肌が立つほどのものだが、娘である彼女からすればむしろ落ち着くものであった。
「ドクターが目指すのならば可能でしょう」
「くくく、そう言ってくれるかい。嬉しいよ」
「しかし、今は妹達とリインフォースの件に集中してください。横道にそれてばかりでは進めたいものも進められません」
「む、それもそうだね。大切な娘達と客人の為だ。気持ちを入れなければね」
少したしなめられるように言われて真顔に戻るスカリエッティ。
それを澄ました顔で見つめながらウーノは実験のデータの分析と整理を行い始める。
彼もまた、作業を始めようとディスプレイに目を戻すがふと、あることが気になり声をかける。
「ところで、ウーノ。君はやけにリインフォースのことを気にかけているように見えるのだが、私の気のせいかい?」
「いえ、気のせいではありません」
スカリエッティは、彼女のはっきりとした肯定の答えに少しばかり驚く。
基本的に冷静沈着な彼女が誰かに肩入れするというのも珍しいと思いさらに尋ねる。
「それはなぜだい?」
「そうですね……。以前、彼女に幸福とは何かについて問われ、ドクターに仕えることが全てと答えたら、高い共感を感じられたからでしょうか」
誰かに仕えることが幸福という考えはデバイスであったリインフォースには理解しやすい幸せであったのだ。
その為か、その在り方を称賛し尽くした。
結果として、ウーノの方もリインフォースに好印象を抱き、良好な関係を築くに至ったのだ。
それを聞いたスカリエッティは心底愉快そうに笑い、愛おし気に娘を見やる。
「くくく、そうかね。確かに、君達は誰かに仕えるという点では似通っているとも言える。私の方もいつも感謝しているよ」
「恐縮です」
お互いに少しばかり笑って言葉を交わし、二人は新たな作業に戻るのだった。
無数の命を弄んで得たデータを纏めるという作業に。
木と木がぶつかり合う甲高い音が響く。
音の出所に目を向けてみれば、一人の女性と少女が剣の稽古をしているのが見えるだろう。
木と木がぶつかる音の正体は木刀同士の衝突音である。
「もらった!」
「まだ、踏み込みが甘いですよ、主」
「のわっ!?」
少女、はやてが機と見て一気に勝負に出るものの、それは女性、シグナムの前では無意味。
軽くいなされ、お手本を見せるかのように理想的な踏み込みで内に入り、木刀を弾き飛ばす。
空しく宙を舞う自身の木刀を慌てて追おうとしたところでシグナムの木刀が突き付けられる。
「はぁ……降参や。また、負けてもうた。やっぱ、シグナムは強いなぁ」
「恐縮です。しかし、主も初めの頃より成長なされています」
「そか、ほんならもう一本や!」
「はやてちゃん! そろそろ休憩してください。もう三時間も続けているんですから。シグナムもちゃんと考えてやって!」
さあ、もう一勝負といったところでシャマルの雷が落ちた。
普段は怒らないシャマルに、はやてもシグナムも驚き条件反射で頷いてしまう。
もしも、これがシグナム単独であればシャマルも特には言わないであろうが今回ははやてがいる。
日常生活に支障なく歩けるようになったとはいえ、何年も歩いていなかった足にはまだ必要な筋力は備わっていない。
やりすぎれば怪我の元になりかねない。
「はやてちゃんはまだ子供なんですから、急激に鍛えると背も伸びなくなりますよ」
「それは、堪忍やなぁ。……はぁ、早よ、大人になれればなぁ」
「そう思うならちゃんと休憩してください。……でも、どうして急に剣なんて習い始めたんですか?」
またしても笑って誤魔化そうとするはやてにため息をつくシャマル。
そして、何故はやてが今まで興味を持つこともなかった剣を習い始めたのか疑問に思う。
シグナムに関しても主の命、それに加えはやてが剣に興味を持ってくれたということで二つ返事で教えることを了承したので理由は知らない。
「つよーなりたいんや。その為なら何でも試してみんと」
「主はやて……そういうことでしたら私も全身全霊をもって主を鍛えさせていただきます。しかし……」
真剣な眼差しで思いを語るはやて。その思いは現状に対する焦りも含まれてはいるが、何よりも目標への強い想いが根底にあるものだった。
シグナムもその想いを感じ取りいっそう真剣な言葉で応える。
しかしながら、あることを理解しているために少しばかり言葉を濁す。
はやてもそれに気づかぬ程鈍い少女ではない。
「遠慮せんで言ってええよ、シグナム」
「はい。では、失礼ですが、主はやてには剣の才能は有りません。勿論、全く無いというわけではありませんが、それを獲物とするのは困難かと」
「はやてちゃんの適正はリインフォースと同じ広域殲滅型です。私達は元々、それぞれが一つの芸に特化した存在ですし」
「そっかぁ……そうやなぁ」
二人に説明をされてどこか納得のいったような顔をするはやて。
守護騎士はそれぞれが各々の長所を生かし、欠点を補うことを想定して作られた存在。
ベルカの騎士は一対一でこそ、その真価を発揮する。
しかし、彼らは例外的に高度なチームワークを持つことを許された存在でもある。
「私達四人と、主はやて。それらが揃えば隙は存在しません。故にご自身の適正である広域魔法を重点的に学ぶのが強くなるための一番の近道かと」
「そやな、シグナムの言う通りや。やけど私は学ぶよ。シグナムだけやなくてヴィータや、ザフィーラ、シャマルからもな」
「どうしてですか、はやてちゃん?」
自分達、騎士達の技能を一通り学ぶと言うはやてに二人は驚き尋ねる。
それは決して不可能というわけではないが時間もかかる上に険しい道だ。
先ほども言った通り、はやては広域魔法を修めるだけで十分強くなれるのだ。
劣っている部分を他の部分でカバーすることもできる。
だが、彼女はさらに上を目指すと言うのだ。
「私は夜天の主や。やから、みんなの力を身をもって知っときたいっていうのとな。一人で戦うことになった場合の引き出しが欲しいんや」
「単独での戦闘ですか。私達の力だけでは不安でしょうか」
「ちゃうよ。今はみんなが一緒のことが多いけど、そのうちバラバラになって仕事に出ることも多くなる。その時の対処の為やな。後は……」
一旦言葉を切り、喉を鳴らすはやて。
その仕草に重大な発表があるのかと身構えるシグナムとシャマル。
たっぷりとタメを作った後にはやては口を開く。
「おとんと戦う時の為の備えや」
「お父上と……ですか?」
「うん。賭けてもええけど、おとんのことやからこっちの長所を潰しに来る。みんなで揃ってる時には逃げるやろうし、一人ずつ襲いに来るに決まっとる」
「そ、それは……どうなんでしょうか」
はやての父親に対する間違っているようで的確な信頼に思わず苦笑いを零すシャマル。
シグナムは否定しようかとも思うが切嗣の前科が前科の為に何も言えずに困った顔をする。
一方のはやてはと言えば、養父の卑劣さを思い出しているのか、うんうんと頷いている。
「そうなった時に逆にとっちめて、みんなの前に引きずって来るには近接戦も鍛えんといかんのや。勿論、メインは広域魔法やけどな」
「そういうことでしたら……分かりました。私も協力します、はやてちゃん」
「おおきにな、シャマル。ん? でも、よう考えたらシャマルの補助系は近接戦には役に立たんかも……」
そう言えばと思い出したように呟くはやてに目に見えてショックを受けるシャマル。
その様子にシグナムも面白がりさらにからかう様にポンと彼女の肩を叩く。
「ふ、残念だったな、シャマル。安心しろ、主の鍛錬は私達が責任をもって行う。お前はしっかりと応援をしてくれ」
「そ、そんなぁー。私もはやてちゃんに教えられることはたくさんあります!」
「ふふふ、冗談やよ。ちゃんといろいろ教えてもらうからな、シャマル先生」
その後、しばしば騎士達から戦闘訓練を受けるはやての姿が目撃されるようになった。
しかし、その分、はやての休息の時間が減りシャマルの頭を痛ませるのだった。
おまけ~イノセントに切嗣が居たら~
題名 「私と家族の一日」 三年二組 八神ヴィータ
八神家の朝は早い。一番の早起きはシグナム。
次にはやてとアインスが起きて朝ご飯を作り始めるころにあたしが起きる。
一番遅いのはいつも切嗣だけど、偶にシャマルが寝坊する。
起きたらザフィーラと一緒に朝の散歩。
ザフィーラはあたしを乗せたまま走れるすげー奴。
偶に切嗣とも散歩に行くけど、近所の爺ちゃん達みたいにのんびり歩く。
でも、色々なところに旅行に行った話をしてくれるから、全然退屈じゃない。
散歩から帰ったら朝ご飯。はやての作るご飯はいつでも美味しい。
はやては料理の天才だと思う。ご飯を食べたらシグナムとシャマルは大学に行く。
あたしも学校、はやてとアインスはお店に行くんだけどアインスは偶にソファでうたた寝してることがある。
夜遅くまで勉強頑張ってるのはすげーけど、ちょっと心配。
でも、そんな時はいつも切嗣が何も言わずにアインスに毛布を掛けて自分が八神堂に行く。
普段はちょっと情けないけど、こういうところはかっこいいと思う。
学校から帰ったら、八神堂の二階で宿題をする。
ここは何でも揃っていてまるで秘密基地。あたしのお気に入りの場所だ。
ただ、みんなが帰ってくるとかまってくるので偶に大変。
切嗣とアインスはアイスを持って来たり、シグナムは外で遊ぼうと誘って来たり。
シャマルはあたしの好きじゃないフリフリの服を着せに来るから一番大変。
宿題中ぐらいおとなしくしててほしい。
宿題が終わったら塾か自由時間。
この日は塾がお休みだったからBDの強化案を考えた。
八神堂はベルカスタイルのBDオーナー店。
ショッププレイヤーとして強くなるのも大事なお手伝い。
ショッププレイヤーと言えば切嗣だけが家で入っていない。
おじさんには辛いって言っているけどBD自体は上手いから不思議。
夕方、この日はシグナムと一緒にアインスを夜間学校まで送った。
帰りはスーパーで晩御飯の買い出し。
買い物をしながらシグナムにもっと家にいてもいいと言ったら、笑いながら頭を撫でられた。
いまいち、よくわかんない。
帰ったらお風呂に入って、それから晩ご飯。
はやてのご飯はやっぱりギガうま。食べ過ぎちゃうけどしょうがない。
ただ、シャマルがお手伝いしたときはたまに凄いのが混じってるから油断できない。
今日は麻婆豆腐の唐辛子の量が凄いことになっていた。
あたしとシグナムは一口でギブアップ。ただ、切嗣だけが凄い勢いで食べていた。
しかも、おかわりまでしていた。はやては男を見せたって言ってたけどなんだか違う気がする。
ご飯を食べてのんびりしているとザフィーラとアインスが帰ってきた。
いないと思ってたら迎えに行ってたっぽい。やっぱりザフィーラは凄い。
でも、残った麻婆豆腐を食べてもらったらぐったりしていた。やっぱり、切嗣が変だと思う。
だんだん眠くなってきたから今日も早めに寝る。あたしはいつもはやてと一緒に眠る。
いろんな事があって一緒に暮らしてる。誰も血の繋がりはない変わった家族だけど。
毎日楽しいし、幸せだから―――
「『世界で一番の家族だと思う』…かぁ。ありがとうな、ヴィータ」
ヴィータの作文を読み終えた八神家の面々は微笑まし気に静かに寝息を立てるヴィータを見やる。
但し、ただ一人、切嗣だけは感動の涙を流し続けているが。
「おとん、どうしたん?」
「いや……僕は幸せだなって思ってね」
「なんや、大げさやなぁ」
「ははは、そうだね。でも……本当に幸せだ。ありがとう、みんな」
涙を拭いながら噛みしめるように幸せだと何度も呟く切嗣。
その涙の意味を家族は理解できないが本心だということだけはわかるので頷く。
彼らにとって切嗣は本物の父親のような存在なのだ。
“家族だけの味方”。それが彼らにとっての八神切嗣だ。
「ところで、あの麻婆豆腐をどうやって食べきったんや? ザフィーラが次の日の散歩を辞退するほどの代物やったのに」
「ん? だってあの麻婆豆腐は美味しかったじゃないか」
「え?」
「え?」
ただ、最近どうしても理解できない部分ができたとか。
~おわり~
後書き
おまけのおまけ
「なぁ、おとん。お風呂に入っとったらいきなり魔法少女のステッキが―――」
「スカリエッティのラボにでも捨ててきなさい」
完
次回はスカさんの乱入時に颯爽と現れる正義の味方ケリィを書きます(冗談)
ページ上へ戻る