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邪教の僧達が幻想入り

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倒れていた女性

(・・・む・・・?)

深い森の中、地面に倒れ伏した女性がふと目を覚ます。
視線には生気がなく、体を起こす事もなく女性は倒れた姿勢のままで辺りを見渡す。辺りには一面の木々に芝、茂み、人っ子一人いない。

(何処じゃ・・ここは・・儂(わし)は、あの時・・・)

彼女がふと地面に目を落としたとき、前方に向けてダラリと伸びた手に目を止める。同時に彼女の視界を柔らかな長い髪がフワリと覆った。

(・・・?)

女性は怪訝な顔つきになる。しかしそこで丁度力尽きたか、もう一度ゆっくりと目を閉じ、カクンと頭を垂れ、そのまま動かなくなった。



◇◇◇





「ナズーリン、大変です!」
所変わって、ここは幻想郷の人里離れた寺、命蓮寺。
黄色い髪に炎をあしらった飾りを着けた女性が、襖を耳障りな音をたてて跳ね退ける。

「なんだいご主人、また宝塔を無くしたか?」

「いえそれはさっき森で見つけ・・・じゃなくて!」

ナズーリンと呼ばれたのは座敷でボンヤリしていた小柄な少女。ネズミのような耳、尻尾を生やした彼女は、うんざりした表情で目の前の相手を見た。というのも、入ってきた少女は寅丸 星(とらまる しょう)といい、何かとそそっかしい奴なのだ。現に「あの、森の中に、女の人が、た、倒れて。」とオロオロしている星に、ナズーリンは一言「落ち着け」と言って立ち上がる。

「とりあえずその倒れている場所に案内してくれ。こちらに運ぼう。」

「は、はい!こっちです・・・いたっ!」

踵を返して走り出した星、彼女が躓いてサッカーボールのように転がって行くのを見て、ナズーリンは思わず溜め息をついた。

「やれやれ・・・」


◇◇◇


「よしっ・・と。」

女性を布団の上に寝かせ、二人は一息つく。星は依然気がかりなようでチラチラと女性の髪を覗き込み、ナズーリンの表情を窺う。

「見たところ外傷は無いし、脈も正常だ。放っておけば目は覚めるさ。」

「・・・はい。」

自分の尋ねようとした事を先読みされ、事も無げに返された星は少々しょんぼりした様子で、無愛想なナズーリンから目をそらし、仕方なく布団に横たわっている女性に目を移す。

「・・・綺麗な人ですね。」

女性は黒い法衣に身を包み、その肩口には、少々傷んでいるもののふんわりとした長く黒い髪が伸びている。その髪は胸元まで届き、豊かな起伏に合わせてしなだれかかっている。顔立ちは端正で、多少青白いもののそれが寧ろ落とせば割れる宝石のような、危うい美しさを醸し出していた。ツンと張った唇が一点だけ落とされた紅のように、また、長いまつげが薔薇の棘のように、その顔にアクセントを加えている。

「・・・・・・」

怪訝な顔のナズーリンもそっちのけに、星は見惚れでもしたのかグングン顔を近づける。いつしか目と鼻の先まで距離は縮まっていた。

その時。

「ん・・む・・・」

「・・・あ、気がつきました?」

女性がゆっくりと目を開き、星は多少戸惑いながらも微笑んで声をかける。

「ふむぅ・・・はっ!」

女性は暫し不機嫌そうに目を擦っていたが、突然目を見開いて跳ね起きる。星の顔が目の前なのも構わず。

「あうっ!」

「ぐはぁっ!」

当然額を互いにスマッシュヒット。星は顔を覆って畳に倒れ込み、女性は額を押さえながら頭を枕に逆戻りさせる。

「「いたたたた・・・」」

「何してんだ一体・・・」

ナズーリンはゆったり立ち上がると、うずくまる星を尻目に女性の横に仁王立ちになる。女性が涙を浮かべながらポカンとした顔で振り向くと、ナズーリンは見下ろしたままで不躾に尋ねる。

「起き抜けで失礼。君は誰だい?見たことない顔だが。」

女性はナズーリンの不遜な口調に一瞬眉をしかめたが、すぐに口を開く。

「儂は仁寛こと、蓮念(れんねん)じゃ。」

若々しい顔に似合わず年寄り臭い口調と声色で答える蓮念。それを気にも留めずにナズーリンは質問を続ける。

「何であんな森の中に倒れていた?何があったんだい?」

ナズーリンの遠慮のなさに星は二人の間に視線を泳がせて肩を小さくしている。蓮念もムッとしたのか少しばかり頬を膨らませた、が。

「・・・?」

なにやら一瞬ハッとした表情を浮かべ、布団に目を落とし、額に指を当てながら考え込む。

「・・・・・・」

その無言の状態で十数秒。流石に痺れを切らした星が横から口を挟む。

「あの、どうかしましたか?」

その瞬間、蓮念はグルリと無言で振り向いた。その顔は怪訝な表情のままピクリとも動かず、星はひゃ、と小さく声をあげて蓮念と見つめ合う格好になる。

「・・・分からん・・・」

「へ?」

蓮念のポツリと呟いた言葉に、星は間の抜けた声を出す。ナズーリンがピクリと眉をあげる横で、蓮念はユラユラと天井の方向に宙を追っている。

「覚えていないのだ・・・何も、思い出せん・・・!」

「ええ!?」

星が弱った声をあげる。ナズーリンは眉をしかめて頭をひとしきり掻き、独り言のように呟いた。

「記憶喪失、か・・・」

部屋が沈黙に包まれる。自身の事を名前以外知らぬ蓮念は元より、星やナズーリンもどうしたらいいのか考えあぐねていたのだ。その時。

「ああーっ!」

突如星がバネのように飛び上がって声をあげた。二人の目が一斉に星に集まる。

「ど、どうしたご主人。」

さしものナズーリンも戸惑った様子で星を見つめる。星はパタパタと要領を得ない身ぶり手振りを繰り返しながら話し出す。

「わ、私、蓮念さんが倒れていた時・・・」

「う、うん」

「ふむっ!」

もしや何かの手がかりか、と二人は星の前に身を乗り出す。星は気圧される事もなく良く通る声で、こう言った。

「結局蓮念さんを運ぶのに夢中で、宝塔を置いて来ちゃいました!」

「「・・・・・・」」

再び沈黙が場を覆う。さっきと違うのは、蓮念とナズーリンが呆れ返った顔で星を見つめている事ぐらいか。

「拾ってきなよ。この方は私が見てる。」

「あ、ありがとうございます!」

星はバタバタと音をたてて走って行った。蓮念は顔色を変えずにナズーリンの方を振り返る。

「・・・何か気の抜けた空気になったのは分かる。」

「いや、君は気にしないでくれ。手を貸すべき私達が、心配をかけてはいられん。」

そう言ってから、ナズーリンはまた溜め息をついた。 
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