ウラギリモノの英雄譚
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トラウマ――人ヲ殺シタ経験――
前書き
プロローグ
――紫雲 要(シウン カナメ)がヒーローになれば、怪人は絶滅する。
天才。神童。ヒーローになるために生まれた子供……。
それが幼少の要に与えられた評価だった。
(あの頃の僕は、生まれ持った才能におごって、調子に乗っていたのだと思う)
日本には、怪人と呼ばれる生き物がいる。
それらは人に擬態し、社会にまぎれ、普通の人間として生活を送っている。
しかし、怪人は一度本性をあらわにすると、その持って生まれた凶暴性によって、死ぬまで破壊活動を繰り返す。
その怪人は突如として本性をあらわした。
その姿には、先刻までの少女の面影はない。
全身を黒光りする鋼殻におおわれた人型。ヘルメットを被ったような頭部には、二本の角が鋭く聳え、西洋刀の様な薄く鋭い両腕が、月明かりに煌めいていた。
ウウウゥゥゥゥウウウウウウウウウ――。
呻き声。いや、咆哮だ。
鋼殻の怪人が腕を振るう。
たったそれだけのことで、地面に亀裂が走り、店舗のショーウィンドウが砕け散った。
周囲に居た人々から悲鳴が上がる。
パニックになった人の群れは、我先にと鋼殻の怪人から逃げ出そうとする。
もう、本物のヒーローが到着するのを待っているわけにはいかない。
要は拳を握りしめた。
「――――変身」
大地から光り輝く粒子があふれ、輝きが全身を包んだ。
光がヒーロースーツの形を成す。
体を包む漆黒のマント、指が抜かれたグローブ。
これが要に与えられた、ヒーローとしての形だった。
「行くぞ」
目の前に現れた怪人を相手に。
ただヒーローを志す者として、ただ力を生まれ持った者として。
――要は、成すべきことを成した。
要の腕が鋼殻の怪人の腹部を貫く。
たったそれだけで、鋼殻の怪人は絶命した。
戦っていたのは、わずか一分にも満たない時間。
周囲の人々は要の勝利に歓声を上げていたが、その時の要には彼等の声は聞こえていなかった。
怪我をした訳ではない。ただ、殺した怪人の体が暖かかったことに、戸惑っていたのだ。
風穴の開いた土手っ腹から、緑色の血液が溢れだして、要の腕を伝う。
(――生暖かい)
人の温もりだ。
先刻まで少女の形をしていたこれは、怪人になり、そして死体となった。
(僕が、殺した……)
「違う!」
殺したのではない。駆除したのだ。
要は自分に言い聞かせた。
怪人出現の通報があれば、本物の資格を持ったヒーローが五分以内はここに到着するだろう。しかし、ここは人の往来の激しい商店街のド真ん中だ。それを待っている余裕など無かった。
たまたま要が通りかからなければ、この鋼殻の怪人による被害は甚大な物になっていただろう。
(こうするしか無かった。僕が殺すしか無かったんだ……)
頭では分かっているのに、心がザワついた。
努めて冷静でいようとする脳が、要に命令する。
後に駆けつけるであろうプロのヒーローに、この怪人の死骸を渡せば、それで終わりだ。
(いつかは自分もヒーローになる予定なんだ……。初めて怪人を殺すのが、少し早まったからって何だって言うんだ……)
腕を引き抜く。
支えを失った死骸が、ズルリと地面に落ちてうつ伏せに床に寝そべった。
何で自分がそんなことをしたのかは分からない。
ただなんとなく、要はその亡骸をひっくり返し、仰向けに横たわらせた。
すると鋼殻の怪人の頭部を守るヘルメットの様な外郭が、ズルリと剥がれ落ちて。
――中に、血を吐いて白くなった少女の死に顔が見えた。
ねっとりと絡みついていた怪人の血液が、外気に乾いて腕にまとわりついてくる。
何故かその時、その緑色の血液が、要には真っ赤に見えた。
「っ――――――――――」
要が覚えていられたのはそこまでだった。
目の前が真っ暗になって、気が付くと病院のベッドの上に居た。
後で聞いた話だと、要は悲鳴を上げてその場に気絶してしまったらしい。
そして、要は――。
(そして、僕は……)
初めて怪人を殺した日から――。
「ヒーローに、なれなくなった……」
こうして、誰よりもヒーローとしての未来を切望されていた神童は、戦いの世界から姿を消した。
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