101番目の哿物語
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第十八話。終わる日常
前書き
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします!
『兄として、弟に教育してやるよ!』
俺は目の前にいるキンゾーに高々とした態度で宣言した。
キンゾーは俺が戦線布告ともとれる態度をしたことに、苛立ちを募らせたのか……。
「ケッ、兄貴の分際で何言ってんだよ?
そんなこと言っていいのか? Eランクの落ちこぼれのくせによ」
「こっちじゃ、そんなランクなんて意味がないだろ?」
「……本当にいいんだな? 俺はRランク。兄貴はEランク。
武偵ならこの意味わかるよな?」
キンゾーの言い分は正しい。
確かにEランク武偵が喧嘩を売っていい相手ではない。
ランク付けされることなんて(模試の結果を除いて)普通の高校生は早々ないことだが。
俺達武偵はランクによって格付けされていて。
通常E〜Sランクまで格付けされる。
Eは落ちこぼれ。Sは人間離れした、いわゆる超人が格付けされる。
Sランクは世界中に(前世での話だが)500人弱しか格付けされていない。
エリート武偵だ。
俺も武偵高時代に一年の三学期までは強襲科でSランク認定されていた。
探偵科への転科に伴い、Eランク落ちしたのだが……。
(キンゾーはSランクより上のランクに格付けされている世界に7人しかいない『Rランク』武偵で。
エリート意識は俺よりも高い……負けず嫌いだからな)
だから、自分よりも弱い相手に舐められるのは嫌なはずだ!
だから、俺はキンゾーの性格を把握した上で喧嘩を売る。
相手を挑発させればさせるだけ有利になる。
冷静さをなくせばなくすだけ隙が生まれるからな。
上手くいけば、場を支配できる……と思っていたが。
「ま、でも解らなくても仕方ねえか。兄貴だしな……」
「どういう意味だ?」
「兄貴はバカだからな。
普通の人間がやらないことを平然と行うのが兄貴だろ?」
おい! それはどういう意味だ?
「兄貴の分際で俺をバカにするなんて百年早えんだよ」
キンゾーはそう言って、全身の筋骨を連動させる技である『桜花』______キンゾーの呼び名では『流星』を放ってきた。
俺は『橘花』で減速防御をして受け流し、カウンター技である『絶牢』を放つが。
キンゾーは全く同じタイミングで『絶牢』を繰り出してきた。
『絶花』……『絶牢を絶牢で返す二重カウンター技』だ。
俺はキンゾーが放つ蹴りを『絶花』で、受け止めて。
再度『絶花』を放つ。
しかし、キンゾーは俺が放つ『絶花』を『絶花』でまた返し……その繰り返しが20回行なわれ。
21回目の『絶花』がキンゾーから放たれた。
俺は再び『絶花』で返そうとして気づく。
……氷澄の姿が見えないことに。
一度繰り出してしまった『絶花』のモーションはキャンセル出来ずに。
キンゾーに繰り出したその瞬間。
キンゾーの姿が突然目の前から消えた。
「⁉︎」
煙のように消えたキンゾーを見て。
頭の中に過ぎったのは。
前回の戦いでのラインとキンゾーのこと。
俺はキンゾーが目の前にいるはずだ、と思って戦っていたが……。
『俺の首を撥ねたのは……お前か?』
その声が聞こえ。
ゾクリ。
背後から感じる冷たい気配に身体が膠着してしまい。
その瞬間。
俺の身体が突然、自分の意識とは別に動き始めて。
______ヒュン。
俺の首があった場所を何かが通過した音が聞こえた。
「チッ……また避けられたか。誇っていいぜ、兄貴。俺の『不可視の線糸』を何度も躱したのは兄貴が初めてだからな」
地面に倒れこんだ俺の頭上からそんなキンゾーの声が聞こえてきた。
(い、今のは……まさか)
「『幻の邪眼』。
今のを躱すとは……どうやらお前の認識を改めねばならないみたいだな、一文字疾風」
氷澄の瞳が蒼い光を放つ。
______何かしてくる!
「それを待っていたぜ……」
直後、ゾワッとした寒気と。
その光が強くなっているのを感じた俺は……。
「これを喰らえ!」
すぐさまジャージのズボンのポケットに入れていた手鏡を取り出して、氷澄の顔に突きつけた。
「つ⁉︎」
「邪眼には、鏡だ!」
わざわざ、家に戻った理由。
それは、この手鏡を取りに行く為だ。
昔、映画で、見ただけで相手を石に変えてしまうという『メデューサ』という名の怪物を倒す方法が、『鏡に映ったメデューサを倒す』といったもので。
それとは微妙に違うが、ヒントにはなった。
つまり、相手の眼から何かが出るのなら、光を反射させるとか、自分と相手の間に障害になるものを割り込ませるとかすればいいんだ。
「くっ⁉︎」
氷澄は苦しげに呻き、後ろによろけた。
何かをする気だったのかはわからないが……チャンスだ!
そう思った俺は左手にDフォンを構え______。
俺は氷澄に向かって右手で『桜花』を放つが……。
「⁉︎」
「させるかよ!」
パシュ!
『橘花』と同じ技を使われて。
その突きは、キンゾーによって防がれる。
左手に持ったDフォンのカメラを氷澄に向けたが。
俺はキンゾーに脇腹を蹴られDフォンで氷澄の姿を撮ることはできなかった。
「チッ……」
「マナーがなってないぜ兄貴。写真撮影はNGだ」
「くっ……やるじゃないか、一文字疾風。だが、それもここまでだ!」
氷澄はその目を抑えながら、よろめきつつ立ち上がるが、すぐに倒れそうに体が傾いて、慌てて持ち直そうとしていた。その姿はまるで酔っ払いのようだ。
「それに、Dフォンを構えたか……百物語め。やっぱり殺さないという甘い認識で戦うのは無理のようだな」
……Dフォンを構えたのは、なんとなくそうした方がいいような気がしたからだ。
カメラで捉えたら解決する。ロアを相手にするならそんな認識が自然と付いている。
「あー、もうちょこまかと……」
苛立つ音央の声が聞こえて視線を向けると。
あちらも、音央の放つ無数の茨かシュルッとラインに向かって伸びては、ヒラリと躱されていた。茨の蔦はさらに音央の手首辺りから伸び始めると、それが独特の生き物のようにウネウネとラインに向かっていた。
鳴央ちゃんはそんな様子をじっと見つめていた。
おそらく、音央が茨でラインを誘い込み、そして動きを封じてからあの真っ暗な暗闇。全てを忘れる暗黒の穴。『奈落落とし』に落とす! それを狙っているのだろう。
______『主人公』対『主人公』、『ロア』対『ロア』。
それが理想の戦い方なら、俺は今この戦いの場で、この瞬間から強くなるしかない。
みんなを。俺の物語を守る為に。
「せやああああ‼︎」
そんなことを考えていたその時。
音央の鋭い声と共に大量の茨が俺達の方にも伸びてきた。
あの茨はかなり痛かったのを思い出す。一つ一つが鋭い刃のような棘を持っているので、囚われた相手はひとたまりもないのだ。あの痛みはもう味わいたくない。
だから俺は慌ててその場から遠ざかった。
「チッ、ラインの奴邪魔しやがって」
「敵味方関係なく攻撃するとは恐ろしいな。あれが『神隠し』か……」
ジーサードと氷澄も、ほとんど同じタイミングでその場から遠ざかっていた。
「ほっほっほっ、なるほど。わらわの速度には敵わんから、ここら一帯をその茨で包もうというのか」
「素早い相手には手数で勝負って一之江さんに聞いたもの!」
「ふむ……そして、そちらの黒髪の方はわらわを……何かの効果範囲に入れる為に待っておるようじゃの」
「うくっ……」
鳴央ちゃんは狙いを読まれて、下唇を噛んでいた。
おそらく『妖精庭園』。あの場所にラインを取り込もうとしているのだろう。
だが、ラインの速度は音速。
鳴央ちゃんが『妖精庭園』でその姿を捕らえるより速く移動されてしまったら、『奈落落とし』に落とすこともできないのだろうな。
「あんなに素早く動くのに、どうやって捉えればいいのよ……」
「ほっほっほっ、わらわの強さが身に染みたか、神隠し?」
「なーんてね、弱音を吐いたフリをしてみただけよ!」
「ぬっ?」
その言葉通り、ラインの背後から迫っていた茨が、一気にラインの背中に向かって伸びた!
「フンッ、そんなもの……」
「逃がさないわよ! 左右どっちに避けるのかはもう見抜いたんだから!」
音央の両腕から伸びた蔦がラインの両サイドから迫った。
「うおっ! なるほど! 先ほどまでの無闇な攻撃は、わらわの回避の癖を読んでおった、というわけか!」
「え⁉︎ そ、そうだけど、説明ありがと!」
「じゃが、わらわには真っ直ぐが……」
「『奈落落とし』!」
「ぬおおお⁉︎」
ラインの逃げ場は前方しかない、が。前にはすでに……巨大な口を開けた、漆黒の暗闇が待ち構えている。
「待て待て、わらわは急に止まらぬー‼︎」
「ラインっ⁉︎」
氷澄の焦った声が響き渡るが。
そのまま、ラインは言葉通り止まることなど出来ずに。
すっぽりと暗闇の穴の中に入り込んでしまった。
「え、あれ、あっさり?」
「これで終わりでいいのでしょうか?」
二人は戸惑いの声をあげる。
それも無理はない。
一之江や俺が苦戦した相手。
それがあっさりと倒せたのだろうから。
だが……俺は知っている。
ラインはこの程度で『いなくならない』ということを。
「まだだ、二人共! まだ終わってない!」
「フッ、その通りだ。ライン! お前は______『いなくなったと思ったら、目の前にいる』ロアだろう?」
「えっ?」
「っ⁉︎」
そして、俺達の前を一瞬で何者かが横切るような気配を感じて。
「わっ、誰かいた⁉︎」
「まさか、出てきたのですか⁉︎」
二人の焦った声が聞こえた。
ラインがあの空間から抜け出せるはずはない。
神隠しは『最強』クラスの能力を持つロアなのだから。
だが……。
「ばぁ」
「きゃあ⁉︎」
「め、目の前に⁉︎」
ラインが再びその姿を現した。
「ふむ、やはり『ばぁ』はどうかと思うんじゃが」
「気にするな。その方が怖いだろう?」
氷澄の言葉にラインは「そうかもしれんが……」などとボヤいている。
「どうやって出たのよ⁉︎」
「お主らは暗示にかかりやすくなっておったのじゃ。いるはずがないわらわを見るくらいに」
「いるはずが……ない?」
「うむ、つまりお主らはこう思ったはずじゃ。わらわが……『ラインは目の前にいる』と」
「ラインは『ターボ婆さん』のロアだからな。『目の前にいる』と思わせれば、現れることができる。そういうロアだからな」
そう、それもまた都市伝説のルール。
俺達は氷澄の幻惑にかかってしまったせいにより、ラインが『目の前にいる』と思い込んでしまったのだ。だから、ラインは『奈落落とし』に閉じ込められても、出てくることができた。
「ま、幻とかずるいわよ!」
音央は抗議するが、氷澄は取り合わずに首を振った。
「勝利を間近に控えた瞬間の油断……勝ったのかどうかも解らない、思考の隙間。そこに俺の言葉による誘導催眠を行ったに過ぎない。つまり______俺を窮地に追い込んだと思った、お前達の油断が幻を受け入れさせたのさ」
『窮地こそ自身の転機に変える』。
それが氷澄が描く主人公像。
氷澄はすでに持っているのだ。俺にはない主人公としてのイメージや具体的な形を。
「さて、氷澄。起死回生も成したのじゃから、そろそろ終わりにするかの?」
「そうだな。まあ、よくやった方だったよ」
「ケッ、兄貴を抑えたのはほとんど俺だろうが!」
「わかっとるよ、キンゾー。じゃから最期にアレをやるぞー?」
「アレか。ま、いいか。兄貴ならアレを喰らっても死なないだろうしな」
氷澄の瞳が蒼く輝き始める。
ラインとジーサードは、真っ直ぐ俺の方を見つめている。
そして。
ジーサードはラインと俺達との間に立った。
ラインの姿が見えなくなる。
来るぞ。
______『音速境界』と『流星』が来る!
「ふぇ……『妖精……』」
音央が技名を言おうとした時には。
「遅いわ‼︎」
ラインの叫び声が聞こえて。
「『厄災の眼』」
「『音速境界』」
「『流星』」
もの凄い衝撃音と共に。
ジーサードの体がラインによって押され。
音速の速度からさらに加速して向かって来て。
「『流星境界』!」
その姿を俺の視界が捉えた時にはすでに______俺の体は派手に吹き飛んでいたのだった。
2010年6月19日。午前4時40分。 ???
気づけば俺は知らない場所でプカプカ浮いていた。
そこは実に不思議な空間だった。
色とりどりの花が咲き乱れているが、どれもこれも毒々しい色合いをしていて、ステンドグラスのような彩られた様々な光が四方八方から差し込めている。キィキィと小さな虫が鳴いているような耳障りな音が辺りから響いてきて……。
虫……蟲だと⁉︎
つまり、ここは______。
「『魔女の工房』にようこそ、モンジ君」
その声の方に視線を向けると。
プカプカと浮いている俺のすぐ傍に、黒い帽子とフードマントを纏ったキリカがふわふわ浮いていた。
「こんなことも出来るのか。魔女って凄いよなぁ」
「魔女だからね!」
お決まりの台詞を吐いたキリカの言う通り。
その場所の印象は魔女らしかった。
キリカの愛らしさとはまるで逆の『気持ち悪さ』を詰め込んだような。
そこにいるだけで吐きそうになる感じの。
まるで邪悪な万華鏡だな、という印象の場所だ。
「モンジ君は一時的にここに入れるように、さっき契約の証をつけておいたの」
キリカの指摘通り。
手の甲がメチャクチャ熱かった。
……やっぱり、キリカにキスされると何かしらがあるんだな。
「キリカ、音央と鳴央ちゃんが大変なんだ」
「そうだね、瑞江ちゃんほどじゃないけど、立てないくらいは痛めつけられたみたい」
「立てないくらい?」
「だって、君が負けたらあの二人は氷澄君のものになるんでしょ?
だったら、氷澄君だっておいそれとは傷つけないよ。
……なんだ、そういう交渉じゃなかったんだね? 最悪、あの二人は無事に済むっていう」
「ああ______うん。言われてみればそうかもしれんな」
キリカはクスリと、笑うと俺の頭をナデナデしてきた。
かなり恥ずかしいのだが……。
「交渉上手くなったなー、と思ったけど偶然だったんだね。ま、相手が女の子じゃないからモンジ君らしいと言えば、モンジ君らしいかな」
それはどういう意味かな、キリカさん?
「ちなみにここは、私が色々と悪巧みをする為の秘密の工房なの。鳴央ちゃんの『妖精庭園』の簡易版かな。魔女はこうやって秘密の工房を持っていて、それぞれ人の道を外れた研究をしている______そういう逸話があるからね」
「なるほど、逸話があるからこういう工房をキリカも持っているのか」
「魔女の逸話っていっぱいあるから楽でいいよ」
キリカはクスクス笑うと。
「それで、モンジ君。どうするの?」
そう、尋ねてきた。
「どうもしない。戻って、氷澄とライン、ジーサードを倒す」
「そんな体で?」
「……どんな体なんだ?」
「内蔵破裂、頭蓋骨粉砕、脳や臓器がピー、で。ピーで。ピーみたいな……」
「え、本当に?」
「う・そ☆」
「おい、キリカ!」
くっ、魔女の口車にまた引っかかちまった。
「それは冗談だけど、かなりズタボロにされてるのは本当かな。血まみれで大変な大怪我。今は私の工房にいるから大丈夫だけど。氷澄君も、君を侮るのは辞めたみたいだよ?」
「あー、なるほど」
氷澄は俺を全力で倒したいってことか。
「だけどさ、キリカ」
「うん?」
「いつも通り、一部分は無傷なんだろ?」
確信があった。
そこだけは無事だと。
そこは無傷だと。
何故ならそこは約束の場所。
だって、俺を殺せるのは一人しかいないのだから。
「あははっ、まあね。なんだ、解ってたんだ?」
「俺の物語だからな。それに氷澄のおかげでようやく理解したんだよ。俺がどんな物語を描きたいかを」
「ああ……そうなんだね」
俺の言葉を聞いたキリカは……どこか遠い目をしながら俺を見た。
「そっか、モンジ君は本当になっちゃうんだ。『百物語』の主人公に」
「うん。だからヒロイン役の一人として、サポートよろしくね」
キリカや一之江がそれを望んでいないことは聞いた。
俺が逆の立場だったら……やっぱり望まない。
だけど、そう。
前に進みたいんだ!
「だって俺は、俺の主人公だからな」
自分の人生の主役は、いつだって自分だ。
だから、自分で選んで、自分で勝ち取らないといけない。
だから。
「あはは! うん、OKだよモンジ君っ!」
キリカも笑って頷いてくれた。
「それにしても、モンジ君ってやっぱりハーレム野郎だね」
「一之江に言われた呼び方だなぁ」
「それじゃ、女たらしの方がいい?」
「ハーレム野郎でお願いします!」
女たらしなんて、不名誉な呼び方は嫌だ。まあ、ハーレム野郎もあまり変わらないと思うが。
だって仕方がないじゃないか!
みんなを幸せにしたいのだから。
「じゃあ、ちょっとだけモンジ君がちゃんと動けるように、私の力も預けておくね?」
「そんなことをして、またキリカ……」
代償が大変なのに……。
「私も君の物語なんでしょ? だったら……後で優しくしてくれればいいから」
「……ああ、優しくするよ。約束だ」
儚げに微笑むとキリカは俺の手の甲に口づけをして。
そこが、さらにやたらと熱くなった。
それと同時に体の底から漲る力を感じた。
「いい女は、こうやって大好きな人を頑張って送り出すものなんですよ」
「自分で言っちゃうのか、それ」
「あははっ! じゃあモンジ君。ガンバ!」
キリカの応援が俺にさらなる炎を宿してくれる。
そうか。そうだな。
俺はまだ______。
2010年6月19日。午前4時50分。
「負けてないんだあああぁぁぁ‼︎」
俺は自分の体から出た血だまりから一気に体を動かして起き上がる。
「何っ⁉︎ 貴様……」
「ほう、結構ズタズタにしたんじゃが……」
「ハハハハハッ! 流石は兄貴だ!
やっぱり兄貴は人間辞めてんなー」
「も、モンジ……?」
「む、無理しないで……ください……」
振り向くと、音央も鳴央ちゃんもアスファルトの上に苦しそうな顔をして倒れていた。
大怪我はしていなさそうだが、それでもダメージはあるのだろう。
「ごめんな、少し休んでいてくれ」
俺は震える手を膝で殴りつけながら、ゆっくり氷澄達の方を見た。
「氷澄、ジーサード……感謝するぜ。お前らのおかげでようやく出来た」
「何が……だ?」
氷澄の警戒の色が高まるのが解る。
無理もない。今、窮地に陥っているのは俺の方で。
『主人公』は窮地こそ、自身の転機に変える。
そう言ったのが、他でもない。氷澄なのだから。
「俺の『百物語』さ」
ようやく理解出来た。
『主人公』や『百物語』で考えていたから駄目だったんだ。
キリカのヒント通りで良かったのだ。
そう、つまり。
「行くぞ、氷澄、ライン、ジーサード」
脳の中で『物語』をイメージする。
『イメージ』出来たら、力を使う為の言葉を唱える。
そうすれば。
俺は自分の『物語』を描ける。
そう。好きに描けばいいんだ。
作家みたいに。
自分だけの、物語を……。
俺は出来る限り、厳かな雰囲気になるように______真剣にその言葉を口した。
「さあ、不可能を可能に変える百物語を始めよう______!」
その言葉を言い放った瞬間、俺は自身の体が軽くなっていくのと俺の周りから音が消えていくのを感じた。
それは、まるで空中に浮かんでいくような無重力空間を漂うような不思議な感覚で、だけど不思議な事にそれは決して嫌な感覚ではなかった。
そして、体が軽くなったのと同時に、痛めつけられた身体が軽くなるのも感じる。
自分の体を改めて見渡すと動かせなかった体全体からは赤い、緋色の光が溢れていた。
その光の源を探すとその光は制服のズボンから溢れている。
その光源の中心はズボンのポケットだ。
ポケットに左手を突っ込んで光源の元である緋色に光り輝いくDフォンを取り出すと俺はそれを握りしめたまま、熱い左手の甲をジーサードに向けた。
直後Dフォンが勝手に動作し、俺自身を写真に写す!
すると、今までにない不思議な和音のメロディーが動作音として鳴り響き______。
「チッ」
ジーサードが舌打ちして。
雨が降り注ぐ路地を黒と金色の光が包み込んだ。
俺の周囲を蝋燭の炎に似た無数の緋色の光が回転していく。
その炎を見つめると炎が変化し、一条の光の線となって俺の頭の中に入ってきた。
頭の中に入った光は俺が持つ力の使い方の情報として頭の中に流れ、ヒステリアモードの俺はその情報により俺の力の使い方を理解していく。
それは、例えるならば、脳がもう一つある感覚。
その脳を名付けるならば、『ロアの知識』。
その『ロアの知識』により俺は知る。
その頭の中には、常に大きな書物が、幾つもの蝋燭に照らされて大量に浮かんでいるという、『書庫』のイメージがある。
その中でも二冊の本が俺の前に浮かんでいた。
『月隠のメリーズドール』。そして……もう一つ。
その本に手を伸ばすと、それは『不可能を可能にする男』の物語だった。
俺はその一冊を自身の本として、共に歩むことを選択する。
途端に『不可能を可能にする男』の物語が、俺の中に溢れ始めた。
物語に『干渉』してその物語の存在性を『変化』させることができる存在。
それが……!
『不可能を可能にする男』。
『哿』
それは俺自身を示す二つ名。俺自身の事だが、その姿、その存在とは一体どんなものなんだろうか?
俺が思い描くその物語とはなんだろうか?
それはきっと、こういう物語に違いない。
『不可能を可能にする男とは……人々が嘆き、絶望し、諦める現実に、たった一人になっても立ち向かおうとする存在』。
絶望しても、挫けそうになっても、ただひたすら前へと進んで『絶望を無くす』為に奔走する存在。
『たった一人になってでも挑み続けるヒーロー』。
『最後の希望』
そう、それがきっと……。
『不可能を可能にする』といった存在なんだ!
武偵憲章第10条。
『諦めるな。武偵は絶対、諦めるな!』
諦めの悪さなら、誰にも負けねえ!
そう思いながら、『不可能を可能にする男』の本を手に取ると、イメージの中で手に取った本が実体化した。
そして……自身の姿をイメージすると自分自分が想像した姿へと俺の姿が変化していく。
『不可能を可能に変える男』なら、きっと……その姿は。
「ハハハ、面白れえ。さすがは兄貴だ」
「なぬ⁉︎ 変身しただとぅぅぅ⁉︎
いかん、氷澄、キンゾー!
ささっと、倒さないとマズイぞ。
『音速境界』!」
「馬鹿な……二つのロアを融合させた……だと? くっ、行くぞ。『厄災の眼』」
「ハハ、流石だぜ。やっぱ兄貴は『天才』だな。俺も本気で行くからよォ、楽しませろよ? ぶち抜け、『不可視の線糸』」
ラインの大声が聞こえ。
キンゾーが技名を叫んだ次の瞬間。
それまで見えていたラインの姿が消えた。
それは一瞬の出来事だった。
だが……。
「そこだ!」
俺は自身の前方に向けて『橘花』と『桜花』を放ち。
さらに右手を差し出し、前方へ掌を向けた。
次の瞬間。
パーアァァァァァァンと、衝撃音と。
パリーン、と何かが弾け飛ぶような音が聞こえると。
受けた衝撃は、ラインの『音速境界』。
弾け飛んだのは、キンゾーが作り出した糸。『不可視の線糸』だ。
そう。今俺は……音速で突っ込んできたラインを『橘花』で受け止めただけではなく。
キンゾーの技を消したのだ。
ずっと考えていた。
俺のロアとは何かを。
そして、気づいたんだ。
俺というロアの特異性に。
キリカ戦で出来た事象。
『物語の改変』。
相手の物語に干渉してその物語を変えられるなら……その物語を消すこともできるはずだと。
そう。俺の能力とは……。
『消去と干渉』。
俺はありとあらゆる物語に干渉して、その物語を作り変えたり、あるいは消すことができる。
そういった存在ではないかと。
「全てを無に還せ。『削除』。そして、物語を描き直せ、『改稿』」
キリカが言っていたように『作家や編集者のように物語を作り変える存在』……それが俺のロア。
『不可能を可能にする男』なのだから。
俺が思い描いた姿は、全身は黒い背広姿で、その上から白のロングコートを羽織り、頭に黒いシルクハットを被っている。
『百物語』用のDフォンはモノクルに変化した。
左右両眼にそのモノクルを装着している。
見た目はかなり怪しい人物だが、一応学者賢者っぽくも見えなくはない。
百もの物語を集めるならば、学者や賢者っぽい感じで。
不可能を可能に変えるなら……それはきっと探偵っぽい感じだろう、と思ってイメージした姿がこれだ!
ただ、普通の学者にはない……胸の内ポケットにホルスターを付けていて。
左右のホルスターには俺の愛銃、ベレッタM92Fsと黒いデザートイーグルが収められている。
さらに右手に握っていた『哿』用のDフォンは緋色に光り、今や細身の刀。
直刀に近い形状の……スクラマ・サクスに変化している。
『ロアの知識』によって把握すると。
今の俺はすでにただの『百物語』の主人公ではなくなっていることを知る。
そう。『物語が書き換わった』のだ。『不可能を可能にする男』の力によって。
今や『不可能を可能にする男』の力は『百物語』と完全に融合していた。
「主人公は変身してからが本番だろ?」
スクラマサクスを右手に握り、ラインへの返事を返しながらジーサード達を睨み付ける。
スクラマサクスを振るい、ジーサードが張ったピアノ線を全て切り裂いていく。
今の俺にはどこにピアノ線が張られているのかが、手に取るように解る。
見えるからだ!
ヒス化している今の俺には、全て見える。
ジーサードがどこにピアノ線を張ったのか、とか。
高速で動き回るラインのその姿でさえも……。
全て、見える。
世界が、視界が超超スローモーションの映像のようになって見えてしまう。
『ロアの知識』に接続した俺は、これが俺の能力の一つだと知る。
『加速する思考』。
『不可能を可能にする男は起こる事象をスローモーションで見ることができる』
そういった逸話から生まれた能力だ。
ま、実際はヒステリアモードの空間把握能力とか、加速した思考力とか、そういった要因でできることなのだが……その噂を利用しない手はない。
『ロアは噂に左右されるもの』だからな!
そして。
百物語の主人公とは何か……を考えて得たイメージ。
俺にとっての『百物語』とは何か?
それはきっと。
______手に入れた大切な物語達と共に歩み、戦い、どうしようもない出来事を一緒に変えていく為の力。
それが俺の『百物語』だ!
「なっ……なんだその力は⁉︎」
氷澄の驚愕顔を、その意図するものも鮮明に捉える事が出来る。まるで、見えている世界の情報か一気に書き換わったかのような、別の脳がもう一つあるかのようなそんな感じだ。
ただの目で見た情報ではなく、物語を『ロアの視点』で把握するような意識が俺のものとは別に生まれている。ヒステリアモードではない、『ロア』としての俺の力。
そんな新たな脳……『ロアの知識』の中にはあるイメージがある。
それは大きな書物が、幾つにも蝋燭に照らされて大量に浮かんでいるという『書庫』のイメージだ。
その中の一冊。先ほど、俺が選ばなかった物語に手を伸ばすと、それは『月隠のメリーズドール』の物語だった。
俺はその物語を、自身が共に歩む物語として選択する。
その途端、『月隠のメリーズドール』の物語が、俺の中に溢れ始めた。
______そうだ。これが人間ではなくなるという感覚なんだ!
これが『ロア』になるという意識なんだ!
高揚感と共に寂寥感もあるのは、『人間を辞めた人間』になった、というのを受け止めなければならないからだ。理子語でいう『逸般人』に俺はなってしまったのだ。
だけど……。
大事な物語を守る為なら。
大事な人達の笑顔を守る為ならば。
いつも通りの『日常』を過ごせるようにする為ならば。
この力はなくてはならないものだ!
「『月隠のメリーズドール』!」
俺が一言口にした瞬間、そのイメージで手にしていた本が実体化した。
直後、俺は跳躍していた。
「『想起跳躍』!」
言葉を聞いた対象の元に空間を超えて移動する能力。
その能力を使うと、一瞬で視界が切り替わり、そこは氷澄の背後になっていた。
「おりゃっ‼︎」
手刀をそのがら空きの背中に向けて繰り出す……が。
「させるかよ!」
その手はキンゾーによって阻まれる。
反対側の手を使って『桜花』気味に手刀を繰り出したが……その手は横からラインに掴まれて止められた。
「ぐっ! やりおるな……お主、自身がバケモノになることを認めおったか!」
「バケモノじゃない、俺の大切な物語達だ!」
そのまま、ラインに向けて、今度は『桜花』気味に蹴りを放つが、彼女は一瞬のうちにその姿を消していた。
キンゾーと氷澄の姿もない、音よりも速く移動してしまったようだ。
だが、今度は見える。今の俺ならラインの動きも、キンゾーの動きも見える!
実際に触れ合って解ったが、ラインは速度は速いが、実際の身体能力や殺傷力はあまりない。
攻撃として警戒しなければいけないのは、『音速境界』を始めとしたロアならではの技だけだ。ラインよりも警戒しなければならないのは、やはり。
「『俺の首を撥ねたのは、お前か?』」
その声が聞こえた瞬間、俺の瞳にはスローな動きながらも俺の首の位置。丁度頚動脈を切る角度にワイヤーが迫るのが見える。俺はすぐ様、首の位置を右下に傾ける。
その直後!
ヒューン、と何かが地面に向かって突き刺さる音が聞こえ。
その音の正体を確認すると。
それは、細いピアノ線のようなワイヤーだった。
ピアノ線を自在に操る存在。
……そんなことが出来るロアは、奴しかいない。
「剣や銃より、拳の方が強いんじゃなかったか? キンゾー?」
「ケッ、兄貴を今ので仕留められるなんて思っちゃいねえよ。ただの準備運動さ。本気になった兄貴と闘る為の、な」
氷澄よりも、その相棒であるラインよりも警戒しなければならない相手。
それは俺の弟。遠山金三だ!
このアホ弟は……キンゾーはアホみたいに強い。
ロア化してなくても軽く人間を辞めてるような奴で。むしろ、『逸般人』と呼ぶにふさわしいのはこのアホの弟の方だ。
「なんか今……兄貴に思いっきりバカにされた感じがしたな……バカ兄貴の分際で、『人工天才』をバカにしやがったら許さねえからな!」
兄貴の分際ってなんだよ⁉︎
ま、いいけどさ。
「で、準備運動はもう終わりか?」
俺の問いにキンゾーは頷くと。
ノーモーションで掌打を放ってきた。
それは紛れもない、キンゾーの本気の一撃。
『桜花』や『流星』とは違う、相手を殺す為の正真正銘の『必殺技』。
そう。鬼の一味。『閻』が放って、俺がこの世界に来ることになった原因ともいえる技。
『羅刹』。
相手を確実に心肺停止させる文字通りの必殺技だ。
(これは避けらない。なら……『回天』!)
バ、シューン。
キンゾーの掌から放たれた衝撃により一度は俺の心臓はその機能を停止させるも。
『桜花』を前後から同時にぶつけて無理矢理自己蘇生させる荒技、『回天』を放った事により、その鼓動は再び開始される。
「痛ってえぇぇ……死にかけたじゃねえか!」
「兄貴ならこのくらい平気だろ?
次は兄貴が俺に放てよ? 自己蘇生の練習しようぜ?」
まるで、キャッチボールやろうぜ、的なノリで話しかけてくるアホの弟。
ほら見ろ!
お前のその常識外の珍行動のせいで、氷澄やラインが呆然としてるじゃねえかー⁉︎
「……ヤバい奴らと関わりあってしまったようじゃな。氷澄、撤退した方が良いかもしれぬぞ」
「バカな……死んで生き返った、だと⁉︎
悪い夢でも見てるのか……俺は?」
氷澄の顔には焦りや怖れといった感情が浮かんでいた。
今まで数多くの『主人公』に勝ち続けてきた氷澄だが、俺やキンゾーのような『超人』染みた強さを持つ人間とは戦った事はなかったみたいだ。
「氷澄、撤退じゃ。今のお主では奴には勝てぬ。
『畏れ』を抱いた、今のお主ではな……」
「この俺が怖れているだと?
バカな……俺があいつに負けると言うのか⁉︎」
しかし、氷澄のプライドは撤退を認めなかった。
そんな氷澄に対してラインは複雑そうな顔を浮かべながらも「それでも仕方ないか」という見守るような視線を向けていた。
そのラインの顔を見た俺は、あのコンビにもチームワークがきちんと存在しているというのを理解した。
それがどんな絆で繋がっているものなのかは解らないが、強い結びつきなのかは理解できる。
だが、氷澄はそんなラインの視線には気付くことはなく、俺を睨み。
「それに、あいつの全身はボロボロだ。いかにロア化したとはいえ、長く動けるはずがない。お前やサードが回避し続ける限り、力尽きるのは時間の問題だ!」
氷澄の指摘は冷静で、正しい。
俺はロア化した瞬間から、急速に力が『世界』に奪われていくような……まるで、自分の中の体力が蒸気となって吸い上げられているかのような感覚を感じていた。
このまま、戦闘が長期化すれば、先に倒れてしまうのは俺の方だ。
本当に不利なのは実を言うと俺の方なのだが。
だが、氷澄は一つだけ勘違いをしている。
「間違えてるぞ、氷澄」
不敵な笑みを浮かべた俺に、氷澄は警戒した顔で聞き返す。
「『全身』をボロボロにした。本当にそう思っているのか?」
確かに俺の体はボロボロだ。
あちこちの肉は裂け、血は噴き出している。
だが。
俺は『全身』をズタズタにされることはない、と知っている。
さっきから……いや、思い返せば、ずっと。
背中に感じる熱さがある!
「お主……」
ラインが訝しげな視線を俺に向ける。
彼女は気付いたのだろう。全身を切り裂くはずの、音速を超える技を何度も受けたにもかかわらず。
その部分だけは影響を全く受けていないということに。
「何故、その背中には……一切の傷がないのじゃ?」
ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ!
ラインがそう尋ねたその時だった。
突然、スクラマサクスとモノクルとなったDフォンから、着信音がけたたましく鳴り響き。
「「「……っ⁉︎」」」
氷澄、ライン、キンゾーが驚いている間に、その音は勝手に鳴り止み……。
『もしもし、私よ』
俺のDフォンから、そんな電子音っぽい声が響き渡る。
『今、貴方の後ろにいるの』
「貴様……‼︎」
氷澄がソイツの登場に、戦慄して息を飲むのが解る。
それと同時に、俺の背後に、ピッタリと寄り添う彼女の感触を感じる。
そう。これが俺が感じていた熱の正体。有利だろうが、不利だろうがどこでも現れる少女。
それは、そう、紛れもなく。
「一之江……「ミズエ・ドリル‼︎」痛ダダダダダダダダ⁉︎」
久しぶりの登場。そこには感動の再会が……。
ガリガリガリガリ! 何かが背中に突き立てられてる⁉︎
「アダダダダダダダー⁉︎」
感動の再会?
何ソレ?
喰えんのか?
「新たな必殺技は成功のようですね……」
「いきなり何するんだ⁉︎」
「うっわっ、カッコつけ病をこじらせたみたいな格好ですね。うっわ」
「うっわ、とか二度も言うな!」
「いや、だって。白いロングコートで。黒いスーツに。モノクルに、スクラマサクスって。うわー。しかも私の能力を使うからって金髪までパクッて。このパクリストめ!」
「あー……何かいろいろすまん」
指摘されると、どんどん恥ずかしくなる。
変身ヒーローは皆んな、こんな羞恥心とかとも戦っていたんだな。これからは変身ヒーロー達に共感しながら、特撮とかも見れそうだ。
「まあ、外見の痛さはさておき。ついに『百物語』の『主人公』にもなりやがりましたか。あーあ」
「あ、ああ、まあな」
あーあ、って。一之江の声は、やや責めるような感じだな。
そういえば、キリカが言っていたな。
『俺が戦う力を求めるのが、一之江も悔しいはず……だ』と。
一之江やキリカが俺に対して求めなかった『百物語』の力。
だけど、やっぱり悔しかったんだ。
守られるだけの存在にはなりたくない。
女に守られるのは……何か違う。
やっぱり、男なら皆んなこう思うはずだ!
何がなんでも……女を守るってな。
それに。
コイツと……皆んなと一緒にやっていく為にはやっぱり必要な力だ!
「……じゃあ、もう守らなくてもいいんですね?」
「ああ、任せてくれ! 今度は俺が守るよ。君のことをずっと!」
「な、なら任せましょう」
そう答えた一之江の声は僅かに震えていたが……あれか?
まだ本調子ではないからか?
そんなことを考えていると。
俺の背後から一之江の気配が消えて。
「それでも、私を見ないようにしなさい、モンジ。うっかり殺してしまうので」
一瞬でラインの背後に現れていた。
「なっ⁉︎」
ラインは慌ててその場から移動するが、一之江はそんなラインの背後にピッタリとくっついたまま離れない。
「アホな格好つけ男を守らなくてよくなったので、ようやく私もちょっとだけ本気を出せます」
「本気じゃと……? ふん、ハッタリを!」
ラインはさらに加速して一之江から距離を取ろうとするが、一之江の姿はラインの背にくっついたまま、離れる事はなかった。
「なぬっ⁉︎ わらわについて来るじゃと⁉︎」
「ですから、本気をちょっぴり出すと言ったでしょう?」
一之江はピッタリとラインの背後にくっついて、高速移動をしている。
あまりにも速い動きのせいか、俺は一之江の顔を見ないですむ。
「どういうことだ……?」
ラインの速度にピッタリとくっついている一之江を見て、氷澄は冷や汗を流している。
俺は今、一之江のロア……『月隠のメリーズドール』を自分の物語として宿しているから、一之江がどのような『逸話』を使ってラインを追っているのかか解ってしまった。
「一之江のロアは『逃げる対象を絶対に逃がさない』。その逸話を持つ限り、一之江から……月隠のメリーズドールからは逃げらないんだよ。ラインが『いなくなったと思ったら、目の前にいる』ロアなのと同じようにな」
ラインは音速で動く為、音を聞いた対象の背後に現れるという『想起跳躍』は通じなかったが、本気を出した一之江はそんな技を使わなくても、延々と追いかけ続けることが出来るのだ。
あの日、『ロアの世界』に閉じ込めて、俺を延々と追いかけ回した時のように……。
自分の逸話を、自分の為だけに使うことが出来れば。
一之江は、最強の殺戮都市伝説……『月隠のメリーズドール』なのだから。
「貴様……その知識、完全にロアをその身に宿しているというのか……?」
「ああ、だから俺もお前達を逃がさない。いいか、……
氷澄、キンゾー______」
俺は氷澄とその隣にいるキンゾーに指を向けて。
「俺が背後を取ったら、絶対に振り向くなよ?」
そう一言告げた。
すると氷澄は逃げ出そうとし、俺はそんな氷澄の背後に現れたが。
突然消えて現れたキンゾーによって道を塞がれる。
『いなくなったと思ったら、目の前にいるロア』……それはキンゾーにも当てはまる。
「チッ……ついに人間を辞めたか。いや、元から辞めてたな。だが……兄貴の人外っぷりはNASAも驚くほどだな。そうだ兄貴? ちょっと兄貴の髪の毛採らせてくれよ。兄貴の細胞から『人間兵器』造るからよ」
そんなことを言ったキンゾーの背後に『想起跳躍』で移動した俺は、『桜花』を放ったやったが……そこはRランクの超人武偵。『橘花』と同じような技で拳を受け流すと。『流星』を放ってきた。
俺はその『流星』を『橘花』で受け流し、『絶牢』で返す、それをキンゾーは『絶花』返す。その一連の流れを15回繰り返したが。決着はつかない。
「なら、キンゾー。そろそろ決着付けようぜ?」
仕方ないので、代々遠山家に伝わる『切り札』で勝敗を決めることにした。
キンゾーは「それで決着をつけるのが俺達にふさわしい方法だよなー」とノリ気で快諾し。
そして、お互いにそれを繰り出した。
俺はキンゾーの背後にピッタリとくっついたまま、前に向かって頭を『桜花』気味に振り放ち。
キンゾーは俺の姿を見ないように視線を逸らしながら……『流星』を振り放った。
拳や脚ではなく。
超音速の……文字通り、全身全霊をかけた《切り札》を放った。
ゴスッ‼︎
「ぐはっ……⁉︎」
ゴスッ、と何か硬いものに当たる感触を感じる。
「痛てぇぇぇぇぇ……この石頭野郎ー!」
「それはお互い様だろうがー⁉︎」
「うぐっ⁉︎ つぅぅぅ……兄貴の石頭はそれだけで都市伝説になるレベルだぜ……」
そんな軽口を叩き合いながら気づく。
「つうか、キンゾー。お前、首から上ないのにこの勝負受けたのかよー」
『首なしライダー』のロアであるにもかかわらず、キンゾーはあたかも頭突きを食らったかのような感じで話す。だが、首がないなら当然、頭突きなんか出来るわけはなく……圧倒的に不利な勝敗の決着なのだが。
「……まあ、なんだ。俺としちゃ、兄貴と会えた時点で勝ち負けはワリとどうでもいいんだよ。
兄貴がどんなロアで、どんな能力を持っているか。それを知りたかっただけだしな。
だけど勘違いすんなよ? 俺は負けてねえからな! ……今回の勝負も引き分けだ!」
そう言って降参のポーズを取るキンゾー。
どうでもいい、と言いながらも負けは認めないのかよ。
ま、それならそれでキンゾーらしいから、いいんだけどな。
と、そんなやり取りをしていると。
「ぐっ!」
キンゾーの様子を見守っていた氷澄がその場から離れようと走り出した。
ラインだけではなく、キンゾーまでもがやられてしまった。
氷澄の頭の中は恐怖やパニックでいっぱいなのだろう。
だが、今の俺は『月隠のメリーズドール』を模したロア。
その背を逃すことは______ない。
______俺、という対象を『被害者』として指定する必要がなくなったからか。ここにいるのは一之江が『都市伝説』の逸話通りに殺す『被害者』ではない。彼女の物語を自分の体に宿した、『月隠のメリーズドール』の逸話を纏った『主人公』なのだから。
そう、俺がイメージした『百物語』はそれだ。
『大切な物語』と共に、不可能を可能に変えていく『主人公』。
一緒に、この街を、大切な人達を守る______仲間だ!
「くそっ!」
氷澄から、苦々しい声が溢れる。
今の俺はそんな氷澄の背を確実に追い詰める、そういった存在。
スクラマサクスではなく、鎌を持っていたら間違いなく死神とかと間違われるような、そんな存在だ。
狙った相手に思考をする時間すら与えずに追い詰め、そして______決着をつける!
それが今の俺の役目だ。
「ライン!」
「なんじゃの⁉︎ いて、いててっ!」
ラインはラインで、ずっと走って逃げ続けていた。
背中に一之江が刃物をツンツンと突き刺している。
「俺がコイツらの姿を捉える。お前は無差別に仕掛けろ!」
「ふむ。危険性も高いが、やるしかないようじゃな!」
氷澄とラインのやり取りで解った。
来るぞ!
『厄災の眼』と『音速境界』の合わせ技が!
氷澄の『見た』対象に厄災を集めてラインの無差別攻撃を対象指定に出来る、という無茶苦茶な能力が。
確かに……俺と一之江の姿を既に見ているアイツなら可能だろう。
だが……それだけならばまだ大丈夫だ!
と、思っていると。
「キンゾー! お主も来い!」
「ケッ、仕方ねえな……」
ラインの呼びかけにキンゾーも参加の意思表明をし出した。
空気読めよ、キンゾーさん⁉︎
さすがは不運に定評のある俺だ。無理ゲー仕様の強制イベントに参加させられるとは。
おいおい、勘弁してくれよ。
こちとらただの高校生なんだからさ。
強制イベントなんか願い下げだ!
だが俺の願い虚しく……キンゾーはなぜだかやる気に満ち溢れている。
マズイぞ。来るぞ!
ラインだけではなく、キンゾーの『流星』を加えた超音速の合わせ技が!
『モンジ君、どうするの?』
右手の甲が熱くなり、キリカの声が聞こえた。
俺は______少しだけ考えた後。
「なんとなく、やりたいことがある。……一之江! こっちに来てくれ!」
ラインを追っていた一之江を呼んだ。
「む……」
俺の意図を読んだのか、それとも普通に従ってくれたのか。
それは解らないが一之江はラインの背中を突き刺すのを止めて、俺の背に一瞬で戻ってきて開口一番に、尋ねてきた。
「で、あの技以上のものが来るわけですが、それをどうするんですか?」
「撃ち破ろうと思う」
「勝算は?」
「君の能力を使うんだ。勝てないわけない……だろ?」
「はい、素晴らしい勝算です」
そんな会話を交わした後、氷澄達を見た。
「なんと、あやつら立ち向かうつもりのようじゃぞ」
「フンッ、俺達の攻撃を打ち破れるものか」
「氷澄……それは打ち破れられるフラグじゃぞ」
「うっ……じゃあ、なんて言えばいいんだよ?」
「撃ち破られるかもしれんが、愛と友情で勝ってみせる、とかじゃな」
「……愛とか友情、あるのか?」
「わらわからお主にはこれっぽっちもないな」
「そうか……」
「なんの話してんだよ? 打ち破れるもんなら、打ち破ってみやがれ!!!
……そのくらいふかせよ」
「おおっ! なんか『主人公』っぽいのう」
「やれるものなら、やってみやがれ!!!
……こんな感じか?」
「……お主には似合わんな」
「……さっきの感じでいいんじゃねえか?」
「やらせておいてそれかよ⁉︎」
向こうは向こうで、仲よさそうな雰囲気だ。
なんだろうな。やっぱり氷澄には親近感が湧く。
『モンジ君や瑞江ちゃんに似た関係だからだろうね』
「馬鹿な。私ほど博愛精神と友愛の心を持った善良乙女はいませんて」
「そうだといいんだけどなあ……」
氷澄とは、この戦いが終わった後に仲良くなれそうだ。
相棒に対する扱いについてとかで。
そういった関係を築く為にも……
「よし、勝つか!」
「ですね」
『うん、やっちゃえっ』
俺達の心は一つになった。
「さて、いくぞ、一文字疾風‼︎」
「ああ、こい、氷澄‼︎」
氷澄がその青い瞳で俺達を睨みつけてきた。
その瞬間、辺りの景色が一瞬で青と黒のモノトーンカラーに染まり……
「『厄災の眼!』」
「一之江!」
「もしもし私よ……」
「『音速境界』!」
「行くぜ、兄貴‼︎ 『流星』!」
(散らせるもんなら……散らせてみやがれ!!!)
一之江の言葉が終わるよりも速く、ラインは攻撃に移っていて。
一瞬のうちに最高速度に対したラインはキンゾーの背中を押しだしながら加速した。
ラインに押し出されたキンゾーは音速を超える速度で俺達に迫る。
だが……その『速度』こそが。
焦ったように、ただひたすら『先に』行動してしまったことが。
彼らの失敗だったんだ。
「『流星境界』!!!」
ズガガガガガ‼︎
もの凄い衝撃音が鳴り響く。
『音速境界』によって『加速』したラインが、キンゾーを押しだし。
ラインに押し出された瞬間、キンゾーは『流星』を放ちさらに『加速』する。
音速と音速が合わせ合い、より高い撃力を加える超音速技。
それはまるで『人間砲弾』のような荒技。
その荒技によって発生した凄まじい空気の衝撃波が俺と一之江を襲う瞬間。その瞬間を俺の瞳はスローモーションのように捉えていた。超解析度のカメラで見るかのように。鮮明に。
そして、その衝撃波が俺と一之江を襲う……その瞬間。僅かコンマ数秒の刻。
俺達は同時にソレを口にしていた。
『今、貴方の後ろにいるの』
「何っ‼︎」
ラインは一之江の声を聞いてしまった。
「馬鹿な……」
氷澄は、俺の声を聞いてしまった。
だから。
一之江はラインの背後にピッタリ、くっついて彼女を抱き締めて。
俺は氷澄の背後について、彼を羽交い締めにしていた。
キンゾーは何もない。誰もいない場所に一人で突っ込み。
ガッシャーンと何かを壊すような音をあげ、そして静かになった。
多分死んでいないと思うので放置して氷澄とラインに向かって話しかける。
「一之江が俺を庇って倒れた時、お前は言ったよな。『二人に降りかかるはずの厄災を一人で肩代わりしたというのか』って。つまり、こうやってその厄災は……」
「目の前にいる人に肩代わりさせることが出来るということです」
そう言ったその瞬間、まるで台風のような、強力な空気の渦がキンゾーが向かった先から突然発生して、俺達を襲いかかる。
俺達はその渦に飲み込まれて、空中に高く放り出された。
俺は空中に突然投げ出されたにもかかわらず、意外に冷静だった。ヒステリアモードの俺だから、というのもあるが、なぜだかまるで負ける気はしなかった。
俺は投げ出された空中で、体を動かし……おもいっきり氷澄を空中に放り投げた。
まったく同じタイミングで一之江が放り投げたラインに向けて。
直後、ゴチン、と鈍い音が鳴り響き、二人は地面に落下していった。
それを見届けながら、俺と一之江は空中で手を繋いで______。
衝撃の威力を殺すように、何度か回転しながら地面に着地した。
「すっごい……」
「モンジさん、一之江さん……」
着地地点にいた音央、鳴央ちゃん姉妹の呆けたような声を聞きながら、ドサッと地面に落ちたラインと氷澄の姿を確認して。
その姿を見納めてから、俺達は安堵の溜息をついて。
「俺達の勝ちだ」
「私の勝ちですよ『ターボロリババ』」
そう宣言したのだった。
2010年6月19日。午前5時半。夜霞市内路上。
しばらくして目を覚ました氷澄にはもう戦闘の意思はなくなっていた。
雨も止み、雲も薄くなっているせいか、朝日は明るく感じる。
そんな朝日を見ながら思う。
(今日、学校なくてよかった……)
「で、だ、氷澄」
「約束は守るさ」
「心配せんでも氷澄は約束は守る男じゃよ?」
眼鏡をかけ直した氷澄を見ながら、ラインはスカートに付いた汚れを叩きながらそう言う。
(ちょ、スカート叩くな⁉︎ 見えたらヒスるだろうが!)
ヒステリア性の血流が収まってきた俺はラインから慌てて視線を逸らす。
「仲間になる、という意味はよく解らないが……この街を守るというのは、まあ気まぐれに手を貸してもいい。俺にとってもお前のような人間を辞めた人間が同じ街にいるだけでもプラスだからな」
「なんだよ、人間辞めた人間って……ま、協力してくれるのは嬉しいけどさ」
「本当は貴方が勝ったのだから、彼を貴方の物語として取り込んでもいいのですよ?」
俺の横で、いつもの蒼青学園の制服姿になった一之江がさらりとそう言ったが。
「いや、それは違うだろ?」
確かにさっきの勝負には勝ったが、その前の戦いでは負けていたからな。
「一勝一敗だろ?」
「まあ、そうですが」
「うむ。わらわとお主も一勝一敗じゃぞ」
「ですから、最初のは本気を出していなかったと言っているでしょう」
「わはは、それでも一勝一敗はかわりあるまい!」
豪快に笑いながら、ラインは一之江に告げる。
一之江はそんなラインに反論はせずに、ふう、と溜息を吐いた。
そんな彼女らの傍らでは音央や鳴央の姉妹は「お風呂に入りたい」と言っている。
……雨降って地固まる、ってヤツか。
『お疲れ様、モンジ君っ』
と、手の甲からキリカの声が聞こえた。
「ああ、キリカもありがとうな。お前のアドバイスのおかげで助かったぜ」
「いいって、いいって。私もモンジ君のお役に立てて嬉しいからね」
「そうか? それならいいや」
などと呟いた俺だが、ヒステリアモードに軽くかかっていた俺はふと、キリカが先ほどまで弱っていた光景を思い出してしまい。
キリカへの感謝を込めて……自分の手の甲に口づけをしてしまった。
と、その瞬間。
『ひゃわああああ⁉︎』
キリカの声が頭の中で響いた。
「え? な、なんだ、どうした?」
『も、もも……』
「桃?」
『も、もも、ももモンジ君、ま、まんで?』
「桃……まん?」
なんだよ? まさか、キリカ……アリアみたいな桃まん中毒になったとか言わないよな?
『い、今、今っ!』
「……? 手の甲に口づけしたのがいけなかったのか?
感謝の気持ちを込めてみたんだが……」
軽い挨拶みたいなものだったんだが。
『か、感謝、か、そ、そうだよね。うん、そうだよねっ! ……モンジ君だし』
……うーん、感謝はやっぱり言葉で伝えないと伝わないのかもな。
「そうだよなー。すまん。間接キスみたいになっちまったな」
『へ? 間接キス? ……あー、うん、そうね、そうだね、それで驚いたんだよ!』
「うん?」
キリカの声がなんか沈んだのだが、なんかしたか俺?
「瑞江・ドリルー」
「うっ、ぎゃああああ‼︎」
背中に突然激痛が走った。
ガリガリガリガリと、背中になにやら硬いものが突き刺さるような感触を感じる。
「何すんだよ、一之江⁉︎」
「さっきのはミズエ・ドリル。あれはロアバージョンだったので、回転度をかなり上げたものでした。そして今のは瑞江・ドリル。良い子にも優しい指先の大回転です」
右手の人差し指を立てて一之江は説明した。
確かにさっきのに比べたらだいぶ優しいが……って、ちょっと待て!
「指先だけで、あの激痛を起こした……だと⁉︎」
「困るキリカさんを助ける為でした」
『うう、瑞江ちゃんありがとう……』
キリカは困っていたのか。なんというか、女心ってやっぱり難しいな。
「何やってんのよ」
「おそらく、何かの手段でキリカさんと交信しているみたいですね」
音央や鳴央ちゃんまでもが加わって賑やかになってきた。
と、そんなこんなで姦しく騒いでいると。
「痛ってぇぇ、バカ兄貴の分際でやりやがったな……」
キンゾーが起き上がり。
それを合図に、氷澄やラインも立ち上がった。
「もう回復したのか?」
「歩ける程度にはな。そろそろ戻って完全回復に専念させて貰うさ」
「そっか。それじゃ、連絡先交換しようぜ」
俺たちは互いの連絡先を交換し合った。
『氷澄・エンフィールド』……それが氷澄の本名らしい。
「それじゃあの。たまには境山でバイクでも運転するがよい」
「免許取ったらな」
ラインはラインでマイペースにその姿を消していき。
「俺のでよければいつでも乗せてやるよ」
キンゾーはキンゾーで派手派手な特攻服を着て、爆音を立ててバイクを走らせ消えていった。
氷澄は、軽く片手を挙げて立ち去っていく。
「それじゃ、また、な!」
俺は立ち去る氷澄の背にそう呟いた。
「ふぅー、終わったな」
地面に膝を着きながら、俺はそう呟くと。
「ええ、結構疲れましたね……」
一之江は溜息交じりに呟き。
「よいしょっ」
膝をついた俺の背中に、自身の背中を乗せて寄りかかってきた。
「うおっと⁉︎」
「ちゃんと支えなさい。私は怪我人の身でありながらわざわざ来てやったのですから」
「ああ、そう……だな」
「そうですよ。それにしても……勝手に『百物語』になりやがりましたね」
「……まあ、それは、ほら」
「ほら……なんですか?」
「……お前が傷付く姿は見たくなかったんだ。
俺はお前らを、みんなを、大切な物語を守れる『主人公』になりたい!」
「……ふぅ、貴方も男の子なんですね」
一之江のその口調は諦めを含む声色だが、優しい響きも持っていた。
「これ以上、足を引っ張ったら許しませんからね」
「ああ______解った」
「約束しなさい。無茶だけはしないと。力を手に入れたからって、一人で無茶はしないと。私やキリカさん、音央さん、鳴央さんが心配するような事は極力しないようにする、と」
「ああ______約束するよ」
「指切りです。嘘付いたらナイフ千本______串刺ーす。指切った♪」
「針千本じゃないのかよ⁉︎」
「サウザンドナイフ。カッコイイでしょう?」
「……まあ、確かに」
ちょっと男心を刺激する言葉だが。
実際はナイフ千本を背中に突き刺すだけだろう。
俺の背中に、な。
『ふふっ、じゃあ私は先に休ませて貰うね』
「ああ、おやすみキリカ」
「ん? キリカちゃんは先に寝るのね。だったらあたしたちもそろそろ帰りましょう」
「そうですね、会長さんも起きてしまいますし」
「ええ、早くベッドに入って寝るとしましょう」
音央と鳴央ちゃん、一之江がそう呟き。
「これにて一件落着……と。それじゃ、俺も帰るか。
妹達も心配するしな」
そんな言葉をした。
その時だった。
「その心配は必要ありませんよ、兄さん」
「全部見てたよ、お兄ちゃん」
聞こえてくるはずのない人物の声が聞こえてきて、一気に血の気が引くのが解った。
『いつから?』見られていたんだ、という恐怖があったが。
「一部始終は見させていただきました」
「私の能力。『無限隙間空間』ならどんな空間でも入れるんだよ? お兄ちゃん」
声の主達は上の方から聞こえてきて。
見上げてみると、そこは三階建てのマンションで。
そこの屋上に、見覚えのあるシルエットがあった。
一つは、馴染み深い従姉妹のもの。
もう一つは、血が半分繋がった妹のもの。
そして、もう一つは______。
「見事な戦いぶりだったわね、流石は私のライバルよ、メリーズドール!」
昨日、学校で交戦した真紅のマントに身を包んだ、金髪ドリルの少女。
スナオ・ミレニアム。
今は……『夜霞のロッソ・パルデモントゥム』の格好をしているということは。
いや、まさか。そんな……。
「スナオさん、かなめさん、行きますよ」
「はいな、マスター」
「うん。いっちゃおー」
スナオ達に命令した理亜はマンションの屋上から飛び降りて。
「つっっ⁉︎」
慌てて落下地点に行きそうになった俺を一之江は止めた。
「何を……」
「忘れたのですか、あの『赤マント』が仕える『主人公』は」
一之江の顔には緊張と……汗が流れる。
次の瞬間、スナオちゃんの赤マントが大きく広がると、飛び降りた理亜達を包み込んで。
スタッ。スナオちゃんが近くのフェンスに着地したのと同時に。
その赤いマントを翻すと理亜とかなめの姿もフェンスの上に出現していた。
「か、完全にあの赤マントっ子の力を使いこなしてるわっ!」
「も、モンジさんっ、気をつけてください」
理亜は音央と鳴央ちゃんを一瞥してから。
静かに尋ねてきた。
「兄さん、答えてください」
「な、何をだ、理亜」
「兄さんが『101番目の百物語』……そして、『哿』なんですね?」
心臓が早鐘を打った。答えたくない。返事を返したら決定的に……。
俺の大切な『生活』が、『日常』が終わる。
家に帰って、当たり前のように妹と過ごす、そんな『普通』の生活が終わってしまう。
前世では考えられなかった。普通の学校に行って、普通の高校生のようなひと時を過ごす。
ロア関連以外のこの『日常』は俺の癒しだった。
それなのに。
「答えてください、兄さん」
理亜は容赦なく、一切のためらいもなく、ただ冷徹な存在として、俺をフェンスの上から見下ろしていた。
「答えてください、兄さんは……兄さんは私の本当の兄さんではない……のですね?」
彼女の瞳には悲しみや喪失感。あるいは『絶望』といった感情が浮かんでいる。
「ああ、そうだ。俺は『101番目の百物語』……そして、『哿』のロア。遠山金次だ!」
返事を返すと、理亜は深い溜息を吐いて……。
「……兄さんが平和な生活を送れるように、この世界に入ったというのに……」
「え、理亜もなのか?」
「はい。……ということは兄さんもなのですね。はぅ……」
「なあ、理亜……」
「一つだけ教えてください。今も貴方の中に兄さんはいるんですね?」
「ん? あ、ああ……」
「そうですか……なら」
理亜は目を伏せて頷き。
そして、その時。
空の雲が切れて。
理亜の姿を夜明けの光がスポットライトのように照らした。
その姿はまさに、女神のように神々しく。
「解りました。兄さん。
兄さんがもう戦わなくていいように、兄さんのロア。『101番目の百物語』と『哿』を、この私『終わらない千夜一夜』の一つにします」
「はい?」
理亜は厳かな光に包まれながら、圧倒的な威圧感と共に宣言する。
それは……俺が一之江やキリカ、音央や鳴央ちゃんに言った言葉そのまんまだった。
『私の物語になりなさい、兄さん』
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