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ソードアート・オンライン‐黒の幻影‐

作者:sonas
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第3章 黄昏のノクターン  2022/12
  26話 奇蹟を携える者

 レクステリウムとの遭遇から一時間と数分、火炎ブレスや薙ぎ払いの抵抗があったものの、ティルネルによる鼻筋を狙っての精密射撃を起点に転倒(タンブル)を引き起こし、総攻撃を仕掛けるというループを繰り返し、中ボス扱いですらないにも拘らずの三段構成HPバーは、ようやく最後のバーの半分を切るまでに進捗した。
 ニオの盾から繰り出されるソードスキル――――語弊があるようにも思えるが、れっきとしたソードスキルである――――の瞬間火力と、タンブル後は確実に突進を繰り出すという単調な行動パターンが幸いして、これまでPT全員のHPがイエローゾーンにすら落ち込むことはなかった。とはいえ、ティルネルが居てこそ偶然にも叶った攻略法だ。こちらに有効な手立てが運良く手元にあってくれたことが示唆するように、全ては運任せに運んでいる向きが強いように思える。つまり、何らかの変調によって途端にペースが崩れてしまうことさえ多分にあるという可能性を孕んでいる。余談は許されないだろう。

 そして幾度目かも定かではなくなった突進が大木を薙ぎ倒し、ティルネルが鼻先を目掛けて矢を放つ。もう十分に慣れた動作を機械的にこなすように繰り出された矢はレクステリウムの鼻筋、或いは鼻っ面を穿って、後から続くクーネ達の攻撃で両足にダメージを蓄積させて転倒させ、全員で許す限りのソードスキルで追撃する。これまでと同じルーティンを実行せんと動き出した。しかし、ここに来てレクステリウムの見せたイレギュラー、突進後の荒い息遣いは突如として頭を振るモーションに置き換わり、それによって矢は肩口を僅かに掠めて森の奥へと消えていった。
 それだけではない。これまでは突進の後に必ず存在していた三十秒間の硬直もおよそ五秒程度までに短縮されている。ボスでもないのにHP残量でモーションが変化するなど、想像だに叶わない難敵だはあるが、それを嘆いても始まらない。レクステリウムは口腔から赤熱の輝きをチラチラと漏らす。目標は幾度となく自身を地べたに叩き落としたニオを筆頭にクーネ達を射線に捉えている。しかし、対処出来ないほどのものではない。


「俺が時間を稼ぐ。ヒヨリとティルネルはクーネの指示で行動してくれ」
「うん!」
「了解です!」


 方針を決定し、それぞれの目指す位置へと移動。ヒヨリとティルネルは左右に分かれてクーネの許へ疾走する。ティルネルに至ってはヒヨリのテイムモンスターの筈なのに俺の指示ばかり聞いているが、大丈夫なのだろうか。
 ともあれ、今は現状を整理しよう。予備モーションが終わり、ブレスが放たれるまでの間にニオが盾で殴り付ければ妨害は確実に成功する。しかし、ニオの移動速度では到底間に合わないだろうし、かといってレイの両手槍をアテにしても、硬直から素早い復帰を見せる今のレクステリウム相手には少々博打が過ぎる。その後の反撃を考えると迂闊には勧められない。
 ともなれば、ブレスを遅らせて且つ持ち堪えることが、時間稼ぎを申し出た俺に求められた仕事となる。無論、どうにかなるという見立てで行動しているから勝算は少なからずあると仮定してのことだが、どうなることやら。


「………後ろがガラ空きだ」


 後ろ足の間をすり抜けて、腹部の真下へ。ヘイトが他のプレイヤーに向いているとはいえ、懐を許す野生動物など想像出来ないが、これこそSAOがゲームである証左だ。低い姿勢で踏ん張るらしく、上から巨体が降りてくるような重圧があるものの、いやむしろ息を吸い込むにつれて腹が膨らんで実際に下がってきているのだが、これでこそ狙い甲斐があるというもの。腰を落とし、掌底を突き出した左腕を脇に据え、全身を絞るように構え、そして、放つ。


「ッッゼィイヤァァァ!!」


 獣が牙を剥くが如く、限界まで抑圧された力を青の光を纏った左の掌底に込めて頭上(水月)に打ち放つ。

――――体術スキル重攻撃技《裂衝(れっしょう)

 高威力かつ低確率で麻痺付与と優秀な性能に見えるが、溜めが大振り過ぎて実戦向きではなかった技である。ここで役に立つとは思いも寄らなかった。あたかも風船にめり込むように埋もれた腕を素早く引き抜き、脇から抜けて離れると、レクステリウムは通常のブレスとは異なる、黒煙と火花だけを破裂音と共に吐き出す攻撃性の無い動作をとる。上層にてブレスを繰り出すモンスターが見せた《ファンブル》のモーションに酷似したそれは、俺の目指していた結果を優に上回る結果だ。
 一瞬でも怯ませ、ヘイトを俺に向ければと考えていたのだが、ブレスの予備モーション中はこちらからのダメージ量やデバフ成功確率が上昇するのかも知れない。しかし、これにてブレスも無効化の手段が判明。惜しむらくは前述のデメリットと、スキルの冷却時間が長いことであろうか。完全に体術スキルの利点を殺いだものであるから笑い話にもならない。


 そして、再びレクステリウムを襲う転倒コンボ。ブレスを妨害してから十余分後、本来の目的とは違うのだが、中ボスクラス戦闘能力を誇った巨大火炎熊は撃破されることとなる。
 やはり数の力は侮りがたい。ましてや高度な連携を可能とするクーネ達がいてくれたからこそ何事もなく戦い抜けたのだろう。そして、クーネ達は大型モンスターの討伐後に《ドロップ品報告会》なるイベントを催すらしく、クーネ達の軍門に――――一時的とはいえ――――籍を置いた俺達も参加する運びとなった。要は単純にドロップ品の確認なのだが、それで一喜一憂し、挙句には《部屋の掃除》や《ニオを抱き枕にする権利》を賭けるなど、彼女達なりの楽しみ方だとか。

 ………ということで、良く分からないまま全員のリザルトウインドウが見せ合う形で展開される。


「あ、リンちゃん、やっぱり脂落とすみたいだよ?」
「そうだな。《神秘の熊脂》が四つもドロップしてる」


 ヒヨリの声に返し、ウインドウを見せて答える。
 それにしてもこのドロップ数は大したものだ。クエストの要求するアイテムでは最上級品であることがアイテム名からも伝わってくるが、そんなレアアイテムを五つもドロップしてくれるとは実に気前が良い話だ。


「え、リン君、私それ七個貰ってるんだけど?」
「私は六つ、です」
「アタイも六つだ。ったく、男のくせに情けないねぇ」
「ボクも六つだよー? あれあれ~、リンはドロップ力が弱いねー。もっと鍛えなきゃダ・メ・だ・ぞ?」
「そういう趣旨のイベントか。理解したぞ………というかレイてめぇ! そんなもん鍛えられるわけねえだろ!?」


 クーネ達に散々罵倒され、大会の洗礼を受けたところで今度はヒヨリに目が向けられる。やや不服に思うところがあったものの、それらを溜飲しておくこととする。
 妙に自信を持ったクーネ達に対峙するヒヨリは、不敵という表現には程遠い笑顔であったが、俺はこの表情の真意を知っている。良くも悪くも、ヒヨリに自信が漲っている状態で見せる笑顔。ドヤ顔に他ならない。

 ………そして、俺は思い出す。ヒヨリの運の力を。


「十八個………ヒヨリ、貴女なんなの?」
「リーダーの二倍以上、だと?」
「あれ、ボク………この子怖くなってきた………」
「ふっふーん、クーちゃんもまだまだだね!」


 二位との差は二倍以上、三位タイの合計という、文字通り桁違いの数字で、ぶっちぎりの好成績を叩き出すヒヨリの実力はドロップに関わるものだけではなく、武器強化やレアモンスターとの遭遇にも大いに影響を及ぼす。添加剤による確率ブーストも無しに現在装備している武器を限界まで鍛え上げてしまったのだから筋金入りである。正直、敵う相手ではない。
 驚愕するクーネ達の前で自信満々に胸を張るヒヨリとティルネルにあとの大会の成り行きは任せるとして、自分のドロップ品だけ先に確認することに。
 既に確認済みの《神秘の熊脂》はいいとして、《焔獣の毛皮》が七つ、《焔獣の爪》が四つ、《焔獣の牙》が五つ。どうも素材の数は冴えないようだ。しかし、俺のリザルトウインドウの最奥に素材とは異なるアイテムが一つ、いや、一振りというべきか。ポツリと存在していたのだ。
 
 オブジェクト化してみると、革の鞘に収まった、曲線的な両刃の片手剣。手に感じる重さは金属製のレイジハウルよりやや軽く、リーチはレクステリウムの角より短いくらいだが、純白の刀身は素材が何者であるかを暗に語っているようにも思える。銘は《Initium Ignis》、発音はイニティウム・イグニスだろうか。


「燐ちゃん、その剣どうしたの?」
「レクステリウムのドロップ品だ」


 軽く振り抜いてみるものの、軽さがどうしても目立つ。見る限りレイジハウルやティルネルの持つ《ゼヴェシュレゲナー》に迫る性能らしく、殊に耐久度に至っては俺達の所有する片手剣を上回るものである。威力に支障はないのだろうが、やはり慣れた得物の感覚と異なる以上は無理にこちらに更新する必要はないだろう。


「うそ!? リンってば、そんな隠し玉を………」
「隠し玉も何もない。これはクーネが使え」
「え!? で、でもこれ、きっと相当なレア武器でしょう!? そんなの簡単に渡されても困るっていうか、その………とにかく困ります!?」


 クーネは突き出した白の片手剣を慌てて押し返し、首を激しく振って拒否する。
 まあ、確かに。突然レアアイテムを無条件で渡される方が不安になるか。だが、決して無為に譲渡を申し出ているわけではない。


「俺の武器は十層でも通用する性能だから、例えレア物であろうとも未強化の武器に乗り換えるメリットがないんだよ。それで、比べるような言い方で悪いけど、アニールブレードはこの辺りで限界だろう。こいつは俺達の戦利品だ。戦って勝ち取った者が剣を握るべきだと俺は思う」
「………いい、の?」
「たまたまこっちに来てただけだ。適切なアイテム移譲だよ」


 おずおずと、一度は押し返した片手剣に手を伸ばすクーネに渡す。正直な話をすると、売りに出そうにもアテがなく、それならば知り合いに使ってもらおうという思考放棄からの行動であることは黙っておこう。きっと可愛い女の子に使われた方がコイツも喜ぶに決まっている。


「じゃ、じゃあ、貰うわね?」


 そして早速装備のプロパティを確認するや否や悲鳴じみた声をあげるものの、俺からしてみれば然程魅力を感じるものではない。むしろレクステリウムの強さから考えれば若干性能が足りないようにも思えるくらいだが、存分に役立ててもらおう。既に羽飾りを移し替えているところから察するに活躍は約束されたようなものだろうが。
 さて、これで即興イベントも終了。戦利品の合計は《神秘の熊脂》四十個、《焔獣の毛皮》五十二枚、《焔獣の爪》五十本、《焔獣の牙》四十二本、《焔獣の掌》六個、《焔獣の尾》七本、そして片手剣《イニティウム・イグニス》が一振り。かなり過剰な収穫にも思えるが、これはプレイヤー一人あたりに設けられたドロップアイテムの数量が設定されていることによるものであり、SAOにおける仕様の一つだ。普通に考えて爪が五十も生えていたり、掌が六個も付いていたりする化け物を相手にした覚えはないので、その点においてはこのPT全員が理解していることであろうが、突き詰めて考えれば奇怪な現象と言えなくもないが、この件についての考察はここまでとしよう。

 このクエストを受領するにあたり、ロモロはこういった。「水運ギルドに船の素材を独占された」と。しかし、彼は俺達に熊の脂しか要求してこなかった。いや、()()()にそれだけを取りに行かせたのだろう。実力を計るとか、誠意を確かめるとか、この際些事は放っておくとして、問題はこの納品クエストの形態にある。
 同じフィールドに何度も向かわせて目的を達成させるタイプの、面倒くさい形態のクエスト。キーアイテムを入手するような重要なクエストに多く見られる傾向があるのだが、このSAOでそれをやられては時間と手間が途方もなく掛かってしまう。こういう筋読みは無粋なものかもしれないが、俺としても同じクエストに手間取るわけにもいかない。あくまでも本命は隠しクエストだ。

 試しに転がっている幹を確認すると、梢と根元は消滅しており、丸太のようにも見えなくないそれをタップするとアイテム入手を報せるウインドウが展開される。アイテム名は《銘木の心材》。これに関してはオブジェクトに対して一個だけ手に入る仕様なのか、複数個の入手は出来なかったが、いかにも高級感のある名前であり、ストレージにも収まることが確認できた。船の素材と見て間違いないだろう。


「燐ちゃん、みんな帰るみたいだよ?」
「ヒヨリも手伝ってくれ。この丸太を持って帰るぞ」
「これを拾えばいいの?」


 周辺に薙ぎ倒された幹は十二本。全てが丸太と化しているそれらのうち、手近な一本に近づいたヒヨリは俺がしたように丸太に触れ、ストレージに納める。


「なんだか高級そうな名前だった!」
「そうだろう。きっと良い船の素材になるぞ」
「それに三つも取れるんだね! たくさん造れるよ!」
「………は?」


 後に聞いた話だが、《銘木の心材》はゼロから三個までのランダム入手だったらしい。ちなみにヒヨリは拾った丸太全てを三個で回収してのけた為、俺達は合計で三十七本もの心材を入手することができた。

――――手段こそ知らないが、本格的にドロップ力を鍛えようと思い悩んだのは、また別の話である。 
 

 
後書き
燐ちゃん「ドロップ力とは一体………うごごご………」
レイ「リアルラックオバケコワイ………」

ヒヨリ「………?」


レクステリウム戦後編。



燐ちゃんは量より質のドロップ力の持ち主です。決してドロップ力が脆弱なわけではないですし、そもそもドロップ力はステータスに影響を及ぼす要因には為り得ないので大丈夫です。ちなみにヒヨリはリアルラックが桁違いに高いのであらゆる成功率判定及び数量算出判定に大幅なボーナスが付与されます。

ちなみに、このドロップアイテムの数量で競う良く分からない遊びですが、ぶっちゃけ実体験です。自分がプレイしていた某MMOにおける、自分も参加した某PTの、ある一時をネタに使わせていただいております。
そのゲームはサービスを終了してしまいましたが、当時のギルドのメンバーさんの中でとても仲の良かった(多分)女性プレイヤーさんの《些細なことでも全力で楽しめば立派なイベント》精神、自分的にはかなり感銘を受けました。人見知りなように見えて作者もちゃんと数多くの出会い(フレ登録とかギルド加入とかPT参加)別れ(フレ引退やゲーム引退やサービス終了)を経験してるんですよ?(震え声)


燐ちゃん「サービス終了………必死に集めたレア装備………消えてゆく知り合い………うっ、頭がァァ!?」

ヒヨリ「どうしたの!?大丈夫!?」

燐ちゃん「どっちかというと心がつらい!?」


………おっと、黒歴史でしたね。


さて、次回は街に帰還してからのお話となります。船作成も重要ですが、この章の主旨は隠しクエストなんですよね。この人数で話は進行していく予定ですが、ホントどうなるんでしょうね。

ちなみに更新はまた不定期です。




ではまたノシ 
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