大海原でつかまえて
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10. 大海原でつかまえて
岸田が無線を使って、艦娘たちに次々と指示を飛ばしている。これから岸田発案の、僕を姉ちゃんの元に運び、姉ちゃんを奪取してそのまま離脱する作戦が敢行される。名づけて“大海原でつかまえて大作戦”。ハッキリ言ってこんなことに名前をつける必要なんかないはずなんだけど……
「こういうことはな! 名前が大事なんだよ名前が!!」
とゴリラと化して鼻の穴を広げて力説する岸田に、今てれたびーずに乗船しているゴーヤとぼくは何も言い返すことが出来なかった。鎮守府に『叢雲たんチュッチュ』なんて名前をつけるお前にそんなこと言われたくない。
「ゴーヤ、潜れるか?」
「雷撃戦は出来ないけど、潜ることは出来るでち」
「オーケーだ。じゃあ手はず通りに……」
ゴーヤがまっすぐねえちゃんたちの方を見、その後てれたびーずから降りて水中に潜った。ゴーヤの潜水スピードはさすがに潜水艦だけあって凄まじく、けっこうな透明度を誇るこの海であっても、またたく間に姿が見えなくなった。
「金剛ちゃんと木曾と球磨には、なんとかレ級とヲ級の気を引いてもらいたい。方法は任せる」
『わかったネー。任せるデース』
『キソーは大丈夫クマ?』
『大丈夫だ。雷撃もあと一回なら行ける。次は外さない』
金剛さんが半壊した艤装で砲撃を行う。金剛さんの砲撃はレ命中こそしないが、反撃するヒマを与えないほどの頻度での乱れ撃ちだ。ヲ級たちも金剛さんの執拗な砲撃を嫌がり、自分の艦隊から距離を取り始める。
一方、そのやかましい砲撃の影に隠れ、球磨がこっそりとヲ級たちに近づいている。スニーキングで接近しているためか、アホ毛も目立たないように、少しうなだれていた。
「私は何をすればいいかしら」
「シュウとカ号が敵艦載機に狙われるのは確実です。こいつらを守ってやってください」
「……わかったわ。誰にも手出しはさせない」
岸田への返答を行いながら、加賀さんが矢を射る。射られた矢は戦闘機となっててれたびーずの上空に待機しはじめた。
一方の僕はというと、今カ号に乗り込んだ妖精さんと打ち合わせ中だ。僕は今、パラシュートのようなバックパックを背中に背負っていて、そのバックパックは革ベルトでカ号観測機とつながっている。
「いい? 加賀さんが敵の艦載機を全部落としてくれるから、安心して僕を姉ちゃんの上空に届けてね」
毎度のごとく、サムズアップと敬礼を返してくれる妖精さんたち。身体は小さくて可愛らしい顔をしたマスコットのような妖精さんたちだけど、その姿はとても頼りがいが有る。
「シュウ、準備は出来たか?」
「うん。妖精さんたちも大丈夫だよ」
「了解した。なぁシュウ」
「ん?」
「アドバイスにはなるか分からんが、一応言っとく」
周囲をキョロキョロと見回しつつ、岸田が口を開いた。こういう時の岸田はイケメンモードの岸田だというのが、長年の付き合いでなんとなく分かる。キーボードとマウスから手を離すことなく、岸田は周囲を警戒したまま話を続けた。
「おれのオトンとオカンの話だけどな。オトン、プロポーズの時にパニックになって、色々考えてた言葉も何もかも吹き飛んじまって、もうどうでもいいからとりあえずイっちゃえって感じで逆ギレでプロポーズしたんだそうだ」
「へぇえ。うちの親と全然違う感じだ」
「オカンはオカンでプロポーズされるだなんて全然思ってなくて、言われた途端にパニックになっちゃって、最終的に“あーもう意味わかんなーい”的な感じでヤケクソでOKしたらしい」
「岸田のお母さん、そんな感じには全然見えなかったけど……」
「まあな。結果はお前も知っての通りだ。単身赴任も多くて普段は中々会えない二人だけど、今でも仲は悪くない。案外その場の勢いっつーか、さっきのお前みたいに、行きあたりばったりのヤケクソで出す決断も、結構うまくいくとおれは思う」
「そっか……」
「そして二人の絆が本物なら、たとえ距離が離れていてもきっと大丈夫だ。うちの両親がいい例だ」
なんとなく、岸田がいいたいことが理解できた。僕と姉ちゃんなら、どんな状況でどんな決断をしても……それこそやけくそで指輪を渡しても、絆は消えないと言いたいらしい。岸田はよく僕と姉ちゃんの話が出てくる度に、『比叡たんがぁぁああああ』と泣き喚き、痛恨の血涙を流す。でもそれはポーズで、本当は僕と姉ちゃんの関係を認めてくれているようだ。
「分かった。岸田、ありがとう。岸田がそういうなら自信が持てる」
「礼は全部終わった後にしてくれ。死亡フラグはごめんだ。あと、無線機もちゃんと耳に入れておけよ」
「大丈夫。入れておいた。みんなの無線もちゃんと聞こえるよ」
僕は妖精さんが乗ったカ号を頭の上に乗せた。カ号にはベルトがくくりつけられており、そのベルトは僕が背負っているバックパックにつながっている。
「よし……じゃあ作戦開始だ!!」
岸田がそういい、てれたびーずも砲撃を開始した。カ号のエンジンに火が入り、カ号と僕が宙に浮く。
「シュウ」
身体が2mぐらい持ち上がったところで、岸田がまた僕に近づいて声をかけてきた。その顔にさっきまでのおぞましい血涙はなく、とても晴れ晴れとした顔をしている。
「がんばれ。絶対姉ちゃん捕まえてこいよ」
「うん。ありがとう。行ってくる。岸田も気をつけて」
「おう。任せろ」
岸田が右手を上げた。ぼくも右手を上げ、岸田とハイタッチをする。パンという小気味良い音が鳴り、右手の平に、ジーンと痛みが走った。その後岸田はこちらを振り返らず操舵室に戻り、カ号が僕をぶら下げたまま上昇していった。
一方水上では、金剛さんの執拗な砲撃を嫌がって艦隊から少し距離を置いたヲ級たちに対して、球磨が接近戦を挑み始めたのが見えた。
「……クマッ!!」
球磨の魂の叫びと平手の音がここまで聞こえる。球磨がヲ級を張り倒す度『バチーン!!!』という痛々しい音がここまで聞こえ、その度に、ヲ級が頭にかぶった大きな帽子のようなものが外れそうな勢いでヲ級がぐらついていた。
姉ちゃんのすぐそばにいる空母棲鬼が、空高く舞い上がる僕とカ号に気付いたようだ。空母棲鬼から無数の艦載機が発射されたが、僕とカ号の周りに加賀さんの艦載機が集まり、空母棲鬼の艦載機を叩き落としていく。
「加賀さん! ありがとう!!」
『あなたたちを守るのが私の仕事。気にせず進みなさい』
無線から加賀さんの声が聞こえた。冷静な加賀さんの声が心強い。
『何……やるの? シュウくん……何する気なの……?』
同じく無線機から、姉ちゃんの声が聞こえる。僕の姿が見えたようだ。こっちを不安そうな眼差しで見ているのが、上空からもよく見える。説明をしたいが、僕は今、無線の送信機を持っていない。
『比叡?! 聞こえマスカ?!』
『お姉様……シュウくんは何をするつもりなんですか……?』
『これから王子様が迎えに行くデース! ムードもへったくれもないのは我慢するネー!!』
僕に変わり金剛さんが説明してくれたのはいいが、それじゃ全然説明になってない。
『いいから比叡は黙ってシュウくんを待つのデス!!』
『は、はい。了解ですお姉様』
なんとか姉ちゃんは納得してくれたようだ。僕とカ号はぐんぐん高度を上げ、水面にいる金剛さんたち艦娘と深海棲艦たちの姿は豆粒ぐらいの大きさになったところで、姉ちゃんの頭上の位置まで移動する。よし。ここまでは作戦通り。あとはゴーヤのポイント到着を待つばかり。
『ポイントに着いたでち!!』
ゴーヤの通信が入った。
「妖精さん! お願いします!!」
僕が自分の背後で僕を釣り上げているカ号を振り返り、妖精さんにそう伝える。カ号が除々に高度を下げていく。足元に広がる豆粒大の大きさのみんなが徐々に大きくなってきた。
ぼくたちの存在に気付いた空母棲鬼が再び僕らに向けて艦載機を飛ばすが、瞬時に加賀さんの艦載機が僕らを取り巻き、空母棲鬼の艦載機を撃墜する。
「やらせません。誰にも手出しはさせないと言ったはずです」
加賀さんの方を見た。加賀さんはこっちをまっすぐに見据え、矢をつがえているのが分かった。加賀さんの声が、無線ではなく直接聞こえた。
「行きなさいシュウ。比叡さんをお願いします」
「分かりました加賀さん、ありがとう」
ヲ級たちも僕らを見上げこちらに艦載機を飛ばそうとするが……
「させるかクマァア!!!」
自身から目が離れた途端、球磨の両手が火を吹き、ヲ級を次々に張り倒していく。張り倒した時の音がもはや『バチン』ではなく『バゴォオオオオン』という爆発音に近い。
ヲ級たちも張り倒される度に立ち上がるが、球磨もまた、その度に再度ヲ級たちを張り倒して張り倒して張り倒した。艦載機の発進を諦めたヲ級たちが数の暴力で球磨を押さえつけ拘束しようとするが、球磨の勢いは止まらない。
「シュウが決心したんだクマ! 比叡とシュウは本当の家族になるクマッ!! 二人の邪魔はこの球磨が許さんクマァアア!!!」
球磨は自身を拘束するヲ級をバカ力で振りほどき、別のヲ級を張り倒して撃沈した。
一方ぼくとカ号は、姉ちゃんの頭上に来るように少しずつ位置を調整しながら下降しつづける。姉ちゃんの姿が、表情が見えるぐらいにまで近づいてきた。
「シュウくん?!」
「姉ちゃん!! 今から行くから待ってろコノヤロー!!!」
また姉ちゃんへの怒りが再燃してきた。指輪を渡すから覚悟しろコノヤロー。消えてなんかやらん。世界に反抗してやる。世界よ。文句があるなら姉ちゃんを恨め。
「うん……待ってる!!」
「後少し……あと少し降りれば……!!」
だいぶねえちゃんに近づいてきた。後少し降りれば、問題なく飛び降りることが出来ると確信した瞬間、僕のほっぺたを何かがかすめた。見るとレ級たちがこちらに砲塔を向けている。
「ヤバい……!!」
次の瞬間、レ級の一人に砲撃が直撃した。金剛さんが片膝をついた状態で、それでもレ級をスナイプし、バリアを突き抜けたようだ。
「妹と弟のケッコンの邪魔は……させまセン……!!」
もう一人のレ級も、足元が爆発してダメージを負ったようだ。キソーさんが雷撃をしたらしい。キソーさんを見ると、ボロボロの服を着たキソーさんがこちらを見据えていた。
「道は開いてやったぜ!! あとはお前が姉ちゃんしっかり捕まえろォ!!」
高さが5メートル……いや10メートル?……いやもうそんなのどうでもいい。とにかく飛び降りても問題ない程度の高さにまで降下できた。
「妖精さん!! もう大丈夫! 行ける!!」
僕は自身をぶら下げているカ号を振り返り、そう怒鳴った。カ号に乗った妖精さんが身を乗り出して僕を覗き込み、変わらぬサムズアップと敬礼をしてくれた。
『ゴーヤはいつでもOKだよ!!』
無線からゴーヤの声が聞こえた。てれたびーずの方を見ると、岸田がこっちを見て頷いている。大丈夫。行ける。
ぼくは大きく息を吸い、ありったけの力と怒りと、姉ちゃんへの気持ちを込めて叫んだ。
「ねえちゃァァああああん!!! もうどこにも行かさないから覚悟しろォォォオオオオオオ!!!」
疲労の色が濃かった姉ちゃんの目に輝きが戻ったのが分かった。姉ちゃんは立ち上がり、テレタビーズの試合の時にホームランを量産していたキッとした表情で、僕に向かって両手を広げた。
「お姉ちゃんもシュウくんを捕まえる!! シュウくんをどこにも行かせない!!」
「気合ィイ! 入れてェエ!! 捕まえろォォオオオ!!!」
妖精さんたちが僕とカ号の接続を切断した。僕の身体が重力に従って猛スピードで落下する。
「ねえちゃぁああああアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
猛スピードで落下するぼくは姉ちゃんにキャッチされ、その瞬間姉ちゃんの声が、耳ではなく、僕の胸に響いた。
――シュウくんが好きです
僕も姉ちゃんが好きです。
受け止めきれなかった落下の勢いで、姉ちゃんと僕は抱きあったまま水中に沈んだ。沈んだところで待ち構えていたのはゴーヤ。
「いくでち!!」
ゴーヤが僕と姉ちゃんの襟を掴み、猛スピードで数十メートル潜った後、てれたびーずに向かって泳ぎ始める。ぼくはありったけの力を込めて姉ちゃんを抱きしめた。自分でもびっくりするぐらいの猛烈な力を込めて姉ちゃんを抱きしめた。
そして、それは姉ちゃんも同じだった。いつかの優しい抱擁とは違い、姉ちゃんもものすごい力で僕を抱きしめた。『絶対に離さない』という決意を感じるほどに、身体が姉ちゃんの力できつくつきく締め付けられる。水中のため呼吸も出来ず苦しい。水圧のせいもあり、少しずつ意識が遠のいていく。
それでもよかった。呼吸が出来なくてもいい。痛くてもいい。苦しくても構わない。姉ちゃんがそばにいて、触れられる事が……抱きしめられる事が、何よりも嬉しかった。
抱きしめる姉ちゃんの全身から、姉ちゃんの気持ちが感じ取れた。姉ちゃんの手や顔、体全体から、姉ちゃんの気持ちが聞こえた。
――あなたが好きです。あなたが大好きです。
僕もあなたが好きです。あなたが大好きです。逆ギレするほど大好きです。あなたのそのお日様のような笑顔が、世界で一番、誰よりも大好きです。
だから僕は、例えあなたと離れることになるとしても、あなたとケッコンします。
僕は、呼吸が出来ず遠のいていく意識の中で最後の力を振り絞り、最愛の人の左手を取って、その薬指に指輪を通した。
――つかまえた
その直後姉ちゃんの身体が眩しく光り輝き、ぼくはその温かく心地いい光に包まれながら、意識を失った。
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