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RSリベリオン・セイヴァ―

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第十六話「その憧れは、歪みとなる」後編

 
前書き
今回は挿絵が二枚になっております。

果たして、狼はラウラに勝てるのか!?

↓ヴォルフ
 

 
ラウラとの戦いに惨敗し、意識を失った俺だが、弥生の悲鳴により目を覚ましたはいいもの、襲われた彼女は謎の首輪を付けられていた。
それは……
『……これは、小型の時限爆弾だ』
ホログラム通信システムから聞こえる魁人の声が冷静に答えた。
「小型の時限爆弾だと……!」
ヴォルフが表情を険しくさせた。それと同時に周囲に沈黙が走った。
「ま、マジかよ……!」
太智は目を見開いて弥生の首輪を見つめる。
「それと……君を襲ったのがラウラだったのは本当か?」
ヴォルフが彼女に問う。
「ええ……あの眼帯と銀髪の娘は、おそらく……」
あやふやだが、弥生は昨夜襲われたときを思い返した。彼女は、背後からラウラに抑え込まれ、そして首輪を付けられた。そして、ラウラは『再び狼が私に敗れたのなら、貴様の命はないだろう』と、言い残して彼女に手刀を打って姿を消した。
「ドクター・魁人、その首輪を解除することは可能ですか?」
ヴォルフが魁人へ尋ねる。すると、魁人はしぶしぶ答えた。
『うむ……何やら特殊な機能を有していて、僕でも解読は困難だ。できないこともないが、早くても最低三日はかかる。まぁ、大抵誰が作ったかは検討がつく……この手の類は、実際に手で触れて解除する代物ではなく、本体のプログラムにウィルスをかけてエラーを起こして解除する方法しかない。まぁ、遠隔操作でこちらから解除作業を行うってことになるから、弥生ちゃんとしては一人っきりで不安になるだろうけど……』
「三日!? そんなにかかるのか……でも、もう一度ラウラが狼君と戦うってのはどういう意味だ?」
清二が首を傾げた。だが、そんな彼の言葉に太智がこういう。
「おそらく、明日行われるトーナメント戦じゃね? それにあのチビが参戦しているじゃ……」
「可能性としてはありますね?」
一夏も、同じように頷いた。
「……で、肝心の狼は?」
と、ヴォルフが問うと、弥生は表情を暗しくて答えた。
「……寮の部屋に居ます。昨日の戦いが原因で」
「そうか……」
狼は、ラウラの容赦ない攻撃を立て続けにくらい、生命にも影響が出るほどのダメージを喰らった挙句に、彼女との戦いがトラウマになり、RSで戦うことに恐怖を覚えてしまったのだ。
「無理もねぇ……あんなにボコボコにされちまったんだ」
太智は、そんな狼に同情する。
「でも、弥生ちゃんが……どうすれば?」
しかし、狼が居なくてはラウラはためらわず首輪を起爆するだろう。
「……闇討ちでもしますか?」
と、一夏が案を上げる。
「下手に行わない方がいい。ジョーカーは、ラウラが握っているんだ」
と、ヴォルフ。
『僕は、出来るだけ弥生の首輪の解除に全力を挙げて取り組もう。この手の仕事は慣れている。明日の明朝までに解除できるよう頑張ろう』
魁人の通信はそこで終わり、後は彼か狼を信じるよりなかった。

「狼君……?」
放課後、弥生は狼のいる寮の相部屋へ入り、様子を見た。彼はそのまま、ベッドに腰を下ろしながら夕暮れが映る窓を見続けていた。
「……」
しかし、狼は弥生が来ても何の反応も示さずに夕陽を見つめるばかりだ。
「狼君?」
「……弥生」
弥生が彼の前へ出ると、狼の目だけが彼女を捉えた。
「……御体の具合は大丈夫ですか?」
「……ああ」
「なら、いいです」
そうニッコリ笑う弥生だが、そんな彼女に狼がこう言う。
「……その首輪、爆弾なの?」
と、呟くように彼女へ尋ねた。
「……はい」
少し間を置き、彼女は答える。
「そう……俺が、ラウラと戦って勝てば……君は助かるの?」
「そうみたいですけど……何だか、疑わしいです」
「……」
「狼さん、私は行きますが何かあったら呼んでくださいね? ケータイ番号しってます?」
「うん……」
「では、また後で……」
そう言って弥生は出て行った。一人になった狼は、自分以外誰もいない静かな一室で、先ほどと同じようにベッドに座り続けたが、時期に飽きてベッドから離れると、そのまま窓に手を添えて風景を見た。
――嫌だ……あの時の痛みをまた味わうのか? そんなの、嫌だ……! もう、RSなんて手にしたくもない……もう、あんなので戦うなんて俺は……
窓に添える手を握りしめ、悔しそうに彼は歯を食いしばる。そして、そんな悔しさゆえに今の自分は弥生に対して申し訳なさで顔向けできなかった。
「俺は……最低だ!」
そう俺は自分を責めた。
「そう自分を責めるもんじゃねぇよ?」
「!?」
何処からか、聞き覚えのある声が俺に呼びかけた。その声は実態となって俺のベッドに腰を下ろした。
「蒼真……さん?」
そう、しばらく俺たちの前に姿を現していなかったが、彼はまぎれもなく宮凪蒼真さんだ。
「よっ! しばらくだったな?」
「ど、どうも……」
「いやぁ~……お前がいないから、しばらく家事とかがそのままほったらかしになっちゃっててさ? ま、今はいい居候先があるから俺も家には居ないんだけどね?」
「そうですか……」
「ま……俺の自慢話はそこまでにして、『絶対神速』が出来なくなったんだってな?」
「……!!」
真顔になって尋ねる彼に、俺は目を見開いた。そしてショックを受ける。
「昨日、魁人が調べてみたが……科学的に理解不能だとさ?」
「……」
「狼? こいつぁ、俺の推測なんだが……ひょっとしたら、零はそこらに転がるRSとは違う別個の存在じゃないんかな? って思ったんだ。 序盤でお前さんが弥生を助けたいという強い思いが働いて、零自らがお前を選んだ。さらに飛行機能もロックされていた。しかし、セシリアのネンネちゃんとやったときに自然とロックは解除された。どれもこれも、戦いの中で次々と性能を呼び覚ましていく。お前の意思に答えるかのように。そして今回、お前の絶対神速は突然使えなくなった。これは今までの逆だな? 使えていたものが使えなくなった」
「蒼真さん……どういう意味です?」
「つまりだな……零には『意思』が、あるんじゃねぇのか?」
「意思?」
「そうだ。感情を持ったRS、おそらく自分に相応しい装着者なのかを見極めるかのように……おそらく、通常の戦闘へ持ち込まず絶対神速に頼ろうとしたお前を試したのかもしれない。そして、やられた。これは、俺独自の解釈だから信じなくても良い……」
「零が、意思を……」
確かに、今まで起こった出来事を考えてみれば、俺が恐怖を踏み消し、ISへ突っ込んだり、セシリアとの戦いで最後まで諦めなかったり、様々なピンチに対して、諦めることをしなかった末に、零が俺の意に答えてくれた。どれもこれも、絶対絶命の状況で最後まで諦めなかった時に、零が必ず力を貸してくれた。では、今回の件も何となく辻褄が合う。そして、蒼真の言う通り俺を真の主人かを見極めるかのように試している風に見えた。
「話は変わるが、狼? 何があったかは知らねぇが……弥生が、ピンチなんだってな?」
向かい合わせのベッドに座って、蒼真が尋ねた。
「……」
「魁人が言うには、時限爆弾の首輪はそう簡単に外せそうにないらしい。まぁ、アイツのことだからどうにかしてくれるとは思うが……」
と、蒼真は立ち上がると夕暮れの窓を背に俺へこう言う。
「お前さん……どうしたい? 別に俺はどうこういうつもりはないさ? お前の答えを聞きたいんだ。このままボーっとしてても仕方がないだろ?」
「……蒼真さん」
「お?」
俺はゆっくりと口を開けた。そして、蒼真だけには俺の思う本当の想いを伝えた。
「俺……怖くなったんです」
「……」
ただ、蒼真は真剣に俺の話を聞いた。
「ラウラとの戦いで、凄い恐怖と痛みを感じて……もう、あんな怖い思いをするのは嫌だって、そう思って……」
死の直前まで追い詰められた恐怖と痛み。それは俺にとって相当なトラウマとなって植え付けられている。明日のトーナメント戦が近づくにつれて絶望が増してくる。
「狼……」
すると、蒼真は再び真顔で俺にこう話した。
「……男ってもんはさ? 負けると知っていても、死ぬと知っていても、誰かのために戦わなくちゃならねぇ時が来るもんだ。お前にも、そういう覚悟が訪れたんだよ?」
そんな、ありきたでベタな話なんて……そう思った。けど、次に彼が話す話に俺はふと顔を上げる。
「ただし……その覚悟ってもんは、さっきも言ったように『誰か』のために戦うことだ。その誰かが、お前にとって本当に大切で、守りたいって、大好きだって思える本気の相手じゃなかったら覚悟を決める意味はない」
「……?」
「ま、そろそろ魁人も首輪の解除に向けてあと一歩とか言ってたな? あ、俺がさっき言ったことは別にプレッシャーでも説教とかでもないから、あとはテメェ次第だ。どういう答えを出そうが、俺はただ黙って見届けるだけさ? 何度も言うが、誰のためでもない『自分のため』に決断しろ?」
と、蒼真は立ち上がると、俺に背を向けて部屋を後にする。だが……ひとつ言い忘れたと、彼は俺に振り向かずにこう言い残した。
「弥生……お前が倒れている間、必死にお前を看病したんだとさ? 包帯かえたり、汗ふいたり、新しい寝巻を着せたりして……あ、パンツも履き替えたりとか?」
「え!?」
「ハハハ! パンツは冗談だよ? でも……お前が意識不明の間に弥生は今にも泣きそうな顔をして、お前のそばにずっと居たんだとさ?」
「……」
「……もし、弥生が『大切な誰か』に当てはまるのなら、明日の試合に出て、とことん本気で精一杯やってこい? お前は……決して『無能』でも、『無力』でもない。かつての俺のように何もできないまま大切な誰かを目の前で失うようなことはないんだから……」
「蒼真さん……」
「じゃ! 俺もこれ以上は長いしたくないし? っていうか忍び込んできた身だからテレポートですぐ帰るわ? 何度も言うけど、明日に関してはお前自身が決めるんだ。俺は気にしないぜ……じゃ!」
と、蒼真は目の前で光となり消えていった。

「ただいま? 狼君」
しばらくして、弥生は帰ってきた。
「弥生ちゃん……」
「蒼真さんが訪ねてきませんでしたか?」
「うん、一様話をしたよ?」
「そうですか……あ、夕飯は学食へ行きます? それとも、私がお作りしましょうか?」
「……ねぇ? 弥生ちゃん」
「はい?」
俺はふと彼女にこう問う。
「……どうして、俺にここまで尽くしてくれるの?」
「え……?」
「いや、俺って……今まで、ここまで女の子に優しくされたことなかったからさ?」
「……」
弥生は、静かに俺の隣に座った。
「……今、じゃなければダメですか?」
「……?」
「ごめんなさい……それを答えるにはもう少し時間がいります。それまで待ってくださいませんか?」
彼女は顔を赤くして、ソッポを向いた。
「そ、そう……」
「でも……私は、貴方だからこそ、ここまでしたいの」
「え?」
「べ、別に! 皆さんのことは好きですよ? でも……狼君だけは特別だから」
最後のところは聞き取りづらかった。しかし、彼女は俺のことを大切に思ってくれていることだけはわかった気がする。
「あの……私からも、一つお聞きしてもいいですか?」
隣に座る彼女は、俺の視界からひょっこりと顔を出して俺を見た。
「あ、うん……」
「突然で、今の貴方には大変失礼ですけど……明日のトーナメント戦、どうなさるんですか?」
微笑んで問う彼女に、俺は少し表情を曇らせた。今朝から嫌だと否定し続けてきたが。蒼真との話で次第に複雑な心境になっている。
「あ! 別にお答えしなくてもいいんですよ? ただ……少し気になって」
「弥生ちゃんは、怖い……?」
「えっ?」
「君は……怖くないの? その首輪のことで」
聞いてはいけないかもしれないが、俺は思い切って彼女に聞いた。
「……」
弥生は、首元に取り付けられた首輪にそっと手を添えると、俺に答えた。
「魁人さんが早く解除に成功するのを祈ります……」
「もし……明日になってもダメだったら?」
「そのときは、狼君を信じます!」
と、彼女は笑顔でそう答える。
「何で……俺を?」
「……初めて出会ったとき、狼君は命も省みず私のもとへ助けに戻ってきてくれました。セシリアさんとの戦いでも貴方は最後まで諦めずに戦い、そして見事勝利を得た。だから……今回も、狼君を信じたいんです。誰よりも一番……」
――弥生……
俺は、誤解していたかのような目で弥生を見つめ直した。
「だから、明日はどうなるかは決まっています。必ず、狼君が何とかして……いえ、私を助けてくれるって……狼君は絶対、恐怖に打ち勝ってラウラさんに勝ちます!」
「で、でも……今の俺は……」
今の俺は、恐怖と痛みを恐れて明日の試合の出場をためらっている。
「今は今! 明日は明日です!」
と、両手を握りしめて俺にガッツポーズする弥生。
「今こうして考えていても、その日にならないと何も始まりません。明日になってみないと何もわからないんですから」
そんな彼女に、俺はなんとなく慰められ、そして元気づけられたかのように思えた。
「ああ、そうだな……」
わずかにも、俺は微笑んだ。
「あ! でも、別に私の言ったことは絶対気にしないでくださいね? あくまでも、すこし言わせてもらっただけですから、明日はひょっとすると罠だっていうこともあるし、明日の状態で考えてくださいね?」
それから弥生は、俺のことを心配して今日も部屋で食事を作り、一緒に食べた。いつものように食事を終え、そして食器を片づけるのも手伝った。
その後は、消灯時間になりすぐさまベッドに潜った。しかし、俺だけは上手く寝付けずにおり、やっと寝れたと思ったら、まだ日も浅い午前3時に目が覚める。
「……」
コッソリと部屋を抜け出した俺は。零を展開して気付かれぬようベランダから抜け出し、夜空を飛んでアリーナのフィールドへと降り立った。
「……!」
そして、零を引き抜くとひたすら一人稽古を続ける。素早く周辺を走り回り、蒼真や一夏との稽古を思いだしながら刀を振り、そして目の前にシュヴァルツェア・レーゲンがいると想定しながら動きと攻略を考案した。先に攻撃されないよう対策のための動作を取らなくてはならない。
何度も考え、そのたびに零を振るう。RSの装着者の走行距離は時速数百キロにもなる。ちなみに空中での飛行速度はマッハレベル。しかし、RSはどちらかというと地上戦に強い。それなら地上を応用した攻撃へ連れ込むしかない。
俺は、日が昇るまで一人稽古を続けた。
気が付けばもう明るくなり、残った時間で俺は広場のベンチに寝そべっていた。この時期、朝はそんなに寒くはなく程よい気温だから風邪をひくことはない。

トーナメント戦当日アリーナにて、

「狼! お前、トーナメントに出るって本気かよ!?」
太智がたまげた。しかし、俺は本気だった。
「本気だ。もう決めたことだから……」
「狼君! 罠かもしれないよ!?」
清二がそう言う。皆して、俺がトーナメント戦に参加するのを止めに入ってくる。
「狼さん! 魁人さんを信じるしかないですよ!?」
一夏が言う。全員彼の意見に賛成していた。
「狼……俺が、何としてもラウラを取っちめて弥生を助ける。筆頭の名にかけて。だから……ここはどうにか耐えてくれないか?」
ヴォルフまでも言うと、俺はさすがに抵抗できなくなる。
「すまん……だが、俺はどうしてもラウラに勝たなくちゃいけないんだ! 勝手なことを言っているのはわかってるど、どうしてもこの意思は曲げたくないんだ」
誰のためではなく、自分の意思のために、そしてその意思は大切だと思う「誰か」のために……
「皆さん……」
俺たちの前に弥生が割ってくる。
「弥生、お前は寮で待機してなくちゃダメだろ?」
太智が注意する。弥生は、首輪が原因で騒ぎに繋がったら厄介だからと彼女だけは寮の部屋へ待機するよう魁人から支持を受けた。しかし、それをあえて構わずにここへ来たというのは……
「私、狼君を信じたいんです! 絶対に彼が勝つって……」
「「……」」
珍しく、弥生がそのようなことを強気で言うのは初めてだったらしく、太智と清二は珍しいと表情を浮かべた。
「私も勝手なことを言っているのはわかっています! けど、どうしても狼さんの戦いを最後までみたいんです……」
「……わかった。そこまで言うなら、俺は止めない。皆もそうだろ?」
ヴォルフが後ろへ振り向くと、諦めたかのように太智たちが笑んで頷いた。
「ありがとうございます!」
「ありがとう、皆!」
俺も、弥生の隣で礼を言った。するとヴォルフが首を横に振ってこう言う。
「いいんだ。君は、恐怖に打ち勝つためにこの戦いを挑むなら、俺はあえて勧めよう。狼、君は本当に侍であり騎士だ。弥生嬢の前で思う存分その戦いぶりを披露して来い? 負けてもいい、ただ最後まで諦めずに戦い抜くんだぞ?」
「はい……!」
ヴォルフに応援され。俺は胸を張ってトーナメント戦へ参加した。
初戦は……運悪く、いや……早々に運がいい。ラウラと箒のペアである。早くも初戦でリベンジが出来る。
「狼さん、俺が箒を引き付けますから任せてください!」
「ああ、期待してるよ?」
そして、トーナメント戦が行われた。初戦の相手、ラウラー・ボーデヴィッヒと篠ノ之箒だ。
「フン、よくも逃げずに出てこれたな?」
そう、見下すかのように俺を宥めた。しかし、俺はあえて黙った。
「ラウラ! お前……傷つけるなら俺だけしろ!?」
一夏は、無関係の俺をボコボコにしたラウラに怒りを覚える。
「織斑一夏、お前の相手は後にしてやろう? まずは、そこの無能者を始末してからだ!」
「……!」
しかし、俺は無能者と言われ様とも、耐えた。挑発に乗れば相手の思うつぼだからだ。
そして、アリーナにゴングが鳴り響いた。

「狼君、頑張って……!」
アリーナの入り口から弥生が彼の戦いを見守った。

「その姿だと、地上戦が得意と見える。なら、あえて地上で相手になってやろう!」
ラウラは、あえて上空へ浮上せずに地上へ立ち、戦闘態勢へ移った。そっちがその気ならこちらも戦いやすい!
「……!」
先に攻撃を仕掛けたのはラウラだった。しかし、俺はその前にアリーナ一帯を数百キロという速度で走りだした。
――地上をあんなスピードで!?
武器を持つ以外丸腰のRSだが、思わぬ機動力を発揮していることにラウラは一瞬驚くも、それはほんの瞬間だけだ。彼女はすぐに冷静になり、攻撃を加える。
「一夏! お前の相手は私だぁ!!」
一方、箒は俺を相手にせずにそのままペアの一夏へ襲い掛かる。
「ああ! こっちもそのつもりだ! 狼さんの戦いが終わるまで、お前の相手をしてやるぜ!!」
一夏は、箒が一瞬でも俺の元へ目を付けないよう全力で箒と対戦した。
「ちょこまかと……」
ラウラは、ペアの箒が地上で一夏と戦っているのにも構わず、レールカノンを乱射しだした。
「くぅ……ペアのことはお構いなしかよ!?」
俺は、ラウラの放つレールカノンを巻き散らす中を、高速で駆け回りながら頃合いを見て地面を強く蹴りあげ、ラウラの方へ突っ込んだ。両手に握る零がラウラへ斬りかかる。
「甘い!」
しかし、ラウラは手の甲より展開したビーム状の刃で俺の攻撃を受け止めた。そして、俺の脇腹へ蹴りを打ち込む。
「うぐぅ……!」
――さすがに、一筋縄じゃいかないか……
俺は再び走りだし、地上走り回った。
「俺を倒したいならこのスピードに追い付いたらどうだ!」
「フン、地べたを這いずり回ることしかできないのか?」
再び、レールカノンが乱射される。
――もう一度……!
俺は、弾幕のごとくレールカノンの攻撃を避けながら、再び地面を蹴り上げてラウラへ迫る。
その刹那……
「……!?」
突然、俺の体に異変が起きた。体の自由が利かない。まるで、ピタッと時間が止まったかのように。
「だから、甘いと言っている……」
そして、リアアーマーから放たれたワイヤーブレードの乱れ打ちにあいながらアリーナの壁へ叩き付けられた。
「ぐはぁ……!」

「狼君ッ!?」
大きなダメージを追った狼を見て、弥生はすぐに涙ぐみそうになった。そして、その痛みに苦しみながら蹲る狼を見た時、彼女は途端に泣いてしまう。
――やめて! これ以上、狼君に酷いことしないで!?
それは、ラウラへ訴えるかのような心の叫びだが、それでも彼女の見守る中で狼はよろよろと立ち上がった。

「へへッ……なにくそ!」
昨日の傷口が開いたのか、額と端から血が垂れた。トラウマが蘇ろうとするも、俺はそれを必死に振り払い、額と口の端から垂れる血を思いっきり拭い払った。
――さっきの現象はいったい!?
『狼! あれはAICだ!!』
無線から、ヴォルフの声が聞こえた。
「え、AIC……?」
『日本語で表記すれば慣性停止結界と呼ばれる、相手の動きを一時的に停止させる技だ。こんな反則技を使うとは……卑怯者め!』
「ど、どうすれば……!?」
『一対一ではラチがあかん! 一旦、一夏に応援を頼むんだ』
しかし、一夏は狼の邪魔にならないようあえて手加減をしながら箒と対戦を続けている。
「ダメだ! 一夏は箒と……」
『しかし、他に方法は……』
「……とにかく、やってみる!」
俺は、再び我武者羅にラウラへ勢いよく突っ込んだ。しかし、やはりギリギリのところでそのAICが発動して俺が動きを止められてしまう。そして、手のプラズマ手甲を直に食らってしまう。
「まずい! シールドが……」
――シールドが50を切った!
動きを止められてもジタバタ足掻こうとするが、やはり身動きは取れない。くそ! どうすれば……
「ッ……!?」
そのとき、俺はふとラウラの表情を見た。先ほどと比べて少し息切れをしているかのように思える。
――まさか、あの能力を使うたびに、疲れが生じるのか?
対戦を始める前よりも息を荒げているように見える。そうか……遠距離はレールカノンを、そして中距離ならワイヤーブレードで追い回し、そして至近距離ならAICで動きを止めて手の甲より展開されるプラズマ手甲で斬り払う。おそらく、レールカノンのような大出力の武装は至近距離だと自分も巻き添えになるから使えないのだろう。こうなるんなら、最初っから奴のデーターファイルをじっくり見ておくべきだったぜ! だが、これで奴の大体の攻撃スタイルが割りだせた。後は、それを元にどうやって攻略を編みだせばいいかだ。時間も限られている。早いうちに何とかしないと!
――AICの神経を鈍らせれば……!!
再び、俺は地上を数百キロのスピードで駆け回った。しかし、下手にラウラへ突っ込まずにひたすら彼女の周辺をグルグルと走り回る。
「フン! 小賢しい!!」
ワイヤーブレードの鋭い刃が俺の背後へ迫るが、そんなものは肉眼では捉えきれないスピードを出す俺には追い付けやしない。そして、AICの領域ギリギリのところを幾度も走り続けた。幾ら精神的訓練を積み重ねた軍人の彼女とはいえ、自分の周辺をギリギリに刀を振り回しながら走り回る目標を捉えるには、少々精神を使う。そもそも、先ほどからAICを使用しているのか、徐々に疲れを感じているように見える。こうしている間にラウラは徐々に神経が鈍り始める。だが、それと同時に俺も息を荒げ続ける。
そして、ラウラの方にほんのわずかな隙が生じる。俺はそれを目に再び真正面から突っ込む。
「……!?」
……と、見せかけて俺は、AICの領域スレスレのところで地面を蹴り、ラウラの頭上を飛び越した。
「なに!?」
「その技は、背後からだと丸腰だ!」
レールカノンの砲身を切り落とし、さらに背を斬り込んだ。さらに零で我武者羅に斬りかかる。
「調子に……乗るなぁ!!」
ラウラは振り返ると、再び反撃のためAICを発動させようとするが、それと同時に俺は両手に握る二刀の零を力いっぱい交差に振り下ろした。その時だった。振り下ろした先から、巨大なエネルギー状の刃が放出し、それがバツの字に交差してラウラのAICの電磁波を貫くと、それは彼女に命中する。
「うあぁー!!」
その攻撃に耐えきれずに彼女は弾き飛ばされる。
――今の攻撃はいったい!?
我武者羅に繰り出した謎の技、しかしそのおかげで俺はラウラにカウンター攻撃を与えることができた。
「や、やったのか……!?」
当然、ラウラのシールドエネルギーは0を切った。俺の完全勝利だ! 
トーナメント戦は、あくまでチーム戦を主力としているため、ペアのうちどちらかが倒れたら試合はそこで終了となる。ちなみに、一夏は俺がこうして勝つまでの間、どうにか箒と対戦を維持し続けてくれたようだ。一方の箒は平然としている一夏とは違って、汗だくになってヘトヘトの様子である。
「……っせぬ!」
しかし、ラウラは立ち上がりながら鬼のように俺をにらみつけた。
「……解せぬ……解せぬ! こんな敗北、私は認めないぞ!?」
そして、彼女は自らが纏うシュヴァルツェア・レーゲンへこう命じだす。
「私にもっと力を……奴らをも凌駕する力を寄こせぇ!!」
そのとき、シュヴァルツェア・レーゲンに突如異変が起きた。それは、まるでスライムか粘土のように機体が変異して操縦者であるラウラを飲み込み始めたではないか? この事態にラウラは予測しておらず、悲鳴を上げながら無惨にも自らの専用機に取りこまれてしまった……
「な、なんだ……!?」
その不気味な光景に、俺は背筋を震わせた。そして今、目の前に見えるラウラの機体はISの原型も留めない巨大で黒い鎧を纏う騎士の姿へと変わってしまった。

「お、おいおいおい!? ありゃあ何だよ!?」
観戦席から見る太智達は目を丸くしていた。
「あ、あれはいったい……!?」
清二が呟くと、それにヴォルフは答えた。
「……VTシステムだよ?」
「VTシステム!?」
「ヴァルキリー・トレース・システムの略で、過去に開催されたモンド・グロッソの優勝者の戦闘データを再現した戦闘システムだ。しかし、あれは条約的に企業の間では開発を禁止されているはず……!」
「じゃ、じゃあ! ありゃあ反則じゃねぇか!? だったら、ラウラの反則負けってことでいいじゃんかよ!?」
と、太智。しかし、そう甘くはなかった。

「そんなっ……!?」
突然の敵の変異に弥生はギュッと手を握りしめた。

「狼さん!?」
箒との戦いから、俺の元へ駆け寄る一夏。
「一夏! 油断するな……今の奴は、只者じゃない!!」
「ええ、わかってます……あの殺気は異常だ!」
『異常事態発生! 観戦席に居る生徒たちは速やかに非難し、教員はISに搭乗して速やかにアリーナへ急行してください!』
山田先生の放送がアリーナ中に響いた。
『二人とも、速やかにその場から退避するんだ。狼、君はよくやった……あとは他の教員に任せて早くそこから……』
「……ごめん、ヴォルフさん。俺、やっぱり最後まで戦うよ?」
『狼……!?』
「……俺は、大切な『誰か』のために最後まで戦い抜きたい。もう目の前の恐怖から逃げないんだ。この剣にかけて大切な誰かを守り通したい!」

「狼君……」
その無線を聞く彼女は、キュンと胸を締め付けられ、そしてそれは再び涙となって流れた。

「……」
――この気持ちが、儚い片思いでもいい。ただ、俺は純粋に彼女のことが……「好き」だから。
彼女自身はそうでなくても、俺は弥生を大切な「誰か」として守りたいんだ!
『わかった……君がそこまで意思の固い戦士だとはお手上げだ。武運を祈る!』
「ありがとうございます……!」
そして、俺は一夏の前に出た。
「一夏、助太刀は無用だ……俺にやらせてくれ?」
「ああ、わかってるよ? 狼さん」
と、一夏は静かに箒を連れてここから立ち去った。
「行くぜ……ラウラ!」
相手が反則を用いるなら、こちらとて容赦はしない。こんなとき、「絶対神速」が使えたら……
「……?」
しかし、何故だろう? 心のどこかから零が俺に答えたように響いてくる。そして、俺はフッと微笑んだ。
「そうか……ようやく、俺に使わせてくれるんだな?」
と、俺は零を両腕に構える。そして、目力を強め、黒い騎士を見た。
「もう……俺を試そうとはしないのか?」
独り言のようにつぶやきながら、俺は前方で同じように構える黒い騎士に勢いづけて突っ込んでいく。それを迎え撃つかのように黒い騎士は剣を振り下ろそうとする。
「わかってるよ? 弥生のことは、俺が……」
その瞬間、俺の姿は風のようにフッと消えて、気づいたころには黒い騎士の真後ろで零を構えていた。そして、黒い騎士は懐に負った深い傷跡が広がって、中からラウラが出てきてそのまま地面に転がり落ちた。
「……」
俺は、そのまま倒れたラウラの元へ歩み寄った。
「……!」
目を覚まし、起き上がろうとするラウラの元へ零の片方が振り下ろされる。
……が、零はラウラの頬の寸前でピタリと止まった。そして、彼女を見下ろして俺はこう言い残した。
「チェックメイトだ……」
「……!?」
ただ、それだけをはっきりと言い残し、俺は零を納刀してそのまま振り向かないまま、弥生の待つ出口へ向かう。

「な、なにがあったの!?」
「これはいったい……!?」
俺がいなくなり、後から来た教員たちは、目の前で大破したシュヴァルツェア・レーゲンの亡骸と、その操縦者のラウラを見た。まさか、これを生徒が倒したというのはとてもじゃないが信じ切れなかった。
「狼君……!」
涙ぐむ弥生に、俺は優しく微笑んだ。
「勝てたよ……そして、信じてくれてありがとう」
「狼……!」
弥生は、涙とともに俺の胸へ飛び込んできた。
「や、弥生ちゃん!?」
俺は、一瞬驚いた顔をするが時期に弥生の様子を見ると、徐々に落ち着きを取り戻した。そして、彼女の首元でカチッという音とともに首輪が弥生からこぼれ落ちた。首輪は、その後何の反応も示さなかった。



その後、ラウラは医務室へ運ばれた。ヴォルフは誰もいないことを確認したうえでベッドに眠るラウラを暗殺しようとした。本来なら彼女と戦って戦死させたいのだが、今の彼にはラウラに対して戦士としての情、「武士の情」など一切持ち合わせていなかった。
「……?」
しかし、ここで運の悪いことに、本部からの連絡がきた。
「こちらヴォルフ……」
『ヴォルフ、俺だ……』
それは、本部の若い士官の声だった。
「どうした?」
『すまんが急遽変更になった。ラウラ・ボーデヴィッヒの抹殺は保留になったんだ』
「なに……!?」
「突然の報告で申し訳ない……お前はしばらくIS学園に留まってラウラの監視でも続けてくれ? ま、そんな必要もないと思うが』
「納得がいかん! なぜ、奴を!?」
『俺も詳しい事はわからんが……何やら、黒兎など放っておいてもイレギュラーにはならないんだと? 時期に存在自体がなくなるそうだ?』
「存在が? それはどういうことだ?」
『さぁな……だが、詳しいことはまだ……とりあえず、お前はしばらくIS学園で健やかな学園生活でも送っていろ?』
そう言って、通信は切れた。そんないい加減な通信を聞いた後に、自分のしていることがバカバカしくなり、ラウラを殺す気にもなれなかった。
その後、ヴォルフは医務室から出てきた千冬と会い、そして彼女にこう尋ねた。
「織斑先生? 弥生に取り付けられた首輪……あれは、あなたがラウラに渡した物なのですか?」
「……何のことだ?」
「天弓侍弥生に取り付けられた小型時限爆弾は……あなたのご友人が作った物なのではないのですか?」
「何のことだか、私には……」
「しかし、ラウラを拷問せずとも爆弾の首輪は自然に解除された。それは、あなたが狼を、いや我々のISがどれほどの性能なのかを試したのですよね?」
「……」
千冬は何も答えはせずに去って行った。しかし、ヴォルフからして大抵のことは予想できる。そして、次に彼は医務室へ入り、ベッドで寝るラウラと会った。
「お前は……!?」
身構える顔をする彼女だが、ヴォルフからはもう殺意などは感じられなかった。
「案ずるな……もう狙おうとはせん」
「何の用だ……!」
「一つ、聞かせてくれ? どうして、そこまで一夏を憎む?」
ヴォルフの問いに、ラウラはしばらく間を置いた後でしぶしぶと話した。
彼女は、もとは生体兵器として軍事施設で作られた試験官ベビーであり兵器としてはずば抜けた戦闘能力を有する兵士として優秀な成績を収めてきたが、しかしISでの適正は不適合となり、ISに関する成績は基準値を大きく下回り、このことから「出来損ない」と見放され自分の存在意義を見失いつつあった。しかし、後にISの教官として転属してきた織斑千冬との出会いによっり、彼女との特訓を得て徐々にISの適正能力を上げていき、再び部隊最強の名を取り戻したというのだ。
だが、彼女は千冬を恩師として敬愛しているのは十分にわかったが、何故織斑一夏を恨む必要があるのかだ……
「では、何故織斑一夏をそうも敵視する?」
ヴォルフは腕を組みながら彼女に問う。
「……教官は、あのまま行けば、優勝は間違いなかった。しかし、教官の愚弟が……あの無能な愚弟が連れ去られたばかりに、教官は優勝を逃したのだ!!」
感情的になる彼女を目に、ヴォルフはこう言い返した。
「……しかし、一夏が誘拐されなかったら貴様は千冬に会えなかったという考えもある」
「なに……?」
「織斑一夏の捜索に協力したのはドイツだ。織斑千冬にISの教官をしてもらうことを条件で協力した。そして、貴様たちの基地に織斑千冬が教官として着任したのだぞ? お前が本当に千冬のことを恩師として敬愛しているのなら、弟である織斑一夏を敵視するのは理不尽と思えるが?」
「だ、黙れ! 周囲がどう思おうが、あの者は教官の名誉を……」
「だが、その名誉が汚されなかったら、教官はお前の元へ現れはしなかったし、今のお前もここには存在しなかったということだ……それでも、いいのか?」
「ッ……!!」
と、ラウラは布団を強く握りしめ、苦虫を噛みしめた顔で下を見つめるばかり。そんな彼女を哀れむような目でヴォルフは見つめた。
「……師と弟子の関係には必ず別れというものがつく、それを受け入れるか否かで戦士としての成長が左右される」
それを言うと、ヴォルフは彼女に背負向けて医務室を出て行こうとしたが、それを引き留めるかのようにラウラは苦しみながら口を開ける。
「私は……私は……教官のように強くなりたかった。ただ、あの人の背中を追いかけて今日まで頑張ってきたのに……!」
その言葉に、ヴォルフは静かに立ち止まると、彼女へ振り向きはしないもこう言い残した。
「純粋にそれだけを思うなら。それに向かって歩んでいけばいい。その途中途中で幾人もの強者に行き合い、敗れるのは当然のことだ。そして、敗れた敗因の中にはきっと己に欠けている何かが見つかるはずだ。それを見出して己を磨いていく。戦士という者はそうやって徐々に強くなっていくものだ。お前は今、それに直面している。今まで己の続けてきた行為を振り返り、そして反省をすることだ……」
「……」
そして、ヴォルフは今度こそ医務室から出て行った。ラウラの元に残ったものは複雑な心境と、戦士として何をすべきかの課題であった。
 
 

 
後書き
予告

忘れてしまった記憶は山ほどある。しかし、大切な思い出だけは決して忘れようとはしないものだ。だが、俺は忘れてしまった。あの集落で過ごした大切な日々を……そして、あの少女のことを。

次回
「いつかの記憶」
 
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