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第一章

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 地上の楽園、この言葉で知られていた。
 朝鮮民主主義人民共和国、この国は素晴らしい国だとマスコミが言っていた。
 そのマスコミ、ここでは新聞の記事を朝読んでだ、大阪の中学二年の小岩井一樹は首を傾げさせて会社に行く用意をしている父の一太郎に尋ねた。
「朝鮮民主主義、ええと」
「長い名前やから北朝鮮って言え」
 一太郎はその四角い顔を顰めさせて女房の晶子によく似ている息子の面長で細い目と眉の顔を見つつ返した。
「そうな」
「ほな北朝鮮な」
「その国がどないした」
 朝飯の味噌汁を飲みながらの問いだ。
「何かあったんか」
「新聞見たらめっちゃええ国って書いてるで」
「日本よりもやろ」
「これほんまやろか」
「そんな訳あるか」
 一太郎は一樹にすぐにこう言った。
「そこはとんでもない国や」
「けど新聞こう言うてるで」
「アカやろが」 
 ここでだ、一太郎はこの言葉を出した。
「アカはあかん」
「アカって?」
「共産主義や、ソ連みたいな国のことや」
「ソ連って悪い国ってお父ちゃんいつも言うてるな」
「そや、満州にいきなり攻めて来た国やぞ」 
 彼が言うのはほんの十七年前のことだ、その時彼はまだ二十歳だった。
「それで無茶苦茶やったんやぞ」
「それ祖父ちゃんと祖母ちゃんも言うてるけど」
「ほんまの話や、あそこは物凄い悪い国や」
「そんなに悪い国やねんな」
「新聞でソ連のことを幾らよく言うてもや」
 それでもだというのだ。
「ソ連はそういう国や」
「悪い国やねんな」
「共産主義もか。口では奇麗なこと言うててもや」
「何か労働者とか平等とか言うてるけど」
「それは嘘や。日本が共産主義になったらえらいことになるぞ」
「学校の先生ちゃうこと言うてるで」
「そらその先生がおかしいんや」
 一樹が通っている中学の先生がというのだ。
「共産主義は碌なもんやないぞ」
「そんなに悪い考えか」
「それでや」
 あらためてだ、一太郎は息子に言った。
「北朝鮮もや」
「悪い国やねんな」
「絶対にそうや、特にあそこの金日成おるやろ」
「あそこの一番偉い人?」
「あいつはヤクザと一緒や」
 忌々しげな言葉だった、実に。
「とんでもない奴やぞ」
「めっちゃええ人って書いてるけど」
 今読んでる新聞ではとだ、一樹は言葉を返した。
「ちゃうねんな」
「絶対ちゃう、新聞は嘘書いてるわ」
「新聞が嘘書くんかいな」
「人は誰でも嘘言うわ、それやったら新聞もや」
「学校の先生も?」
「そや、そやから言う」
 小さなメザシで白い飯を食べながらの言葉だ。
「北朝鮮は悪い国やからな」
「地上の楽園ちゃうねんな」
「絶対にちゃうわ」
「ほら一樹も新聞はええから」
 横からだ、母の晶子が言って来た。着ている服は割烹着だが顔は一樹そのままだ。ただ一樹は丸坊主で晶子は長い黒髪を後ろで団子にしている。
「はよ御飯食べてや」
「学校やな」
「今日の部活の朝練あるやろ」
「剣道部のな」
「ほなはよ食べて行きや」
「わかったわ」
 こうしたことを話してだった、一樹は北朝鮮の話題は置いてそのうえで朝飯をかっ込んでから通っている中学に行って部活の朝練に出てから教室に入った。 
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