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異界の王女と人狼の騎士

作者:のべら
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第七十五話

 ―――――

 駅についた時から普段との違いを感じていた。うまく説明はできないんだけれど、張り詰めた空気感からして違うんだ。

 所属教員が殺された上に、さらに同じ学校の生徒が3人も殺された事実。それだけではなく、ごく最近に二名の生徒が不審死している事。これだけの事があればマスコミが食いつかない筈が無い。(本当は蛭町も死亡しているんだけれど、それはまだ発覚していないから、カウントされていない。どうやら行方不明までは把握されていないようだ)
 案の定、学校周辺はもちろんのこと、駅付近にもマスコミ関係の人間らしい連中がたくさんいた。
 校門付近ではテレビカメラを構えたスタッフがあわただしくあちこちを撮影していたし、唐突に生徒にインタビューを敢行するスタッフの姿もあった。もちろん、発見次第学校関係者から注意をされていたけれど。
 警察関係の人間も学校に来て、教員たちと会議もしているようだった。

 俺たちに学校からなされた連絡は、一連の殺人事件から学校関係者を標的にした事件の可能性も否定できないことから、学校には常時数名の制服警官が配置されること、通学路などのパトロールも集中的に行われることになったそうだ。もちろん、学校としても警備員を増員し、学校内および寮の安全を確保することになったとのことだ。
 また、授業は一時限短縮することとされ、部活動についても当面の間一切の活動が中止とされた。さらに、登下校は複数の生徒ですることを原則とし、一人で登下校を絶対にしないようにとのことだった。どうしても一人で登下校せざるをえない場合には学校に連絡をし、指示を必ず仰ぐこと、とされた。もちろん、夜間早朝の一人での外出も禁止された。

 俺は寮に住んでないから集団登下校なんてできないし、アルバイトもしているから一人で外出せざるをえないんだけれどもどうすればいいんだろうか? って思ったけど、寮生以外については寮に入るか、学園都市外の自宅より通うこととされたようだ。事件は学園都市内のみで発生しているから、そう割り切ったらしい。だから、俺も学校には自宅から通うことにしましたと伝えている。
 ばれたらまずい立場になるけれども、それを考慮したって実家に戻ることはできない理由があるんだから。

 まあ、そんな状況だから、学校内は結構浮ついた雰囲気に包まれていたし、それでありながらも、なんだかよく分からない緊張感で張り詰めた雰囲気のままだった。当然、勉強に集中できないようで、授業もおざなりな感じだし、何か話があれば、事件のことがどうしても生徒間の話題の中心になっていた。
 俺も情報収集をする必要があるから、クラスの中でそんな話題がされていたらすぐその輪の中に入り込み、さりげなく聞いたりしたんだ。でも、いくつかのグループに聞いてみたけど、みんな詳しいことは知らない様子だった。
 その中で、クラス委員の真田と漆多と同じ部活の三田、秋定がいたので、彼らにも聞くことにした。「最近漆多が学校に来ていないみたいだけれど、誰か知っていないか? 」とそれとなく聞いてみた。

「ああ、漆多はなんだか体調が優れないみたいで、しばらく休むとか先生が言ってたぞ」
 と、すぐに真田が答えてくれた。彼はクラス委員長をやっているから、先生と話す機会も多いみたいで、こういった情報はすぐに入って来ているらしい。
 
「そういや、あいつ、日向と付き合っていただろう? そんでさあ。この前、如月とああいったことがあったじゃん。だから精神的に参ってたんじゃない? 」
 と、三田。

「確かになあ。恋人が事故死したうえに、あんなところで如月と一緒だったなんて知ったら、なあ。俺なら二重にショックだろうな」
 と、真田。

「それに、……あいつ最近、あれじゃん」
 三田の話に呼応するように秋定が補足する。
 こんな感じで会話が展開されていく。

「あれってなに? 」
 と俺が聞き返すと、
「いや、月人だって知ってるだろう? あいつ最近、蛭町君に目を付けられていたからな」
 突然、小声で言うと辺りを警戒する秋定。
「まあ、如月の次は漆多になっただけなんだけれど。そんなこともあったから学校に来たくなくなったんじゃないの? って思うんだ」

 つまりは寧々が死んでしまったこと、それに続いて蛭町たちのグループのいじめの対象に漆多がなっていることが原因で登校拒否になったんじゃないのかというわけだ。

「……だけど、漆多には早く出てきてほしいな」
 三田が腕組みをしながらつぶやく。

「ん? 何かあるの」

「いや、漆多がしばらくいないってことは、まあ、蛭町君たちのストレス発散の対象が不在状態なんだよな。……あいつら、如月が死んだらすぐに漆多に乗り換えていたから、あんまり彼が不在のままだと、また別の誰かが選ばれちゃうなんてことになったりしたら、たまんないだろ? 月人だってそう思わないか? 言いたくはないけど、あいつら、結構陰湿なんだよな。なにやらかすかわからないというか、怖い物知らずというか。なんでこの学校に来られたのか、まじで不思議なんだけどさ。あ、そういえば殺された3人は蛭町君と同じサッカー部の連中だったなあ。……それに、そういや蛭町君も最近、学校で見かけないな気がするんだけど……。どうかしたのかな」
 話が蛭町の不在の話になりそうだったので、俺は適当に相槌を打つと、慌ててその輪から離れることにした。話の流れで「蛭町が休んでいる件」について彼らの余計な注意を惹いてしまうと後々まずいことになるかもしれないからね。

 他のクラスメートにも聞いてみたけど、結局のところ、クラスメートが少々休んだことなんて、あまり興味はないようだった。結構冷たいんだな。まあ、ただ休んでいるだけだし、学校側へ連絡も来ているんだから必要以上に心配する理由もないけれど。……普通なら、もっと心配してくれたんだろうけど、漆多は現在、全体的ないじめの対象者と見られている。そういった人間にかかわると自分まで被害を受ける危険性がある。だからあえて見ないようにしているように感じられた。いじめが起こりだしてから、生徒達は漆多から次第に距離を取るようになっていたんだ。そして目をそらしていたんだろうな。

 心配している人がいたとしたら、いじめの対象となっている漆多の不在が新たないじめの対象として自分が選ばれるかもしれないことを心配してるだけのようだった。冷たいけれどそれが標準的な反応のようだ。波風立てず、その日一日を平穏無事に過ごし、余計なトラブルに巻き込まれないように要領よくやっていく。どこでも同じ論理展開なんだ。つまり、いじめとは、盤根錯節(ばんこんさくせつ)なんだ。

 俺は心の中でつぶやいた。……少なくとも蛭町がらみのいじめ問題はもう二度と起こらないから安心してくれ。だって、あいつはもうこの世に存在しないんだからな。

 クラスメートからはこれ以上めぼしい情報は得られそうもないな。先生にも話を聞いたほうがいいだろうか? そう考えながら教室から出ようとしたと時に女の子とぶつかりそうになった。
「あ、ごめんなさい」
 謝る少女を俺は見る。クラスメートの鈴音聖夜(りんね のえる)だった。寧々とよく一緒にいた子だった。ショートカットで結構男っぽい格好を良くしていて、そんな感じだから結構さっぱりした性格で、タイプが全然違うから良く気が合う存在だって寧々が良く言っていた。幼馴染だったよな、確か。寧々たちと俺は、この高校で初めて一緒になったから、鈴音とはあんまり話したことがないんだけれど。
 彼女は少し考えたような顔をしたかと思うと唐突に
「ああ、月人君。……あ、ちょっといい? 」
 と、俺の目を見つめた。何か思いつめたような瞳だったのですこしたじろぐ。
 俺は彼女からは何も聞いていなかったからちょうど良かったので、頷いた。
 教室から出て、少し移動して人気のない場所へと。

 屋上手前の踊り場まで行くと、彼女は立ち止まりこちらを振り返った。
「月人君、聞きたいことがあったんだけど、今、いい? 」
 
「あ、ああ。うん、いいよ。何かな? 」
 ほとんど口を利いたことの無かった子だったので少し緊張する。

 鈴音はあたりをキョロキョロと見回す。
「……寧々と仲良かったよね」

「うん、そうだね。友達の漆多が彼女と付き合っていたからね。」
 俺は彼女が何か探りを入れてきているのかと思い、注意深く答える。

「漆多君からは何か寧々のこと、聞いてない? そういえば彼、最近学校に来てないよね」

「いや、あいつからは別に聞いていないけど」

「そうなんだ。……でも、少し気になることない? 」
 俺は彼女が何を言いたいのか分からず、戸惑う。彼女は相変わらず俺の目をじっと見つめながら話し続ける。まるで俺の僅かな動揺さえ見逃さないようにしているようにさえ見える。そういう癖なのかもしれないけれど、何か追い詰められている気になる。
「月人君でも分からないの? ……寧々が亡くなってからもう結構時間が経つじゃない。それでもいまだに彼女のお葬式が無いのはおかしいと思わなかったの? 」
 そういわれて初めて気づいた。俺自身、寧々が殺されてからはあまりに多くのことがありすぎた。寄生根との戦いに巻き込まれたりばかりで、その戦いにほとんどの時間を取られ、そこまで気が回らなかったんだ。

 ……彼女の死が、あまりに非現実的だったからかもしれないけれど。

「……遺体は司法解剖のために警察が引き取っているって聞いたから、まだ警察とか病院にいるんじゃないのか? 」
 と、ごく平凡な受け答えをする。

「そうよね。普通ならそう考えるわよね。……でもね、月人君は知らないでしょうけど、私と寧々は幼馴染だったの。家もごく近所だから、いろんな話が近所の噂で聞こえてくるの。……母親から聞いた話だけれど、司法解剖はとっくに終わっていて、遺体は近いうちに家族に返される予定だって連絡あったらしいんだけど、……その後、警察から遺体の引渡の日程の連絡がぜんぜん来なかったのそうなの。それで彼女の両親が心配して警察の担当の人に問い合わせたんだけれど、その担当者が不在とか、担当者に繋がっても現在決裁中で時間がかかるとか、上司から後で説明させてもらえないかとかいろいろ言われて、全然埒があかなかったそうなのよ」
 警察の事務処理でそんなことってあるのかと疑問を感じながら俺は話を聞いていた。
「あんまりに対応が悪いから、彼女のお父さんが怒って知り合いの弁護士に相談して、公安委員会に文書で苦情を申し出たらしいわ。それでやっと警察も重い腰をあげたんでしょうね、……その調査で分かったらしいんだけど、寧々の遺体はすでに何者かが安置所から運び出したらしいの。でも外部の人間では無いらしいわ。警察の説明では警察署内の安置所で厳重に管理されていたし、外部からの侵入者が運び出すことは物理的に不可能らしいけど、じゃ、なんで行方不明なのって聞いたら、全く分からないんだって。外部の人間が入り込めるはずがないはず。でも、どういうわけかいつの間にか無くなっていて、その原因は不明。管理上の問題があったのかもしれないし、内部の人間が取り違えたのかもしれない。でも記録が無いから誰がいつどうやって運んだかは現在調査中だからしばらく待って欲しいって言い切られたそうなの。どう考えたって杜撰な管理をしていただけじゃないのってのに、子供みたいな言い訳の説明に終始したらしいのよ。本当に頭来るわよね」
 その時の話を思い出したのか、彼女は途中から何か口調が怒りっぽくなっていた。

「外部の人間が安置所に入ることは不可能……。そりゃそうだよね。仮に入ることができても、そこから彼女の遺体を運び出さなくちゃならないんだから。一人じゃ無理だ。少なくとも複数人じゃないと。でもそれじゃあ、絶対に目につく。……生き返りでもしない限り不可能か」
 俺の中では漆多が侵入したのではという推測がすでに組みあがっていた。結界を張れば、すべての警備システムをとめられる。あとは警備の人間がうまいことその結界から移動させられれば問題はクリアされる。

「ああ! その考えがあったわ。そうよ、寧々が生き返ったっていう可能性が。確かにその可能性もありえるわ。でないと、遺体がなくなるなんて現象を説明できないもの。オカルトでもミステリーでも何でもいいわ。そうだったらいいのに」
 鈴音は嘘か本気かよくわからない口調で自説を展開しはじめた。そうであればいいのにという願望からその結論を信じ込もうとしているのか。

「確かに、彼女が生きていたらいいと思うよ。でも、鈴音。それは……」

「……もちろん分かっているよ。そんなこと。冗談よ。警察が生死の判定を間違える訳ないよ。でも、私は寧々が死んだなんてまだ受け入れられないよ。漆多君だってそうだから、学校に来たくないんでしょう? 思い出してしまうから。……月人君はどうなの? 」

「俺だって信じたくないよ。彼女がもういないなんて」
 信じたくはないけど、事実はどうあがいたところで変えられない。俺の目の前で彼女は蹂躙され殺害されたんだから。それは否定しようの無い、惨すぎる現実なんだ。

「彼女言っていたわ、月人君のことが好きだって。でも漆多君と付き合うことにしたって。どうしてって聞いたら、あなたは寧々のことをなんとも思っていないみたいだからだって言ってたわ。それどころか友達の漆多君との仲を取り持とうといろいろやってるみたいだったしとかね。そりゃ、漆多君も悪い人じゃないし、すごく自分のことを好いてくれているから、月人君に見切りをつけて付き合おうかって言ってたのよ」

「でも、彼女はそんそぶりを見せたことは無かったよ。それに彼女と漆多は結構仲良くやってたみたいだし」
 俺は嘘をついてしまった。

「それあなたが鈍感なだけでしょう。彼女は悩んでいたわ。このまま漆多君と付き合っていいものかって。本当に好きではない人と付き合っていいのかって。でも彼の熱意にずるずると流されてしまっていた。でも、それは漆多君にも失礼だからなんとかしなくちゃいけないって言ってた。それで、自分の気持ちにけりをつけるためにあなたに本気で告白してみるって言ってたのよ。でも、その矢先にあんなことになっちゃって……可愛そう過ぎる」
 俺は言葉にならなかった。あんなことを言ってきたのはただの気の迷いでしかないって思っていたのに、俺の行動が彼女を苦しめ、そして漆多にもひどいことをしていたなんて。

「ごめん。……俺は何もできなくて」
 そうつぶやくしかできなかった。

「あ、月人君を責めているんじゃないのよ。寧々も優柔不断だからいけないんだから。でも、月人君が寧々のことを気にかけてくれていたのが分かったからよかったわ」
 と、彼女は笑った。その瞳に少し涙が浮かんでいたけど。
「それと、寧々の遺体が行方不明なのはよく分からないけど、それについては、私達が悩んだってどうにもならないから気にしないで。多分、何かの事務処理上のミスでしかないと思うわ。警察って結構いい加減だからね。でも、あなたと話せてよかったわ。何かもやもやが吹っ飛んだ感じ。……私、用事があるから、じゃあね」
 
 鈴音聖夜は言い残すと走り去っていった。
 ふわっとした何かいい香りだけが残されていた。

 分かったことは、寧々の遺体が行方不明であることだけだった。何者かが寧々の遺体を持ち去ったというのか。何ていうことをするんだ。
 犯人は一体誰で、何の為に……。

 しかし、俺の中で犯人についての一つの仮説が展開されていた。
 
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