キルト
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第一章
キルト
世界的に有名と言ってもいい、第一次世界大戦の時は軍服にも使われていた。それこそ誰もが知っている服だ。
しかし今はだ、おおっぴらに着られているかというと。
「何で皆着ていないんだよ」
フランス南部のある街から親の仕事の都合でスコットランドのグラスゴーに引っ越してきたペエール=シャルダンはブレザーにズボン、それにネクタイという制服の同じ高校のクラスメイト達に言った。
「キルトを」
「おい、何言ってるんだよ」
「いつも皆キルト着てると思ってるのかよ」
「フランス人ってどれだけもの知らないんだ」
「どういう偏見なんだよ」
「いや、偏見じゃないだろ」
その黒い目を真剣なものにさせてだ、ピエールは言った。黒髪はセミロングで中性的な顔立ちで背は一七四位で他のクラスメイト達より小柄だ。身体つきも華奢な感じで趣味はテニスだ。
「スコットランドだったら」
「キルトかよ」
「また固定観念強いな」
「じゃあ俺達はフランス人は皆青い服か?」
「蛙か?」
「それは軍服の話だろ」
すぐに返したピエールだった、青い服という言葉には。
「大体この学校の制服青いじゃないか」
「そうだよ、ダークブルーのブレザーに」
「濃いグレーのスラックスに緑のネクタイ」
「イギリスにあっても赤くないぞ」
「ザリガニじゃないからな」
蛙はフランス、ザリガニはイギリスだ。十九世紀にそれぞれの軍服の色からお互いに言い合った別称だが今は仇名として使っている。
「お互いに青いな」
「ネス湖の湖の色みたいにな」
「ネッシーか、いるよな」
ピエールはスコットランド一の著名な存在についてはこう言った。
「やっぱり」
「仮にいないとしてもいるんだよ」
「絶対にな」
「いないと夢ないだろ」
「観光客来なくなるだろ」
スコットランド人としてだ、クラスメイト達はピエールに真剣に言った。
「いないって言うなよ」
「そこ守ってくれよ」
「キルト以上にな」
「ネッシーはいるんだよ」
「僕はいるって思ってるよ」
本気でだ、ピエールは言った。
「でかいナメクジだろうな」
「いや、恐竜だろ」
「魚じゃないのか?」
「鯨か?」
「アザラシだろ」
この辺りは諸説あった、だが何はともあれ誰もがネッシーはいると言っていた。このことは彼等の誰もが同じだった。
しかしネッシーはどうであってもだ、ピエールはキルトについてはまだこう言った。
「僕も覚悟して着るつもりで来たんだぞ」
「だから今はもう滅多に着ないよ」
「どうしてそこでそう言うんだよ」
「キルトの下にはトランクス穿けないから寒いんだよ」
「めくられたら丸見えだぞ」
「そんなのそうそう見たいか」
「男のものなんて見る趣味はないよ」
また力説したピエールだった。
「僕は女の子が好きなんだ」
「そっちの趣味じゃないか」
「じゃあそれはそれでいいけれどな」
「とにかく今時キルトなんて滅多に着ないからな」
「皆いつも着ないんだよ」
「何て嫌な現実なんだ」
今度はこんなことを言うピエールだった。
「面白くないな」
「ああ、面白くないか」
「それはいいことだな」
「男のスカートなんてそうそう見たくないからな」
「しかもめくれたら丸見えだからな」
「民族の誇りは何処に行ったんだよ」
ピエールはややこしい問題まで出した。
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