魔法少女リリカルなのは ViVid ―The White wing―
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第三章
二十六話 新星と遺物
前書き
クリスマス?それより二十六話
「…………」
「緊張……は、してねぇみたいだな。クラナ」
『ノーヴェさん』
後ろから声をかけてきたノーヴェに応答しながら、クラナは閉じていた目を開く。右手を軽く腰に当てたノーヴェは苦笑しつつクラナの隣に並ぶ。
『四年ぶりに来た舞台は、どうだ?』
『……ちょっと、狭くなったような気がします』
『っはは、なるほど。だろうな』
素直な印象で答えると、ノーヴェは納得したように苦笑した。確かに、成長期も過ぎ始めたころと、成長期前だ。以前見ていた景色とは全く別の景色に見えているだろう。
「……チビ達は全員スーパーノービスからになったぞ」
「!」
まだ言っていなかったことを思い出して、ノーヴェは少し笑いながらクラナに行った。かれは一瞬ピクリと肩を震わせると、ほんの少しだけ嬉しそうな声で答える。
「……そうですか」
「おう、さて、ここでお前が躓くわけにはいかねーなぁ?先輩?」
「うぐ……」
苦笑しながら、クラナは頬をポリポリと掻く。
『プレッシャーかけないでくださいよ……緊張がこみ上げてきそうです』
『馬鹿言え』
舞台を見て、“狭くなった”などと抜かすような人物がまともな緊張などしているものか。と、ノーヴェは鼻で笑って見せる。
『緊張ってのはああいうのを言うんだよ』
顎でノーヴェがさした先には、何やらやたらとオロオロウロウロした様子の青年の姿があった。
『あれって……』
『ん?』
その人物のやたらと朱い顔に見覚えがある気がして、クラナは少し目を凝らす。ブラウンの短髪に、一見すると女性と見間違いそうなほど中性的な顔をしている。なぜか頻りに周囲を気にしていて、見ているほうが心配になってくる。
「……クレヴァー?」
「知り合いか?」
「あ、いや……(知り合いっていうか……)」
顔見知りだったその顔を見て、クラナはポリポリと頬を掻く。と、目があった。
「「あ」」
どうやら、相手もこちらを覚えていたようだ。おずおずと片手を上げてみると、慌てたように頭を下げて……逃げた。
「……クラナお前、なんか嫌われるようなことでもしたのか?」
「えっ」
非常に微妙そうな顔で自分を見たノーヴェに、クラナはショックを受けたように振り向いた。
────
「何してんだ彼奴は……」
「ライノ先輩、どうしたんですか?」
「いや……」
頭に手を当てて、ライノはスタジアム内の一点を指さす。
「今クラナから逃げた彼奴……」
「え?……あの、小柄な方ですか?」
「なんだ、知り合いか?なんか白翼と目があったとたん逃げてたぞ?」
「いや、あれ逃げたっつーか……」
コロナとスルトの返答にライノはますます微妙そうな顔になる。別に彼は逃げたわけではない。いや、正確には逃げたのだが、決してクラナに前に何かされたとかそういうことではないのだ。ただ……
「彼奴、めっちゃ人見知りするんすよ……」
「あぁ?」
「つまり、今あの人は……」
「まぁ、十中八九クラナになんて声かけりゃ良かったか分からんかったんだろうな……あれで一応、俺らと同い年だし、クラスちげーけど」
「えっ!?」
驚いたような声を出すコロナに、ライノは苦笑しながら顔を向ける。
「今、あの背丈で!?って思ったろ」
「い、いえそんな……」
慌てて両手をハタハタと振って否定するコロナ、どう見ても図星だ。
「……中等部じゃないんだ」
「え、エーデル、遠慮しようよ……」
此方はこちらで、オブラートもビブラートもあったものではない。
首を傾げたエーデルにセイルが苦笑する中、リオがやや興味深そうに聞いた。
「なんていう方なんですか?」
「ん?あぁ、クレヴァー・レイリー。初出場」
「む?」
ライノが名前を口にした直後、傍らに居たシュウが顎に手を当てた。何かが記憶に引っかかっているように首を傾げ、むぅ、と唸り声を漏らす。
「その名は……どこかで……」
「ん?あぁ、たぶん次元統一テストじゃねぇの?彼奴いつも上位だったはずだし……あ、もしくは模試とかな」
思いついたように返したライノに、シュウははっとしたように顎から手を離し、深くうなづいた。
「あぁ……そうだ。毎回かなり上位に食い込んでいる名前だ」
「そんな人が……ってことはやっぱり、文武両道な人なんですか?」
文系ファイターとしての親近感なのか、コロナがやや興味深そうにライノに聞いた。隣ではヴィヴィオも聞き耳を立てているが……ライノは、あっさりと首を横に振った。
「いんや、全然」
「へっ?」
「彼奴運動神経の方はさしてすげーってわけじゃねぇよ。学年でも下の方か……いいとこ中の下だ」
「……じゃあ、格闘技も……苦手なのにIMに……?」
「ま、そうなる」
さしたる事でもなさそうに肩をすくめるライノに、コロナ達はぱちくりと目を瞬いた。
「運動が苦手でも、幾らでも戦いようは有るだろ。コロナだって他の三人ほど運動系じゃねーのに格闘やってんだし」
「そ、そうでした」
意外そうな顔していたコロナが、そりゃそうだと言うように照れ笑いを返す。その様子に小さく笑うと、ライノは腕を組んだ。
「ま、彼奴の場合……」
「……?」
「……いや、なんでもねぇ。それよか格闘型じゃないタイプってんなら、面白いやつがいるぜ。ほれ、あそこだ」
「む……アルフォンス博士か」
ライノがさした先に、一人の青年が立っていた。ほとんど日に焼けた様子の無い肌や黒髪に、黒いメガネ線の細い体の印象はどことなくシュウとよく似ているが、彼とは違い筋肉の付きがあまりなく、こちらはより学者風の風貌だ。と、言うか……
「え?博士?」
リオが首をかしげてが聞くのと同時に、コロナが驚いたような声を上げた。
「え?もしかして……スフィー・アルフォンス博士!?」
「コロナは知ってるの?」
ディエチが聞くと、コロナはやや興奮したような、あるいは混乱したような様子でうなづく。
「15歳で飛び級して博士号資格を取ったっていう魔道物理学の若手ホープです!学術雑誌にもよく論文が掲載されてるんですよ!」
「そもそもお前なんでそんなもん読んでんの?」
当たり前のように言うコロナにライノが苦笑して返す。ヴィヴィオもリオも全くついていけていないあたり、これは完全に彼女の個人的な趣味からくる知識なのだろう。
「ほう、君は随分博識だな。本当に初等科なのか?」
「あ、いえ、えっと……私、ちょっとそっち方面の学問には興味があって……」
感心したように言うシュウに、コロナが恐縮した様子で顔を赤らめる。
「なあ、お前ら学術紙とか読んだことあるか?」
「えーっと……参考書程度かな……」
「……古文書って学術紙に入る?」
「技術関係の専門誌は少し嗜みますけれど……」
置いてきぼり気味の他四人がそんなことを言っている内に、件の“博士”がリングに上がり始める。
「あの、アルフォンス博士って強いんですか?」
「ん?おう、普通に強いぞ、都市本戦にも出てる」
あっけらかんと答えたライノにスルトが続いた。
「彼奴の魔法は面白れぇぞ、“実験結果”なんだとよ」
「えっ?」
「なんでも、元々は彼自身の研究テーマだったものを実地で試すために参加したそうだ、去年あたりからは使い方の幅が広くなってきていてな。対応が中々難しい」
「研究……」
参加する理由のそれぞれさを興味深く思いながら、メンバーはリングに視線を戻した。
────
「……うーん、何故か視線を感じるような……」
スフィー・アルフォンスは、そんな事を言って小さく頬を書いた。
「博士、どうかしましたか?」
「あ、いえ。大したことではありません、おそらく気のせいだと思いますから、ご心配なく」
「……?はぁ……」
セコンドとして付いて来て貰った助手の魔導師に心配そうな顔をさせてしまった為、軽くごまかして言葉を濁す。
「よぉ、随分と余裕だなぁ本戦出場者サマは」
「あぁ、申し訳ありません」
観客席に目を向けていると、対戦相手に苦言を呈されてしまった。確かに、今は目の前のことに集中するべき時間である。よそ見は相手にも失礼というものだ。
298のゼッケンを着た対戦相手は、身長250㎝を軽く超えるというやや人間離れした身長の……しかもガッチリと筋肉のついた大男だ、なんというか……
「なんというか、恵まれたお体ですね……の、割には去年までお見掛けしていなかったように思うのですが……」
「ククク、生憎と初出場でなぁ……去年までは鍛えに鍛えて、力をためていたわけだ」
「成程……うーん、この通りガリガリな身としては、羨ましい限りです」
あはは。と笑う彼の言葉には、純粋な羨望はあれど、嫉妬するような調子はなかった。純粋に、自分にはない肉体スペックを羨んでいる、といった様子だ。
どこか子供っぽくすらあるそんな様子に、自らの優越感を刺激されたのだろうか、ニタリと笑って、男はガンっと右拳を左の掌にぶつける。
「安心しろよ学者先生、お前も他の上位選手も、みんなまとめて敗者復活戦に送ってやるよ……俺がなぁ……!」
「はは……大きく出ますねぇ」
そんなに甘くはないと思うけどなぁ、と、スフィーは頬を掻いた。そんなかれに続くように、放送の声が響く。
「[Cリング、スタンバイ、セット!!]」
「なぁに、意味はすぐに分かるぜ……」
「[レディ──]」
「あんたの身体でなぁ!!」
「[──ゴー!!]」
────
「(早いなぁ)」
ドゴン!!と凄まじい音を立てて地面をけりつけた大男の身体が、一息にスフィーに肉薄する。
筋肉の付きから見ても岩のごとき硬さだろう剛腕が振るわれ、スフィーはそれを思い切りバックステップを行うことで避ける。
IM選考会は、本戦とは違い、デバイスの使用を禁じられている試合である。選考会というのはあくまで選手の基礎スペックを見る場であり、デバイスによる過大な身体強化をされては意味がないからだ。
また、魔法のほうに関してもあくまでもスペックは本人の物に依存するため、デバイスを用いた大規模な魔法は行使できない。魔法演算の拡大に自らのデバイスに一役買ってもらっているスフィーとしては、ややこの部分は手痛いところがあった。
「(まぁ、だから選考会が苦手なわけなんだけ、どっ!)」
風を打つ音を響かせながら、振るわれた大腕を回避したところで、スフィーの脚が止まった。リング端に追い詰められたのだ。
「オラぁっ!」
「くっ……!」
両手を組んで振り下ろした大男の一撃を、転がるように左に逃げて交わす。腕が着弾した瞬間、リング全体が大きく揺れる。
「(素の筋力とデバイス無しの身体強化だけでこれぇ……!?)」
リング自体、簡単には損傷しない素材でできてはいる。だがそのリングを魔法でなく素手の一撃で地面をこうも揺らすとなると、自分程度では一撃食らえば即座に落ちる。やれやれ本戦でもないのにとんでもないのと当たったものだと思いつつ、スフィーはさらに追撃に来た拳を避ける。
「どうしたどうしたぁ!逃げるだけじゃ勝てねぇって分からんわけじゃねぇだろ学者せんせぇ!!」
「えぇ、よく、わかって、おりま、す!」
下がる、跳ぶ、しゃがむ、転がる。とにかくありとあらゆる手段を尽くして攻撃をかわす、かわす、かわす、かわす。フィールド内をとにかく動きまわり、スフィーは回避を続けた。が、当然それも、永遠に続けられるわけではない。
「はぁ……はぁ……」
「ここまでだなぁ」
三分ほども逃げ回ると、スフィーは息を荒げて再びステージ端へと追い詰められていた。状況は先ほどに酷似している。違いがあるとすれば……彼自身に次の一撃を交わすだけの余力が残っていないことくらいだろうか。
「(やっぱり、身体強化がないと動き回るのがしんどい……研究室にこもってるばっかりじゃ、こうなるのは分かってるけど……)」
「……?おいおい、話せねぇほどばてたのかぁ?」
「(体力づくり、足りてないなぁ……)いえ……まぁ、かなり……はぁ……疲れては、いますが……」
なんとか息を整えながら、スフィーは上目気味に男に向き直る。自分よりもはるかに体力を使ったはずの男は、けれど自分と対比するように、息一つ乱してはいなかった。なんというか、真面目に体を交換してもらえないだろうか、いやホントに。
そんなスフィーの心中を察してか、あるいは無様をさらす目の前の弱者を見てか、男は憐れむように、あるいは嘲笑するように、フンっと一つ笑ってみせた。
「まぁ、本職じゃねぇところでよく頑張ったよアンタは。せめてもの礼儀で、一発で終わらせてやるよ!」
「そうですね……」
はぁ、とため息をついて、振り上げられた拳から目をそらすようにうつむきため息をついて、彼は言った。
「それでは、そろそろ終わりとしましょう」
地響きを立てながら、男の拳がスフィーの、“手前に”着弾した。
「は?」
間抜けな声を上げて、男はふと、足元を見る。何故拳が外れたのかといえば、話は単純で、踏み込みの脚に、まるで地面を踏みしめた感覚がなかったからだ。おかげで踏み込みがおかしくなって、狙いが綺麗にずれた。
その原因は、すぐに知れた。右足が、まるで泥沼を踏みしめたように“地面にめり込んでいる”。
「なっ!?」
「流動せよ」
突然、地面がうねった。まるでそれが当然であるかのように、男の周囲の地面がうねり、伸び上がる。
「こ、こりゃ、なんッ!?」
「蔓」
まるで指揮をするかのように、スフィーが人差し指と中指をそろえて、くいっと上げた。すると伸び上がった無数の土のような、岩のような紐状の“それ”が、男の全身に絡みつき……
「捕縛」
「ぐぅっ!?」
ガッチリと、固まった。
全身をからめとられ全く身動きが出来ない己の状況を把握して、男は焦ったように言った。
「ば、バインド……!?」
「それは、結果ですね」
突如、意味不明な返答が正面から降りかかり、男はそちらを見る、息を整えたスフィーが、自分を真っすぐに見つめ返していた。その瞳にはホッとしたような安堵の表情と、小さな笑みが浮かんでいる。その表情を見て確信した。つまるところ目の前の青年は、この試合中、いや、おそらくは始まる前からずっと“この状況”に向けて歩いていたのだ。
「くっ……そっ……!」
全身に力を込めて、体に絡みつく蔦のようなそれらを振りほどこうとする。だが、いつの間に足だけでなく、振り下ろした腕すらも地面の中に半ば埋まっている、そんな状態でいくら四肢を振るおうとしたところで、動けるはずもなかった。何より……
「なんなんだよこりゃあ……!?」
全身に絡みついた異様に硬いロープのような物体が、それを許さなかった。混乱した頭が、腕に絡みついた“それ”を、目にして、気が付く。
自分の身体に絡みついたそれは、床から伸びていた。いや、正確には、“床「その物」が形を変えて体に絡みついていた”つまり自分は文字通り、床そのものにつかまっているのである。
ロックバインド、ある程度の魔法知識の中から、反射的にその魔法の名が頭に浮かぶが、それとは違う。あれは床の一部を岩に変えてその岩を隆起させて対象を拘束する魔法である。こんな風に、“床に直接相手を埋め込む”などという芸当で拘束する魔法ではない。
何より、おかしなのはこのロープじみた拘束帯である。
仮に床を使ってロックバインドをかけようとしても、今自分がつかまっているような細長いロープのような拘束帯になりはしないし、もし仮に形状変化によってそれらが可能だったとしても、この異様な強度に説明が付かない。
物体の強度というのはあくまでも物体ごとに決まっている。そして何より、一口に強度といっても、それぞれの物体の強度には特性があるのだ。確かにこのフィールドの床材は硬いだろうが、例えばダイヤモンドで細い糸を作ったところで傷つくことはなくても折ろうとすれば簡単に折れてしまうのと同じように、岩のような硬さを持つ床材でこんなロープを作ったところで、今のように体を締め付けるように拘束する柔軟性のある物体にはなりえない……筈だ。
「その質問にお答えしたいのは山々なのですが、時間がないので……」
「な、ゴッ!?」
「失礼します。それでは、また」
苦笑するスフィーの顔を見ると同時に、衝撃が奔る。視界が揺れ、自分が顎を打たれたのだと理解するよりも前に、その意識が暗闇に落ちた。
────
「[Cリング、選考終了。]」
「…………」
「うわー、疲れてる疲れてる」
放送が響くと同時に、スフィーが疲れたように息をついてリングから出ていくのを、上位陣は苦笑しながら、少女たちは……やや絶句しながら見ていた。
「あれって物質操作の一種だよね……?」
「うん?あぁ、そうっすね。さっき言ってた、彼奴の得意技です」
ディエチの質問に、ライノが続いた。彼女はどうやら初めて見る魔法にやや興味をそそられたらしく、かなり興味深々だ。
「でも、あんなに細かいレベルで操作できるものなの?なんか、液体系の物質を操作したときみたいになってたけど……」
「それが、アルフォンス博士の研究テーマの一つなんです」
「えっ?」
真剣な表情で試合を見ていたコロナが、簡潔にそう答えた。
「アルフォンス博士の研究テーマの一つは、〔魔力干渉による物質の分子組成と性質変化に置ける応用利用の可能性〕、つまり、物質に対して、分子レベルで魔力による干渉を行うことで、より物質の組成に応用性を持たせたり、その物質の性質その物を完全に変化させてしまったりする物質操作の応用技術の研究なんです」
真顔で説明するコロナに、ディエチを含めたメンバーがぱちくりと目を瞬く。
「物体に魔力干渉することで、その物体の強度を上げることが出来るのは随分昔から知られてる技術ですけど、この技術は元々、物質の分子的な結合を魔力によって強化することで単純な機械的強度だけじゃなく、その物体の分子同士の結びつきそのものも強化しているんじゃないのかって言う仮説は大分昔から立っていたらしくて、長い間研究がされてきたんです。実際、一部の魔術では物体の性質自体を変えるようなものも確認されてたんですけど、それらはミッドで確認されてる多くの場合はどちらかっていうと魔力由来の強引な性質変化で魔力干渉をやめると効力が消えてしまうものも多くて。古代魔術クラスだと、そうでない物もあるって話もあるんですけど、それらは確認できるサンプルが少ない。そんな中で、アルフォンス博士は物体に魔力で分子レベルの干渉をするメカニズムを解析して、その基礎理論を発表したんです。この技術は物質その物の性質を変えられるから、あらゆる分野に応用が期待されている研究なんですけど……ああやって使えるってことは、もうほとんど実践レベルまで完成してたんだ……」
「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」
「「こ、コロナ……すっごぉい……」」
まるで教科書を読むようにスラスラと説明したコロナにポカーンとしていたメンバーの中で、ヴィヴィオとリオがようやく紡ぎだした言葉がそれだった。シュウがかけていた眼鏡をクイッと上げると、ある種戦慄したような顔で言う。
「なんというか……重ねて聞くが、君は本当に初等科の学生か?」
「へっ?あ、あれっ?……あ、その、これはたまたま興味があって!それで知ってただけなのでそのう……」
自分が全員から注目されていることにようやく気が付いたように顔を紅くして縮こまるコロナに、メンバーが苦笑する。
「いやぁ、ちびっ子だと思って舐めてたぜ」
「お前はこの子の爪の垢でも煎じて飲め、カグツチ」
「……寝そう」
「うーん、最近の初等科の子って、すごいんだね……」
「可愛らしいだけではない……ふふ、女子の部の方々には、強敵になるのでしょうね」
ほほえましそうに視線を向けられた当の本人はというと、ますます顔を真っ赤にしてリングのほうを指さした。
「そ、それよりほら!試合みましょう!試合!」
「あ、ごまかしてる」
「照れなくてもいいのに」
「もう!ヴィヴィオもリオも!!」
クスクスと笑って彼女を見る同級生に、コロナは珍しく腕をぐるぐると回してパ二クったように喚く。やや拗ねたように視線をリングに移すと……突然、目を止めた。
「……あれ?」
「どうした?」
「あ、いえその……あ、やっぱり!」
「?なんだ、知り合いが居たか?」
「はい!ヴィヴィオ、リオ、ほら、あそこ!!」
ライノの言葉に勢いよくうなづくと、コロナはそれまで朱くなっていた顔を一転、喜色に染めてリングの一か所を指差す。二人がつられてそこを見ると、そこにはちょうどヴィヴィオ達と同い年くらいだろう、少年がピョンピョンと跳ねる、黒短髪の少年が居る。
「あれって……クランベール君?」
「あ、ほんとだ!C組の子だよね?」
「うん、シスイ君も出場してたんだ!」
その正体に気が付いた三人娘が一斉に騒ぎ出す。
「お前らと同い年か?」
「はい、クラスは違いますけど、男の子たちのリーダーみたいな子なんです」
「おっ、ヘッドってやつかい?」
「お前は少し黙っていろ」
「あはは……ヘッド、とかではないと思いますけど、よく男の子たちで集まってヒーローごっこしてるよね~」
「あ、やってるやってる!」
ヴィヴィオとリオがそれぞれ微笑ましそうに話すのを、ライノは苦笑しながら見る。と、コロナが一人、真っすぐにシスイと呼ばれた少年を見ているのに気が付いた。
「なんだよコロナ、やけに熱心だな?」
「えっ!?あ、いえその……シスイ君、家が近くなので、昔から知ってて。友達、なのかは分からないんですけど」
えへへ……と笑うコロナの目にはしかし、どこか嬉しそうな色がにじんでいる、男性陣は成程、と即座に納得したような顔をしたが、逆に女性人は、この表情から何かしらのことを察したようで、レイシアやディエチの目が、キラリと光った。
「まぁ、ではお話をしたことが?」
「え?あ、はい、シスイ君のおうち、パン屋さんで、よく行くんです」
「成程……幼馴染、だね」
「あまりお話はなさらないんですか?」
「うーん……」
少し悩むように考えたコロナは、思い出すような仕草をして苦笑する。
「シスイ君、いつも仲のいい男の子達と遊んでるので、あんまり」
「お話ししたいことがあるけど近寄りにくい、というわけですね?」
「はい……えっ!?い、いえその、えっと……」
「うふふ……」
なぜかやたら楽しそうにレイシアが笑う。まるで別の誰かを見ているようにほほえましそうなそんな様子を女性陣は同じく楽しそうに見ていたが、男性陣はというと……
「……レイシアたのしそう」
「うん、なんかいつもとちょっと違うなぁ」
「あ?お前といるときも十分楽しそうじゃねぇか」
などとセイルを中心に話していた。
────
「おっし!やるぞっ!!」
シスイ・クランベールは張り切っていた。Stヒルデ魔法学院に通う初等科四年生であるこの少年は、ミッドチルダでも有数のお嬢様学校に通っているのがいっそ不似合に思えてくるほどに、ごくごく普通のはしゃぎ盛りの男子である。
ただ、もし彼のあり方にほかの子供たちと違うところを見つけようとするとするなら……それはきっと、本当の意味で本気で「ヒーロー」というものに憧れている、という部分だろう。
おおよそ子供の成長というのは早いものだ。特に、Stヒルデに通うような子供たちはすでに架空と現実という区別が付き始めるくらいには分別を得ており、ヒーローごっこといっても、無意識にそういう“遊び”として以上の認識はない。
が、彼の場合は違った。
シスイ・クランベールの夢は、ヒーローになることである。と、言っても盲目的に自らの正義を振りかざすことを夢にしているわけではない。
どちらかといえば彼の言うヒーローとは「大切な誰かを守る」人間のことを指していた。
シスイは、自分の両親が好きだ。友人が好きで、近所のおじさんおばさんが好きで、学校の先生が好きで、実家のパン屋にやってくる、沢山の顔見知り達のことが好きである。その人々と過ごし、笑い合うこの時間を、「幸せ」と呼ぶことを、彼は知っていた。そして四年前に発生したある事件の影響と経験から、その幸せが、必ずしも「不動のもの」ではないということも、おぼろげにではあるが、聡明な彼には理解できていた。
故に彼は、「守る者」に憧れた。
自らの幸せを守ってくれた空飛ぶ魔法使いたちに憧れ、焦がれ、夢見て、そして、目指した。自分にとっての「大切」を、守ってくれる正義の味方。彼にとってそれは、揺らぐことのない夢になりつつあった。
なので……
「この大会に勝って、強いヒーローに、俺はなるっ!!」
両手を振り上げてシスイは叫んだ。
あまりにも子供っぽい発言に周囲でクスクスと微笑みや失笑が上がったが、気にしない。なるったらなるのだ。ぜーったいなるのである。
「げ、元気だね君……」
目の前にいた青年が、困ったように苦笑した。まぁそれはそうだろう。はたから見たら、完全にただの子供か痛い子である。
「けど、僕に勝ってっていうのはいただけないな。僕も負けたくないんでね」
とはいえ、相手がやる気を出しているのにそれに対して全力で応じないというのは、スポーツ選手としては少々いただけない。ので、ということもあり、青年はめのまえの少年のやる気に、答えることにした。
言いながら彼が取り出した武器は、伸縮性の警棒である。鎮圧、制圧を主だった目的として使用される警棒だが、武器としてのその能力は決して低くない。剣ほどの重量もなく取り回しやすいため、熟達したものが使えば大抵の相手を制圧してのける、強力な武具だ。
「なんの!勝つのは俺です!!」
応じるように、少年も構えた。武器は無し、所謂ファイティングポーズと呼ばれる構えを取った彼の姿は、一目でその両の拳が武器であると分かるそれだ。
「[Bリング、スタンバイ、セット!!]」
不意に、アナウンスが響いた。しっかりと地に足を着けて相手を見つめる少年と青年の間で、空気が張り詰めていく……。
「[レディ――]」
「[――ゴー!!]」
「ふっ!」
飛び出しはほぼ同時だった。踏み込んだ先のわずかな間合いの差異、これを利用するように、下段から警棒が振り上げられる。突撃してくるシスイの次の瞬間の位置を予想したうえで彼の顔面をとらえに行く打ち込みだ。左の拳で逸らすようにそれをさばいたシスイが、即座に踏み込み右の拳をつきだす、が、伸び掛けた拳を、降りあがった青年の警棒が叩き落した。
「ッ!」
「はっ!」
振り下ろした警棒のグリップエンドが間髪入れずに跳ね上がり、シスイの喉を打とうと迫る。再び左の裏拳がそれを跳ね上げるようにして跳ねのけ、一度落ちた右拳が今度は振り上げるように青年の顔面に迫った。
「甘いっ!」
「な、い”っ……!!?」
が、その拳を、青年の目は完璧にとらえている。左腕でそれを捌くと同時に、振り下ろした警棒が、少年の太ももを打ちすえた。
ややしなりながら足に直撃するその一撃は、それだけで骨にまで響くような激痛を生み出す、そのうえ太ももの側部は、人体の急所の一つだ。クリーンヒットしたそれを見て、青年はさらにシスイの鳩尾に向けて再びグリップエンドの一撃で追撃する。
立て続けに急所を二発。ここからさらに、振りかざした警棒によって追撃を……
「ッ……!」
「!?」
唐突に、気が付く。
少年の身体が……揺らがない。
太ももと鳩尾、激痛や一時的な呼吸困難を起こしてもおかしくないその部位に連撃を食らったにもかかわらず、少年の身体はひるむどころか、揺らぐ様子すら見せない。それどころか……
「うっ……らぁ!!」
「ぐぁっ!!」
さらに距離を詰め、強烈な頭突きを一発お見舞いされた。視界に火花が散り、逆にこちらがたたらを踏むように数歩後退する。揺らぐ視界の向こう側で、少年が拳を引くのが見えた。
「だぁぁっ!!」
「っ、このっ!」
繰り出されようとする拳を迎撃しようと、青年は警棒を振りかざす。ほぼ同時に繰り出されたそれらが同時に激突する、瞬間──
「────!!」
「なッ……!」
少年が何かを叫びながら警棒を殴りつけたのと同時に、警棒が青年の手の中から消えていた。否、“弾き飛ばされた”飛ばされる時の反動から右腕がはじかれるように打ちあがるのを理解しながら、青年は茫然と自らに何が起きたのかを考えていた。
まるで破裂するような急激な力、先ほど叩き落した彼の拳とは、全く威力が違う。
「(これは……!?)」
「だらぁ!!」
それを理解するよりも前に、顔面に強烈な一撃を受けて、その意識は暗闇へと墜ちた。
───
「わぁ!やったよコロナ!」
「凄い!!」
「うん!」
おっしゃー!と叫んで両腕を振り上げて飛び跳ね、即座に左足を痛そうにあげてピョンピョン跳ねるシスイを見ながら、チビーズは同級生の勝利にわいた。アインハルトも彼を興味深そうに眺めつつ、喜ぶ三人にあわせて手を小さくパチパチと叩いている。
そんな中で……
「最後の一発、なーんかすっげー威力出てたな」
「……多分、何かしてる」
「だな、身体強化に特別な感じは無かったし……」
ライノを含む他の男子メンバーは違う意味で楽しそうに彼を見ていた。
「それに、あの連撃受けて怯みもしなかったね、彼」
「ああ、常人ならばあれだけで膝を折っても全く不思議はないが……恐らくは、単に“耐えた”のだろうな……凄まじい精神力だ」
「へっへ……精神力なんつーお綺麗なもんかよあれが。ただの“根性”さ、あんなもんは」
良いねえ……と心底楽しそうに言うスルトを見て、シュウが呆れたように肩をすくめる。
「如何にもお前が気に入りそうなタイプだな」
「おうよ。ありゃ良いファイターになるぜ~、将来的にも楽しみだ」
獲物を見つけた肉食獣のような、獰猛な弧を口に描きながら言うスルトに、シュウはやれやれといった様子で苦笑する。こういう状態の彼にはなかなかどうして歯止めと言う物が無いのである。
「素手ごろ殴り合うってのは、男だけの浪漫だからな!」
「そりゃ差別だぜスルトさん、言ったろ?こいつ等も徒手空拳なんだって」
腕組みをして笑ったスルトに、ライノが苦笑した。しかし言われたスルトの方はというと、チラリとヴィヴィオ達の方を見ると、余裕のある表情で肩をすくめ……
「そういやそうだったな。んじゃ、今度スパーの相手でもお嬢ちゃんがたの誰かに頼むとすっかね」
冗談めかしてこんなことを言う。
真っ先に反応したのは、アインハルトだった。
「……はい、是非」
「お……」
ほぼ即答で返した彼女の一言に、やや不意を撃たれたようにスルトの表情に驚きが混じる。次いで、ヴィヴィオがアインハルトを追うように手を上げた。
「あの、私もお願いします!スルトさんが良かったら……是非!」
「…………」
侮った……わけではない。
しかし、多少筋肉や度胸がついているとは言っても、彼女達の見た目はおよそ世間一般で言う少女のそれである事に違いはない。大使自分は十台も後半の成人近い男性である。だが、彼女達の目には……否、ほかの二人を含めた、目の前の四人の少女の目には、すでに始めあった気負いがない。
およそどのような人間であれ、人は他人について得られる情報を脳で受け付けたとき、無意識に自身にとっての相手の脅威度について考えているものだ。自分と相手の間に横たわる実力差に目を向け、脅威で無いと判断すればその目には安心や余裕が、脅威であると考えればその目には恐れや警戒といった、気負いが混じる。
実際、初め目があったとき彼女達の目にはそれがあった、そうも露骨に気負いをもたれたまま試合を観戦するのではこちらとて気を使ってしまう。そう考えて軽く脅かして突っ込まれることでその場に溶け込み、特に自分が脅威でないことを伝えようとしたのだが……
「(こりゃあちーっとばかし余裕ぶちかましすぎてたか)」
はは、と心の中で自嘲して、スルトはニヤリと笑った。
「おうよ、いつでも相手になってやる。二人まとめてでもいいぜ~」
「「はいっ!」」
これは今年は女子の部を見に行くのも楽しそうだと、スルトはもちろん、周囲の男子達も感じていた。
「……ん?おい、何ぞまた面白そうなのが出てきたぜ」
「ほう?」
「……面白そう?……どこ?」
「あそこだよ、Aリング」
其処にいたのは、ひとりの少年であった。軽くトントンとリングの感触を確かめるように跳ねる彼は、その日に焼けて黒くなった顔に楽しげな笑顔をうかべて、シュッシュッと拳を左右に繰り出す。
ただ、問題なのはその少年の格好であった。
有り体に言えばそれは、半裸だった。下半身に身につけた短パンのような服以外、何の装いも身につけていないのだ。
「な……な、な……!?」
「う、わぁ……」
「……!?!!?」
「な、なんで服着てないんですかあの子!?」
絶句するコロナ、ヴィヴィオ、アインハルトに変わるように、リオが耐えきれなくなったように叫んだ。
現代の競技魔導格闘戦技においては、女子の部では殆ど誰であれ、当然ながらしっかりと防具替わりに服を着るのが普通だ。どんなに軽装の競技者でも、あそこまで肌を晒すことはないし、そもそも人前で半裸になっている少年を、少女達は始めてみた。
「なんだお前ら、ああいうスタイルの奴は見たこと無かったのか?」
「す、スタイル?」
「機動性を最大まで重視した武道のスタイルがあるんだよ。そのためにああやって最低限まで装甲を減らすんだって」
「そ、装甲……」
だからって服を脱ぎすぎではないだろうか。少女達はそんな風に思ったが、男性陣の反応を見るに一般的なようだ。
と、不意に……
「……多分、BOXING(ボクシング)……」
「ボクシング……ですか?」
「……ん、管理外世界の……地球って星では、一般的な武術」
知らない武道の名前を聞いて、アインハルトの表情が変わる。ヴィヴィオも母の故郷である地球の武術と聞いて、興味深げに目を向けた。一番頬を赤らめているコロナも、直視を躊躇う様子を見せながらも、彼を見る。
「……大丈夫……多分すぐに、格好は忘れるよ」
────
セルジオ・マルティネスは、コーチに「感触を確かめておけ」と言われて跳ね回り始めたコート上のステップをようやく落ち着かせて振り向いた。
「なあせんせー、今日勝ったらおれハンバーガー食べたイ!!」
「ハンバーガーか……だがなセルジオ、食事は……」
「う~!」
せんせー、と呼ばれたのは、セルジオの後ろ、コートの外にたっていた老人であった。歳は60後半から70といった所か。薄手のTシャツを着こなしつつ、年齢を感じさせないピンとした立ち姿は、見るものが見れば相応に体の使い方を知っている人間だとわかっただろう。
彼は何か訴えるような目線で自分を見ながら手足をバタバタと動かす褐色の少年を見ながら、小さく苦笑する。
「……仕方あるまい……リリーナに言ってみるとするか……」
「ホント!?よぉっし、今日勝つ!絶対勝つゾ!!」
分かったから前を見んか前を。などと言いながら、彼は孫を見るように温かい視線をセルジオに送る。
とは言え、今日は選考会なので本気で勝ちにいく必要はあまりない。そういう意味ではそこまで張り切る必要は無いのだが、まぁ、本人が張り切っている分には下手に制限するのもあれだろう。
何より、ここまで大きな大会は彼にとっては初めての経験となる。変に緊張するよりは、よほど良いコンディションだ。
「[Aリング、選考を開始します]」
「よぉっし!!」
「セルジオ、構えを崩すなよ、練習通りに行け!」
「ん!分かっタ!」
セルジオの相手は、十代も中盤といったところの少年だった。獲物は長い絵の先に、三角形の広い穂先が付いた槍、所謂パルチザンだ。
「いいか、相手の間合いに入らなければ勝てる勝負だ。薙ぎ払いを上手く使え!」
「りょーかいりょーかい。ま、チビッ子にちょっと年上の厳しさを教えてあげないとねん」
およそ軽薄な印象を受ける少年だったが、そのやりさばきは手慣れている。元々自信もなしにこの大会に出てくるもの等少ないのだ。相応の手練れであることは、誰の目にも明らかだった。
「[Aリング、スタンバイ、セット!!]」
「[レディ──]」
「[──ゴー!!]」
一迅、風が駆け抜けた。
「!?」
構えたパルチザンをの正面に相手をとらえた、と、彼が思った時にはすでに、彼はセルジオの間合いに居た。問答無用、尋常も糞もなく、ノータイム最速でセルジオが彼のもとへと走りこんだのだ。
ただ驚くべきはその踏み込みの速さである。
言い訳をするわけではないが、彼はこのような不意打ち気味の踏み込みを予想していなかったわけではない、むしろ、最も危険な作戦とみて警戒していたほどだった。それでも反応できないほど、セルジオの踏み込みが早かっただけの話なのだ。
「早ッ……!?」
「……!」
反応が追いついた時には、すでにセルジオは右足を惹きつけ腰を左に回している。反射的に左のフックが来ると判断して顎を引いた直後、ヒンッ!!とおよそ拳としては異質とさえいえる音を立てて彼の左拳が顎を掠りながら通過した。
「う、ぉっ……!」
唸り声を上げて、彼はたたらを踏むようにして後退する。
完全に不意打ちだ。この間合いは不味い。
そう判断していったん後退、距離を取って立て直すために下がろうとした。が……
「は……?」
グラリ、と体が揺れた。後退した足を、踏ん張ることが出来ない。
それどころか全身から力が抜け、支えを失ったからだが崩れ落ちるように一気に体が揺らぐ。今の、あの拳の一撃が原因だと、意識の片隅がおぼろげに理解した。ただ掠っただけの一撃によって、全身の平衡感覚を“持っていかれた”のだ。ほとんど落下するように片膝をつき、パルチザンが手から滑り落ちる。
「[Aリング、選考──]」
アナウンスが響き、あぁ、これで俺の選考会の結果は決まったな、と思った直後──
「──え?」
目の前に、笑顔で二撃目の右ストレートをはなってくる少年が映った。
────
「[え、Aリング、選考終了!!選考終了です!ゼッケン945番の選手、下がってください!!]」
「うわ、モロ入ったぞあれ……」
「い、痛そうだね……」
「一切容赦の無い一撃だったな……」
「うはは、やってくれるじゃねぇの」
「……ふーん……」
五人の男子選手がそれぞれにコメントを残す。褐色の少年のストレートは相手の少年の顔面を完璧にとらえ、食らった方は実に3m近く吹き飛ばされて止まっていた。リング外にいたコーチらしき人物と医療チームが、大慌てで担架に彼を載せている。
「つーかなんだあれ。つえーな」
「あぁ、思わぬ掘り出し物……と言いたいところだが、コーチを見ればそれも合点がいくというものだな」
「……うん」
「コーチ?あのじーさんか?」
ライノやスルトが首をかしげていると、シュウは呆れたように首を横に振る。
「ミゲル・サラス、格闘戦技指導の世界では大御所も大御所だ。ミッドの《イスマイル・スポーツジム》を知っているか?」
「あ?あぁ、あの結構でかいジム?IMの優勝者も出してたよな?」
「おう、俺もあそこには行ったことあるぜ」
「そこのオーナーだ……というかお前たちこの世界に居て何故知らん……」
はぁ、と大きなため息をつくシュウに、スルトとライノは苦笑しつつ肩をすくめる。
「あはは……ちなみに、世界代表戦優勝者はあのジムから今までに5人出てますよ」
「……その全員が、あの人の生徒」
「は、なるほどな、言ってみりゃあの爺さんは……」
「優勝者メーカー、みたいなもんか……そりゃすげぇな」
「だが……」
ふむ、といった様子で、シュウは顎に人差し指の第二関節を充てる。
「どした?」
「いや、あのご老人は引退したと聞いていたものでな。あるいは……彼のその判断を覆すほどのものが、あの少年にはあるのかもしれん」
「……ふぅん?」
「ところでライノスティード」
「ん?」
「先ほどからお前の後輩たちが固まっているが、大丈夫なのか?」
「え?あっ……」
「「「「…………」」」」
見ると、シュウの言う通り先ほどの試合を見たままの状態で四人娘が完全に固まっていた。
「お、おいお前ら大丈夫か?」
「あ、は、はい!」
「大丈夫です!!」
「ちょっとだけびっくりしただけなので……」
チビーズがこくこくとうなづいて答える。
「アインハルト~?」
「はい、あ、いえ……私はその……見事な試合運びだったので……」
「あぁ、そっちね」
どうやらアインハルトだけでなく四人とも、アッという間に終わった試合の流れに茫然としていただけらしい。
「俺はてっきりあのボクシング少年が容赦なさすぎてまた「男子の部怖いです……」とか言い出すのかと」
「そ、そんなことないです!」
「みなさんとってもいい人ですし!!」
リオとコロナが立て続けにライノの言葉を否定し、彼の後ろにいた男性陣は各々微笑んだり苦笑したりとしている。
「ヴィヴィオ的にはどうだったよ?彼奴のパンチ、お前は見えたろ?」
「え?あ、はい一応。ただ……」
「?」
「その、あの子最初から最後まで、すごく綺麗な笑顔だったので、そっちが気になったというか……」
「へぇ、面白いとこ見てんな」
「そ、そうですか?そんな暇あるなら、技術のほうをちゃんと見ておいたほうがよかったかなって思ったんですけど」
えへへ……と、やや照れくさそうに笑うヴィヴィオにライノは微笑んで肩をすくめる、と、その時である。
「[ゼッケン 1034番1115番の選手、Eリングに向かってください]」
「あっ!」
「おっ」
ライノとヴィヴィオの反応は同時だった。ゼッケン1115は、クラナの番号だからだ。
「さて、彼奴は……」
「あそこです!Cリングのそば!」
「……おぉ(早……)」
先ほどまで間違いなくAリングの試合に目を奪われていたはずだというのに、この広い会場で発見がとんでもなく早い。
「(ったく、兄妹だよなぁこういうとこ……)」
やれやれ、といった様子で苦笑するライノに気が付く様子もなく、全員の意識がヴィヴィオの指した場所へ注目する。そこには確かにEリングにむけて歩くクラナの姿があった。
────
「よし、本番一本目だ。準備良いな?」
「はい、少し、体と動き方の様子見も兼ねつつ行こうと思ってます」
至極冷静な様子でノーヴェと向き合いながら、クラナは言った。ノーヴェは一度深くうなづき、真剣な表情で続ける。
「言うまでもないだろうが……最初から最後まで、落ち着いて行け。冷静に行けば、お前なら勝てる」
「はい……行ってきます」
[相棒、ファイトですよー!!]
静かに首を振るノーヴェに、同じ動作で返してクラナはアルのエールを受けながらリングに上がる。ふと空を見上げると、スタジアム天井に丸く切り取られているそれが見えた。いつも通りの、けれどいつもとはどこか違うように見える、特別な青い空だ。
「(……この景色は、あんまり変わってないな)」
『クラナ!!』
「『ッ!?』」
振り向くと、そこに赤毛を揺らしてまるで太陽のような笑顔を浮かべている女性が居た。慈愛と、覇気に満ちた瞳で自分を見つめる彼女はこちらに向けてサムズアップをすると、自信満々に言った。
『大丈夫、アンタは勝てるよ!!アンタの翼は──』
「…………」
一つ瞬きをすると、五年前の幻想は音もなく消え、ノーヴェが不思議そうな顔でこちらを見ている。
口の端で小さく笑うと、正面の相手を見据えた。
「[Eリング、ゼッケン1115、VS]」
「ハッ、試合前によそ見かよ、余裕綽々だなぁ!元天才少年様は」
「…………」
開始前から、そんな不躾な言葉が体を突いた。相手を見ると相手はかなり近い歳の少年だった。得物は……銃だった。
「…………」
「[ゼッケン1034]」
「?おいおい、まさか銃にビビるなんてことはねぇよな?この魔法文明のご時世で」
「……もちろん」
二丁のオートマチックの拳銃にそれぞれ銃剣を付けたようなそのフォルムは、おそらくは遠近双方に対応するためのものだろう。デバイスではないから模造品だが、魔法弾の発射サポート機構として最低限のものは備えているし、刃のほうは本物のような鋭い光沢を放っている。
「そいつは結構、ビビって動けねー相手なんぞ興ざめも良い所だからなぁ……」
「[Eリング、スタンバイ、セット!]
「相手が過去の遺物とはいえ、少しは楽しませて貰わなきゃ」
「…………」
嘲笑するように歪む表情を、クラナは正面から受け止める。真っすぐに見つめあったその顔は、明らかにこちらの反応をうかがって面白がっていた。
「[レディ──]」
「参加した意味が、ねぇってもんだ!!」
「[──ゴー!!]」
開始の合図がなる、と同時に、相手は銃口をこちらに向けた。クラナがその場から飛びのくのと同時に、小さな、けれどはっきりとした発射音が次々に響き一瞬前まで自分の居た場所を穿つ。
「そらそらそらぁ!!」
「…………!」
IMの選考会、予選に置いて、原則的にリングは円形で平坦なシンプルなリングだ。その円周を沿うようにして、クラナは時計周りに走り出す。それを追うように、少年は魔法弾を撃ちまくった。
少年の弾丸は、高速型の直線弾、分かり易く言えば、ライノのフォトンランサーと性質を同じくするものだ。ただし、デバイスの支援がないためだろう。口径はかなり小口径で、一撃必殺というほどの威力はない。
ただ、貫通力とストッピングパワーを重視しているらしいこの高速弾は、地面に命中するたびに大きな音を立てている。おそらく、一発でも当たれば体を硬直させられ、そのまま連射を浴びてアウトだ。
「どうしたどうしたぁ!お得意の加速魔法はデバイスなしじゃ使えねぇかぁ?拳のレンジの外でアンタみたいな旧世代のファイターに何が出来る!?」
「……?」
どこか含みを感じる言い方に、何が言いたい?という意味を込めて少年をにらみつける、するとそれを察したのか、或いはひとり言か即座に答えが返ってきた。
「古いんだよぉ、お前も他の近接格闘戦技なんぞ使ってる馬鹿どもも!IMの主流派とっくの昔に武器戦闘なんだっつーの!!今だに拳だの素手だの夢見てんじゃねぇよ阿呆が!ましてアンタみてぇな過去の遺物が、今更表に出て格好付けようなんぞ調子くれてんじゃねぇぞオラァ!」
「……ふぅん」
なんというか、小物感丸出しである。初等部の子供でもこのようなことを言ったりはしないような気もするが、まぁこの年代の子供にはよくあることだ。
ただ……
“近接格闘戦技なんざ使ってる馬鹿ども”は少しいただけない。
「(じゃあ……)ふッ!」
「!なろ……!」
クンッ!と、クラナが直角にコースを変えた。一直線に自分に向かい前傾姿勢で姿勢を低くしながら迫り来るクラナに対して少年は慌てて銃口を下げて対応しようとするが、急激な動きに反応が付いていかず射軸を下げるのが決定的に遅れる。
その時間だけで、クラナが懐に入るには十分だ。
「しまっ……!!」
「…………!」
真っすぐに構えていた両腕を左右に弾き、一気に懐で拳を振りかぶる。右のストレート……!
「なん、てなぁ!!」
「……!」
突然、少年とクラナの間にミッド式の魔法陣が現れた。高速発動を重視した、簡易的な物理防御魔法。
咄嗟の判断ではない。おそらく懐に入られることまでは読んだ上で、あらかじめ発動を待機しておいたのだろう。自分の策が見事にはまったことへの歓喜か、勝利への確信か、少年の顔に笑みが浮かぶ。そしてそれが……
「ストームトゥース……!」
「ごっ……ばぁっ!?」
次の瞬間、吹き飛んだ。
────
「えっ!?」
「早い……!?」
「ヴィヴィオ、見えたか?」
「えっ?あ、はい!あれって確か……」
ライノの問いに、ヴィヴィオは一瞬詰まってから即座にうなづく。
ヴィヴィオの目には、コロナやリオにとらえきれなかったクラナの動きがはっきりととらえられていた。
クラナは右の打ち下ろしと左の打ち上げを、ほとんど同時ともいえるスピードではなったのだ。その一撃目が防御を砕き、二撃目で、とどめを刺した。ただこれは……
「おう、スバルさんの、射砲格闘戦技系コンビネーションだな」
そう、これは本来、純粋な近接格闘戦技というよりは、スバルが使うシューティング・アーツのコンビネーション打撃の系統の一つである。連撃よりもより一撃の重さを重視した拳であったからこそ、簡易的とはいえ防御魔法を砕くほどの威力を出したのだ。
────
「……他人戦い方への印象は自由だけどさ」
左手を軽く振って、完全に気絶した少年に背を向けて、クラナは言った。
「そういうの云々いう前に、まずは簡単な礼節から学びなおせよ」
やや呆れがちな顔をして、クラナはリングから降りる。微笑したノーヴェが、彼を出迎えた。
「お疲れさん。なんか色々言われてたが、大丈夫か?」
「あー、えっと……」
後ろでに髪をポリポリと掻いて、クラナはやや目を泳がせる。
まさか「近接格闘戦技を使う人間を馬鹿にされた」が「妹とその友人を馬鹿にされた」に変換されて、それにムッとして様子見をやめ、一気に攻め込んだ。などというわけにもいかない。
『まぁ、よくあることなので。男子では』
『そう、なのか』
これは、嘘ではない。実際に、この手の挑発や煽り文句は男子の部では割と日常茶飯事なのだ。
酷いときはただの罵り合いから喧嘩のような試合にまでなってしまうこともあるほどで、ある意味ではそれが女子の部とは違う面白さの一つだというファンもいるほどである。
『それで、どう、でしたか?試合見て……』
『あ?まぁ内容自体としては悪くないが、お前今日は少し調子を確かめつつ行くみたいなこと言ってなかったか?行き成り攻めに行ったから驚いたんだが……』
『あ、えっと……』
言葉に詰まったクラナに、ノーヴェは少しして何かを察したように呆れ顔をした後、微苦笑してクラナの肩をポンポン、と叩く。
『ま、どこにカチンときたのかはなんとなく分かるが、自重しろよ?相手のペースに乗せられるような危うさは出来るだけ無い方がいい』
『はい……すみません』
『わかりゃ良い、正直向こうの言い草自体は、アタシも気に食わなかったしな』
チビども馬鹿にされてるみてーで、と、カラカラと笑うノーヴェに苦笑して、クラナはリングを後にした。
庫のようにして、クラナ・ディリフス・タカマチのIM一戦目は、まさしく瞬く間に終了したのである。
────
それからしばらく後、男子の部の選考会におけるすべての試合が終わり、
「なんだか、あっというまだったね」
「うん……なんだか、一瞬過ぎてちょっと夢みたい……」
「そうですね……」
「でも、あれならきっといい結果が出るよね!」
期待を込めて三人に言ったリオの言葉に、ディエチがうなづく。
「うん、期待持ってよさそう、だね」
「ま、そこんとこは心配いらねーだろ、あの試合運びならな」
微笑して言ったライノに、スルトが肩をすくめて首を横に振る。
「つーかよ、相手がなぁ、もうちょい粘るかと思ったんだがなぁ」
「おい、敗者を辱めるな」
「ん、そだな」
シュウのいうことに珍しくスルトが素直にうなづいた。が、その流れをぶった切るように……
「……観察する時間も無かった、持たなすぎ、口先だけの奴」
[ピーチクパーチクするだけなら鳥にもできますからねぇ]
「ちょっ、え、エーデル……」
バッサリと切って捨てたエーデルを、セイルが宥めるようにいさめる、そんな彼を、アインハルトがどこか意外そうに見た。
「シュタインさんは、怒っていらっしゃるのでしょうか……?」
「そうかも知れません」
独り言のようなその呟きに、ちょうど彼女の近くにいたレイシアが答える。
「シュタインさんは、普段は穏やかな方ですが、リング上ではとても礼節を重んじていらっしゃいますから。ああいった手合いの方には特に……」
「礼節……」
現代に置いて武道、と呼ばれるものには、大まかに分けて二種類の分類がある。
主に対象の殺傷、制圧をより効率的に行う事を主眼に置いて発展してきた古武道(古武術)と呼ばれるものと、武道の技術を磨く上での鍛錬を通じて、その人格を磨き、精神性を高めることを目的とした、現代武道である。
もちろん武道というものはおよそ発展する過程に置いて、古武道にせよ現代武道にせよそれらの力を持つものの責任と心構えを教えてきたものも多いため、二つがごっちゃになったものも存在する。
アインハルトの使う覇王流は、むろん古武道に属するもので、その主眼は戦場における制圧力に置かれている。
とするとエーデルは……
「(何かしらの武道を……?)」
そこまでは思い当たったがそれ以上を判断するには材料が足りない。少しだけ興味深げにエーデルを見たその瞳は、視線をこちらに向けたエーデルと目があいそうになったためにそらされた。そこに……
「あ、ノーヴェ」
「おう、なんだよ、ずいぶん大所帯だな……って」
その場にいたメンバーを見回して、ノーヴェは驚いたように目を丸くした。後ろから歩いてきたクラナも、やや所在なさげに頬を掻いている。
「おいおいなんだその面子……ライノ、お前か?」
「いや、俺つったら俺ですけど、どっちかっつーとこいつらが勝手に集まってきたんですよ」
「あはは……どうも、初めまして」
「……ん」
「申し訳ない、チームメンバーの集まりに。お邪魔しています」
「アンタがこいつらのコーチなのか?」
シュウが頭を下げる横でスルトが軽い調子で尋ねる、と、シュウに頭をどつかれた。
「いてっ」
「礼儀を少しは覚えろ貴様は……」
「はは……あぁ、一応そういうことになってる。ノーヴェ・ナカジマだよろしく頼む、んでこっちが……」
苦笑しながら片目を閉じて返したノーヴェは即座に隣に立ったクラナを指した。彼らが誰を目当てで来たのか、正しく理解しているのだ。
「……クラナ・ディリフス・タカマチです。初めまして……と、久しぶり?」
「え?」
「おっ」
スルトとセイルを交互に見てそんなことを言ったクラナに、当人たちが意外そうに声を上げた。
「あれ、会ったことあるっけ?」
「俺もこいつも記憶にゃねぇが……」
「……無いけど……大会は、同期だったから」
頬を掻きながらやや恥ずかし気にそんなことを言うクラナに、やや緊張した面持ちだった男子メンバーの表情が、一気に和らいだ。セイルがどこかしみじみとした様子で言う。
「そっか、嬉しいな……」
「?」
「あはは……前の大会の時は、ちゃんと向かい合う実力なんてなかったから、雲の上の存在みたいに見てて、さ。でも今は、ちゃんと胸を張って、君に自己紹介が出来る」
言いながら右手を差し出してきた真っすぐなセイルの眼差しに、クラナは少しだけ目を丸くしてから、心地よさそうに小さく微笑んで同じく右手を差し出す。
「セイル・エアハートです。よろしくね、クラナ」
「あぁ」
名前で呼ばれることも、気にならなかった。
しっかりと手を握り合い握手を交わすと、後ろからスルトが進み出る。
「んじゃ、俺もだな。スルト・カグツチだ。よろしく頼むぜ?」
「お願い、します」
互いに小さく笑いながら強めの握手をかわす、と後ろで様子を見ていたシュウが、コホンと一つ咳払い。
「ふむ、我々もいいか?」
「おう、もちろんだぜ委員長?」
「誰が委員長だ」
からかうように言ったスルトを一つにらむと、シュウはクラナの前に進み出る。
「シュウ・ランドルフィーネだ。会えてうれしい、白翼」
「こちらこそ、です」
やや長めの握手の後に、最後に気だるげな顔をした、エーデルが進み出た。
「……エーデル・シュタイン。よろしく」
のんびりと差し出した手を取って握手を交わす。と、その瞳が、他の面子よりやや真っすぐに自分を射抜いていることに気が付く。
「……(あぁ、なるほど)」
クラナは不意に納得したように表情を真剣なものに変えて、その瞳を真正面から受け止めた。
若干にらみ合うようにも見えるその光景を見て、リオが隣のコロナに小さく耳打ちする。
「……なんだか、ちょっと火花が散っているような……」
「うん……」
「お、いいとこに気が付いた」
ニヤリと笑って、いつの間にか近くに居たライノが言った。
「ま、宣戦布告も兼ねてんのさ、この挨拶は。……特にエーデルはな」
「えっ?」
「どういう……」
「彼奴は予選4組だからな、勝ち進めば、この中で一番初めにクラナと当たるのは……アイツだ」
「あっ」
「だから……」
あんなにも火花を散らしているのかと、納得したように二人が彼らを見直したときには、すでに二人は視線を外したところだった。
「……ちょうどいい、ここで選考結果を言っちまうか」
「えっ?いいのですか?ノーヴェ姉様」
不意に、あっけらかんとそんなことを言った。ディードが驚いて聞き返すが当のノーヴェはというと、肩をすくめただけで答える。
「クラナ、良いだろ?」
「……はい」
通常、選手の情報は他の選手に漏らさない物だが、選考結果などは少し調べればすぐに分かることだ。隠す意味がない。
「おっし、クラナは……四組、スーパーノービスからだ。チビ達と同じく、予想出来る限り、最高のスタートだな」
「……はい」
「わぁ!」
「やったぁ!!」
「これで選考会メンバーは全員スーパーノービスからですね!!」
うなづいたクラナのすぐ後ろで、リオとヴィヴィオが飛び上がって喜びを表現する。その様子に、発表までは当然といった様子で眺めていたシュウが、驚いたようにいった。
「ディリフスがスーパーノービスなのは、内容からすれば分かっていたが……」
「なんだ、嬢ちゃんたちもみんなそっからなのか」
「はい!」
「みんな一回勝てばエリートクラスに上がれるんです!!」
喜びを盛大に体で表現しながら返す子供たちに、男子のメンバーは感心したようにうなづく。
「初出場では、最高のスタートだよね……」
「……チームナカジマ、優秀」
先ほど聞いた名称を尊敬を込めて口にするエーデルに若干恥ずかしそうにしながら、ノーヴェが言った。
「うし!けどな、これはあくまでもスタートだ!勝負はここから、分かってんなお前ら!」
「「「「押忍!!」」」」
「オーっす!!」
「……押忍」
各々に返事をする面子に満足げにうなづいて、彼女は続けた。
「よし、んじゃあ今日は各自かえってしっかり体力を回復すること!後は試合当日に向けて調整するだけだ!気張っていくぞ!」
「「「「「おぉーーーーっ!!」」」」」
「……おーっ」
やや実感テンションが低いのもいるが気にしない。いよいよ本格的に、チームナカジマはIMにおけるスタートを切ったのである。
「ヘッヘヘ、こりゃあ……」
「我々も負けては居られんな、今日一日、少女たちに驚かされた礼をしなければ」
スルトとシュウが互いに笑い、短くうなづき合う。
「うん。僕らも頑張ろう、レイシア、帰ったら少し付き合ってくれる?」
「はい、セイル。なんでもお申し付けください」
セイルのやる気に、レイシアが微笑みを持って答える。
「……帰ろ、イーリス」
[はい!おや?マスター、機嫌よさそうですね~]
「……ん、きっと、クラナは、上がってくる」
[そうですね……帰ってからは、練習をなさいますか?]
「……ん」
イーリスに短くうなづいて、エーデルが歩き出す。
そう、彼は確信していた。クラナ・ディリフス・タカマチは、苦戦することも無く真っすぐに勝ち上がり、自分とぶつかる場所まで来るだろうと、思っていたのだ。
────
「……クラナ・ディリフス・タカマチくん……か。分析、しなきゃね」
────
この時は、まだ。
後書き
今回もあとがきは別となりますw
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