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Re:A-RISE

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ほのかな香りと優しい苦味

 
「さて、どうしたものかな」

 私は正直、途方に暮れていた。
 というのも、本来この時間帯はダンスレッスンなどで時間を費やしているから、こう予定が空いてしまうとどうしていいかわからなくなってしまう。
 トレーナーからは次に備えて体を休めることも大切だとの指摘を受けたが、事実身体に疲労感はあるものの、かといってじっとしてもいられなかった。
 他の二人は意気揚々と出かけて行ったようだが、私もあの辺りを見習わなくてはならないなと実感した。
 どちらかに一方に付いていくという選択肢もあったのだが、私達は友達や親友という間柄ではなく、いわば戦友ともいうべき関係だ。
 別に彼女らに好意や信頼がないわけじゃない。
 ただ友達同士のような馴れ合いでも、親友同士のような安息感とは違うもの。
 高みに対して全力で取り組む姿勢。助け合いはあっても、特に彼女らにだけは絶対に負けたくないという意地。
 おそらくそれは、他の二人も抱いている感情なのだろう。
 スクールアイドルという活動に対して、私は最初は偏見を抱いていた。
 女であれば、誰しもがお姫様になりたいという夢物語を抱くものなのだろうが、私にはそれが理解できなかった。
 別にそういったものが嫌いというわけではない。
 むしろ可愛らしいぬいぐるみや小物なんかは部屋にもいくつか置いてある。
 ただそれに、魔法をかけられて舞踏会で踊るような、そんな世界には自分は相応しくないと思っていた。
 幼少の頃から学業に対しての英才教育を受けてきて、友達と呼べるような人間にはついには巡り合うことはなかった。
 私自身、それは今でも変わらないのだがあまり人付き合いというものが得意ではない。
 学校でもクラスメートと会話をすることはあったが、それでも友達といえるような関係には至らなかった。
 いつ頃だったか、一度母親に連れられて日本舞踊の名家に連れて行ってもらった事がある。
 なんでも、そこの次期跡取りとなる者が私と年が近いという事もあり、母なりの配慮だったのだろうと今なら理解できる。
 結局その子とは、その時には会話一つまともにできなかったが。

「こんにちわ」

「あぅ……」

「こらこら海未さん、お客様に失礼ですよ」

 背中まである長い黒髪、その子の母親に似て綺麗な顔立ち。和服の似合う、大和撫子というに相応しい少女だった。
 気弱な感じも、また保護欲をさそうような感じがむしろ好感をもてた記憶がある。
 ただそんな心構えで、果たして人前で舞などできるのだろうかと思ったのだが、どうやら杞憂のようだった。
 ひとたび始まれば、まだ粗削りながらも堂々としたその子の舞は、日本舞踊に疎い私でも素直に美しいと感じれるものだった。
 まぁ、終わった途端に母親の後ろに隠れてしまたのだけれど。

「ああ、うみちゃんおわったー?ねぇねぇあそぼー」

「ほのかちゃんダメだよぉ、勝手に入っちゃ」

 その子の友達だろうか。まるで太陽のように明るい笑顔の女の子と、小鳥のように綺麗な声のした女の子が二人、道場へと入ってきた。
 母親は苦笑いを浮かべながらも、優しく「いってらっしゃい」とその子を友達二人の元へと促す。
 先ほどまで不安な表情を浮かべていたその子も、友達二人の元へ行った途端に笑顔を浮かべていた。
 年相応の、可愛らしい女の子の笑顔だ。

 その日の出来事は、私にとっては割と重要な意味を持つことになった。
 人前で踊るという事と、そして……


「ん?こんなところに喫茶店なんかあったんだな」

 物思いに耽りながら街を歩いていると、ふと一軒の喫茶店が目に留まった。
 看板には『ダイシー・カフェ』と書いてある。
 ここらで一息入れるのも悪くないと思い、私は店の扉を押した。
 店に入ると先ず目に入ってきたのはカウンター、次に数人が座れる大きな丸いテーブルがいくつか並んでいて、奥には年代を感じさせるジュークボックスが置かれている。
 内装はお世辞にも綺麗とは言えないが、一目で私はこの店が気に入った。
 可愛いものも人並みには好きだが、どうやらこういう雰囲気のほうが性に合っているらしい。
 以前に一度、ツバサとあんじゅと三人でカフェに行った事がある。
 そこは女子高生の間では人気の店で、中でもそこの巨大パフェが絶品なんだとか。
 ラブライブに優勝した自分たちへのご褒美としてそれを食べに行ったのだが、店内に入って早々にファンの子達に騒がれてしまい、結局食べないままその店は出てきてしまった。
 以来私は、ああいう人の多いところに対して抵抗を感じるようになっていた。
 スクールアイドルとして知名度が上がった証拠ではあるし、注目されるのは悪い気分ではない。
 が、やはり苦手なものは苦手なのだ。

「おう、いらっしゃい。なんだ珍しいな、あんたみたいな女の子がこんな寂れた店に来るなんて」

「そうですか?私はこういった雰囲気のお店は好きですが」

「はは、そいつぁ嬉しいね。じゃあ、こちらへどうぞ。お嬢さん」

 店の店主だろうか。
 私は促されるままに、カウンターの椅子に腰を掛けた。

「それで、ご注文は?言っちゃなんだが、意外と味には自信があるんだぜ」

「では……珈琲を一つ、ホットで」

「あいよ」

 接客業などは詳しくはないが、ここの店主はそういった意味ではむいているかどうかと問われれば微妙なところだ。
 百八十センチはある体躯は筋肉と脂肪にがっちりと包まれ、その上に乗った顔は悪役レスラーさながらの、ごつごつとした岩から削り出したかのような造作だ。髪型もつるつるのスキンヘッドで肌の色は褐色。
 一見すると、まるで洋画にでも出ていそうな悪人顔である。しかしそれでいて、笑うと実に愛嬌のある、味な顔をしているのだ。年齢は二十代後半だろうか。

「どうぞ、お待ちどうさん。熱いから気ぃつけろよ」

「ありがとうございます」

 カップを持ち、口元に運ぶ。
 鼻孔をほのかな珈琲の香りがくすぐってくる。ふわりと優しく、それでいて香ばしい香りは私の好みだ。
 味も申し分ない。
 普段から珈琲を嗜んでいるわけではないのだが、この苦味は癖になりそうだ。
 ツバサは猫舌だし、あんじゅには苦すぎるだろう。
 ふと、あの二人の子供っぽい一面を思い返し、私は笑みをこぼした。
 それを見ていた店主は、怪訝な表情を浮かべている。

「どうした?不味、かった?」

 その問いかけに、私は加えて笑ってしまった。

「いえ、申し訳ありません。とても美味しいですよ。ただ……」

「ただ?」

 そこで言葉に詰まったのは、私がこれから口にしようとした言葉が果たして正しいのかどうかと思ってしまったからだ。
 ツバサやあんじゅは私にとって、なんなのだろう?
 友達や親友というような間柄じゃない。そう、彼女とらは戦友なのだ。
 でも、何故だかそれを口には出せなかった。

「あぁ、すいません。ただ知り合いの女の子二人は、ちょっと苦手なんじゃないかと思って」

「んん、結構自信作なんだがなぁ」

 頭をぺちぺちと叩きながら、店主は困り顔を浮かべる。
 私自身はこの珈琲は気に入ったのだが、どうやら誤解を生んだらしい。
 やはり私はこういった社交的なやり取りは苦手だ。
 しかし、社交的というのにも、いささか疑問が残る。
 個人の意見としてこの珈琲の味や香りは気に入ったのだから、なにも着飾らずに素直に感想を言うべきなのだろう。
 改めて私は店主の方へと向き直った。

「これはとても美味しいですよ。ほのかな香りと苦味がとても心地いいです。その子たちはこういった大人っぽい飲み物よりは、むしろ女の子らしいものが好きなようなので」

「はっはっはっ」

「な、何かおかしかったでしょうか?」

 今度は私が困惑を浮かべてしまう。
 それを見かねてか、店主はくっくと口元を抑えながら説明し始めた。

「いやなに、あんただって十分に女の子じゃねえか。確か、あれだろ?アライズっつうスクールアイドルってのやってんだってな」

 いかつい顔からもっとも似合わないであろう言葉に、私は思わず固まってしまった。
 見て間に反してこの店主、もしやアイドルオタクというやつなのだろうか。

「うちのカミさんが、あんたらのファンでな。っと……確か名前は」

「あぁ、すいません。統堂英玲奈といいます」

「そうそう、英玲奈だ。俺はこの店のマスター、アンドリュー・ギルバート・ミルズ。生まれも育ちも東京のアフリカ系アメリカ人だ。よろしくな」

「はい、よろしくお願いします、アンドリューさん」

「なんか新鮮だなぁ、その呼ばれ方するのは」

「というと?」

「いやなに、ここに来る連中にはエギルって名の方が通ってるからよ。本名で呼ばれるなんてなぁうちのカミさんぐらいのもんだからな」

 確かアンドリュー・ギルバート・ミルズ、という名前のはずだ。愛称にしてはエギルというのは、いささか疑問が残る。
 しかし、次のアンドリューの言葉でその疑問はいくつか解消した。

「エギルってなぁ俺がゲーム内で使ってる、いわばハンドルネームってやつでな。ここに来る奴らのほとんどもカミさんとも、ゲームん中で知り合ったんだよ。まぁカミさんも昔はエギルって呼んでたが、結婚してからはお互いに本名で呼ぶようになったな」

「ゲームの中で知り合った方と結婚、ですか」

「おう」

 にわかには信じられない話だった。というのも、私自身がそういうものを全く経験したことが無いことが起因しているに他ならない。
 確かSNAのゲーム内で親交を深め、実際に会ったりするという話は聞いたことぐらいはあるのだが、それが結婚まで至るというのは、やはりどうも現実離れしているような話に私は思えた。
 しかし、想像しがたいという理由に関しては、容易に答えが見つかる。
 私自身が人との、他人との距離を縮めるのを得意としていないからだ。
 UTXに入学して、ツバサとあんじゅと出会い、A-RISEとして活動を始めた。
 そして、ラブライブ優勝という大きな目標を達成した今となっても、やはりまだ心のどこかで彼女らに対しての距離というものを、自分の中で抱えてしまっている。
 いつもはそんな思考にはならないのだが、この時だけは何故か、誰かに話を聞いてほしくなった。

「アンドリューさん」

「ん?どうしたよ」

「実は、初対面の方にこういった話をするのは心苦しいのですが……聞いていただけないでしょうか?」

「おう、全然構わねぇぜ。むしろ、こんな可愛い嬢ちゃんに頼られてるんだ。それを無下にしたら男が廃るってもんだ」

 思わず笑いがこみ上げる。
 きっとこの人の人柄なのだろう、私がこういう気分になれたのも。
 珈琲を新しく注文し、それを飲みながら私は、彼に自分が抱えてるものを一つ一つ話す事にした。



「なるほどな」

 私が話し終わった後、アンドリューはただ一言だけそう言った。
 こういう自分の気持ちを、こんな風に誰かに話したのは初めての事だった。
 恥ずかしくもあり、同時になんだか心が軽くなったような気がする。

「お恥ずかしい話をしてしまいましたね」

「なに、構わねぇって。そうだなぁ……英玲奈はその二人とどうなりてぇんだ?」

「どうなりたい、ですか?」

「ああ」

「そうですね……やはりもっと高みを目指していきたいと思います」

「ま、そう言うだろうなとは思ったけどよ」

「どういう事ですか?」

 彼の問いかけに対しては、今のは正しい回答だったと思う。
 ツバサとあんじゅとどうなりたいかと問われれば、私はもっと高みを目指していきたいと心の底から思っているし。彼女らもそう思っているはずだ。
 これは私個人の考えではなく、確信だ。
 事実、ツバサの次のライブに向けての意気込みは、正直私も気圧されるほど強いものだし、あんじゅだって見た目こそふわふわとした印象だが、人一倍努力家だ。
 今後のことなんか聞かれたって、そう答えるに決まっている。
 しかしアンドリューの反応は、私がまったく的外れな回答をしているかのような反応だった。
 また、その的外れの回答をすることも見越しているような素振りをする。
 では一体、彼は私に何を求めているというのだろうか。

「あのよぉ、その高みを目指したいってなぁA-RISEでの目標であって、お前個人の気持ちって訳じゃねぇと思うんだ」

「な!?私の考えなのだから、私の気持ちじゃないか!」

 途端口調が荒くなってしまう。
 大きな声(といっても、そこまで大きくはないが)に自分自身が驚いてしまう。
 やってしまった。
 初対面の、ましてや相談を乗ってもらった相手に対して、なんと失礼な態度を取ってしまったのだろうか。
 私は後悔の念に押しつぶされそうになりながら、アンドリューに謝罪しようとして、ふと奇妙な感覚になる。
 というのも、アンドリューは怒るでも呆れるでもなく、笑っていたのだ。

「あ、あの……」

「そぉいうので良いんじゃねぇか」

「どう、いう……事でしょう」

「ようは自分の気持ちに素直になれってこった」

 自分の気持ちに素直になる事。
 その言葉は、ごく当たり前で、とても簡単で、私がもっとも憧れていた事なのかも知れないと思った。
 あの日、母親に連れられて行った日本舞踊の道場で会った女の子の事を思い出す。



「うみちゃん、今日は何してあそぶー?」

「ほ、ほのかがしたい事でいいよ」

「えー、ダメだよー。今日はうみちゃんがしたいことして遊ぶのー。ねー、ことりちゃん」

「うん、ことりもうみちゃんがしたい事だったら、なんでもしていいよ」

「は、恥ずかしいいよぉ」

「むー、さっきはあんなにかっこよくおどってたじゃーん」

「うんうん、かっこよかったよー」

「そ、そうかなぁ」

「うん。どうどうとしてるうみちゃん、ほのかはすきだよ」

「ことりも!」

「あ、ありがとう……」

「だから、そんなかっこいいうみちゃんがしたいことして遊んで、ほのかたちもうみちゃんみたいにかっこよくなるの」

「ことりも、うみちゃんがしたい事したいなぁ」

「ねーねー、いいでしょー」

「で、でも……」

「うみちゃん、おねがい」

「うう、ズルいよ…ことりちゃん」

「わーい、じゃあ何して遊ぶー?」

「えっと……じ、じゃあ……」



 人付き合いが苦手、言い方を変えれば自分の殻に閉じこもってしまう性格の私にとって、その光景は実に新鮮だったと同時に、憧れた。
 あの子のように、人を惹きつけるような踊りがしたい。
 あの子のように……

「自分の気持ちを素直に出せるような、そんな友達が欲しい」

「そうだな。友達ってなぁ人によって価値観はバラバラだ。だから、そこには絆ってのが大切になってくる」

「絆、ですか」

「英玲奈はそのA-RISEを通じて、他の二人との間に絆は生まれてると思わないのか?」

「うーん」

 厳しい練習、手に入れた栄光、次への目標。
 それらで得たものは、確かに私だけのものではない。今ならほんの少しだけ、そう思える気がした。
 そうか、これがきっとアンドリューのいう絆というものなんだろう。
 やはりツバサやあんじゅは私にとって、友達でも親友でもない、彼女らは戦友だ。
 今はまだ、それでいいと思う。
 ただ今までと違うのは、その戦友という言葉の持つ意味についてだ。
 まぁ、多分これは誰にも話す事がないだろうけど。
 正直、恥ずかしいしな。

 携帯が鳴る。
 手に取ってみると、ツバサからのlineだった。

『ジュース奢ってあげるから、今すぐ公園に集合』

 ふっ、相変わらず唐突な奴だなこいつは。
 すでに珈琲を二杯も飲んでるし、別に飲みたいわけではなかったけど、私は公園へと向かうことにした。
 今はただ、この戦友の顔が無償に見たくなっていたのだ。

「ありがとう、お陰でなんだかスッキリしたよ」

「良いって事よ。今度遊びに来る時は、他の二人も連れてきな。うちのカミさんも喜ぶだろうし、特製の料理をご馳走してやるよ」

「そうか。ああ、楽しみにしている」

「おう、またな」

 いつしかくだけた話し方になっていた私に対しても、エギルは特に顔色を変えることもなく、むしろ友好的な笑みを浮かべてくれた。
 会計を済ませてから外に出る。路地を通り抜ける風が、夏がそろそろ終わるのだという事を教えてくれた。
 大通りに出た辺りで、あんじゅと会った。
 まったく、こんな人の多いところでそんな大声を出すな。

「ん?なんか良いことでもあったの」

「別に、ちょっとお気に入りの珈琲を出してくれる店を見つけてな」

「うっげぇ、あんな苦いもののどこが良いのかしら。英玲奈ってホント、可愛くなーい」

「味の好みは関係ないだろう」



 私とあんじゅはツバサの待つ公園へと歩き出した。
 道すがらたわいもない話をするその姿は、まるで……。
 
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