サウスポー
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4部分:第四章
第四章
一年の秋の予選だった。春の選抜の予選で彼はまだ一年だがエースに選ばれ好投を続けていた。そして秋の県大会で決勝にまで至ったのだった。
「ここで勝てば」
「甲子園は間違いない」
誰もがそう思っていた。確かにここで勝てば地域大会にも出場できる。甲子園までの距離が大きく狭まる試合なのは確かであった。
「勝てるか?」
「勝てよ」
誰もがマウンドに立つ一三を見ていた。
「この試合で勝てば本当に」
「甲子園だからな」
マウンドに立つ一三もこのことはよくわかっていた。彼はマウンドに立ちながら後ろを振り返った。そこにはスコアボードがった。
今は二点差だった。彼の学校が勝っている。彼は八回まで相手チームを無失点に抑え遂に九回にまで来たのである。ラストイニングに。
この回を抑えれば優勝だった。つまり最後の関門であった。
あと三人。だがここで彼は。突如としてその自慢のコントロールを乱してしまった。
フォアボールを二つ出してしまった。無死一、二塁。ホームランが出ればそれで終わりという苦しい状況を自分から作ってしまったのだった。
「おいおい、ここでかよ」
「ランナー二人か」
彼の高校の面々はこの事態に顔を曇らさざるを得なかった。
「ここで一発出たらな」
「終わりだな」
「ああ」
このことは彼等もよくわかっていたのだった。
「まさかとは思うけれどな」
「近藤に限ってな」
「いや、わからんぞ」
楽観論と悲観論が交錯していた。
「物事には絶対はないしな。しかも」
「しかも?」
「向こうは一発のあるのが三人続くんだぞ」
その最も怖い力のあるバッターが続くのだった。しかもアウトを取らなければならない数だけである。
「だからな。ここは」
「まずいか」
「覚悟はしておくことだな」
こう言われるのだった。
「何があってもな」
「祈るか」
こうした言葉まで出された。
「あいつが抑えるようにな」
「そうするか」
こんな話までやり取りされるような危機的な状況だった。だがマウンドにいる一三自身は至って冷静だった。一年先輩であるキャッチャーの田所雄三が心配する顔でマウンドに来ても落ち着いた表情をしていた。
「安心して下さい」
「いけるのか?」
「かえって落ち着きました」
こう言う程だった。
「フォアボール二つ出して」
「それでか」
「ええ、かえって」
また言うのであった。
「落ち着きました」
「じゃあいけるか?」
「いけます」
はっきりとした顔で答えたのだった。
「やらせて下さい」
「わかった。そこまで言うのだったらな」
田所も彼のその言葉を受けて納得した顔で頷いた。
「監督にも俺から言っておくな」
「御願いします」
「あと三人か」
ここで田所は言った。彼から見て正面にあるそのスコアボードを見つつ。
「三人だな」
「それで甲子園ですね」
「ああ、そうだ」
県大会で優勝すれば流石にだった。春の選抜はこうしたところは今一つ曖昧なところがあるがそれでも大きいことは間違いがなかった。
「甲子園のマウンドに立ちたいな」
「はい」
田所の言葉にこくりと頷いた。
「やっぱり。それは」
「甲子園に行きたくない奴なんていないさ」
これは高校球児なら誰でもであった。まさに甲子園は彼等にとっては憧れの地なのだ。これは高校野球ができた時から変わることはない。
「俺も御前もな」
「はい。ですから」
「抑えろ」
田所は一三の心を受けていた。
「あと三人。いいな」
「わかりました」
こうして彼は引き続き投げることになった。あと三人。この三人を何があっても抑える為に。
まずは一人。カーブとストレートを効果的に使って三振に抑えた。この時はとりわけカーブが効いた。
「これでまずは一人だな」
「あと二人か」
グラウンドも観客席もこのことでとりあえずは安心した。あくまで彼の高校側は、であるが。
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