サウスポー
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10部分:第十章
第十章
「シュートは」
「はじめて!?」
「あれでか」
「上手くいくかどうか」
その顔が不安なものになった。
「正直不安でした」
「それでも投げたのか」
「ボールは全部読まれていました」
これは今までの、そして今の打席でも明らかだった。
「完全に」
「それはそうだな」
「確かにな」
このことはナインも明らかにわかることだった。何故なら彼等もグラウンドにいたからだ。そして一三と共に闘っていたからである。
「だがそれでも」
「よく投げたな」
「賭けでした」
言いながら大きく息を吐き出した。
「本当に」
「御前が!?」
「賭け!?」
「はい、産まれてはじめてです」
自分でも言うのだった。
「本当に。ですが」
「投げた」
「シュートを」
「何とか上手くいきましたね」
「上手くいったからいいけれどな」
「一歩遅れたら」
「はい、それはもう」
ここから先は言うまでもなかった。だがそれでもだった。
「勝ちました」
「ああ、そうだな」
「勝った」
これは間違いなかった。勝った、この現実は確かなものだった。
「御前は勝ったな」
「この勝負に。そして」
「甲子園だ」
これもまた確かなことだった。甲子園に行ける、勝者が掴むことのできる確実なものであった。このこともまた確かなことであった。
「俺達は甲子園だ」
「御前のシュートでな」
「いえ、僕だけじゃないです」
しかし一三は言った。
「失敗しても」
「失敗しても?」
「先輩達がいたから」
彼は言う。
「若し打たれても取ってくれると思ったから」
「投げたのか」
「はい、わかりました」
言葉を続けるのだった。
「野球は一人でやるものじゃないってことが」
「それは言うまでもないだろ?」
「野球は」
「今まで以上にですよ。本当に」
顔を少し俯かせる。俯かせたその顔からはまだ汗が流れている。その汗がキラキラと輝きマウンドに落ちていく。その汗はナインからも見られていた。
「誰かがいて。ですから」
「投げられるのか」
「この左腕も」
今度は己の左腕を見たのだった。
「一人のものじゃないんですね」
「皆の為のものか」
「俺達の」
「はい、そうです」
ここでも己の左腕を見ている。
「ですから僕はこれからも」
「投げるんだな」
「マウンドで」
「それでいいですよね」
今マウンドに集まっているそのナイン達に向けての言葉であった。
「僕はそれで」
「ああ、それでな」
「いいと思うぞ」
「わかりました」
一三は先輩達の言葉に頷いた。頷きながらその顔をあげるのだった。
「それじゃあこれからも」
「よし、じゃあ行くぞ」
一人が彼に声をかけた。
「甲子園にな」
「いいな」
「はいっ」
他のメンバーも声をかけたここで先程のそれよりも大きく頷いたのだった。
「じゃあそれで僕は」
「なげろるんだ」
「わかりました」
これで彼の投げ方が決まったのだった。この春の選抜もそれからも投げ続け三年の時には春夏連覇の原動力になった。だがそれでも彼はそれに驕らず周りに感謝の心を向け続けていた。そうしてドラフトにおいて。彼はあるマスコミを親会社に受けている球団から一位指名されたのだが。
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