ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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GGO
~銃声と硝煙の輪舞~
Girls over
リラとミナは砂漠地帯を抜け、廃都地帯を経由してフィールド南東部、鬱蒼と茂る樹木が視界を遮る森林エリアに来ていた。
十キロ近くも離れていたからか、対岸の火事のようにあまり脅威が理解できていなかった謎の白い巨人も、山岳地帯と隣接するここならば木々の隙間から見なくてもその存在をありありと肌で感じることができた。
その巨人が放ったものだろうか。少し前に、暗赤色のビームのようなものが同エリアから放たれ、西部の草原地帯に突き刺さったのが確認できた。その際に引き起こされた大爆発は、ひょっとするとGGOが始まってから最大規模だったかもしれない。
ミナほど熟練度はないにしろ取っている索敵スキルの暗視モードでもたらされる明度によって、リラは危なっかしくも夜の森を疾駆する。
「ね、ねぇリラちゃん」
並走するミナが、久しぶりに口を開いた。
「リラちゃんの言う森の中に隠した《あれ》って、こないだ砂クジラからドロップした《あれ》のことでいいんだよね?」
「そうよ」
ぶっきらぼうに応じる少女の硬い声に、一瞬肩を縮こませたミナだったが、それでも弱々しく言葉を重ねる。
「で、でも、あんなので、あんなでっかいオバケを倒せるの……?」
ミナは言外に言う。
今まさに山岳エリアにおいて繰り広げられているであろう戦場に、自分達が立つ資格はあるのか、と。
ある、と。
少女は言い切った。
「あたし達にできることなんて、ほとんどないかもしれない」
それでころか、足手まといになって足を引っ張るだけ引っ張る結果になるかもしれない。
でも。
だけど。
「それでも、GGOはあたし達の世界だ!」
勝って、負けて、喜んで、怒って、泣いて、楽しんだ世界。
鉄くさい潤滑油の匂いだって、風に混じって漂う火薬の匂いだって、嫌いじゃない。荒み切って荒廃したところだが、それでも落ち着く場所だってお気に入りの景色だってあるし、何よりそこにだって見知った顔もある。
それを、原理だって理解できないあんなワケの分からないバケモノなんかに壊されてたまるか。
だから、リラは宣言する。
「あのクソ野郎は、あたしがブッ飛ばす!!」
取るに足らない存在かもしれない。
レンやユウキと比べたら、どうしようもなく小さく、弱くて、矮小で卑小なモノかもしれない。
だけれど、その意思は、その決意は。
きっと誰よりも強かっただろう。
少女の宣言に、その内包するモノに気圧されたように、ミナはそれ以上追及はしてこなかった。
代わりに。
「……で、リラちゃん。それってどこに隠したの?」
「もうそろそろだと思うんだけど……あった!」
危うく通り過ぎようとしていた樹木の幹についた、ナイフでできた横一文字の傷を見つけてリラは急制動をかけた。
森の地面はフィールド基部に薄く落ち葉が積もっているのと張り巡らされた根の凹凸のため、転倒の危険性が常にある。まして夜間はその手の地形バッドステータスにかかる確率が増すのだが、幸いにもブーツ底部のスパイクはがっちりと仮想の床を掴み、小柄な身体に真逆のベクトルを発生させた。
目的の木の根元辺り。うねうねと不規則に絡み合う太い根っこと、その上に薄く降り積もった葉のおかげでうまいこと見えなくなっている空洞にリラは腕を突っ込んだ。
うんうんと唸りながらもすぐさま引っこ抜かれた手には、円筒形の鉄製の物体が引っかかっていた。
長さはおよそ一メートルほど。本当にただの筒で中身は空洞であり、その直径は十センチくらい。中ほどに背負えるよう負い紐が据えられているが、それ以外は冷たい金属特有のの鈍い輝きを宿している。
「……《吸血鬼》」
放たれたミナの呟きに無言でうなずいたリラは、続いて洞穴の中からさらにもう一つの円筒と小さな箱にカメラのレンズを無理矢理くっつけたようなもの、がっしりとした三脚、そしてそれらを繋ぐ接続部品を取り出した。どうやら見た目からは分からないが、この洞穴、相当中が広がっているようだ。これでプレイヤーがハマったら完全に運営直々の罠である。
そして最後に取り出されたのは、まるで戦車の砲弾を小さくして引き伸ばしたような代物だった。ただ唯一気になるところは、先端部から太い棒が突き出し、その先端には更に膨らんでいることくらいか。
夜の帝王の異名を持つそれの正式名称は、ロシア語の携帯式対戦車擲弾発射器の頭文字をとった《RPG》シリーズ、《RPG-29》。
俗に言う、対戦車ロケットランチャーである。
リラの主武器であるブルーパーのカテゴリー、グレネードランチャーとロケットランチャーの違いは諸々あるが、その中でも一番の違いは、発射する時の差異だろう。
要するに、グレネードランチャーが従来の銃火器と同じように、ハンマーで弾丸のケツをブッ叩くことで推進能力を与えているのに対し、ロケットランチャーは弾頭そのものに推進能力が備わっているのだ。
そして、その弾頭を歩兵の手で運用できるよう開発されたRPGシリーズの中でも、この《吸血鬼》は一種伝説的な成果を過去に成し遂げたことがある機種である。
第三世代型主力戦車の真正面撃破。
対戦車兵器と銘打っているというのにこの戦果は変だろう、と思うだろうか。
ところが現代戦車のほとんどは、他ならないその装甲の硬さゆえに対戦車兵器をほとんど受け付けていない。割合装甲の薄い側面部ならともかく、真正面から第三世代をブチ抜いた対戦車兵器はこの《吸血鬼》ただ一つなのだ。
―――だが。
「これでも、あのバケモノは倒せないよ」
冷静に、冷淡に、いっそ冷酷に、ミナは言う。
GGO内で発見されている火器の中でも屈指の攻撃能力を持つ《吸血鬼》であっても、それはあくまでもシステム上のものであり、シンイという得体の知れない法則の中にあるあの巨人を倒せるようなものは期待できないかもしれない。
だが、その言葉にリラは笑う。
「かもしれない」
否定はしない。
だけど、肯定もしない。
「倒せるとは考えてない。だけど、あたしはこの世界を信じたい。この世界の強さを信じたい。たとえ相手がシンイとかってワケわかんないモノでも、それでもアイツは今ここにいる。この世界にちゃんといることには変わりないわ」
本体である二つの円筒を組み合わせ、全長二メートル弱もの巨筒をスリングで背負いながら、リラは言った。
「オバケみたいに存在自体があやふやなものじゃないのよ。だったら、ブッ飛ばせるってことじゃない!」
にっと笑ったその不敵な笑顔に、ミナは呆れ半分に口を開く。
「もう、リラちゃんったら。……勝算は?」
「もち!あるに決まってるでしょ!」
そう言って少女は、極力衝撃を与えないように平面なところに置かれていた弾頭に組み付いた。一分ほどいじくってがっぱりと開けられた内部を見、ミナは息を詰まらせた。
「うそ……これって……」
「ね?これならアイツも」
「…………てかリラちゃん」
「う、うっさいわね。有効利用よ、有効利用!」
バタン、と少々乱暴に外殻を閉じてから、少女は弾頭も持った。
ミナはデカい三脚と、ハンディカメラを大きくしたような箱を手に取る。
「で、でもさ、リラちゃん。これ、当てられるの?弾代がバカみたいに高いからって、ほとんど練習しなかったじゃない」
「うぬ……」
確かにそこは問題だ。この得物は高威力と引き換えに、反動を抑えるための必要筋力値がかなり要求される。ある程度は十二キロもある本体重量と三脚によって軽減されるが、それでもリラのステータスでは僅かに足りなかったのだ。当然、自分より敏捷値に多く割り振っているミナは論外。おそらく持てすらできないだろう
加えて、ロケットランチャーの放つ弾頭というのはミサイルなどと違い、無誘導である。それ自体が大きいため、当然速度も他の弾丸より遅く、風などの気候条件に左右されやすい。
GGOではシステムアシストの着弾予測円があるとはいえ、根本的なところはプレイヤー本人が行う。射手本人が風向きや目標との距離、高低差などを計算して放つ一弾と、何も考えずただスコープを覗いて撃った一弾が同じ命中率を誇る道理はない。
つまり。
「これを扱えるくらいの筋肉バカで、なおかつ命中精度良さそーなのといえば……」
ミナがおとがいに指を当て、リラが腕を組むこと数秒。
二人同時に、答えは出た。
「「―――――――あ」」
いた。
そんなヤツ。
細かい確認など必要なかった。
今や一翼しかない翼から降り注ぐ弾雨は、充分な退避ポイントが確保できるほどの風穴を《冥王》の黒槍を開け。
両腕から出る二条の大口径レーザーは、《絶剣》の持つ一振りの剣で立て続けに弾かれ、あらぬ方向へと強制的に曲げられる。
少女が握るのは、システムが規定しているアイテム武器ではない。
薄い紫色の燐光を放つ、剣の形をしたエネルギーの塊。
神装。
心意を心得る者の中でも一握りしか発言できないそれを、ユウキはその銘を唇に乗せながらついに振るう。
「絶世」
その音に。
その声に。
応えるかのように、呼応するかのように、片手剣の放つ溢れんばかりの光芒がその光度を増した。
ゾン!!と空気を溶断する恐るべき音とともに、刀身が煙るほどのスピードで神装が唸る。
一本一本が間違いなくこの世界――――どころかSAO内であっても最高クラスの破壊力を持つであろう光線を、あろうことか縦に引き裂いていく。
「せ、ああああああああああああああッ!!!」
絶対剛性。
そして絶対斬性。
それがユウキの神装、絶世の持つ属性なのだ。
優勢だった己の攻撃が次々と弾かれていく光景に恐れたのか、それともその反攻の起点となった少女の雄たけびに気圧されたのか、マークⅡの巨体が僅かに前傾姿勢を崩す。
その対応に、その行動に、アイコンタクトすらせずに二人は即座に反応した。
同時に、跳ぶ。
光剣と黒槍。
二つの神装が、体勢を崩したマークⅡを押し倒さんと突貫する。
クリアすぎていっそ毒々しい純白の装甲にそれぞれの切っ先が衝突し、大轟音が響き渡った。大量の光芒が宙空を舞い、少年と少女の手に痺れるような反動が返る。
――――そして、空を流れる光の粒子をまとめて薙ぎ払う巨大で長大な掌。
「「ッッ!!」」
いかに硬い剣であれ、いかに鋭い槍であれ、空中では大したこともできない。
ズバァ!!とその真っ白な表面に触れる前に、二人はその手のひらが運んできた風圧によって吹き飛ばされた。
赤茶けた岩盤にクレーターでも作るほどの勢いで突っ込む。辛うじて体勢を回復させたレンは、霞むほどの勢いで身体を回転させ、落下のダメージを流す。
だが、それでも無傷とはいかない。
無理な回転はアバターの各所から軋むような異音を発生させたし、岩盤に接触した皮膚からは削岩機にかけられたような痛みが再燃する。
「ダメだ、レン!硬すぎる!」
「くッそ!たぶん狂哀の力か……厄介だなァ!」
叩きつけるように言葉を交わす合間、飛来した巨大針をどうにか逸らす。だが、ギシリという音が手のひらを通して聞こえた。
本来、レンの神装《穿孔》は攻撃特化型のもの。必要以上に過剰な攻撃を受け続けていれば、外殻にガタが来るのは必然なのだ。
「レン、もうちょっと持ちこたえて!リラとミナが何か手を持ってくるはずだから!」
「それなんだけど、ホントにあの二人でどーにかなるの?心意も使えないのにさ」
「……大丈夫だよ」
攻撃を受けるたびに削られていく神装の力を感じながら、少年は聞いた。
透明な、少女の声を。
「信じよう、あの二人を」
「………………」
自然と。
唇が淡い笑みを浮かべているのに、遅れながら少年は気付いた。
その理由までは分からなかったが、それでも心が軽くなったのは分かった。
しょうがない、とレンは呟く。
巨人が体勢をもとの前傾姿勢に戻す。先刻やられた分を怒りとして噴出するかのように、各所に開けられたスリットから出る蒸気が五割増しの勢いを宿した。
マークⅡの背後が、陽炎のように歪む。
両腕の主砲のリチャージタイムが終了した合図だ。その証拠に、こちらを向く砲口の闇の中にちろつく昏い炎を視認する。
それを見、しかし逃げずに、少年は言う。
ただ一言、言う。
「行くよ」
「うん!」
二つの影が、疾走する。
後書き
なべさん「はい始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「今回は双子ちゃん達メインなのね」
なべさん「うむ。ALOではやらなかった独自ヒロインだからね。作っといて意味を持たせないのは冒涜だと思いましてん」
レン「でも彼女達で災禍の鎧を撃破するのはさすがに無理なんじゃ?」
なべさん「それは見てのお楽しみ。はい、自作キャラ、感想を送ってきてください!」
――To be continued――
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