コインの知らせ
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1部分:第一章
第一章
コインの知らせ
どうするか、それが問題であった。
「生きるべきか死すべきか」
ここで彼はシェークスピアの言葉を呟いた。
「何かどっちにするかってことだよな」
悩んでいる顔でまた呟く。
「どっちにするかだよなあ」
「ちょっとお兄ちゃん」
ここで部屋の外から小さな女の子の声が聞こえてきた。
「どっちにするの?」
「それを悩んでるんだろ」
彼は今家の中の自分の部屋にいる。そこの机に座って悩んでいたのだ。
「どうするかな」
「?何言ってるのよ」
だが女の子の声がその言葉に疑問符を投げ返すものであった。
「もう晩御飯よ」
「えっ!?」
そう言われて今度は彼が言葉に疑問符をつける番であった。
「そうなのか」
「そうなのかってもう七時半になってるわよ」
女の子の声はまた言う。
「おかずはハンバーグよ。お兄ちゃんの好物じゃない」
「ああ、ハンバーグか」
彼はそれを聞いてまた頷くのであった。
「じゃあ行くよ。それでいいよな」
「いいのかじゃなくて早く来てくれってことよ」
女の子の声はまた言ってきた。
「さもないとお母さんかんかんよ」
「げっ、そうなのか」
彼の母はかなりおっかないのだ。それこそ少しでも遅れるとエルボースタンプが飛んで来る。何と空手五段である。実家は道場で柔道六段の父、つまり夫とは勝負の末に結ばれたというとんでもない女傑なのである。
「わかったよ。じゃあ行くよ」
「そうした方がいいわよ」
「しかし。本当に決めないとな」
彼はあらためてまた思うのであった。
「どっちかにしないとな。本当に」
そう呟きながら立ち上がる。そうして下に降りて夕食を食べに行くのであった。
和風の今時珍しいちゃぶ台のところにはやたらとごつく大きい中年の男女と小柄で可愛らしい女の子、そして彼が一緒にいる。見れば彼もかなり大きい。
「卓也」
そのごつい中年の女傑が彼に声をかけてきた。見れば彼女の前のハンバーグは殆ど座蒲団の様なサイズである。その手の丼は普通の御椀の何杯分あるかわからない。
「遅かったんじゃないの?」
「そうかな」
「勉強でもしていたのかい?それともゲームかい?」
「いや、全然」
それははっきりと否定するのだった。
「それはないよ」
「じゃあ何なんだい?」
「ああ、別に」
とりあえず誤魔化すことにした。
「別にないから」
「好きな子でもできたってわけじゃないんだね」
「ああ、それはね」
ここでその彼卓也は微妙な顔になるのであった。
「それはないから」
「何だ、面白くないな」
今度はその巨大な中年の男が言ってきた。見れば童顔で顔は卓也にそっくりである。小さな女の子は女傑をかなり可愛くした感じである。どうやら二人共かなり異伝は上手くいったらしい。それを考えれば実に運がいいと言える。
「せめて告白されたとかだったらな」
「まあそれはね」
ここで言葉が少し微妙になる。
「何ていうかね」
「何かあったの?やっぱり」
「いや、だから何もないんだよ」
妹に言われてもそれを否定する卓也だった。それどころか話を誤魔化す為か逆に彼女に対して話を振るのだった。
「それより未菜」
「何?」
「御前最近帰るの遅くないか?」
「部活だからね」6
妹の未菜は普通の顔でハンバーグを食べながら言葉を返した。
「最近練習が厳しいのよ」
「そうだったのか」
「今度練習試合なのよ」
なお彼女は女子テニス部である。そこでエースなのだ。兄妹揃って抜群の運動神経を誇っていると言われている。
「それで練習がハードになってるの」
「ふうん」
「それ前言ったと思うけれど」
逆に妹から反撃を受けてしまった。
「憶えてないの?」
「ああ、御免。忘れてた」
「しっかりしてよ。まあ何もなにんだったらいいわ」
未菜もそれで納得するのだった。これで話は一旦終わった。
「おかわりは?」
「もう一杯」
卓也も未菜も丼を出す。見れば二人共本当によく食べる。育ち盛りにしてもその量はかなりのものであった。電子ジャーも殆ど商業用の大きさである。
「それ食べて力つけないとな」
「お兄ちゃん、それはあたしの台詞よ」
未菜が顔を顰めさせて言葉を返す。
「気をつけてよ」
「俺もなんだよ」
「俺も?」
「ああ、そうなんだよ」
「一体何なのよ」
それがはっきりしないまま夕食を食べていく。夕食を食べ終えた卓也はすぐに自分の部屋に帰ってまた考える。しかし暫く考えるうちに意を決した顔で呟くのだった。
「こうなったらあれだな」
そう言って机の引き出しから出したのは一枚のコインだった。十円玉である。
それを上に投げる。キラキラと輝いて回転しながら上から下に落ちていくコインを見ながらまた呟く。
「表なら。裏なら」
それで決めるつもりだった。今そのコインが机の上に落ちた。
「表か!?それとも裏か」
それが問題だった。果たしてどちらか。
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