シェフはフロイライン
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5部分:第五章
第五章
「フォーゲルヘルデさん!?」
「はい、私です」
またこの返事だった。
「私がこのザッハトルテとコーヒーをです」
「作って淹れられたのですか」
「そうだったのですか」
「驚かれましたか?」
「否定できないですよ」
一希は驚きのあまり日本語で言いかけた。しかし何とかドイツ語で言うことができた。そのうえでの今の言葉であった。
「そんな、どうして」
「私の仕事です」
「仕事ですか」
「はい、これが私の仕事です」
また言うエリザベートだった。
「今は日本で言うアルバイトですが」
「仕事ですね」
アルバイトは本来ドイツ語だ。日本のアルバイトとドイツのアルバイトでは意味が違う。しかしなのだった。
エリザベートはあえてだ。日本での意味でアルバイトを話したのであった。
「やがては。本当に」
「シェフになられるのですか」
「お菓子とコーヒーの」
「あの、しかし」
「貴族の生まれのことですね」
一希が何を言いたいのか察して。エリザベートの方から言ってきたのだった。
「だからですね」
「それにお家は」
彼女の家が資産家であることも知っている。だからこのことも言ったのである。
「それでもですか」
「そうです。それでもです」
「そうなのですか」
「この仕事が夢でした」
一希に今度はこう話すエリザベートだった。
「ですからこうしてです」
「シェフをやっておられたのですか」
それを言ってからだ。一希は唸る様にして述べた。
「何と」
「貴族の生まれでもです」
それでもだと話すエリザベートだった。
「シェフをしたら駄目とかはです」
「ないのですか?」
「少なくとも法律としてはありません」
だからだ、いいというのである。
「ですからこうして私もです」
「そうなのですか」
「それで如何でしょうか」
また一希に問うてきたエリザベートだった。ただし問う内容が変わってきている。
「もう一つ如何でしょうか」
「ザッハトルテとコーヒーを」
「この店はお代わりされるなら半額になります」
ここでは商売の話も含まれていた。
「如何でしょうか、それで」
「そうですね。それでは」
一希は満面の笑顔でエリザベートの言葉を受けてだ。こう言うのだった。
「御願いします」
「わかりました」
こうしてだった。彼はエリザベートの作ったザッハトルテと淹れたコーヒーをもう一セット楽しむのだった。彼にとっては意外だが堪能できた時だった。
そしてその後でだった。一希はだ。学校で学友達に話すのだった。
「いや、本当に驚いたよ」
「ああ、フォーゲルヒルデさんな」
「あの人のことか」
「そんなに驚いたんだね」
「驚いたなんてものじゃないよ」
こう話す彼だった。実際にその顔でだ。
「本当にさ」
「普通だよね」
「そうだよね」
「これって」
こう話す彼等だった。彼等もそうした顔だった。
「だから。貴族出身でもさ」
「そういうのって普通じゃない」
「シェフやってても」
「違うの?」
「貴族でもなんだ」
一希は信じられないといった顔だった。しかしだ。
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