魔法少女リリカルなのはStrikers~誰が為に槍は振るわれる~
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第一章 夢追い人
第7話 彼の来た理由―前編
前書き
とりあえず、今起こっていることを説明いたします。
第7話に収めるはずだったエピソード、その半分を消化した時点でなぜか文字数が一万を超え、これはいかんと修正を開始――したのはよかったのですが、なぜか文字数が増え、一万三千字近くに……なぜだーーー!!!!
というわけで少し長めで中途半端になってしまった今話ですが、楽しんでいただけると幸いです。
風呂から上がった六課一同は、一度施設の中の休憩場に集まり、思い思い談笑していた。
銭湯定番のコーヒー牛乳を飲んだり、少し風呂につかりすぎて逆上せたのか手でパタパタと仰いだりとくつろぎ方は人それぞれだが、皆第97管理外世界地球の独自の文化、“銭湯” を気に入ったらしく、一様に楽しそうに温まった体を休めていた。
そんな和やかな輪から一人外れて、はやては物思いに耽っていた。
お風呂から上がったばかりにも拘らず、眉根には僅かだがシワが寄り、その視線も心なしか厳しいものになっていた。
「どうかされましたか、主?」
そんな主を気遣ってか、談笑の輪から抜け出しシグナムが声を掛ける。
少し深く考え込んでいたのか、はやては一瞬はっとしたような表情になった後、手を振りながら、なんでもあらへんよと返す。
しかし長年共に過ごしてきたシグナムの眼はごまかせなかったらしい。はやての視線を辿り、行き着いた先にいた人物を見て納得したように頷いた。
「メイフィルス陸曹のことですか」
「かなわへんな~シグナムには」
シグナムの言葉にはやては正解と苦笑を返した。
「なんかお風呂入る前はエリオと少しギクシャクしとったみたいやから心配やったんやけど、お風呂あがったら嘘みたいに仲良くなっててな。よかったな~って思とったんよ」
お風呂に入る前のエリオとラディの二人はどこかぎこちなさがあった。
もっともそれは、エリオが一方的にラディに対して苦手意識を持っていたせいなのだが、それも俗にいう裸の付き合いというので解消されたらしい。
だがそれははやてからしてみればにわかに信じがたいことだった。
エリオがラディに苦手意識を持っていた原因は、おそらく彼がスパイだということと、キャロの “お兄ちゃん” という呼び方にあるのだろう。
本人は気づかれていないと思っていたのだろうが、キャロがラディのことを “お兄ちゃん” と呼ぶ度に、エリオはひどく動揺していた。
特に、バーベキュー大会のときなど、誰の目から見ても明らかなほどだった。
だが今はもうそれがない。
ラディのおごりのコーヒー牛乳を片手に話に花を咲かせる三人にそんな様子は微塵もなく、キャロがラディのことをお兄ちゃんと呼んでも、エリオは特になにも反応せず、普通に話をしていた。
とすると、風呂の中であったなにかで、エリオの中にあった兄に対する意識が変わり、それに伴ってラディに対する印象が変わったと考えるのが道理なのだが……
(なにがあったらそんな急にコロっと変わるんやろ……?)
キャロが途中で男湯に乱入したことを考えると、二人だけで話せてた時間はそう長くなかったはずだ。
そんな僅かな時間で変わるほど、エリオの兄に対する感情は単純なものでもないし浅いものでもない。
ラディ陸曹はどんな魔法を使ってエリオを癒したのやら……はやてには、それが疑問だった。
そんなはやての疑念を違う方向に解釈したのか、シグナムはどこか腑に落ちないといった表情で言葉を続けた。
「メイフィルス陸曹は、なんと言いますか、確かに謎の多い人物ですね」
「謎?」
シグナムの使った謎という言葉にはやては考えるのを中断し、顔を上げる。
「はい。スパイにしてはやけに友好的でこちらの任務に協力的。仕事の話よりもただの世間話のほうをしたがり、こちらのことを探ってくる様子が一切ない……そもそも、略式とはいえ最初の着任挨拶のときなど――」
「――自分で自分のことをスパイ宣言、やもんな~」
シグナムの最後の言葉を引き取り、はやては大きく溜息をつく。
本当に、本当にはやてには、ラディオン・メイフィルスという人間が読めない。
あんな強引な手法で捻じ込んできた人間がどんな人間かと身構えてみれば、来た人間は着任速攻身バレするわおしゃべりだわ親切だわで、スパイなどする気が毛頭ないとしか思えない。
情報収集するなら話し手になるよりも聞き手に徹するはずなのにそれをせず、どころか話しかけるのは主にこれから部下になるエリオとキャロ、そしてスバルとティアナばかり。情報を集めようにも、まだ何も知らないあのFWメンバーからでは大した情報は得られないだろうに、矛先を変える様子はまったく見えない。
一方工作するにしても、隊員の多くが慣れない土地での慣れない任務という絶好の機会を達人技ともいえるほどのスルースキルでもって無視している――どころか、彼の新しく部下になるエリオとキャロを積極的にフォローし、つつがなく任務が達成できるように協力してくる始末である。
はやてとしては、この出張任務で送られてきたスパイの化けの皮をはがして真意を掴み、これからの対策を練ろうとしていたのだが、完全に空振りである。
まぁそれもこれも、彼が自分でスパイ宣言したあたりで立てた計画はすべてご破算にはなっていたのだが……。
「というか、ラディ君もラディ君やけど、送り込んできた人も送り込んできた人や。なにを思ってラディ君に決めたんやろな~ホント」
「まぁ……確かに」
なかば自棄になりながらコーヒー牛乳を煽るはやてに、シグナムが心配そうな視線を向ける。
家族に心配かけてアカン家主やなぁと思いつつ、はやてはもう一度コーヒー牛乳を豪快に煽り、飲み干した。
「まぁ、分からんことばかりやし考えても仕方ないか」
「ですね」
ほぅっと息を吐きながら投げやりに呟いたはやてにシグナムは頷いた。
現状、ラディの狙いも、そしてラディを送り込んできた人間の狙いも分からない。
分かっているのは彼がスパイということと、地上本部が機動六課のことを快く思ってないことだけ。
しかもここまでくると、確定だったはずのその情報も怪しくなってくる。
これでは判断を下すなど到底できはしないだろう。
なら正確な情報が集まるまで待つしかない。ようは根気の勝負である。
というより、ここまでくると――
「――案外、こういうストレスとかで、うちらを疲労させるのが狙いなんかもしれへんな~」
「ふふ。ご冗談を」
苦笑しながらおどけてみせたはやてに、シグナムも口元をほころばせた。
「さて、ほなそろそろいい時間やし、帰り支度でも始めよか! 明日も早いしな」
色々と踏ん切りが着いたのかさっぱりとした顔ではやては言う。
飲み干したコーヒー牛乳の空き瓶を近くのゴミ箱に捨て、全員に声を掛けようと息を軽く吸い込む。
そして、声を出そうと口を開けた、その瞬間――
――頭の中に魔法による警報が鳴り響く。
「っ!! リインっ」
「探索魔法、サーチャー共に反応あり、場所は……近くの川辺です!!」
はやての鋭い呼びかけにサーチャーと探索魔法の管理を任されていたリインがすぐさま報告を上げる。
リインの報告にはやては頷きつつ、引き締まった顔を上げ、六課のメンバーを見渡していく。
その場の全員が何も言われずとも話を止め、はやてのほうに厳しい顔を向けていた。
その様子にはやてはよしと一度頷き、そして口を開いた。
「みんな聞いたな。くつろいどること悪いけど、今回の回収目標のロストロギアが網に引っ掛かった。すぐに回収に向かうで。機動六課、出撃や!!」
「「「「了解!!」」」」
はやての号令の下、六課のメンバーが速やかに動き始める。
陽が沈み、夜の帳が降り始めた海鳴市に、住民の知らぬところで戦いの気配が忍び寄っていた。
○●○●○●○●○●○
「んで、慌てて来たはいいものの……なんだコレは?」
ラディの呆れた様な声に、全員が苦笑と思しきものを浮かべた。
警報に慌ててスーパー銭湯を飛び出し反応のあった川辺に来てみれば、そこに広がっていたのは岸辺を埋め尽くすスライムの群れだった。
最初はその気色の悪い光景に全員即座に結界を張り、バリアジャケットとデバイスを展開し警戒態勢を取ったのだが、向こうに敵意はないらしく、こちらになんの反応も見せないまま、岸辺で自由に体を揺らしていた。
それを見て、まぁ害はなさそうだし作戦会議でもしようかという話になったのだった。
「というかこれホントに今回の回収予定のロストロギアなんですか? なんか聞いてた話と随分違うんですが」
「サーチャーも探索魔法も今回の回収予定のロストロギアの反応を感知してるです!! これが、回収予定のロストロギアで間違いないですぅ!!」
疑わしげなラディに心外だとばかりに元の姿に戻ったリインが頬を膨らませる。
今回の任務で使われているサーチャーと探索魔法を組んだのはリインである。そのサーチャーと探索魔法を疑われるのは彼女としては見過ごせない。
だがそれでもラディの疑念は拭えないらしく、ラディは岸辺のスライム群を指さしながら口を開く。
「でもあれはどうみたってロストロギアというより魔法生物の類にしか見えないですよ?」
「む、むむぅ……」
ラディの言葉にリインはなにも言い返せない。
現に彼女の目から見てもあれはスライムにしか見えないのだ。
回収予定のロストロギアは宝石型。生物型ではない以上、目の前のスライム群に見える何かを宝石型のロストロギアと言い張るのは無理がある。
ならあれは流れ着いた野良の魔法生物でロストロギアの反応はなにかの間違いだったと話の流れが傾き始めたそのとき、なのはが待ったを掛けた。
「もしかしたらだけど、あれはロストロギアの自動防衛機能なのかもしれないよ」
ラディの意見を真っ向から否定するなのはの意見だったが、ラディ自身はリインのように不満には思わなかったらしく、なのはに興味深そうな視線を送った。
それを確認して、少しほっとしながらなのはは言葉を続けた。
「今回回収予定のロストロギアは宝石型、直接的な害はないって話だけど詳しいことは分かってないみたいだし、何かの拍子で私たちの知らなかった自動防衛機能が作動して、こんなことになったのかもしれないよ」
「――確かに。それならロストロギアの反応があるのも納得できますね」
なのはの推測に一理あるとラディが頷く。
途端、リインがそれ見たことかとドヤ顔をラディに見せつけるのだが、ラディは素直に謝罪し完全に大人の対応。
リインはそれに物足りなさそうな表情はしたものの、彼女も立派な局員である、何も言わずに素直にその謝罪を受け入れた。
「ほな、会議を続けようか。とりあえずまずは配置と役割を決めようか。先陣は――」
「――自分に任せてはいただけないでしょうか」
はやての言葉を遮り手を挙げたのは、他ならぬラディだった。
先程のリインの魔法の腕を疑ったことを気にしているのだろうか。もしそうなら、いくら危険度の低い任務とはいえ、その提案を飲むわけにはいかない。
それを見定めるため、はやては無言でラディの言葉を促す。
「理由は二つ。まず一つ目に敵の情報がないからです。敵の性質や攻撃法が分からない以上、先陣は予想外の攻撃に即座に反応できる人間でなければなりません。また、その攻撃や逆にこちらが攻撃した時の敵の反応を観察、分析し、仲間に正確に伝える必要もあります。その点に関して、オレはそれなりの能力があると自負しています」
ラディの言うことはもっともだ。
敵の情報がない以上、戦いながらこちらが敵に合わせて戦わなければいけない。
それを行うには、豊富な実戦経験と相手の予備動作を瞬時に見抜く観察眼、そして敵の行動に合わせて自分がどう動くかの判断能力が必要となる。
実戦経験の部分は定かではないが、観察眼と判断能力に関しては、ラディの言うとおり彼は人並み以上のものを持っているだろう。
なにせスパイだ。相手の僅かな挙動を見逃さない観察眼と、修羅場を切り抜けるための判断能力は必須である。
もっとも、現時点でははやては彼がスパイであることすら疑ているが、それは彼への侮辱である。
故に、はやてはラディの意見を否定せず、一度頷いて二つ目の理由を促した。
「二つ目の理由は、皆さんがオレのことを知らないからです」
「ラディ君のこと?」
思わず聞き返してしまったはやてに、ラディは頷く。
「ええ。オレのことです。みなさんはオレがどうやって戦うか知らないでしょう……どうせ本部のやつらはろくな情報を送らなかったでしょうし」
「あー、まぁ、不便がない程度の情報はあったで」
口ごもりながらも咄嗟にお茶を濁したはやてだが、事実その通りである。
魔導士ランクAA、デバイスは斧槍、術式は近代ベルカ式、足場魔法による擬似空戦も可能な高機動陸戦魔導士――現状、彼の戦闘能力に関して分かっているのはこれだけである。
射撃魔法はどれくらい撃つのか? 砲撃魔法は使えるのか? 使用する魔法は? ポジションは? そもそもどういった戦闘スタイルなのか――そういった連携を取る上で必要な情報を、はやて達は一切持っていない。
「ですから、今回まずは先陣をオレが一人で務め、敵の情報を引き出しつつみなさんにオレの戦い方を見てもらいます。その後、十分分かったと判断したら動いてください。後はオレがみなさんに合わせます」
「ちょっと待って」
ラディの話をフェイトが止める。
筋の通った正論に待ったがかかり、ラディは不思議そうにフェイトを見るが、はやてはもし誰もなにも言わなければ自分が反対するつもりだった。
ここでラディの話を止めたということは、フェイトもおそらく同じ考えだろう。
はやての予想通り、フェイトははやてが今まさに言おうとしていたこと言った。
「前半はいいとして、後半の部分、『みなさんに合わせます』っていうのは、ラディが私達の戦い方を知ってることが前提となってるよね」
まさしくフェイトの言うとおりである。
はやて達はラディが隊に入って日が浅いためにラディの戦い方を知らない。だがそれと同様に、ラディもまた隊に入って日が浅いため自分たちの戦い方を知らないはずなのだ。
にもかかわらず、ラディは知らないはずの自分達11人の戦い方に合わせて動くと言っている。
みなさんは自分の動きを知らないから見ていてください。自分はみなさんの戦い方知らないけど、がんばって合わせますでは筋が通らない。
だからこその反対—―なのだが、ラディは不敵な笑みを浮かべて口を開いた。
「知ってますよ、みなさんの戦い方」
「え……?」
目を見開くフェイトにラディは楽しそうに話し始めた。
「言ったでしょう、オレはスパイだって。スパイなら敵地に飛ぶ前に敵の情報は頭に入れてますよ。みなさんの戦闘スタイルは既に頭の中に叩き込んでいます。本部の奴らと違って文字としての情報だけじゃなく動画などの視覚的な情報も含めて頭に入れてきてます」
別段誇ることも恥じることもなく当然だと言わんばかりに話すラディに全員の顔に引き攣った笑みが浮かぶ。
この調子だとおそらく、戦闘に関するものだけではなく個人情報も頭に叩き込まれているだろう。
正直、彼にその辺りをみっちり尋問したいところではあるが、今はそれどころではない。こちらの様子を窺うように視線を送るラディに対して一度頷いて見せる。
「では、自分が先陣を務めさせていただきます」
「初っ端からミスして墜ちるんじゃねぇぞ」
「そうなりそうなときは見捨てないでくださいよ~」
満足そうに宣言するラディにヴィータが悪戯っぽく笑いながら軽口を叩く。
それにラディは肩を竦めながらフォローを頼むが、その顔には不安など一切ない。
あるのは自身への確かな信頼――自信。
まるでフォローできるものならしてみろと言わんばかりのその表情に、ヴィータは気に入らなそうに顔を顰めた。
そのやり取りに呆れて苦笑を漏らしながらも、はやては作戦会議を続ける。
先陣は決まった。
ポジションはラディの戦いを見てから決めるとして、次は誰がロストロギアを封印するかだ。
「ほな、会議を続けようか」
全員の注意をラディから作戦会議に戻しつつ、会議を再開する。
それぞれからの意見が飛び交う中、しかしはやての頭にあるのは、会議の内容よりもこれからへの期待だった。
もしかすると、もしかするとだが。
彼――ラディオン・メイフィルスの戦いを見れば、その魔法をしれば、彼が六課にきた理由が分かるのではないか、と。
(あかんな……)
先のことばかりを気にして、目の前のことがおろそかになっている自分をはやては叱る。
まずは目の前のこのロストロギアの回収だ。
これから先のことは、あとで時間ができたときにでも考えればいい。
さっきシグナムに言ったばかりではないか。いま考えても仕方がないと。
緩んだ気を引き締め直し、はやては作戦会議に意識を向け、論議の輪に加わっていった。
○●○●○●○●○●○
色の歪んだ世界の中で、先陣を務める少年――ラディオン・メイフィルスは、市街地と川の間に堤防のように盛られた土の丘の上から、川岸のスライム群を見下ろしていた。
その姿はスーパー銭湯から出たときのまま、手に武装もなく、服装も変わりない。
ただ、一つだけおかしな点を挙げるとするなら、ズボンの右ポケットの妙な膨らみだろうか。
何を入れているのかは分からないが、それなりの大きさのある物らしく、ポケットの口から中身が出てこそいないものの、その膨らみは無視しろというには難しいものだった。
背後で様子を覗うなのは達も気になってはいるのだが、邪魔しては悪いと思い、視線を送るだけで静かにラディを見守っていた。
«ラディ~、そろそろ動きません? 多分アレ、こっちから動いてやらないことには何もしませんよー»
何もしない敵を観察するのに飽きたセラフィムが、気の抜けた様な声でラディを急かした。
それにラディはしばらくなにも言わずに黙って眼下のスライム群を観察していたが、彼も同じ結論に至ったのだろう。溜息を吐きながら頷く。
「できれば仕掛ける前に情報を集めときたかったが……まぁ仕方ないか」
«そもそもラディの役割って要は威力偵察じゃないですか。黙って見てるだけで敵のこと分かるならそもそも必要ないでしょう»
「“オレとお前の”、役割だ。勝手に他人事にするな」
«へーい»
完全に他人事のようなセリフを吐くセラフィムにラディが片眉を上げ、二人の役割であることを強調する。
しかしセラフィム自身にはそれほどやる気がないらしく、欠伸でもしそうな声で返事を返す。
それにラディはまた何か言おうと口を開くが、埒があかないと思ったのだろう。苦言の代わりに開いた口から溜息を吐き出した。
「じゃあま、動くとするか。とりあえずこのままじゃあまりよくないし、バリアジャケットの展開を頼む」
«バリアジャケットだけでいいんですか?»
「ああ。武器の方は後でいい。持ってるの疲れるしな」
バリアジャケットだけでいいと言ったラディに、後ろから様子を覗っていたなのは達は目を見開く。
これから仕掛けるというのに武器はまだ使わないというのだから当然だろう。
一体彼は、これから何をする気だ?
まさか武器もなしに素手で飛び込む気か――否、流石にそれはないだろう。
なら魔法か。
だが彼の術式は近代ベルカ式。武器などに魔力を付与して強化し、武器の間合いで戦うのが基本の近代ベルカ式で、武器を出さずに魔法だけ使うというのは妙な話だ。
彼の考えていることが、まったく分からない。
そうしてなのは達が悩んでいる間にラディのバリアジャケットへの換装が終わり、光の中からその姿が浮かび上がる。
露わになったバリアジケットを身にまとうラディの姿を前に、六課一同は言葉を失った。
驚きで、ではない。ただ単に、掛ける言葉が浮かばなかったからである。
「……ん? どうかしましたか?」
こちらの妙な気配に気づいたのか、ラディが背中越しになのは達に顔を向ける。
小首を傾げ、怪訝そうな目でこちらを見てくるのだが、それに応える者は誰もいない。
訳が分からないというように顔を顰めるラディだったが、なにかに気づいたように、あぁと声を上げ、苦笑する。
「地味でしょう? オレのバリアジャケット」
ラディオン・メイフィルスのバリアジャケット。それは率直に一言で言うなら彼の言う通り、地味だった。
上はなんの特徴もない黒色の半袖のシャツのみ。
なにか飾りがあったりイラストがあったりということはなく、どこにでもあるなんの変哲もないシャツ一枚だけである。
そして下は、これまたどこにでもありそうな暗緑色のカーゴパンツに足首までを覆う黒のブーツ。
強いて目を引くところは言えば、カーゴパンツの両の腿に付けられた黒色のレッグポーチくらいだろうか。
シャツもパンツもブーツも特にこれと言った目立つ特徴のない、よく言えば無駄のない効率的なデザインの、正直に言ってしまえば地味な――それがラディオン・メイフィルスのバリアジャケットだった。
隊共通のものがある武装隊にしろ、個人の物にしろ、ある程度はデザイン性にも重きを置く他のバリアジャケットと比べると、ラディの機能性を重視し、デザインのほうはとりあえず統一させてみたというような飾り気のないなバリアジャケットは逆に異色を放っていた。
«もうちょっとオシャレにしてもいいんじゃないですかーって言ってはいるんですけどね~。聞いてくれないんですよ。もっと腕にシルバー巻くとかしたらそれなりになると思うんですけどねー»
「いやそれはさすがにないだろ」
セラフィムの発言にラディは顔を顰め、なのは達は苦笑する。
確かに腕にシルバーを巻くのはどうかと思うが、せめて首元にドッグタグや十字架を下げたチェーンを巻くくらいはあってもいいかとは思う。
だがラディ自身はその地味なバリアジャケットがそれなりに気に入ってるらしく、不機嫌そうな顔で背を向け、スライム群に向き直った。
「はぁ……、なんかどうにも締まらない空気になっちまったな」
«だからあれほど腕にシルバーを—―»
「その話はもういい。とりあえずさっさとやるぞ」
«へーい、了解でーす»
気だるげなセラフィムの声に、もうどうにでもなれというような顔をしながら、おそらく先程のポケットに入っていたものだろう、ラディは太腿のレッグポーチを開け、その中にあった何かを掴み取り出した。
皆が注目するその手元にある物は—―空の牛乳瓶。
「…あの……ラディ?」
「はい?」
恐る恐るといった様子で声をかけたフェイトに、ラディは小首を傾げながら振り返る—―牛乳瓶を片手に。
「一応言っておくけど、ポイ捨てはダメだよ」
「そんなこと言われなくても分かってますよ」
眉を寄せて注意するフェイトにラディは苦笑を漏らした。
それでもなお怪訝そうにするフェイトに、ラディは視線をしっかりと合わせ、口を開く。
「それに、これはオレにとってはゴミじゃなくて、立派な武器ですから」
「「「「………」」」」
その場にいた全員が言葉を失った。
これから仕掛けるというのにバリアジャケットだけを展開して武器は出さず、代わりに牛乳瓶を取りだし、しかもそれが武器だと言う。
誰も口にこそ出さないが、考えてることは同じだった。
ダメだこの人、早くなんとかしないと……。
ラディに身分も年齢も性別も関係なく、かわいそうなものを見るような視線が送られる。
常識的に考えればそれは当然の反応なのだが、非常識なラディにとっては逆に、かわいそうに見えるのかどこか憂いを帯びた目でなのは達を見ていた。
気の強い者はそれになにか言おうと口を開こうとするが、それを抑え込むようにラディが話始めた。
「スパイっていう職業はホントに辛いものでですね。敵陣の奥深くまで入り込まなきゃいけないのに、その任務の性質上、警戒されるわけにはいかないから武器の類は一切持ち込めないことも結構ある。少しニュアンスが違いますが、ベルカにはこういう小話のオチがあります」
そこでラディはどこか楽しそうに笑いながら、肩を竦めた。
「“和平の使者なら槍は持たない”ってね」
「ぐっ」
昔を思い出したのか、ヴィータは苦虫を噛み潰したように顔を顰め、なのははそれを見て口元を押さえながら肩を微かに震わせた。
その反応にラディは少しの間不思議そうな顔で二人を交互に見ていたが、二人もこの話を知っていたのだろうと勝手に結論付け話を続けた。
「まぁ言いたいことはというとですね、そんな周りは全部敵、みたいなところに警戒されないよう着の身着のままで行かなきゃいけないのに、なにかの拍子にスパイだってバレたら、今度はそこから生きて絶対に味方の所まで辿り着き、情報を届けなきゃいけないんです。
だから、オレはなんだって武器にする。たとえ他の人間がゴミだと、ガラクタだと切って捨てる物でも、いやむしろ、そういったものだからこそ、オレは武器にする」
そこで彼は一旦言葉を切った。
その顔には話始めた時と同じ笑顔が浮かんでいる。
しかしその笑顔にはもはや感情という中身はなかった。
他に出す顔がないからとりあえず出しておこうというような、そんな空っぽな仮面のような顔。
その中で唯一、その瞳だけは彼の感情を宿していた。
憐憫と、そして羨望という相反する二つのが絡み合う瞳でなのは達を見つめるラディは、ゆっくりとその話に続く言葉を口にした。
「知ってましたか。敵を前に、“武器”を手にして戦えるって、ホントはすごく恵まれた状況なんですよ?」
息を飲んで自分に向けられた視線を置き去りに、彼は再び前を向いた。
――この話はもう終わり。後は黙って見ていろ。
向けられた背中が雄弁に語るその声に、喉までせり上がっていた非難の言葉を飲みこみ、なのは達はそれぞれの感情を乗せそのまだまだ小さなその背中を見つめた。
不安。期待。疑念。好奇。
様々な感情が入り混じる視線をその背に感じながらも、意にも介さずラディは歩き出す。
相対するは、詳細不明のスライムの群れ、数十。
対するラディの手にあるのは、ただの牛乳瓶ただ一つ。
得体の知れない数十もの異形を前に、牛乳瓶一つを片手に彼は臆することなくその無謀ともいえる歩を進める。
敵の蠢く岸辺へ続く斜面、その入り口に足を踏み入れた彼は、牛乳瓶を持つ右手を自身の前へと伸ばし、そして――力を籠めて粉々に握りつぶした。
大きなもの、小さなもの、辛うじて原型を留めた飲み口に底。
それぞれの破片が、色の褪せた月の光を反射しながら宙を舞い、重力に引かれ地へと落ちていく。
いっそ幻想的とも言えるその光景の中、ラディオン・メイフィルスはその光景には目もくれず、詠唱を紡いだ。
「固定」
宙を舞い地面へと落ちようとしていたガラスの破片はすべて、彼の言葉とともに現出した青白色の輪により宙へと縫いつけられる。
「魔力付与」
続けて紡がれた詠唱に、ただのガラス片だった物に魔力の灯が燈る。
その数、約半数。
失敗したか――否、彼の表情を見れば、それが失敗などではなく、意図的なものだと分かる。
「装填」
そして今度は、全ての破片を魔力の環が包み、その前に徐々にその半径を縮めた環が、円錐状にその先端をスライム達に向けて展開される。
バインドではない。それは物体に推力を持たせるための魔法。
眼前の敵を撃ち抜くための――砲台。
そして—―彼の口から、最後の詠唱が吐き出される。
「発射」
ラディの最後の詠唱とともに破片を宙に留めていた輪は消滅し、砲台を形成する魔力環はその輝きを増し唸りを上げて凶弾を撃ち出した。
虚空を切り裂く凶弾は彼が冷たく見据える異形のスライム達に殺到し、その身体を散々に引き裂いていく。
――否、全ての凶弾が身体を引き裂くことは叶わなかった。
ラディが握り砕いた部分から最も遠かったがために原型を残した底と飲み口の部分—―内、魔力付与されなかった底の部分だけは、スライムの身体を貫くことはできず、その表面を凹ませるだけで弾かれ地へと落とされた。
だが当の本人にとってそれは予想の範囲内だったらしい。
彼の口元が一瞬だけ不敵に吊り上がり、そして、次の瞬間—―彼は吠えた。
「エリオ!!」
「っ!? は、はいっ!!」
突如として名前を呼ばれて驚き、舌をもつれさせながらもなんとかエリオは返事を返す。
そんなエリオにラディは振り返らず眼前の敵に視線を合わせたまま再び吠えた。
「奴らには斬撃が効く。お前がFW陣の攻撃手だ。積極的に前に出てヤツらを狩れ!!」
「っ!! はい!!」
ラディからの指示に顔を引き締めてストラーダを握る手に力を籠め、エリオは返事を返す。
「スバル!! ヤツらには打撃は効果が薄い。エリオのフォローに回りつつ敵を封じ込めろ!!」
「はいっ!!」
気合十分とばかりに己の拳とマッハキャリバーを打ち付けながら、スバルは返事を返す。
「ティアナ!! ヤツらには斬撃の他にも魔力による攻撃も有効だ。前衛が処理しきれないヤツはお前が潰せ!!」
「はいっ!!」
緊張した面持ちで手の中のクロスミラージュの感触を確かめるようにグリップを握りしめ、ティアナは返事を返す。
「キャロ!! エリオに重点的に支援魔法を掛けつつ敵の足を止めろ。選択肢はお前が一番多い。ゆっくりでいい、冷静に自分のやるべきことを見定めろ!!」
「はい!!」
口を引き結び眉根を寄せながら、キャロは返事を返す。
4人からの返事を受け取り、ラディは一度だけ顔だけを背後に向けて頷き、微かに笑みを浮かべてみせる。
――大丈夫だ。お前達ならやれる。
自分達への励まし、そして信頼を受け取ったFW達の体から、無駄な緊張が抜けていく。
それを確認したラディは再び顔を眼下の敵へと戻した。
隊長達への指示はない。
だがそれに対して何かを言う者は誰一人としていなかった。
ラディが彼女たちに向けて言外に言っていることが明らかだったからだ。
――あんた達なら、何も言わなくても分かるだろう?
当然だと言わんばかりに隊長達はそれぞれ口元に微かな笑みを浮かべ、自身の戦友を握る手に力を籠める。
ラディの身体から魔力が溢れだす。
色は白青。目を焼く程に鮮やかで、しかし触れれば砕けしまいそうな儚さを内包する不思議な色。
輝く魔力はラディの足元に集い、正三角形の中心に剣十字を戴く、近代ベルカ式の魔法陣を形作る。
胎動し解放されるその時を今か今かと待ち焦がれる魔力の上に立ち、ラディは自身の左手を掲げる。
「前座は終わりだ。出番だぞ、セラフィム」
口元に微かな笑みの零れるラディの言葉に、左手の薬指に嵌められた緑の宝石を戴く白い指輪が光を宿す。
«ようやくですか。少し遊びすぎですよーラディ»
「そう言うなって。これから存分に暴れさせてやるさ」
«それはそれは楽しみです»
軽口を叩き合う二人の声は楽しげに震え、これから臨む戦いにラディの顔は自然と笑顔の形を作る。
明るい笑顔ではない。朗らかな笑顔でもない。
獲物を前に高揚する、野獣の笑顔。
「来い、セラフィム」
ラディの呼びかけに呼応するように、足元の魔法陣がその輝きを増し、内包されていた魔力を解き放つ。
«スタンバイ・レディ—―セット・アップ»
色褪せた夜の闇を切り裂き放たれた光はラディの左手に収束し、そして――
――熾天使の名を冠するその槍は、その真の姿を顕現させた。
to be continued
後書き
というわけで前編終了です。
……我ながら風呂上がって戦闘始まるまででなんで一万文字超えてしまったのか謎で謎で仕方ないですが、そこらへんまぁ、寛大な心でご容赦ください!!
それでは、ここまで読んでくださった読者の皆様に感謝の言葉を送りつつ、失礼させていただきます。
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