下水道
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1部分:第一章
第一章
下水道
ラスベガスで今話題になっていること。それは下水道に何かが出るということであった。
「鰐じゃないのか?」
誰かが冗談交じりにこう言う。ニューヨークの下水道では捨てられた鰐が下水道の中で育って生息しているのである。白くかなり大きなものである。
「多分それだろ。無責任な飼い主は何処にでもいるさ」
「いや、どうもそうではないらしい」
それを否定する言葉も出て来た。
「どうやらな。得体の知れないものらしい、これがな」
「得体の知れないもの!?」
「何だそりゃ」
皆そう聞いて眉を顰めずにはいられなかった。
「化物でも出るのかよ」
「そうかも知れんな」
「そうかもって」
「一体下水道には何かいるのかよ」
人々が不安を感じているところで。どういうわけかこういう噂まで出るのであった。
「下水道を調べた市の職員が消えたらしい」
「消えた!?」
「ああ、それでな」
話はさらにとんでもない方向に行く。
「後に残ったのは」
「何なんだ!?」
「不気味な匂いだけらしい」
「下水道は匂うものだろ」
「なあ」
これは言うまでもないことである。しかし話は既にその言うまでもないものから有り得ない程とんでもない方向に向かっておりそれは修正されなかった。
「それがな。下水道の匂いとは全然違っていてな」
「また別の匂いか」
「それが何かまではわからないけれどな」
噂の根拠はやはり不明であったのだ。
「凄い匂いらしいぜ」
「凄いねえ」
「一体何なのやら」
「大蛇って噂もある」
何処からか誰かが言った。
「大蛇!?鰐じゃなくてか」
「アナコンダっているだろ」
南米、特にアマゾン川流域に棲息する巨大な蛇である。殆ど水の中で暮らしておりその身体は一説によると二十メートルを越えるとまで言われている。アマゾンを象徴する動物の一つであり多くの者がその巨大さと共に名前を知っている存在である。
「あれがいるって噂があるな」
「鰐より凄いな、それだと」
「人間なんか一たまりもないよな」
「何か下水道が怖くなってきたぜ」
こう言い出すとマンホールまで怖くなるのだった。その入り口の。
「果たして何がいるやら」
「マンホールをこじ開けて何か出るかもな」
話はラスベガスから各地に飛んでいった。ネットを通じて世界中で話題になってしまった。日本でも中国でも台湾でも欧州でもオカルトだのUMAだの宇宙人だのといった話でラスベガスの下水道についてあれこれと噂が立っていた。それはサンフランシスコにも届いていた。
「話は聞いているよな」
「ええ、まあ」
浅黒い肌に無精髭を薄く生やした痩せた男がディスクに座っている男に対して答えていた。ここはサンフランシスコの所謂イエローペーパーの編集部である。もっぱら宇宙人や幽霊やそういった存在を面白おかしく書いてそれを売っているのである。日本にもよくあるあからさまにわかる白々しい嘘記事を売りにしている場所である。
「それでだ」
「取材に行けって言うんですか?」
その浅黒い肌の男はディスクに座る禿げて太った黒人に対して言うのだった。
「ラスベガスまで」
「話が早いな」
黒人はそれに応えてにこりと笑ってみせた。白い歯がやけに目立つ。
「それならすぐに」
「それじゃあここにいても書けるじゃないですか」
だが男はこう返すのだった。
「それがこのレロン=フランコのいつものやり方ですしね」
「しかしだねフランコ」
黒人はそう言ってきたフランコに対して言い返す。
「私としてはそれはあまりよくないと思うんだよ」
「やっぱりあれですか。歩いてこそ」
「そう、例え我々であってもだ」
あからさまな嘘記事を書いているにしてもだ。
「そうでなくてはいけないだろう。ジャーナリズムなのだから」
「けれどカンセコ編集長」
あえてかどうかわからないがその黒人の名前と役職を言ってみせてきた。
「それで書いてもどうせ宇宙人ですよね」
「いいや、そうとは限らない」
だがカンセコはそれも否定する。
「ひょっとしたらイラクの芸能人が潜伏しているかも知れないじゃないか」
「うちの記事でしたらそれは有り得ますね」
その有り得ない嘘記事こそが売りなのだから仕方のないことではあった。もっともそれを信じて勝って読む人間もサンフランシスコにはいないのであるが。
「けれどそれなら」
「ここにいても出来るのかい」
「そう考えますけれど」
「よし、じゃあこうしよう」
フランコがどうしても行きたくないというのでカンセコは遂に切り札を出して来た。
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