ULTRASEVEN AX ~太正櫻と赤き血潮の戦士~
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1-3 大帝国劇場のジン
大帝国劇場の地下に眠っていた少年が目を覚まして数日後…。
太正12年(1923年)、3月20日。
そろそろ桜が開花し、春爛漫の季節が始まった頃だった。
「ふう…」
その夜ジンは、大帝国劇場…通称、帝劇にいた。動きやすそうな黄色いジャケットと青のズボンを着て、帝劇の玄関ホールを掃除していた。
「ジンさん、今日も精が出ますね」
「椿ちゃんか…やあ」
ちょうど掃除中の少年のもとに、そばかすと茶色のショートカットの髪、そして売り子の衣装が特徴の少女がやってきた。
「どうですか?帝劇に住み込みで働くようになってから」
「まぁ、特に何事もないよ。平和そのものさ」
「そっか…よかったー。気に入っていただけたみたいで」
覚えている。この少女の名前は…確か高村椿と言っていた。この帝劇の売り子さんである。まだ15歳という若い年齢の頑張り屋さんで、帝劇を訪れた人たちに、花組に所属する女優たちのブロマイドや扇子といったグッズを売るのが仕事だ。
「でも、最初に紹介された時は驚きましたよ。米田支配人に息子さんがいたなんて。由里さんなんて大スクープだわ!って驚いてたほどだし」
「あぁ、あの人噂話とか好きそうだからな…」
由里は主に自分と椿のいる玄関ホールとは別に用意された、来賓者用の玄関ホールカウンターで仕事をしてくれている。噂話が好きで、ファッションにも気を使う明るくミーハーな女性で、外見年齢も彼と近い。とはいえ、彼の場合は外見年齢での話で、実年齢は本人もわかっていない。
「そうそう、今日のすみれさんたちの演劇いかがでした?」
「あぁ、すごかったよ。感動させられたな」
ここが劇団、ということもあり、ジンも目覚めてからこの日までの間に花組メンバーたちの演劇を見たことがあった。
普段は高飛車で上から目線の言葉を放つすみれ、天使のような明るさで場を和ませるアイリス、花組のリーダーにして自他ともに厳しくまとめるマリア。そんなバラバラの性格の3人が展開する演劇は見事なものだった。
ちなみに、ジンが見た歌劇団の演劇は『椿姫の夕』。すみれが演じる貴族の女性マルグリットと、そんな彼女を愛する男性アルマンを演じるマリアを主演としたものだ。しかし、マルグリットは病に犯された身であり、余命はもうわずか。せめて最後にアルマンの顔を見たい、その願いに応えるかのごとく、アルマンが駆けつける。だが、彼の腕の中で、マルグリットは愛する男性の腕の中にいる幸せを噛み締めながら息を引き取るという、悲しい物語だ。
「意外だったよ。マリアさんはなんでもこなせそうなイメージがあったけど、すみれさんは自信たっぷりだっただけあってすごい演技力だった」
少し遠い目で頭上を見上げ、ここしばらく自分のみにできた出来事の一旦を思い出す。
『ほら、ジンさん!それでも男ですか。だらしのない』
『ま、まだ買うんですか…?』
『あたりまえでしょう?まだ後10店舗の予定なのですから』
『じ…10…!?』
数日前、ジンはすみれに銀座への買い物に付き合わされたことがあった。すみれは記憶がないジンに荷物運びを容赦なく任せたのだ。米田の話だと、すみれは元々とある企業のお嬢様らしく、大人っぽさを混じらせた外見のわりに、立ち振る舞いも性格もまさにわがままお嬢様そのものだった。おかげで、自分は大荷物を運ばされて、さらし者状態だ。すみれはというと、地元でも有名な女優というだけあって、歩いている人達から注目されていた。…自分は一切荷物を持たず、もっている者といえば日傘一本。まぁ…大荷物を運ぶお嬢様なんて絵にならないが…
(あの時は疲れたな…おかげで次の日は筋肉痛だよ)
加減を知って欲しいものだ。やめよう、考えると疲れてきた。アイリスの話でも振ってみよう。
「アイリスも、まだあんなに幼いのに…確か、年配の人達から特に人気なんだよね」
「はい。あ、でもジンさん…あまりあの子を子供扱いしないであげてくださいね。結構気にしてますから」
「はは…いっぺん身にしみたよ」
一方でアイリスは、わずか10歳。まだまだ幼い少女だ。本名は『イリス・シャトーブリアン』といい、彼女もフランスの名家出身だ。ただ、精神的にもまだ子供なだけあってか、逆に「アイリス、子供じゃないもん!」と言い返してくるほど子ども扱いされることを嫌っている。一度そのことを指摘したジンは、アイリスを膨れっ面にさせて1日ほど稽古に支障をきたさせてしまい、さらにすみれまでも稽古の邪魔をされたと、ジンを一時目の方気にしたことさえあった。
しかし、いざ演劇となると彼女たちはまさに『変身』していたともいえた。
すみれに、人を感動させるような演技力があったことにも驚かされたものだ。自称でも帝劇トップスタァを名乗るだけはある。アイリスも幼いながら、観客を十二分に引き込むほどの強い魅力を、マリアもリーダーにして唯一の男性役を引き受けるほどの凛とした佇まいと演技力で、自分を含めた客の視線を釘づけにしたものだ。
「けど…あ~あ。私も見たかったな…特にマリアさん、今日もきっとすばらしい演技だったんだろうな…」
「そっか、椿ちゃんは売り子さんだから」
「はい、売店から離れられないんです…」
ジンはまだこの帝劇での見習い雑用係で、今は留まっている。暇さえあれば劇を見ることができるが、一方で椿は公演中の時間も、常にこの売店に留まっていなければならなかった。
特に彼女は、花組の中でも特にマリアの演技に熱い視線を向けていた。同じ女性から見ても、マリアのそこいらの男性よりも美しく凛とした姿に引き込まれる同性ファンも多いとのことだ。
(そういえば、まだマリアさんのこと知らないままだな…)
しかし、ジンはまだ帝劇で働き始めてまだ間もないが、マリアのことはまだほとんど知らないままだった。外見からしてなんでもこなせそうな女性だが…まだわからないことがおおい。ジンが、自分が何者なのか分からないことと同じように。
「映像に保存できたらいいんだけどね。映写機とかもあれば、いつでも見られるんだけど…」
「そうですねぇ…ぜひそうしたいんですけど、映写機って貴重だから勝手に使うことなんてできないんですよね」
「まぁ、いつかきっと見られるよ。待った分だけ、きっと数年先もしっかり記憶に刻まれ続けるだろうから」
マリアの演劇を見ることができずに少し残念そうな椿に、ジンは軽く慰みの言葉を向けた。
「あ、でも紅蘭さんなら作ってくれそうですね。その映像記録の機械」
椿の口から聞かない名前を耳にし、ジンは首を傾げた。
「コウラン?誰なの、その人。もしかして、その人も花組の人かい?」
「ええ、正確には花やしき支部に所属している人手で、本名は李紅蘭(リ・コウラン)さんっていうんです。中国の方で大阪育ちの人なんです。普段から個人的に発明品を作ってて、すごいものを作るんですよ。この帝劇の部隊も、紅蘭さんが携わっていることが多いんです」
「へぇ、すごいじゃないか」
帝劇にはスポットライトとか移動床などの舞台装置が配備されている。どれも複雑に見えて、ほんの一時の間の演劇でも短期間で作ったり組み立てなければならないことが多い。それほどのものの製作に何度も携わっているというのはすごいものだろう。
「あ…でも、時々発明品が爆発しちゃって、みんなを困らせちゃう人でもあるんですけどね」
「え?」
あはは、と苦笑いを浮かべる椿の口から爆発、という物騒にも聞こえる単語を耳にして、ジンは目を丸くした。
「あ、でもあの人も演技力もすごいんですよ。コントもお得意ですし、たくさんの人達があの人のギャグで笑ってくれるんです」
「お笑いが得意な発明家女優…」
ジンは腕を組んで、その利紅蘭という女性がどんな人なのかイメージしてみる。一応ブロマイドは売られているから顔は見ているのだが…。
(……変人なのか?もしかして…)
奇妙なイメージを抱かせる人間としか想像つかなかった。まぁ、どこぞの開く組織のように、平和に暮らしていた人間を改造して怪人にしてしまう、なんてことはしないだろうが。
「それにしても、夜とはいえ公演がない時間帯は結構静かなんだね、ここは。たくさんの人が働いているはずだろ?由里さんから聞いたんだけど」
ジンは今のところ顔を見たことがあるのは花組と、椿・かすみ・由里…裏方作業を行っている親方たちがいる。黒子を勤めている人たちや演奏を務める『奏組』とは一切顔を合わせられなかった。まるで最初からそこにいなかったかのような、まるで神隠しだ。
「普段の奏組の人たちは専用の寮にお住まいで、黒子担当の人たちについては私たちもあまり…」
「まるでどこかの秘密部隊だね」
ジンが、同じ組織内なのに、お互いの組が違うだけで奇妙な距離感を感じる環境を聞いて苦笑する。
(…間違いじゃないですけど)
「ん?椿ちゃん、今何か言った?」
「い、いえいえ!なんでもありません。じゃあ私、もう遅いのでそろそろ帰らないと。明日に響いちゃいますから。
じゃあジンさん。また明日」
「あ、うん。また明日ね」
帰り支度のため、椿はジンのもとから去っていき、ジンはそれを手を振りながら見届けていった。
「秘密、か…」
ふと、ジンは自分が言った言葉を振り返る。
秘密といえば、自分はどうなのだろう。米田は自分のことを昔から知っていたような口ぶりであった。
とりあえず暇な時間を自分のことを聞いてみた。といっても、米田は帝劇の支配人という立場にあって思った以上に多忙だ。話をする時間を長く取れない。
目覚めたときは、米田の知り合いの息子で、海難事故にあったところを保護した…と言っていた。
海難事故…か。そういえば…夢を見たな。
自分が、水のそこに沈んでいくイメージの夢を。
(……)
でも、水に沈んでいく光景を夢の中で見たが、本当に身に覚えがある感覚が一切なかった。記憶がないから、それもある。けど…なんだかそれだけじゃないような気もする。
「あ、ジン。何してるの?」
ふと、声をかけられ、ジンは後ろを振り返った。
小柄な金髪の、まるでフランス人形のような少女。帝国華撃団花組最年少メンバーのアイリスこと、イリス・シャトーブリアンだ。
「アイリスか。見ての通りお掃除だよ。今日もお客さん多かったから。アイリスは?」
「舞台のお稽古だよ」
「すごいよな、アイリスって。こんな時間まで稽古してたんだ」
「ふふん。アイリス、女優さんだから」
だから一生懸命サボらずにお稽古をしなくちゃ、と少し得意げにアイリスは付け加えた。
「あれ、いつも持っているあの熊の人形は?」
アイリスは常に、『ジャンポール』というテディベアを持っている。けど、今は珍しい事にそれを手持ちに持っていない。
「うん、ジャンポール、どこかに置いてっちゃって…今探しているところなの。早く見つけてあげないと、寂しがっちゃうから」
どうやら無自覚のうちにどこかにおいてそのままにしてしまい、どこにおいたか忘れてしまったようだ。
「よし、僕も一緒に探すよ」
「ほんと!?ジンってやさしー!」
自分も一緒に探すと言ってくれたジンに、アイリスは目を輝かせた。
「はは、これくらいお安い御用だよ。じゃ、ジャンポールを迎えに行こうか」
「うん!」
初対面の形があまりよろしいものではなかったので、当初はぎこちなかったものの、話していると結構話のわかる子だった。それに天真爛漫な明るい彼女を見ていると、自然と笑みをこぼせた。
さて、ジャンポールを早速探しに向かった二人は帝劇のあちこちにある部屋を探し回った。食堂テーブルの下、医務室、舞台裏、二階のサロンと色々探し回ったものの、ジャンポールはどこにも見当たらない。
「おかしいな。こんなに探しても見つからないなんて」
もう20分は探し回ってみた。人形だから目立つと思ったが、思いの他二人はジャンポールの捜索に手間取っていた。
「どこ行ったのかな…ジャンポール」
不安を口にするアイリス。あれがないとアイリスは安心して眠る事ができないのだ。
「どうかなさいました?」
二人が困っているのを見かねて、緑色の髪の、あやめとは違った大人の雰囲気を持つ女性が歩いてきた。事務室で働く風組の最後のメンバー、藤井かすみである。普段は事務室で伝票整理などの仕事を任されている。
「あぁ、かすみさん。実は」
「ジャンポール、どこかに置いてっちゃったの…」
「まぁ、そうなの。だめじゃないアイリス。お友達を置いて行っちゃ」
かすみは年上女性らしく温厚だが真面目な一面もある。なるべくずぼらなことは避けるようにしていて、今回のアイリスのジャンポール紛失も、しっかり彼女が見ていなかったからであることを指摘した。
「かすみさん、とにかく一緒に探してくれないかな?このままじゃアイリス、眠れそうにないみたいだし」
「そうですね。私も今日の仕事はないですし、一緒に探して回りますね」
「ありがとう、かすみお姉ちゃん…」
かすみも加えていざ捜索再開をしたのだが、それでもなかなか見つからない状況が続く。
「ジャンポール…アイリスの事嫌いになったの?お願いだから出てきてよぉ…」
舞台裏の大道具部屋、さっきも探した場所なのだが、探せる範囲は全て探しつくしている。それでもジャンポールは見つからなかった。泣きそうになるアイリス。何とか力になってやりたいのに、とそれを見たジンが困り果てたときだった。
「ん?」
ふと、ジンはある方角に目を向けた。
「アイリス。あそこ」
「ふぇ…?」
アイリスの肩を叩いてジンはジャンポールの見つかった方を指差す。もしかして見つかったのだろうかとアイリスが指を指された方角を見ると、バケツやら壁紙、使われなくなった衣装も積んである。
「……お、あった!んしょっと…ほら」
ジンは積み上げられた服の下に、ぬいぐるみの手が出ているのを見つけ、近づいて手探りで探す。崩れ落ちた服の山の下に、確かにジャンポールが見つかった。すぐに引っ張り上げ、ジンはアイリスに手渡した。
「ジャンポール!よかった~、一人にしちゃってごめんね?」
それを見た途端にアイリスは飛びつくように抱きついた。
でも直後に、ジンに向けて大声を出した事を詫びると、彼は首を横に振って気に留めていないことを示した。
「ジャンポールが見つかってよかったじゃん。
たぶんアイリスが舞台の稽古中、誰も気づいてない間に積み上がった服が倒れちゃったから隠れてたんだ」
「うん、ありがとうジン♪」
アイリスはジャンポールの頭を愛おしそうに撫でながら頷いた。
「支配人…」
その頃、支配人室。そこではそのマリアが米田と話をしていた。
「マリアか、どうしたんだ?」
「あのジンという男…本当に支配人のご子息なのですか?」
記憶がないはずだが、見たところ何事もなく普通に仕事をこなしていた。一般常識までは忘れているわけではないのが伺えた。
「アイリスには、人の心を読む力があります。そのアイリスも彼の記憶がないことを行ったことからすれば、彼が本当に記憶を失っていることも信じられます。ですが…」
「へへ、俺が酔った勢いで行った戯言だと思ってるか?」
「いえ、そういうわけではないのですが……どうして支配人は、地下の医療カプセルの中に彼を隠していたのですか?」
そう、気になっていたことはそこ…ジンが帝劇の地下で眠っていたことだった。まるで、同じ帝劇の者である自分たちにさえ明かせない秘密中の秘密…トップシークレット扱いとされている秘密兵器のような隠し様だ。
「それはな…」
米田はそこで、言葉を一時途切らせる。どこか思いつめたような表情。こんな顔を米田はあまり見せなかった。
「支配人?」
「…あ、すまん。ついな…。
まあ、それはともかく、そんなにあいつを疑うなら、アイリスに頼んでみればいい。戸籍もとっくの昔に作ってあるし、俺が嘘をついているかどうかなんてわかるだろ」
「いえ…私こそ詮索しすぎたようです」
アイリスのことを引き合いに出してきた米田。それは彼が自身の言葉に絶対的なものがあることを意味していた。
なぜかアイリス…あの幼い少女を引き合いに出したのか不明だが。
考えてみれば、自分の上司の家族事情について、部下の一人に過ぎない自分があれこれ言うべきじゃないはずだ。それに、自分は米田が立派な人間であることを知っている。それだけの人が、こんな顔を浮かべさせるほどの人なのだとしたら、少なくともこの帝劇に害をなすような存在ではないと考えるべきかもしれない。
「まぁ、なんだ。あいつは言ったとおり自分の過去を忘れちまってる。そんなあいつに力になってやれるのは、この帝都どころか、世界の中でも俺たちだけだ。
マリア、無理にとは言わねえが…」
「…可能な限り、同じ帝劇の仲間として接してみます。米田支配人がそこまで大切に思われているのなら、信じます」
「…ありがとな、マリア」
血の繋がった父親のような笑みを見せた米田に、マリアも自然と笑みを返し、支配人室を後にしようとする。
「おっとそうだ。最後に」
米田はマリアに一言声をかけて引き止めると、神妙な表情で告げた。
「あいつには、この『帝劇の秘密』は知らせないでやってくれ」
「え?ですが支配人…」
「こっからさきは、俺の個人的感情も混じってる。軍人としちゃあってはならねえもんだってのはわかる。けどな…」
そのときの彼は、マリアを直接見てはいなかった。まるで懇願するかのように、手杖の向こうで頭を垂れ、
「俺はもう、あいつを…」
米田はそこで言葉を切った。
「司令?」
一体どういう意味だ?なぜ、米田はこんな顔を浮かべるのだ。マリアは困惑した様子で、手杖に目を落とす米田の顔を見る。
…悲しい目だ。その目には、自分も覚えがある。
「…いや、何でもねぇ。とにかく、万が一バレたりすることでもない限り、口にするのは避けてくれ」
「わかりました…」
ジンが現れてから、時々米田はあの顔をよく浮かべるようになった気がする。いつもは飲んだ暮れのふりをしているようで、その実は帝劇で最も自他に厳しく律するマリアでさえ関心するほどだ。そんな彼をあのような、悲しそうとしか言えない顔を浮かべさせた若者、ジン。
(『米田ジン』、一体何者なの…?)
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