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送り犬

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3部分:第三章


第三章

「そうしたことが重なって」
「それでですか」
「その通りです。それでです」
「野良犬や野良猫がいなくなったんですか」
「山でもです」
 話は山に戻った。
「最近はそうそう見なくなりました」
「そうだったんですか」
「そう、最近は」
 何故かここでこのことを強調する若松さんだった。
「そうなのですか」
「そうなのですが?」
「ですからおかしいのですよ」
 ここでまた後ろにいるそのイヌ科の生き物を見るのだった。相変わらず二人の後をじっとついて来ている。襲うわけでもなく一定の間合いを保ってついて来ていた。
「もう野良犬なんてあまりいない筈なのに」
「野犬もですよね」
「勿論です」
 野良犬が山に入れば山犬だの野犬だのになる。大体同じ意味だ。
「そうしたものはあまりいない筈ですが」
「じゃあ例外ですか」
「少なくとも狐でも狸でもありませんね」
「ええ。どう見ても」
 どちらにも見えないのは確かだった。どちらもイヌ科だが姿形は犬のそれとはかなり違っている。今二人の後ろにいるのは犬に非常によく似ているのだ。
 だが。その生き物を見つつ若松さんはさらに言うのだった。その間にも足を進めてはいるが。
「あんな犬は見ないのですよ」
「そうなんですか」
「秋田犬にしては小さいです」
 まず秋田犬を出すのだった。
「それにあんなにがっしりしていませんし」
「あっ、そうですね」
 若松さんの今の言葉を聞いて南口さんも気付いたのだった。
「そういえば。何か体勢が低いですし」
「ずっと森の中にいるような体勢ですよね」
「秋田犬は尻尾が巻いていていつも顔をあげているイメージがありますね」
「元々闘犬や狩猟に使う犬ですから」
 それが秋田犬のはじまりなのだ。それを考えれば土佐犬に近いものがある。
「そうなります」
「少なくとも秋田犬には見えませんね」
「シェパードとも違います」
 今度は軍用犬だった。
「あそこまで外国風の顔立ちでも容姿でもありません」
「狼のですか」
「あちらの狼ですね」
 欧州の狼はこれまた独特の容姿をしているのだ。非常に分布の広い生き物だけあってその姿形もその生息地域によってかなり違うのだ。欧州の狼とシベリアの狼では体毛の質まで違ってきている。アラビアの狼と中国の狼、中央アジアの狼と北米の狼もだ。分布が広ければそれだけ姿形も異なってくるものなのだ。
「それでもないです」
「それはすぐにわかりますね」
「ええ。それに」
 若松さんの分析は続く。相変わらず歩きながら。
 歩きながら二人はここでそれぞれのリュックからパンと飲み物を取り出した。そして歩きながら食べる。何だかんだ言っても少しでも早く宿に辿り着きたいからだ。
 パンと冷たいミルクティーを口に入れながら。南口さんは若松さんに尋ねる。若松さんはパンと牛乳である。それぞれ飲み物だけが違っていた。
「それに?何ですか?」
「甲斐犬とも柴犬とも違いますね」
「どちらともですか」
「柴犬にしては大きいです」
 また大きさが問題になった。
「それにあそこまでの愛嬌があるようには見えないですし」
「愛嬌は・・・・・・確かに」
 まじまじとその生き物を見つつ呟く南口さんだった。
「どう見てもないですね」
「全くありませんね」
「ええ。何一つ」
 はっきりと答える南口さんだった。
「ありません」
「私もそう思います。絶対に柴犬ではありません」
「はい」
「最後に甲斐犬ですが」
「そちらはどうですか?」
「それにしては少し大きいです」
 またしても大きさが問題になるのだった。
「胸も甲斐犬より立派ですし」
「甲斐犬よりも」
「それに歩き方も違っていますね」
 歩き方までまじまじと見ているのだった。
「やっぱり森に馴れた歩き方ですね」
「森にですか」
「甲斐犬よりも。結局のところあれはどの犬にも似ていませんね」
「どの犬よりも?」
 南口さんは今の若松さんの言葉に思わず首を捻った。ここで二人共パンと飲み物を全て胃の中に入れ終えてしまった。気付けば目の前にやっと明るいものが見えてきた。
「あれは」
「宿ですね」
「ですね」
 その光を見て明るい顔になる二人だった。
「じゃあ後はあそこに戻って」
「お風呂に入ってお休みです」
「そうですね。けれど」
 ここでまた後ろを見る南口さんだった。見ればそこにはやはり。
 
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