竜から妖精へ………
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第0話 竜
この場所は 人間が霊峰と呼んでいる場所である。
そこは 人の身では、立ち入る事は、いや近づくだけでも困難な場所。近づくにつれて天災が次々に沸き起こる、大きくなってゆく。山々、大地は まるで憤怒の怒りに満ちているかの様で、大空は荒れ狂う狂乱の宴、常に暴風が渦巻いている。
最後の秘境とも呼べる場だ。
その嶮しき山の頂上で、2つの巨大な影があった。
この場所と言う事、そして何よりも影の形から、大きさから、決して人ではない。
それは圧倒的な存在感である。それらは、人間たちにとって、いや 数多の生きとし生ける存在全てにとっても 絶対的存在。
この世を、人間を支配する存在。 決して抗う事の出来ない存在。
あまりにも人間達との力の差があるため、人間をなんとも思っていない。まさに蟻に似等しい存在。いや… 土地に住まい… その土地の自然を切り開くその姿を見れば……、この大地に、いやこの星に住まう病原体、害虫とさえ見えるだろう。
否、彼らは そうとしか感じられないのだ。
故に、人の世界を滅ぼす事に何も感じない。
そして、積極的に根こそぎやろうとも思わない。単なる憂さ晴らし?で王国をも滅ぼすことだってある。人間は無数に存在している。それこそ病原菌のように… 害虫のように・・・
全ては自らが思うがまま。
それは、本来生まれた理由をも忘れて。ただ思うがままに……。
それらの影の内の1つが動いた。
大きな翼のようなものを広げていた。そう、かの存在は 竜だ。
それは、竜が人を支配する世界の物語の序章である。
『……何故その様な事を言うのだ? ゼルディウスよ……。 我には、貴様がいう事、理解しがたい』
一体の黒き竜が翼を広げながらもう片方に問いかけた。片方の影は動かず、そして何も答えなかった。だが、気にする様子もなくただただ続ける黒竜。
『お前もよく知っている筈、いや 知らぬ筈がないと言った方が正しい。 ……人間と言う生き物の醜さを。……いつの時代も、互いに争う事しか頭の無い存在……。いや頭の悪い害虫だと言っていい』
そして、ひと呼吸置いたのちに、世界を見渡す様に 首を動かした後 再び元の位置に戻って続けた。
『……そんな害虫を滅ぼして 誰が困るというのだ?』
黒竜がそこまで言ったところで、 遂に片方の沈黙を守っていた竜が話しだした。
『確かに… 貴様が言う事も正しい、人は 愚かな生き物だ。利己的で残忍で……冷酷だ……。我らの様な絶対に抗えぬ存在がいて、驚異に、恐怖に晒されて 一時期 団結したかと思えば……、やはり変わらない。 そんな人間を見てきた。それも事実の1つだ』
その竜も、黒竜の様に 霊峰から下界を、人間の世界を見下ろすかのようにそう言う。
そう、彼らにはこの場にいて全てを見ているのだ。……見えているのだ。
『そうだ…。その通り。そして 我を呼ぶのはその邪念だ。 ……人の醜い部分があるからこそ、それを滅ぼしているだけだ。 つまりは、この星に住まう病原菌を駆逐する為に……な。なぜ… 同じ支配者であるお前が我が行いを否定するのだ? ……そして、竜王祭も終わり、全ての竜を滅竜してきた。……が、お前だけは違う。我と同質であり、同類だ。……竜であって竜であらず。支配者だ。何故 否定をする』
最初の通り 全く理解できない。そう言わんばかりに言った。そんな黒竜を一瞥し、直ぐに返答をした。
『オレは……オレたちは人の影。闇の部分しか見てなかった事だ。……そして 始まりの竜達も同様だ。 ……人は尊さを持っている。思いやりを、優しき心を、持っている。苦しんでいる時こそに、その輝きが増すのをオレは見た。 ……オレは命の大切さを知ったんだ、ただ、それだけだ』
そう言ったと同時に、黒竜がその言葉に強く反応した。
『だから……か。貴様は、だからあの時に、我を止めたのか…。 自らの身体を盾にしてまで』
そう言うと…… ゼルディウスはその巨体では不可能だと思えるほど静かに立ち上がった。
『闇と光… 相対する者はいつの時代も存在する。 オレは彼らを見たくなったんだ。だからこそ……。 無闇に人間を滅ぼす貴様を止めた。闇は我々。人間は光。この世を闇だけにする訳にはいかん。それだけだ』
立ち上がると同時に、黒竜の方を向いた。黒竜の目つきは明らかに変わる。……不快感がその視線、全身から溢れていた。
『害虫どもを…見るだと? 一体何の意味があるというのだ?』
『……そう言ってくれるな。 人間は害虫などではない、貴様は一部しか見て無さ過ぎなのだ』
ただ、会話をしているだけ。それだけだと言うのに、緊迫した空気が流れ出た。会話、そしてにらみ合い。たったそれだけだと言うのに、辺りに影響を及ぼしていた。
この常に異常気象空間である霊峰においても異常な程の天災が沸き起こる。
天は、更に叫び、大地は割れゆき、それはまるで、世界全体が震えているようだった。
天災の前に、成す術はない下界の人間達は恐怖に震える事しか出来なかった。
その2頭の竜が 睨み合ってる時。
霊峰から、何10、何100km以上も離れている人間達の世界。下界では大災害に等しいほどの衝撃が襲っていた。
秒針を刻む事に 街は揺れ、人間達の城の防壁には 大きな亀裂が入る。
天は怯えているような…、或いは怒り狂っているかのような…、それを現す為に 雷を大地に降り注いでいる。そして、ある山では大噴火が起き、その降り注ぐ火山岩、そして吹き出す溶岩は辺りを燃やし尽くす。
「これは……」
1人の男が、荒野の空を見上げていた。その視線の更にさき、その場所に霊峰がある。
「また……、1つの時代が終わるというのか……」
天災が猛威を振るう中で、確かに何かを感じ取ったのか、そう呟いた。
「あれは、絶対的な存在。 今、抗う事は不可能なんだ。 ……彼らが止めないというなら、 また……長い旅が始まる……」
その男は嘆いていた。彼ら人間達を助けてやりたい。せめて、あの2頭の争いの影響が少ない場所へ、この災害の正体は恐らく、絶対的存在たちの争いだと言う事は直ぐに理解出来た。
以前聞いたときは戸惑った。
あの存在が攻撃を仕掛けたとき、もう一体がそれを防いでいた。
この目でその瞬間を見た。
「クズとしか思ってない人間を救う。 ……そんなことあるのかと思ったけど…。 まあ 僕もいえないけど」
この男は命などかけらも想っちゃいなかったが命の尊さを知った。それが…彼らの身に起きても不思議ではない…。
「ありえない事はありえない… 信じ固くともそれはありえる事実…… か……」
そして、人間達の街から背を向ける。
「願わくば…。 あの争いに……巻き込まれない事を願うよ。 僕は……また会えなかった。この時代でも、会えなかった」
そう言うと、歩き出した。
「この時代でも……会えなかったんだ………」
そして、男は 空を再び見上げた。今思う感情を込めて呟く。
「会いたいよ…会いたい…」
その男が一歩、また一歩 歩くたびに……、彼の傍の生物達が、いや 自然も死滅していく。
これは呪い。アンクセラム神の摂理に抗ったが故にかけられた、死ねぬ呪い。
「ナツ………」
下界が恐怖している事に 勿論気づいている。
『(これ以上は…駄目だな)』
そう悟ると、殺気と怒気を止めた。視線も反らせた。
『なんだ… 気が変わった…ということか?』
離れていく姿を見て 黒竜はそう聞いていた。
『違うな……、オレはこんな事をする為に、ここに来たわけではない。オレ達の争い。それは 世界を滅ぼしかねない。……そんなことは御免だ』
そう言って翼を広げた。このまま相対をし続ければ、どうなるか 見るよりも明らかだ。
『あくまでも お前は 害虫どもの味方……と言うのだな』
黒竜は、そう呟いた。
その目は…、初めて少し、悲しみのような 切ないような そんな感情が読み取れていた。
『ああ、 オレはお前の前から姿を消す… もう、会うことは無いだろう。……だが、もし 年月が経ち、再び合間見えた時。 その時も、お前が……人間を襲っていると言うのなら……』
もう片方の竜のその目も、黒竜と同じ少し悲しみのようなものが含まれていた。
『オレは 再びお前を止める。いや 何度でも止めてやる。必ずな……。 この命を懸けてでも。捨ててでも。それだけは約束をしよう』
そう言うと同時に、逸らせていた黒竜の眼を再び見た。
『………』
納得は出来ない。 してないが。その目を見れば覚悟の程は伝わってきた。
もう、何を言っても、 自分の真意を変えたりはしないだろう。何故、そう確信できるのか、それは自身がそうだからだ。何を言っても、言われても変えないから。
『ふん……。 約束は出来ない。今も我は奴らを害虫としか思えんのでな、……が、我と同じである貴様と敵対するのも、複雑だ』
そう言って、黒竜は、空中へと飛びあがった。
『……貴様ともう合間見えることが無いことを願うとしよう。……ゼルディウス』
そして、その言葉を最後に飛び去っていった。その速度はまるで光。ものの数秒でその巨体の影も形も無くなっていた。
『………さらばだ。アクノロギア』
ゼルディウスも、その言葉を最後に、まるでこの場にいなかったかの様に、姿を消した。
黒竜アクノロギアと別れてから、一体どれだけの時間が経っただろうか。
その間、ゼルディウスは ただただ人の事を考えていた。
生まれて初めて興味を持ち、人間の世界へと向かった時の事。……そして、出会った人間達の事。
――……出会いと別れを。
『人間、か………』
姿を消した先、霊峰の頂きで、ゼルディウスはそう呟いた。
『随分と…、長い間、思い出していたようだ……。いや 夢を見ていた、と言うのが正しい。……まだ見ていたい。 まだ、足りないんだが、……仕方がないか』
ゆっくりと立ち上がったその巨大な竜の身体が淡く光を放ち出していた。そして、ゆっくりと その光は竜の身体を包み込み、消していく。
『……もう本当に限界、か。あの時 アクノロギアに悟られなくて良かった、な。……オレがもう最後であったとすれば、アレは 何をしでかすか判ったものではない。そして、どこへ向かったのかも、判らない』
ゼルディウスは、アクノロギアの方を向いた。もしも、自分が消え去る事を知っているとすれば、抑止として言った言葉が、《必ず止める》と言った言葉が 無意味になるのだ。……そして、アクノロギアが、これからどこに行くのか、それが わからないのは仕様がないだろう。
『……アクノロギアを止める事は、等々出来なかったな。あの竜が これから何をするのか、しでかすのか、変わらないだろう。……何年経とうとも変わらない』
ゼルディウスはそう言った所で、その竜の体が半分ほどまで消えていた。そして、翼も消滅し、残すは頭部のみ。
――……死と相対した時、その脳裏に何を浮かべるのか。
ゼルディウスの脳裏に浮かんだのが。
『生まれ変わり…か。……願おう。もし、叶うのであれば…な』
竜としての生が終わった。
だが、世界はまだ 続いていくだろう。再び物語の始まる鐘の音が響き渡るだろう。
だから、もし 物語に続きが、新しい物語が始まるのだとしたら。願うのはたった1つだけだった。
――……願わくば、また あのギルドに。《フェアリーテイル》に…。
『ははは……』
ゼルディウスは、気づけば考えていた。最後に居た場所の事を。……人間達の事を。あのギルドの事を思い出していた。己の死の切欠となった場所と言えばそうだ。だが、それでも構わない。と思わせた程の場所。……居場所、と言える場所。
『人間……か。オレの中での人間と言うモノは何か。……もう そんなのは 決まっている』
そして、頭部も消滅しかかったその瞬間。
『愛おしい存在……だ。………なぁ? 炎王竜。……お前の、気持ちが、よく判った……よ』
その言葉を最後に、ゼルディウスは、人を愛した竜は……消え去っていった。
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