私の宝物 超能力 第3話
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
私の宝物 超能力 第3話
「まさかぁ? ……おい! 誰か表通りの方を見て来いよ」
幸男は仲間の一人に告げた。暗子はベンチに腰を掛けたまま相変わらず震えている。
数分後、幸男の仲間が息を切らしながら戻って来た。その顔は真っ青だ。
「た! 大変だ。タンクローリーが横転して幸男とこの車がその下敷きになって運転手が……」
「な、なに!! それは本当か?」
今度は仲間と幸男が真っ青になり、ガタガタと震い始めるのだった。慌てて幸男達は表通りに走った。
やがて目の前にした事故現場の惨状は凄まじいものだった。
タンクローリーの前輪タイヤがバスして対向車線にはみ出して、数台の車と正面衝突した。現場は戦場さながらの大惨事になった。
流石にA級ライセンスの腕前でも、突発的な事故は防ぎようがなかったようだ。衝突の反動でタンクローリーから、油が漏れ出して火柱をあげていた。
時間は夜の十時三十分を回っていたが、大都会東京の夜は戦場そのものだった。片側三車線の広い通りは火柱をあげて数十台の車にも引火して大爆発を引き起こしたようだ。
幸男は運転手が心配で飛び出したが、現場を警備している警官に止められた。
集まった野次馬も、凄まじく燃え上がる炎に逃げ回りパニックになった。
その事故現場を目の前にし、幸男と仲間達それに暗子は呆然と立ち尽くしている。幸いにも、お抱え運転手とタンクローリーの運転手は重症だが生きてはいるそうだ。と云うものの重体だ。社会復帰が出来るかどうかは不明だと言う事だ。幸男は改めて暗子を見た。
先程までの威勢は何処へやら、幸男が蒼ざめた顔で暗子に言った。
「さっきは疑ってゴメン。君は命の恩人だよ。なんと言って感謝して良いか、もしも、あの車に乗っていたら僕等は多分死んでいたと思う。本当にありがとう。でもどうして、そんな事が分かったの?」
「いいえ、信じないのは当たり前です。でも私の心には見えたのです。でも運転手さんが重症を負ってしまった事は残念だわ」
「いや、さっき家に電話して係りの者を病院に向かわせたよ。彼を今は祈るしかないけど、でもどうして?……本当に予知能力があるとでも」
「私にも良く分かりません……でも時々ですが、先の事が見えるのです。私も最初は夢を見ているような幻想に襲われて、ここ数年前からなのですが病気なのかも」
「病気じゃないよ。それは君の宝物だよ。その宝物が僕を救ってくれたんだよ。でないと僕は多分、いや間違いなく死んでいたかも知れない。今頃は車の中で火達磨になっていただろう。想像しただけで恐ろしくなるよ。本当にありがとう」
それから一週間後、幸男からお礼がしたいと連絡があった。命の恩人に両親がぜひ会いたいと言われ。礼なんか要らないと何度も断ったのだが。五回も誘われては礼に欠くと仕方なく誘いに応じたのだった。
幸男は今、父が経営する本社に勤めている。一応役職は主任だが、いずれは社長を継ぐ身だ。
幸男も親も忙しい身だ。時を改め二週間後に来て欲しいと暗子に伝えた。
一方の暗子は招待を受けたのは良いが、財閥の家に招かれても貧乏な暗子は、どんな格好で行けば良いのか悩んだ末、事の次第を母に相談した。
「そんな事があったのかい。でも無事で本当に良かった。母さん安心したよ。命の恩人って言われたのかい? お前が危険を感じて、その人を引き止めたんだね」
「え? 母さんどうしてそんな事を知っているの」
「だってお前の母親だよ。お前に予知能力がある事は薄々知っていたよ。妹の洋子の時もそうだった。確かあの時、遊びに行くのを引き止めた事があったね。その後やはり交通事故があって洋子が通る道だったよ。それ以前にも似たような事があったし、今回の事で確信したよ。もしかしたら貴女にはそれ以上の、能力があるかも知れないわ」
「自分でも良く分からないの。予知能力が自分にあるなんて……。なに? それ以上の能力って? 私、病気なの怖いよ」
「うーんエスパーつまり超能力かな。決して病気じゃないよ」
「まさかぁ、ドラマじゃあるまいし」
「ううん、暗子は生まれた時から不思議な力があった。確信はないけど悪い事じゃないし。でも実際そう人間は実際に居るのよ。有名なのはユリ・ゲラー。エドガー・ケイシーとか日本でも御船千鶴子なんて沢山いるのよ」
「不思議な力ねぇ……今回の事も確かに危険を予知したし……まぁいいわ。人の為になるのなら」
他人が聞いたらエスパーとか超能力とか言っている二人は笑われるかも知れない話だった。
話題は招待された話に戻った。
「でも招待されても、洋服もないし社交場のマナーなんて知らないし……」
「それは心配ない。昔ね、母さん結婚式場に勤めていた事を知っているでしょ。だからある程度のマナーなら教えられるよ。まかせなさい」
「そっかぁ、そうだったね。母さん見直した」
そう言って暗子は笑った。
時間は二週間ある。暗子の社交マナーの特訓が始まった。
挨拶の仕方、言葉使い、食事のマナー、歩き方など母は知っている限りの事を教えた。
母は招待日の一週間前に昔勤めていた結婚式場を訪ねた。遠い昔だが社長は知っている。そのよしみで貸衣装を安く貸してくれると云う。暗子を連れて衣装合わせをした。
「母さん、勿体無いよ。それにこんなの着馴れていないし」
「何を遠慮しているのよ。こんな日の為に少しは貯金しているのよ。心配しないで」
暗子は身長一六八センチある。女性としては大きい方だ。ほっそりしているから大柄には見えない。
普段はジーパンにスニーカーだから、着替えたらまるで別人のようだった。
そんな姿を見て母は涙が零れて来た。本当はこんな綺麗な娘なのに、貧乏から抜け出せなくて年頃の娘なのにと。
母はその帰りメガネ店に誘った。近眼のメガネではなくコンタクトにした。
そして招待日の早朝、母が予約してくれた美容院に生まれて初めて行った。
貸衣装を身に付け、美容院に行きメガネからコンタクトに代えた。馴れないコントクとも数時間したら目に違和感もなくなった。母はまた涙した。
「暗子……綺麗だよ。本当に綺麗だよ。こんな綺麗な娘だったと母でも気が付かなかったよ」
「母さん誉めすぎだよ。娘にお世辞を言う親なんて聞いた事がないわ」
「お世辞なものか、鏡を見てご覧。本当に綺麗なんだから」
暗子は余り見ようとしない鏡を恐る恐る見た。これが私? 自分でも驚いていた。そして苦労をかけた暗子へのささやかな、母からの贈り物だと微笑んで送り出してくれた。
つづく
ページ上へ戻る