戦国異伝
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第二百三十二話 本能寺においてその三
「よいな」
「まさかと思いまするが」
「そのまさかじゃ、わしもその為に全てを整えておいたのじゃ」
「その時に備えて」
「そういうことじゃ、だから御主もじゃ」
「まあそう仰るのなら逃げますが」
長益は信長にすぐに答えた。
「それがしも」
「そうせよ、そして奇妙もな」
「何があろうともですな」
「逃がすのじゃ、引っ張ってでもな」
「わかり申した、それでは」
「そういうことでな、わしも逃げるからな」
当の信長もというのだ。
「当然な」
「兄上は退きが見事ですな」
「退きが一番大事じゃ」
「戦においては」
「戦は勝つことも負けることもある」
そのどちらもあるというのだ。
「それでじゃ」
「退きがですな」
「大事じゃからな」
それ故にというのだ。
「わしは昔から退きのことを学んでおった」
「そして実際にも」
「退くとならば常にな」
「金ヶ崎の時の様に」
「逃げてみせる、今もな」
「ではその時は安土で会いましょう」
「またな」
「そうならぬことを祈りますが」
それでもと言う長益だった、そしてだった。
長益は二条城、信忠のいるその城に戻った。そこで信忠と共にその二条城の間取り図を細かく見てだった。
その中でだ、信忠が言った。
「ふむ、ここは」
「そうですな」
長益は家臣として信忠に応えた。
「何かあれば」
「この抜け道から城を出て」
「そのうえで難を逃れ」
「後は都を出てですな」
「安土まで落ち延びればいいですな」
「そうですな、ただ」
ここでだ、信忠はこうも言った。
「まず逃げるのは女房衆で」
「今城にいる」
「それから我等ですな」
「いや、まずはお館様です」
長益は信忠に強い声で返した。
「お館様がお逃げ下さい」
「それがしがですか」
「はい、織田家は若し上様がおられずとも」
信長、彼がだ。
「それでもです」
「それがしがいればですか」
「跡継ぎであるお館様がおられれば」
それで、というのだ。
「もちます、ですから」
「まずはそれがしがですか」
「お逃げ下さい」
その抜け道からというのだ。
「そうされて下され」
「しかし女房衆jは」
「それがし達が逃がしまする」
長益は信忠に約束した。
「ですからご心配には及びませぬ」
「しかしそれがしが最初に逃げるのは」
信忠は叔父の言葉に顔を曇らせて返した。
「どうにも」
「武士として、というのですな」
「卑怯だと思いまするが」
「生きていればこそ織田家も安泰なのです」
長益は信忠にまた言った。
ページ上へ戻る