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剣術

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第六章

 一時間程のその剣術を見てだ、彼は言った。
「拙者なぞ足元にも及ばぬ」
「そう言ってくれるか」
「見事でござった」
 こう言った木久蔵だった。
「素晴らしきものを見せて頂き感謝致す」
「満足してくれた様で何より」
「しかし」
 ここでだ、木久蔵はこうも言った。
「ベール殿がどの様にして剣を使われるかと思ったが」
「本来の姿ではな」
「やはり使うことが出来ないと」
「蜘蛛の姿ではな」
 足は八本ある、しかし手がないので剣が使えないことも道理だ。それで彼も本来の姿では剣を使えないのだ。
 しかしだ、人の姿になればだ。
「この姿なら使える」
「人の姿なら」
「これでわかって頂けたか」
「充分に」
 確かな声でだ、木久蔵は答えた。
「わかったでござる」
「本来の姿で剣は使えずとも」
 それでもというのだ。
「人の姿になればいい」
「剣を使える姿になれば」
「いいのだ」
「そのこともわかったでござる」
 存分にだ、こう話してだった。
 木久蔵はベールに深々と頭を下げて言った。
「有り難いことを教えて頂き感謝致す」
「それでこれからどうされる」
「見たいと思っていたものは見せて頂いた」
 ベールの剣技、即ちそれをというのだ。
「拙者の未熟さも知った」
「その剣の腕の」
「さらなる修行が必要でござる」
「ではこれからも旅を続けられるか」
 旅、即ち武者修行をというのだ。
「そうされるか」
「いや、もう地獄に戻らねばならぬでござる」
 木久蔵は少し残念そうに笑ってベールに答えた。
「拙者これでも宮仕えでござる」
「あちらの地獄のか」
「この度も十王の方々に無理を言って許してもらった旅」
「だからか」
「もうこれで帰るでござる」
 地獄、彼が本来いるそこにというのだ。
「そして宮仕えに戻るでござる」
「そうされるか」
「されど剣の修行は続けるでござる」
 このことは忘れないというのだった。
「そうするでござる」
「ではまた縁があれば会おうぞ」
「その時には拙者の剣技を見て頂くでござる」
「見たところ貴殿もかなりの腕だが」
 木久蔵を見ての言葉だ。
「今以上に」
「よければ今ここで見て頂くでござるか」
「いや、見てわかった」
 今の木久蔵の腕はというのだ。
「その身のこなしから」
「それでわかったでござるか」
「左様」
「相手の動きだけでその腕がわかる」
 木久蔵は静かに言った。
「拙者そこまでは至っておりませぬ」
「では」
「その域に至ってから再びお会いしましょうぞ」
「さすればその時に」
 こう言葉を交えさせてだった、そのうえで。
 木久蔵はベールに頭を垂れて別れの挨拶をしてだった。そのうえでベールの屋敷を後にし地獄に戻った。そして地獄でも修行を続け己の剣の腕を磨いた。ベールの域即ち相手を見ただけでその腕がはっきりとわかるまでに。その他にもベールから教わったことを常に思いながら。


剣術   完


                          2015・7・18 
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