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姉ちゃんは艦娘

作者:おかぴ1129
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3.姉ちゃんは残念……?

 比叡さんがうちに居候し始めてから、一週間のうちに数回、憂鬱な朝を迎える日が出来た。

「今日の朝ごはん担当は比叡ちゃんよ~」

母さんのこのセリフは、憂鬱な一日の始まりを意味する。その日の最初のタスクとして、僕と父さんは朝から空元気を絞り出さなければならない。

「きょ、今日は比叡ちゃんが朝ごはん担当なのか?!」
「はい!! 気合! 入れて!! 作りました!!!」
「た、楽しみだな?!! なぁシュウ?!」
「そ、そうだね父さん! ははははははは!!!」
「はははははは!!!」

 比叡さんは明るく元気な人で、表情もくるくるとよく変わり、笑顔が素敵な人だけど、いくつか残念なところがあった。

「と、ところで比叡ちゃん? き、今日の朝ごはんは何かな?!」

すでにテーブルには完成した朝ごはんが並んでいるのに、父さんはそんなことを言う。そしてそれには、ワケがある。

「はい! ハムエッグとお味噌汁とご飯です!!」
「ははは! な、なるほど!! それにしても黄身が青い目玉焼きなんて斬新だなぁシュウ?!」
「そ、そうだね父さん?! エメラルドグリーンなお味噌汁だなんて僕も初めて食べるよ?!!」

そう、うちに居候し始めてまだ間もないころ、比叡さんが作る料理は、大抵おかしなことになっていた。それも、ただの失敗とは思えない失敗が多い。今日の料理でいえば、ハムエッグの目玉焼きは半熟の黄身の色が黄色ではなく鮮やかな青色になっていて、味噌汁の色は某スタンドのようなエメラルドグリーンだった。よく見たらスジが浮いていて、脈動しているように見えた。

「よして下さい照れちゃいますよぉ……もじもじ」

僕達の言葉を受けて、いつも比叡さんはもじもじと恥ずかしそうに身体をよじる。どうも僕達の社交辞令を真に受けているようだ。違うんだ。違うんだよ比叡さん。

「で、ではいただきまーす!!」
「どうぞお召し上がり下さい! シュウくんも食べて食べて?」
「い、いただきまーす!」

そしてやはり味も見た目通りな感じだ。目玉焼きは苦酸っぱく、味噌汁はなんだかカブトムシのカゴのような匂いが口いっぱいに広がって力づくで鼻から抜けていく……一体何を入れれば味噌汁の色が鮮やかな緑色になり、どう焼けば目玉焼きの黄身が金属色を帯びた青になるのか、逆に興味が湧いてくる。

「ち、ちなみに比叡さん?」
「ん? なーに?」
「め、目玉焼きはどんな風に焼いたの?」
「えー……それは秘密だよぉ~……もじもじ」

気付いてくれ……その作り方はやってはいけない作り方なんだよ比叡さん。

「でも比叡ちゃんの料理っていつも斬新よね?。私も勉強になるわ?」

本気か母さん……頼むから感心してないで比叡さんを全力で止めてくれ。

「でもこうやって作ってくれると、母さん楽だわ~」
「ありがとうございますお母様!!」
「父さん」
「ん?」
「たとえば母さんが毎日朝ごはんを作る……そんな、なんでもない日常って、かけがえのない幸せなんだね」
「その歳で気付けただけでも、父さんはお前を親として誇りに思う。俺の子育ては……間違ってなかった……ッ!!」
「おかわりもあるからいっぱい食べてね!!」

 比叡さんが朝食当番の時は、家を出た後で父さんとコンビニで合流し、男二人でパンを買って食べるのが恒例になっていた。もちろん、事前にトイレでのプライベートタイムを済ませたうえでだ。

「母さんと比叡ちゃんには内緒だからな……」
「分かってる……わかってるさ父さん……」

 戦慄の朝食を終えると学校が待っている。そして学校で一日の授業が終わり部活が終わると家に帰るわけだけど、今日はなんだか腹が減って仕方がない。

「うう……腹減りすぎだ……」

 家に帰れば母さんが晩御飯を作ってくれているわけだが、さすがに目が回ってくるほどの空腹は耐えられない。ぼくはハンバーガーでも食べて空腹を紛らわすために、通学路の途中にあるファストフード店『ハニービーンズ』に入った。

「気合! 入れて!! いらっしゃいませ!!!」

ん? この不必要な気合がこもった特徴的でリズミカルな声は……

「あ! シュウくん!!」

声の発生源と思しきレジカウンターに目をやると、このハニービーンズの制服に身を包んだ比叡さんが、100万ドルの笑顔でこっちに向かって手を大きくブンブンと振っていた。

「比叡さんなにやってんの?!」
「何って、バイトだよ?」
「え?! なんで?!」
「だって私、シュウくんちにお世話になってるんだよ? せめて少しだけでも、生活費を入れようと思って!!」

僕は比叡さんが待つレジカウンターに歩み寄った。うん。悪い人ではないんだこの人は。悪い人ではないんだけど……

「だから今日から私……気合! 入れて!! がんばるよ!!!」
「そ、そっか。とりあえず、注文いいかな?」
「はい!」
「え、えーと、チーズバーガーを一つ」
「ご一緒に! ポテトは!! いかがですか?!」

そのトリプルリズムに何かこだわりでもあるんですか比叡さん……?

「え、け、結構です……」
「今ならシェイクもお得だよシュウくん!!」

比叡さんはそういって僕に0円スマイルではないお日様のような笑顔を向けてくれる。この笑顔で一体何人の男性客が陥落するだろう……

「あ、いや、ちょっとおなか空いただけだから、大丈夫です」
「そっかー……しょぼーん……」

目に見えて残念そうに落ち込む比叡さん。これがもし僕にポテトとシェイクを買わせるための演技だとしたら、比叡さんは、恐るべき実力を秘めた魔性の女だ。

「ご注文、チーズバーガー一つで130円です……しょぼーん」

クソッ……これは作戦だ絶対。僕に罪悪感を植え付けてポテトやらシェイクやらのサイドメニューを買わせるための作戦なんだッ……負けるなシュウ! 比叡さんのしょぼん攻撃に負けるなッ!!

「じゃあチーズバーガー作ってくるから、お金準備して待っててね!!」

130円130円っと……ん? なんか今穏やかではないセリフを聞いた気がするぞ?

「ちょっと待って比叡さん! 比叡さんが作るの?!!」

僕が比叡さんに問いただそうとした時には、すでに比叡さんの姿はレジカウンターにはなく、キッチンの奥の方に消えていたようだ。この店はキッチンがカウンターからは見えない作りになっている。

「バカな……比叡さんがチェーン店のメニューを作るというのかッ……?!」

 直後、キッチンの奥から悲鳴と怒号が聞こえてきた。

「バカッ!! 違うわよッ! それはパティにかけちゃダメッ!!」
「す、すみません店長?!!」
「さっき教えたばっかりなのに出来ないだなんて、そんな子はクビよッ!!」

あらら……店長ずいぶん厳しいな。ちなみにここの店長は筋骨隆々な男だ。いつも上着のワイシャツがはちきれんばかりの筋肉を誇示している。『ケツを店長に向けるな』が、僕達の合言葉だ。やたら厳しいのは女性が嫌いだからか?

「そ、そんな! お願いします店長! クビだけは勘弁してください……!!」
「アッ!! ちょっと待って!! やめてアタシの髪の毛引っ張らないでッ!! アッ!!」

比叡さんが何をやっているのかが非常に気になる。相手に謝りながら相手の髪の毛を引っ張るって、どんなシチュエーションだ?

「ひぇえええ!! て、店長の髪の毛がッ?!! はッ……ハズれ……?!!」
「イヤァァアアア!! カツラがぁあああ!!!」
「ひぇええええ!!! ごめんなさいぃいい??!!!」

 次の瞬間、左手に何か黒い物体…―後にそれは、店長のカツラと判明した―…を握りしめた比叡さんと、その比叡さんを追いかける店長がキッチンから走りながら出てきた。その光景はなんだか小さい頃に見たトムとジェリーのようだ。本家と違うところは、ジェリー役の比叡さんの顔が本当に切羽詰まってる感じで、泣きながら比叡さんを追いかけるトム役の店長の頭が禿げてることぐらいだ。

「な、何やってんの比叡さん?!!」
「に、逃げようシュウくん!」
「ヤメテェエエエ!! せめてカツラは置いて行ってぇええ!!」

比叡さんは僕の手を引き、ぼくはそんな比叡さんに引きずられる形で、逃げるように店を出た。店長のカツラは……どうやら僕が気付かないうちに比叡さんがお店に投げ捨ててきたようだ。

 そう。比叡さんはドジだ。致命的にドジた。料理は出来ないし、ありえないほどにドジ。せっかく顔は整ってるしよく笑って魅力的なのに、こんなに残念な女の人は他に聞いたことがない。

「ゼハー…ゼハー……ごめんねシュウくん……クビになっちゃった……」
「いや……別にいいけど……ゼハー……」
「でも今のままじゃお世話になりっぱなしだし……どうしよう……ゼハー」

 そして、比叡さんは真面目で律儀で義理堅い。時々悪夢のような朝食を作るのも、こうやって自分に合いそうもないバイトをやろうとするのも、一重に『うちに世話になりっぱなしだから、少しでも恩を返したい』という気持ちの表れと、焦りから来る行動なのだろうと思う。

「比叡さんは、少なくとも僕には何も悪いことはしてないから、謝らなくていいよ」
「でもシュウくん……」
「比叡さん、今はどうすれば自分が家に帰れるか、それを第一に考えようよ。うちは母さんも父さんも、好きで比叡さんをうちに置いてるんだ。心配することなんか何もないから」

「シュウくん……じーん……」
「焦らずに一歩一歩行こうよ」
「そうだね。私、色々焦ってたみたいだね」

よかった。分かってくれた。明日からは比叡さんも少し落ち着くことだろう。

 そのあとは二人でコンビニに入り、パンを買って公園で食べたあと、家に帰った。比叡さんは何か思うところがあったようで、少し考え込んでいたのが気になったが……

「シュウくん、今日は色々ありがとう」

そういう比叡さんの顔はいつものお日様のような笑顔だった。心配することはなさそうだ。明日からは比叡さんも少しは落ち着くことだろう。

 次の日の朝、母さん作の朝食を食べながら平和な食事のありがたみを噛みしめる僕の目の前に、突然大きな弁当箱がドスンと置かれた。犯人は比叡さん。

「……比叡さん、これは?」
「シュウくんの今日のお弁当!! 昨日お世話になったからそのお礼に、今日は私が作ったよ!」
「ファッ……?!」

僕は反射的に母さんの顔を見る。今までは、たとえ比叡さんが朝食を作っていても、お弁当は母さんが作っていたのに。

「いやぁ、気にしないでいいのよって言ったんだけど、“今日はどうしても私が作りたいんですッ”て言われちゃうとねぇ」

言われちゃうと……ではない。そこは年長者の威厳で命がけで止めて欲しかったよ母さん……。

父さんを見ると、何やらニヤニヤした顔でこっちを見ている。

「シュウ?……よかったなぁ比叡ちゃんの弁当だなんて。いやぁ~父さんは羨ましいよ」

嘘つけ。そのニヤニヤは人の不幸をあざ笑っている表情だ。

「ひ、比叡さん、昨日のことは気にしないでいいんだって」
「んーん。昨日のシュウくんの言葉、私にとってとても的確なアドバイスだった。そのお礼がしたかったの」
「いいのに……」

本当は断りたかったけど、比叡さんのこの笑顔を見てると、断るのが申し訳ない。

「……分かった。ありがとう。このお弁当いただきます……」
「やった! ありがとうシュウくん!! 今日帰ったら感想聞かせてね!!」

ホントの感想なんて言えるわけ無いだろうと思いつつ、僕は学校の昼食の時間に、意を決して比叡さん作のお弁当を開けてみた。

「……あれ? 意外と普通だ」

そう。最初は信じられなかったが、お弁当は普通に美味しかった。ご飯に海苔で『気合』と書いてあったのは少し恥ずかしかったけど。でもなんでこの普通の料理が朝作れないんだよ比叡さん……

「あり? なんだその気合って」

比叡さんの弁当を岸田が覗きこんできた。

「んー。ちょっとね。今日は母さんじゃなくて同居人の人が作ってくれたんだ」
「同居人ってなんだよ。つーか気合ってなんだよ変だなぁ」

この段階で、ぼくは岸田を張り倒したい気持ちをグッとこらえた。帰ったら比叡さんにそのことを褒めてもらおう。

 それとあともうひとつ、ちょっとうれしかったことがあった。それは、玉子焼きを食べた時の事だった。

「……あ、玉子焼きはしょっぱい派なんだ」

 前言は撤回する。比叡さんは、確かにドジで、気合が空回りする残念な女性だ。だけど、表情がくるくるとよく動いてお日様のような笑顔が素敵な女性だ。そして、玉子焼きの趣味が、僕と一緒の女性だ。
 
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