破壊ノ魔王
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一章
1
ある寂れた街。砂漠に閉じ込められた王国の隅の小さな街には、これといって観光するものもなく、肉体労働ばかりが続き、疲労と貧困から街人の心は荒んでいた。着るものも、明日食べるものも、どれもが貧しく何一つの娯楽もない。
あるとすれば、たった一軒の酒場。酒を飲むことで大人たちは、現状の不満を紛らわしていた。
その酒場にひとり、黒ずくめの男は現れた。男は上等な黒いコートで身を包んでおり、それをなびかせて、白い目をむける客には目もくれずに空いた一席に腰かけた。
「ウイスキーを」
「……お客さん、一杯のんだら帰ったほうがいいよ。この街は余所者には優しくない」
小太りの店主は声を潜めた。周りの白い目は嫉妬と羨望で小さな殺気を匂わせている。酒をのんで自我を失えば、何かが起こってしまう可能性があると、店主は判断したのだ。
「貧しい街だな」
男は安物の酒に少し顔をしかめた。試しにワインを注文するも、それが上質なわけもなく、再度ウイスキーを頼んだ。
「お客さんも勇気がある。でも、この街の人間は腕っぷしはあるから、気を付けないと。これで最後に……」
「店のマスターなら、あんたはカモが来たと思っとけよ。揉め事が起きようが、客と客の問題だ。そいつらに片付けさせればいいんだよ」
まるで他人事のように男はそう言って、懐からタバコを取りだし火をつけた。タバコの高価な煙が漂う。
「……ほんと無謀な人だね。何しにこんな変境地まで?」
「通りがかりにな。ちゃんとした部屋で休みたいんだけど……宿とかはないらしいな」
「人の来ない街だからね……忘れられた街さ。早く国か政府か、助けてくれたらいいんだけど」
「望み薄だな。世界政府は、まずありえない」
「はは……そのとおりだね」
世界政府とは文字通り、世界の統括を行う組織である。各国にそれぞれの政治があるのだが、それが間違った方向へ行かないよう導く組織だ。国の貧困を救ったり、国同士の争いに歯止めをかける役割が大きいが、何よりも絶対的な権力を握り、神と崇められるまでに至った雫神の一族へと反乱を止める役割が大きい。
こんな辺境の街を救う組織ではない
「それよりもお客さん、いったいどうしてこんなところへ?なんの楽しみもないだろう?ここは」
「……世界めぐり」
「へぇ!珍しいねぇ!今時そんな冒険者みたいなことをする若者はいないと思ったよ。空路かい?海路?」
「空。遅いのは好きじゃない」
「へぇ……いいね。でも経費がバカにならないだろ?」
男は小さく笑い、一気に酒を飲み干した
会計の用意をする店主だが、その前に扉が開け放たれた。
「ごきげんよう、クズ諸君!」
スーツを着た男たち数名。彼らが現れた瞬間、客の顔はひきつり、バタバタと帰り支度を始めた。しかし、突き立てられた銃を見て、動きは止まる
「逃げんじゃねぇよ。回収だ、回収!」
横目でその様子を眺めていた男は小さくため息をつき、椅子に深く座り直した。そしてもう一杯、ウイスキーを注文する
「運がなかったね、お客さん」
「まったくだ。どいつもこいつも邪魔ばっかりしやがる」
店主がその言葉に疑問を投げかける前に、それは始まった。彼らが言っていた"回収"だ。
「よぉよぉ、クズAさんよお?まだお支払が済んでないよね?なんでこんなとこで贅沢しちゃってんのおー??」
「こ、これはマスターからいただいて……。お金なら払います!でも今は……」
「今いるんだよ!今!なんでお前なんかのために待ってやらないといけねぇんだ??金がないなら、娘を差し出せ!ボロ雑巾になるまで使ってやる!」
「そ、それだけはどうか……」
「なんか言える立場かよ、こらぁ!」
銃を構えた体格のよい男たちに囲まれ、華奢なリーダーらしきものが、ひとり威張り散らす。ひとりひとりに暴言をはき、多額な金を要求していく様子は横暴以外になにものでもなかった
「……この街は、見ての通り、みすぼらしいでしょ?」
「まぁな」
「仕事はないですけど、ほんとは人が生活するには問題ないんです。ほんとうはね。でも……あの異常な役人のせいで馬鹿みたいな税金を支払わなくちゃいけない。街を出ていこうにも……あの砂漠を超えるための資金が足りない。みんな追い詰められてるんですよ」
「全員でぶっ飛ばせばいいじゃねぇか。あんなひょろいやつ。銃だって正面以外には飛ばねぇんだし」
「そうしたこともあったんです。でも……あっちにはティナ持ちがいるんです」
ティナ
その言葉にピクリと男は反応した。そして口の端を少し歪める
「へぇ……」
客の全員が怒鳴られ、暴力を受けたあとだろうか。少し息を切らせた役人は、ずかずかとカウンターに向かい、店主の前にたった
「次はお前だ!」
「……うちはきちんと払いましたよ。確認されてないんですか?」
「ははは!知らねぇなら教えてやる!店を開くような金が手にはいるって約束されてるやつは税収がアップするんだよ!ばかめ!」
「な!そんなこと聞いてませんよ!」
「当たり前だ!さっき決めたんだよ!ほら、これが契約書」
「認めません!こんなもの……」
「じゃあ店じまいだねー。家族みんな飢え死にだねー。頑張って砂漠を超えてみたら?その体も骨になってスリムになるんじゃねぇ?あ、いっとくけど、出ていくのにも金払ってもらうから。ハハハハハハ……ブハ!!」
店主はわなわなと手を震わせて歯をぎりりと噛み締めた。その様子にさらに笑い声を高める役人だが、その笑い声は咳き込む音へとかわった。大口開けた下品な笑いは喉奥に入った氷で止められたのだ
「ぶ!が!!!はっっは!!……でめぇ……な、なにじやがる!」
氷を投げたのは、隣にいた黒服の男。空いたグラスに余った氷を的確に口のなかへ投げ入れたのだ。
「うるせぇ」
「な、は、はぁ?!何したのかわかってんのか!?役人だぞ、やくにん!!」
「だからなんだよ。人がゆっくり休んでるっつーのに、ガタガタと安物スーツを着て喚くんじゃねぇよ」
「なぁ???」
店内の様子が険悪になった。銃は全て男に向けられ、怯えた客たちは壁際で様子を見守り、店主も後ずさりしていった。
男は変わらず、険しく鋭い目で睨むわけでもなく、ただ横目で見ていた
「お、お前よそ者だな!入国章は!?金は払ったのかよ!」
「あいにくVIPでね。そんなめんどくさいものは必要ないことになってる」
「でもこの街じゃ違うんだよ!ほら全財産の80%だ!早くしろ!!入街金だ!無いなら死ねぇ!」
「……さっきから、聞いてねぇのか?弱小」
役人はひとこと聞き返そうとした。しかし、引き金を引くよりも早く伸びた手がそうはさせなかった
「うるせぇっていってんだよ」
顔面を捕まれ、そのままカウンターに叩きつけられる。店内に歯が折れる嫌な音が響いた。
「ぎゃあああああああああああああ!!!!」
泣きじゃくりながら銃のもとへ這いよる役人。男はそれに対して気にもかけず、勝手にカウンターから酒瓶をとりそのまま口にした
「こ、こほせ!ばやく殺ぜぇえええ!!」
銃の引き金がや っと引かれた
当然のように放った先に男はおらず、ひとりを蹴りとばし、彼もまた銃をぬいた。
黒く輝く、美しい2丁の拳銃だ
黒の銃は次々と放たれ、役人たちの掌ばかりを正確に射撃していく。役人の撃つ銃は男にかすることもなく、壁や机にめり込んでいった。
手のひらを撃ち抜かれ、そして外へと蹴り飛ばされる。そうしていくうちに、役人たちはみな外へと投げ出されていた
「な、なななな……」
「見かけ倒しだな。撃ち方は知ってても傷つけ方は知らないらしい」
「わ、笑ってられるのも今のうちだぞ!よそ者がぁ!おい、あいつを呼べ!」
あいつ。
その意味はだれにでもわかる。恐怖で萎縮する人のなかで、男はひとり笑った
「いいぜ。呼べよ、そのティナ持ち。日も落ちていい頃合いだ」
男は笑う。ニヤリと、口の端を歪めた恐怖を感じさせる顔で
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