私の宝物 超能力
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私の宝物 超能力
前書き
人は生まれた時から、その環境によって人生は大きく左右される。
生まれながらにして金持ちの家に生まれた人間。普通に行けば贅沢な暮らしと幸せが保証される。
では生まれながらにして貧乏な家に生まれた人間は? 運か努力で這い上がるしかない。
武将で有名な名言がある。徳川三代将軍、家光である。将軍に就任時、各大名を集めて
「余は生まれながらにしての将軍である」
と大名達を威嚇し黙らせた説がある。初代将軍家康は誰もが認める武将で天下を取ったが二代目秀忠はどちらかと云うと父の後ろ盾でなんとか務まったが三代目目で徳川政権も終わり再び乱世の時代に入るだろう。そう思い虎視眈々と次の天下を狙う武将が出てもおかしくはない中で家光の一喝が効いた。
私はお前達と身分が違うのだと権力の違いを示し、侮れない将軍を植えつけた。
一方、貧乏百姓の息子として生まれた豊臣秀吉は運と行動力と人脈を利用し天下に登りつめた。ここで例えるなら主人公は秀吉となる。その秀吉と家光が時代を超えて平成の世で遭遇したら、どうなるのだろうか。生まれながらして裕福な家で育った男と貧困家庭で生まれた主人公には神様くれた宝物があった。
物語は武将と関係なく天下取りでもなく現代の若者同士の遭遇で何が起きたか。
第一話
ここに対照的な二人が遭遇する所から物語は始まる。
日陰暗子(ひかげくらこ)は生まれた時から貧乏だった。
名前の通り、日陰家は代々貧乏から抜け出せなくて日陰のように生きて来た。誰が悪い訳でもないが。そんな家に生まれた運命には逆らえない。
不思議と日陰家は代々病気がちで、働き手の男達は病に臥せる者が多く、もっぱら女性達が生活を支えて来た家系であった。
その暗子も例外ではなかった。父は病気がちで定職が持てずアルバイトの収入しかない。それでは生活が成り立たない。母もパートに出て働いた。
だから暗子は小学生の時から家事の手伝いをして家計を助けて来た。
だが、そんな暗子には宝物があった。
貧乏でも暖かい家族、何故かちょっと先の出来事が分かるのだ。
つまり予知能力が備わっていた。貧乏でも慎ましく生きて来た暗子へ神様の褒美なのだろうか。
その予知能力が暗子の宝物だが、ただ実感としてそれが予知能力だという認識を暗子は持っていない。 ただの偶然の出来事と思い込んでいる。だから家族にも、誰にもそんな事は話をした事もない。
そんな世の中に貧乏な人がいるかと思えば、生まれた時から恵まれた環境で育った人もいる。
一方こちらの富田幸男は貧乏とは、どう言うものかも知らないし裕福が幸福とも感じていない。今の生活が当たり前だと思って生きている。先祖代々から豪商の家系で育ち、現在は日本でも有数の財閥であり英才教育を受け将来は親の後を継ぐ身分である。幼い頃から側には執事が付き、廻りの世話をしてくれる。
高級車で送り迎えは当然の事で、出かける時も帰宅する時もメイド達、数人が玄関前に勢ぞろいし、「いってらいしゃませ」「お帰りなさいませ」の生活だ。
幼稚園から大学まで有名私立校で高校生の頃から経営学を学び、父の後を告ぐ準備は出来ていた。
勿論欲しい物はなんでも手に入るし、友達だって上流社会の人間ばかりだ。
幸男の宝物と言われても何が宝物かは、裕福過ぎて分からないし考えた事もない。スポーツは万能で面構えも悪くない。特に気取る事もなく全てが人を惹きつける魅力を兼ね備えていた。
そんな対照的な二人、日陰暗子と富田幸男が偶然にもコンサート会場で出会ってしまったのだ。
共に二十五歳だが、そのコンサートのチケットを暗子はカップラーメンの懸賞で偶然にも当たったものだ。
一方の幸男は今日ライブを開くイベント会社は、富田財閥の子会社にあたる。
だからチケットは好きなだけ自由に手に入れる事が出来る。交際範囲も広く、数人の友人達とライブを観に来たのだ。二人は対照的なチケットの入手方法だった。
上流社会で生きる人間と、その日、食べる物にも苦労する人間、なんの接点もないそんな二人を暗子の持つ宝物が引き寄せたのだ。二人の出会いを前に、ここで日掛暗子の生い立ちを、少し語らなければならない。
暗子には幼い三つ子の妹弟がいた。随分と年下の妹弟だが、十年ぶりかに授かった子供に母は喜び、暗子も妹弟が出来て喜んだのだが、それも束の間、一人っ子の暗子を養うだけでも大変だったのに、いっぺんに三人も増えては養う自信を無くした父は、母と暗子と三つ子を捨てて家を出て行方知れずとなった。
家族を捨てたのも許せないが、父は暗子が産まれた時に酔った勢いで暗子の名前を、ふざけ半分で暗子として出生届けを出した事だ。
そのふざけた名前のせいで暗子は友達に笑われた。しかし簡単に名前を変更出来ず辛い思いをして来た。
その父が家出して母はそのショックからか病にふけ、母に代わり生活を支えて来たのは暗子一人となった。
暗子の家は東京板橋区にある。その板橋には東京と埼玉の間を流れる荒川がある。その荒川土手の近くにバラック建ての家が日陰家である。平屋で敷地は二十坪程度しかない。
貧乏過ぎて暗子は高校など行けるゆとりもなく、中学を卒業してすぐ工場で働きながら定時制高校を出た。やはり日陰家は常に貧乏とは縁が切れなかったようだ。それから十年が過ぎて三つ子達も小学生になると家事を手伝ってくれようになった。母も体調を見ながらパートに出て家計を支えて来た。それは暗子が十五歳の時から始まり二十五歳の今日に至る。
そんな苦労をして来た暗子に、神様は褒美のチケットを当ててくれたのだろうか。
暗子には夢のようなコンサートのチケットが手に入ったのだ。
母は(苦労したのだから遠慮しないで行って来なさい)と言ってくれた。
バラック建てのような小さい家を、暗子はジーパンに上はジャケットを羽織って出かけた。靴だって安物のスニーカーを洗って小奇麗にしただけだ。
とても二十五才の若い娘がコンサートに出かけるような服装ではないが、それでも今日のコンサートを楽しみに暗子はウキウキして家を出たのだ。
暗子だって年頃の娘だ。恋もしたいし青春も楽しみたい。ちょっとはお洒落もしたいし、綺麗な洋服だって欲しい。しかし幼い妹弟達だってヨレヨレの洋服を着ている。母だって辛い思いをして病を押して働いている。
どうして贅沢な事が出来ようか、でも今回はタダで入ったチケットだ。
妹弟達や母に遠慮しないで楽しんでらっしゃいと言われ、後ろ髪をひかれながらも行く事にした。
暗子は生まれて初めての贅沢な日になるだろう。この年まで殆んど化粧もした事がない暗子は百円ショップで買った口紅を付け、それで十分と言い聞かせている。お洒落もしたい、だけど鏡を見ると辛くなるから余り見ない事にしている。一体自分が綺麗なのかどうか判断する前に、着飾るような洋服も持っていないせいかも知れない。本当は友人と行けたら楽しいのに、友人と付き合うにも金が要るため、職場の同僚達との付き合いも控えて淋しい毎日を送って来た。暗子は電車を乗り継いで代々木に着いた。もう沢山の人が来ている。
テレビで見たあの女性シンガーが見られる。まるで夢のようだ。
チケットを入り口で渡し会場の中に入った。そして間もなくライブが始まる。
まだ開演前だというのにファンは待ちきれず周りの人が立ち上がって一緒に唄っている。暗子もつられて一緒に唄った。
いまここには貧乏も金持ちもない。気持ちは高ぶり、今だけは全てを忘れて楽しんだ。彼女が登場した瞬間、会場は騒然となり熱気に包まれた。
コンサートホールはテレビでよく見る有名な女性シンガーソングライターが目の前で観客に手を振る。日本ではトップクラスの人気を誇るだけに会場は大いに盛り上がった。
ホールは一体化して、赤の他人同士がみんな友達のような雰囲気で声援を送った。暗子はこれまで感じた事がない感動に酔いしれ、時間はあっと言う間に過ぎ去っていった。
そして最後の曲を歌い終わり幕は閉じた。暗子は夢のような気分で、その時間を過ごした。
つづく
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