ソードアート・オンライン もう一人の主人公の物語
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SAO編 主人公:マルバ
ありふれた冒険譚◆初めての絶望、そして希望
第十四話 サチ
「サチ、こんなところにいたんだ。みんなが心配してるよ。どうしたの?」
マルバは主街区の外れにある水路で黒いマントに身を包むサチを見つけ、声をかけた。
「マルバ……どうしてこんなとこが分かったの?」
「『索敵』から派生するModに『追跡』っていう応用能力があるんだよ。」
「そっか……。マルバ、ソロで攻略組やってるんだもんね。これくらい分かって当然、かぁ。」
そう言って小さく笑うサチの顔は暗く、かなり思い詰めているのが見てとれる。マルバはそんなサチに対してかける言葉を持たず、必然的に二人の間にはしばらくの沈黙が訪れた。
「……ねえ、マルバ。君は怖くないの?」
沈黙して一分か二分が過ぎ、唐突にサチは尋ねた。
「怖い?……何が?」
「……死ぬのが。……私ね、怖くて最近よく眠れないの。マルバはきっと怖くなんてないんだろうね。あれだけ大きなモンスターが相手なのにすごく冷静だったもん。」
マルバはなんて答えたものか、と一瞬考えてから答えた。
「モンスターと戦うのはもう慣れたよ。でも、死の恐怖に慣れることは一生できそうにない。何度ボス攻略に参加したくないと思ったことか。敵に囲まれて何度絶望したことか。……吹き飛ばされて宙を舞う時、何度HPゲージの残りが0にならないことを祈ったことか。」
マルバは一瞬身震いし、顔を伏せた。代わりに顔を上げたサチはマルバに意外そうな目を向ける。マルバは視界の隅にサチの目を捉え、苦笑して続けた。
「嘘じゃないさ、僕はこの世界では十分に強者だ。それは自覚している。でもいくら数値上で強くなったって、精神的に強くなった気はしないよ。今、前線ではかなりの強者たちが戦っている。『閃光』のアスナ、『黒の剣士』キリト。僕は彼らの戦いを何度も見たけど、とても追いつける気がしないね。『双剣』なんて二つ名はさ、僕の実力の無さを表したようなものなんだよ。臆病だから、それだけ敵から距離を置きたがる。ヒットにヒットを重ねるキリトたちみたいな戦いは僕にはできない。何時まで経ってもヒット・アンド・アウェイさ。後ろに下がれなくなったら僕は死ぬだろうね。」
「……じゃあ、マルバはなんで戦ってるの?それもそんな最前線で。怖いのに戦うのってなんでなの?」
マルバはその質問にしばらく沈黙したあと、おもむろに尋ね返した。
「……ねえ、サチ。なんで人は日記を書くんだと思う?」
「……記録?」
「うん、たぶんそうだろうね。じゃあ、卒業する学校の机に自分のイニシャルを刻み込むのは?訪れた場所の写真を撮る意味は?……全部、記録するためだよね。自分が“ここ”にいたことの証明を、自分がその地を去っても残しておくため。人はいつでも自分がそこにいたという事実を残そうとする。」
マルバはそこで言葉を切ると、サチから二メートルほど離れたところに腰を下ろした。
「人はいつか必ず死ぬ。死んだら、それで全て終わりだ。死んだ後残るのは、その人が行った行為の結果だけ。その人が書いた日記、その人が作ったモノ、その人が残した知識、その人が助けた命、その人が愛した記憶、その人が生んだ子供。人はなんのために生きるかっていう質問に答えがあるとすれば、僕は『この世に自分が生きた痕を残すため』って答えるね。」
サチが顔を上げてマルバのほうを見た。マルバも顔を上げ、正面からサチを見つめる。
「それが、マルバが戦う意味なの?戦うことでマルバは何を遺したいの?」
「わからない。でも、僕はこの世界なら自分が生きた証を残せる気がしたんだ。僕はこの世界で死ぬかもしれない。それでも、僕は自分が生きた証として、この世界のクリアを目指す。」
そこまで言うと、マルバはサチから視線を外して目の前の水面を見た。水面に揺らぐ自分と目が合う。思わず目をそらすと、同じく揺らぐサチの顔が見えた。
「サチは、自分が戦う意味ってなんだと思う?」
「それは……わかんない。……でも、マルバの話を聞いてたら、私にもいつかその意味が見つけられる気がしてきたよ。……私は、自分がこの世界で戦う意味、この世界で生きた意味を見つけるまで死ぬわけにはいかない。見つける前に死んじゃったら、私がここで生きた意味がなかったってことになっちゃうもんね。例えこんな理不尽な世界で死ぬことになったとしても、私はなんの意味もなく死んだりするのなんて嫌だよ。」
ちょっと笑うと、サチは立ち上がって言った。
「ありがとう、マルバ。私、頑張るよ。」
「サチは十分頑張ってるよ。」
「ううん、私はずっと逃げてたんだ。目標を持って戦ってなかった。……ねえ、私にも見つかるよね。この世界に来ちゃった意味、この世界で戦う意味。」
マルバは立ち上がるとサチの視線を正面から受け止めて言った。
「見つかるさ、いつか必ず。さあ、行こうよ。みんなが待ってる。」
そう言うと、マルバは宿屋に向かって歩き出した。その後ろを追いかける小さな足音を聞きながら。
十八日目。
「それじゃ僕は行ってくるね。無茶しないでよ?」
マルバはついに欠けてしまったチャクラムの修復をしてもらいにリズベット武具店までいくことになっていた。また、ケイタはやっと溜まったコルでギルドホームを買うためマルバより少し前に始まりの街の不動産仲介プレイヤーと商談に出発している。そして、残りの四人はギルドホームを購入してほぼカラになってしまったコルを補充するため迷宮区で資金調達を行うことになったのだ。
「教官とリーダーがいないんだから無茶なんてしないよ。昨日レベリングした階よりひとつ下の層の迷宮区でレベリングしてるから。」
「うーん、あそこか。確かにあそこは敵が弱い割にコルも経験値も得やすいけどトラップが多いんだよな……。周りに気をつけて探索するんだよ?」
「了解、了解。」
臨時リーダーのテツオはそういうとみんなを連れて転移門から転移していった。
「僕たちも行くか。」
マルバとユキも転移門を使うと最前線まで転移する。いまだ拠点を持たないリズは常に最前線の層の主街区でハンマーを振るっているのだ。
「久しぶりね、マルバ。素材集めに出かけて以来顔出さないからどうしたかと思ったわよ。」
「あー、悪い。連絡入れればよかったんだけど、最近ちょっと忙しくてね、忘れてた。」
「ふうん、あんたいつも暇そうなのに。何してたの?」
「ちょっと中級者のレクチャーをね、二週間ほど。次のボス攻略って四日後だよね?」
「そうよ。参加するの?」
「うーん、間に合えば参加しようかな。ちょっとレベルが足りなさそうなんだよね……っと。今回はこれ、お願い。」
「うわぁ……なんでこんなに耐久値下がってるのよ。」
リズはマルバが差し出したチャクラムを見て愕然とした。
「いやあ、ここ二週間ずっと武器防御とか盾相手に攻撃とかしてたもんだから減りやすかったのかも。」
そう、マルバの使うチャクラムには特別なインゴットが使われており、尋常ではない耐久値上限を持つためそう簡単にメンテナンスが必要な状況にならないのだ。
リズは大事に使いなさいよ、とぼやきながらチャクラムを横に置くと、マルバに向き直る。
「それで、黒武……だっけ?その強化素材って集まったの?」
「あー……。あれね。忘れてた。ほら、これ。」
トレード画面を出して提示する。
「忘れてたってあんたね……。隠されたスキルが気になるんじゃなかったの?」
「いやー、それはね。ほら。」
マルバは『黒武』が装備されていることを示す画面を表示すると、可視モードにしてリズの方に向けた。リズがそれを覗きこむと、そこには……
「……体術防御スキル!?」
『体術防御スキルボーナス』という表示が『武器防御スキルボーナス』の表示の下に新しく加えられていた。
「うん、そう。体術スキルと武器防御スキル、あとなにかよく分からないんだけどなにかのスキルがそれぞれ熟練度600に達すると習得するエクストラスキルみたいだね。出現条件がまだよく分からないんだけど。」
『体術防御スキル』は、要するに体術で敵の攻撃を防ぐものだ。基本能力もさることながら、硬直状態で突進系の攻撃を受けて吹き飛ばされた際瞬間的に硬直が解除され受け身をとれるようになる『受け身』、高所から落下した際などのダメージを軽減する『衝撃緩和』、刺突属性の武器を掴みとる『白刃取り』等のかなり有用なModがある強力なスキルだ。特にマルバにとって重要なのは『武具防御』というModで、なんと籠手やグローブ等の武具を盾として使えるようになる。つまり、敵の攻撃を籠手で『パーリング』したりできるようになるのだ。籠手に当たり判定があったのはこのスキルのためだったのかもしれない。《盾防御スキル》も新しく訓練しようかな、とも思い始めているところだ。
マルバは既に体術スキルの『武具攻撃』というModを取ってあり、体術で攻撃する時の攻撃力に武具の防御力を加算させたり『武器防御』で弾いたりすることができるため、これでかなり攻撃・防御共にバリエーションが広がることになるだろう。
「あんた……スキルは生命線よ?そんな簡単に他人に教えるもんじゃないでしょ……。」
「いや、リズならいずれバレるからさ。強化してもらわなきゃいけないしね。一応秘密にしておいてよ?」
「分かってるわよ。それじゃ、チャクラムのメンテと黒武の強化ね。強化のパラメータは丈夫さでいいの?」
「うん。丈夫さに二つ。」
「了解。ちょっと待ってて。」
手持ち無沙汰になったマルバは椅子に腰掛け、ユキを膝の上に乗せるとマップで黒猫団の位置を見てみることにした。テツオ率いる彼らは宣言通りわりと慎重に昨日より一階層下の探索を行なっているようだ。T字路を右折すると、そこで一旦立ち止まった。何をしているのかわからないが、全員左側の壁に張り付いているようだ。しばらくすると壁の向こう側に移動したではないか。なんと、隠し扉があったらしい。
マルバは嫌な予感がした。トラップが多い階の隠し扉。内部にはトレジャーボックスがあるのだろう。もし、罠だったとしたら……?最悪の状況を考えてみよう。仮にトレジャーボックスがアラームトラップだったとする。隠し扉の奥は大抵の場合はせいぜい八畳くらいの小さな小部屋の場合が多い。もし敵が湧き出てきたら、まずはアラーム源のトレジャーボックスを破壊し、湧き出てきた敵の処理をするか、逃げ出せばよい。だが、あの階のトラップはマルバでも囲まれたら倒しきるのにかなり時間がかかる程度の強敵が出るのだ。彼らが敵を全滅させるのはかなり無理がある。逃げ出す訓練は散々行ったのだから多分大丈夫だとは思うのだが……
そういった心配をするマルバのマップ画面から、プレイヤーの位置を示す四つの光点が一瞬にして消え失せた。
「……ッ!!!」
息を飲むマルバ。その頭脳が急激に回転速度を上げる。
マップ追跡ができなくなる条件はそう多くない。《全滅》……の可能性は排除していいだろう。盾持ちの前衛が二人いるパーティーが一瞬にして全滅などということがあの階層で起こるとは思えない。《追跡不可能エリア》なんてものはフィールドにしかないはずだ。そうすると、考えられる一番の要因は《結晶アイテム無効化エリアへの侵入》。そして、それが起こったのは隠し扉の奥、つまりおそらくトレジャーボックスの目前。トラップの多い階層。アラームトラップ。月夜の黒猫団を取り囲む敵……!
マルバは瞬間的に立ち上がった。膝から転げ落ちるユキ。
「終わったわよ、マルバ……ってどうしたのそんな顔して!?」
「リズ、悪い、この代金はつけといて!必ず返す!緊急事態だ!!」
リズの手から籠手とチャクラムをひったくると、「ユキ!走るよ!」と一言叫び、転移門に向かって必死のダッシュ。転げ落ちて不機嫌そうなユキは、しかし、主人の顔をひと目見るやただごとではないことを察したらしく同じく全力で並走する。
「間に合ってくれ……!!」
後書き
なんかわかりにくい説明ですみません。
今回は前半が『マルバが戦う意味』、後半が次回の話に続くつなぎとなっています。
新たな設定、《体術防御スキル》が出てきました。籠手が生きますね。
これから先、マルバくんには75層のボスの攻撃を一度くらいは受けてもらったりしなければならないため、ちょっと強力な防御手段を準備しておきました。チートな能力ではないですし、原作にあるような感じのスキルにできたと思います。
《体術防御スキル》についての裏設定です。
《体術》、《武器防御》、そして《何らかのスキル》がそれぞれ熟練度300が出現条件ではないか、とマルバは考えていますが、じつはそうではありません。《体術》のModである『武具攻撃』を取得することが第一条件で、他に《武器防御》が熟練度300に達する必要があります。
スキルの基本能力は『基本防御力にボーナス』、『体術を敵の攻撃にぶつけた際に受けるダメージを軽減する』の二つです。基本能力はそんなに大したことないです。
前回のあとがきに書いた件ですが、一応シリカを急速にレベルアップさせてなんとかすることにしようと思います。ちょっと無理なことになった場合代替案をまた考えなければなりませんが、とりあえずこの方向で頑張ってみます。またなにかいい案があれば感想板までお願いします。
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