野獣
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2部分:第二章
第二章
「実はこのムングワは二十世紀前半に既に目撃例がありまして」
「わりかし古いのですね」
「我が国が建国される前ですけれどね」
彼はここで少し哀しそうに微笑んだ。当時アフリカの殆どの国はイギリスやフランスの植民地であったのだ。
「すいません、それを忘れていました」
僕はそれを聞いて慌てて謝罪した。
「いいですよ、今はこうして独立していますから」
彼は普通のやさしい笑顔になってそれを手で制した。
「で、ムングワですが」
彼は表情を真摯なものに戻した。
「この生物が発見されたのはタンザニアにおいてでした」
「タンザニアで、ですか」
「はい」
タンザニアはアフリカ東海岸に位置する国である。この国からはかなり離れている。気候も風土も異なっている。
「そこで度々謎のネコ科の生物に人や家畜が襲われ殺される事件が起こりまして。それの犯人ではないかと言われていた未確認生物なのです」
「それは聞いています」
僕はそれを学生の頃聞いた。そしてこの生物が再びアフリカに現われたと聞いてこの国へやって来たのだ。
「ある夜の犠牲者がそのムングワの毛を持っていたのですが」
「ここでの事件と同じように」
「はい」
彼の表情が暗くなった。
「それからこの生物のことが語られるようになったのです。謎のネコ科の動物として」
「アフリカには多いですね、岩のライオンとか水のライオンとか」
「よくご存知ですね」
彼はそれを聞いて目を大きく見開いた。岩のライオンはアフリカの高く連なる山の上に棲むといわれる未知の種のライオンである。水のライオンはより不思議な種でサーベルタイガーに酷似した姿を持ちカバを追い回し殺すらしい。その本当のことはまだよくわかってはいない。
「確かにアフリカにはそうした未知の動物がまだ大勢おります」
彼は言った。
「ですがこのムングワは違うと私は思うのです」
「何故ですか」
「あまりにも行動が不自然なのです」
彼は懐疑的な表情で答えた。
「何故かこの生物は人や家畜を食わないのです。いつもズタズタに引き裂いているだけです」
「そういえばそうですね」
そのことは僕も以前より不思議に思っていた。
「それに長い間姿を見せませんでしたし。そのうえにタンザニアの話ですよ、遠いタンザニアでの」
彼はそれをやや強調して言った。
「我が国とは気候や風土が異なるのです。しかもあれだけ離れているのに」
東海岸から西海岸へ行くには相当な労力が必要である。ネコ科の生物としては考えられない移動距離である。
「私はこのムングワが巷で言われているようなネコ科の生物だとは思えないのです」
彼は強弁した。
「では何だとお考えですか!?」
僕はあらためて問うた。
「ネコ科の生物でないとしたら」
「はい」
彼は落ち着きを取り戻して話を再開した。
「これも以前から言われていることですが」
彼は再び口を開いた。
「何かしらの怪しげな秘密結社ではないかと考えます」
「宗教的な、ですか」
はい」
彼は答えた。
「殺し方もそう感じさせるものがあります。ズタズタに切り裂くのはどちらかというと人間です」
ライオンや虎はまず爪と前脚で獲物を張り倒しそれから牙をメインで使う。彼等の最大の武器はその牙と顎の力なのである。
「しかも五体満足である死体が多いですし」
顎で引き千切る為であろうか。ライオンや虎に襲われた場合首や腕が引き千切られる場合が多い。
「それに爪の跡も異様に鋭いのです。到底獣のそれではないように」
「何かおかしなことだらけですね」
「爪は獣の跡らしきものもありますがね」
「複数あるということですか!?」
僕はそれを聞いてハッとした。
「ええ、まあ」
彼もそのことに今気付いたようだ。
「そういうことになりますね」
彼は答えた。
「最初は牙によるものと考えていたのですが」
「そこから唾液のあとは見つかりましたか!?」
「それは・・・・・・」
彼は口ごもった。
「そこまでの詳しいことは警察になりますね。私ではわかりかねます」
「そうですか」
博物館での話はそこまでだった。僕はそこをあとにすることにした。
「お役に立てなくて申し訳ありません」
その館員は出口で僕に対して言った。
「いえ、そんなことはありません」
僕は彼を慰めるように言った。だがこれは本心であった。
「またこちらにお伺いすることもあるでしょうし。その時はまたお願いします」
「はい」
こうして僕は博物館を後にした。そして警察病院に向かった。
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