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剣の丘に花は咲く 

作者:5朗
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第十六章 ド・オルニエールの安穏
  第三話 何時か宿るあなたとの―――

 
前書き
 ちょっと短いです。

 m(__)m 

 
「―――ようこそいらしてくださいました。救国の英雄を迎えるには貧相な場所ですが、どうかご容赦願います」

 アニエスに先導され、王宮に着くなり直ぐさまアンリエッタの執務室へ通された士郎たちを出迎えたのは、この王宮の主である女王陛下その人であった。
 椅子から立ち上がったアニエスは、執務室に入ってきた士郎たちを部屋の中央に設けられた机へと自ら案内をする。執務室にはいった凛は、珍しそうに周囲を見渡していたが、一国の王の部屋であるのに全くと言っていいほど何も置かれていないことに不思議に思い首を傾げていると、アンリエッタに恥ずかしそうな声で話しかけられた。

「以前財政が苦しい時に家具の類は全て売り払ってしまって……最低限必要な物しか置いておらず、御目汚ししてしまいすみません」
「いいえ。そんな事はありませんわ。これはこれで落ち着いた雰囲気があり良いものです」

 穏やかな笑みを浮かべる凛の姿に、ルイズは目の前に野獣が子猫に変わった瞬間を見た人のように目を驚きに丸くした。
 ルイズが呆然としている間にも、アンリエッタは小姓を呼び、ワインや料理を運ばせてくる。事前に準備していたのか、直ぐに運ばれてきた料理やワインが机に並んでいく。
 全ての料理が並べられたのか、小姓が頭を下げ部屋から出て行った。
 閉まるドアを確認した凛が、ルイズと士郎を見た後アンリエッタに顔を向けた。
 
「しかし、この席に私がいてよろしかったのですか? 士郎やミス・ヴァリエールと違い、私はこのような席に呼ばれるような覚えはないのですが」

 上品に微笑みながら首を傾げる凛の姿にルイズは背筋が寒くなった。
 凛に『ミス・ヴァリエール』と呼ばれた時など、全身に鳥肌が立ったほどだ。
 気味悪そうに凛を横目で見ていると、くすくすとした笑みが聞こえ声の聞こえた方へと顔を向けると、そこにはアンリエッタが口元を押さえながら笑っていた。

「ミス・トオサカ。わたくしはあなたの事を全てとはいいませんが、ある程度は知っております。ですので、そのような話し方は必要ありません。どうか気軽に話されてください」
「―――そっか、ま、そうよね。士郎と親しいって事は、そういう可能性もあったわけだし……しかし、本当にとんでもない男ね……」

 くすくすと笑うアンリエッタの姿に、被っていた猫を剥がした凛が、乱暴に頭を掻きながら席を挟んで向かいに座る士郎を睨みつけた。
 どういう事か分からず困惑するルイズをそのままに、凛は猫を脱ぎ、鞘から抜き放った日本刀の如き鋭い視線でアンリエッタに目を向けた。

「それで、話って何かしら? わざわざ書状に私の名前を入れたって事は、私に用があるのかしら?」
「用……というほどの事はありません。あなたに関してはただ一度会っておきたいと思っていただけです。それよりも、まずは食事にしましょう。折角の料理が冷めてしまいますから」

 ぱんっと手を叩くアンリエッタを合図に、士郎たちは目の前に並べられた料理へと手を伸ばし始めた。





 一同が料理とワインを一通り楽しんだのを確認したアンリエッタは、手に持ったワイングラスをテーブルに置くとゆっくりと士郎たちを見回した。
 その顔には先程まで浮かんでいた笑みの姿は何処にも見当たらない。
 部屋の空気が明らかに変わるのを感じた士郎たちは、気を引き締めアンリエッタへと顔を向けた。

「ルイズ、そしてシロウさん。一つ、あなた方にお願いしたい事があります」
「お願いしたいこととは?」

 姿勢を正した士郎が問うと、アンリエッタは小さく頷くと口を開いた。

「新ガリア王―――シャルロット女王陛下との交渉官を引き受けて欲しいのです」
「っ―――はい。よろこんでお受けします」
「ルイズが了承するなら、俺も断ることはないが」
「良かった」

 一瞬驚きで空白の時間が生まれたが、直ぐに了承の意を示してくれた士郎たちに、アンリエッタは安堵の息を吐いて笑顔を見せた。

「助かりました。実は、断られたらどうしようかと心配していたんです」
「姫さまの願いを断るなんて。そんなことありえません」

 わたわたと手を振るルイズに笑顔を向けていたアンリエッタは、胸に手を当てると、二、三度深呼吸し士郎に向き直った。

「とはいいましても、初のお仕事は、ガリアで行われる即位記念園遊会の席となるのでまだ暫くは暇となるのですが……しかし、シロウさんが外交官になるにつれ問題が一つあります」
「問題、ですか?」
「はい。ルイズは兎も角、シロウさんは一国の大使としては、お名前が短すぎるのです」
「名前、ですか?」
「―――へぇ」

 アンリエッタの言葉に、最初に反応したのは貴族であるルイズではなく凛であった。凛の何かに気付いたような声に、その場にいる者たちの視線が向けられる。腕を組み、集まった視線を受け止めた凛は、ジロリと隣に座る士郎に目をやった。

「つまり、アンリエッタ陛下は士郎に領地を与えたいということ」
「はい」
「っええええええええ!!?」

 凛の言葉に軽い調子で頷いてみせたアンリエッタに、ルイズが淑女らしくない驚愕の声を上げ椅子から立ち上がった。その衝撃でテーブルの上のワイングラスが倒れかけるが、咄嗟に士郎が横から手を伸ばしそれを受け止めた。しかし、ルイズはそんな様子に気づかずテーブルに乗り上がる勢いでアンリエッタに詰め寄っていく。

「ひ、姫さま、それって本当ですか?」
「ええ。トリスタニアの西に、三十アルパン程度の狭い土地ですが、ド・オルニエールと呼ばれるそこをシロウさんに与えたいと」
「それはさ―――」
「―――ええ、喜んで」

 領地を与えると言われた士郎が、流石にそれはと思い断ろうと声を上げようとするが、にこやかに笑う凛がそれを遮った。余りにも見事に言葉を遮られた士郎が、思わず非難の目を向けるが、

「―――ッ」
「…………」

 刃の如き眼光に睨み付けられ、抗議の声は上がることなく消えていった。
 隣りで始まった一瞬の無言の戦いに気付くことなく、ルイズはテーブルに手を着き中腰で立ち上がった姿勢のまま固まっていた。その頭では、突然の事態を把握するため物凄い勢いで思考が巡っていた。
 確かに、有り得ない話ではなかった。今回の戦いの功労として、水精霊騎士隊の全員がシュヴァリエとなり、自分とティファニアには司祭の地位が与えられた。なのに、一番活躍した士郎には何もなかった。その時は、後で何らかの褒美が与えられるのだろうとは考えていたが……。
 その褒美が領地―――つまり、士郎は領主となるということ。
 だんだんと思考がまとまって落ち着きを取り戻してきたルイズが、平常心を取り戻そうと深呼吸しながら椅子に腰掛けるのだが、

「本当はシロウさんには最低でも男爵の位もつけようとしたのですが―――」
「―――ッ男爵うううぅぅぅぅぅっ!!?」

 直ぐにまたも椅子から飛び上がるように立ち上がる羽目となった。
 ルイズの膝裏に押し出され後ろに飛んでいこうとする椅子を、士郎が手を伸ばし受け止める。

「―――ですが、それは流石にいらぬ嫉妬を買ってしまうと思い自重しました。ルイズは驚いているようですが、本当ならば、それでも足りない程の貢献をシロウさんはされているのですよ。とはいえ、ド・オルニエールは良い土地です。三十アルパンと狭いですが、実入りは一万二千エキューにはなると思います。山に面した土地には葡萄畑もありますし、資料によればワインが年に百樽は取れると」
「ええ。全くと問題はありません。ねぇ士郎」
「いや、り―――」
「ちょっと何であな―――」

 絶対断るなよ!!
 断った分かってるだろうなア゛ア゛ァ゛ンッ!!
 とでも言いそうな視線で士郎を(アンリエッタに気付かれない絶妙な角度で)睨みつけてくる凛に、士郎はガクリと倒れこむ勢いで頭を下げた。
 ルイズもその視線に気付き言いかけた言葉を喉の奥にしまった。

「ハイ。トテモアリガタイデス」
「でも、シロウに領地の経営なんて出来るのでしょうか……?」

 真っ白になった姿で俯いている士郎を見下ろしたルイズが、心配気な声を上げる。
 確かに三十アルパン(十キロ四方)の土地は領地としては狭いが、それでも領地は領地である。世の中には領地の経営を代官に全て任せ、領主はトリスタニアに居座って宮廷政治に夢中になっている貴族はそれこそ星の数ほどいる。しかし、責任感が強い士郎が、そうそう簡単に代官に全てを任せるとは思えない。最終的には代官に任せるようになるかもしれないが、そうなるまでに色々と頑張りすぎるような気がする。
 ただでさえ戦争続きで、これからもまだ何かありそうな現状、そんな事に気を使っていれば倒れてしまうかもしれない。
 でも、折角の姫さまのご好意を蔑ろにはできない。
 ルイズの思考が再度ぐるぐると回り始め出そうとする、と―――。

「別に一人で全部しなくちゃいけないわけでもないでしょ」
「あなた……」

 ルイズの耳に凛の気遣わしげな声が届く。
 はっとルイズが顔を上げると、ワインをくゆらせながら、凛が微笑みかけてきた。

「領地経営はしたことないけど、管理ならお手の物よ。三十アルパンだっけ、精々十キロ四方の土地程度、遠坂家が管理していた土地に比べれば大したことはないわ。そんなに心配しなくても大丈夫よ」
「……全く、大した自信家ね」

 不満気に、しかし何処か頼りにしているような、そんな微妙な顔でルイズが呟く。
 話がまとまるのを感じたアンリエッタは、満面の笑みを浮かべると手をぽんと叩いた。

「それでは、書類は後で届けますので、食事を再開しましょう」

 
 
 
 
 食事が再開されると、やはり女が三人もいるからか、話題が尽きる事なく、話をつまみにと短時間でワインがいくつも空になっていく。パーティーや歓迎等で会食が多いアンリエッタは、何時もは程々で飲むのを止めるのだが、今日は何故か手を止める事なく飲み続けていた。ワインが五本を越え、六本目に突入し、流石にそろそろ止めようかと士郎が声を上げようとした時であった。
 アルコールが回り、頬を赤く染めたアンリエッタが、しかしアルコールによる淀みがない目で凛を見つめながら呟くように声をかけたのは。

「ミス・トオサカ―――いえ、リンさんとお呼びしてもいいでしょうか」
「ええ、勿論いいわ。じゃあ、わたしもルイズのように姫さまと呼んだ方がいいかしら?」
「ちょっと」

 何処かおどけた調子で凛が笑うと、ルイズが非難の目を向けてくる。しかし、当の本人であるアンリエッタは口元に好意的な笑みを浮かべた。

「好きな呼び方で構いませんわ」
「―――ええ、わかったわ。それで、何かしら? どうもさっきから私に何か聞きたそうだけど」

 テーブルに肘をつき、頬杖をつく凛に、ルイズの目がますます険しくなる。しかし凛は全く気にした様子を見せることなく、一人で二本以上ワインを空けたにも関わらず澱んでいない目でアンリエッタ見つめた。
 アンリエッタは酔いを覚ますためか、氷が浮かぶ水差しからコップに水を注ぐと、それをゆっくりと飲み干した。

「……ふぅ……やはり、気付いておいででしたか……」
「あれだけ見られたらね。でも、私と姫さまは今日が初対面の筈だけど、そんな私に何が聞きたいのかしら?」

 笑いながら、しかし目だけは決して笑っていない凛の様子に気付いたのか、アンリエッタに対する言葉遣いを改させようとしたルイズの動きが止まった。

「一人の女として。先達に教えを乞いたいのです」
「へぇ……教え、ねぇ……」

 凛は面白そうに口元を歪める。
 アンリエッタは手慰みに揺らしていた空のコップをテーブルに置いた。

「……、っ……あなたは、目的のためならば手段を……選ぶような事はしないのでしょうか?」
「姫さま?」

 俯いたまま、逡巡するように途切れ途切れに言葉を続けるアンリエッタの様子に、ルイズが心配気に声をかける。
 ルイズの不安に満ちた声に、顔を上げたアンリエッタは、安心させるよに小さく微笑んだ。
 それはとても儚い笑みであったが。

「それがどういった目的かによって違うわね」

 周囲に心配を他所に、凛は空いたグラスにワインを注ぎながらアンリエッタの質問に応えた。

「叶わなくても問題がない目的もあれば、達成できなければ、生きていられないものもある……あなたがいう目的はどちらの方かしら?」
「……自身の命と同等以上と考えてもらっても構いません」

 ぐっと膝の上で手を握り締めたアンリエッタが、真剣な目で凛を見つめる。
 凛はアンリエッタに視線を向ける事なく、注ぎ終えたワインに満たされたグラスに視線を落としていた。

「そう―――なら、私は手段を選ばないでしょうね」
「……そうですか」

 顔を伏せ、気落ちした雰囲気を漂わせるアンリエッタに、凛はワインを注いだグラスを空にすると、「でも―――」と言葉を続けた。

「そうね。その手段によっては、何処かの誰かが横槍を入れるかもしれないわね」
「え?」

 戸惑いに目を瞬かせながら顔を上げたアンリエッタに、凛は悪戯っぽく笑うと、チラリと先程からはらはらとした表情を見せている“誰かさん”に視線をやった。

「何処かの誰かさんは、自分を犠牲にする方法を取るのを心底嫌うから。自分の事は棚に上げてね」

 肩を竦める凛に、アンリエッタは数秒ほど呆然とした後、くすっと笑い声を上げた。

「そう―――ですね。確かに、その通りですね」
「そうよ。全く困ったことにね」

 くすくすと突然笑い出した凛とアンリエッタの姿に、蚊帳の外に放り出されたような士郎が戸惑いながら視線をうろうろとさせていると、何故かじと~と非難の目を向けてくるルイズと視線があい、逃げるように俯くことになった。
 
「―――それでは、その“誰かさん”に嫌われないようにするためには、どんな方法を取ればよいのでしょうか?」
「そうねぇ……」

 笑いを収めたアンリエッタが、目尻に滲んだ涙を指先で拭いながら問いかけると、凛は口元に手を当て天井を見上げた。

「―――具体的な答えじゃないけど、いいかしら?」
「はい。構いません」

 貴重な教えを請う真面目な生徒のように姿勢を正すアンリエッタの姿に、凛は微笑ましげな笑みを浮かべると大げさな仕草で腕を組み、勿体ぶるように咳払いをした。

「ごほん―――それでは教えましょう。どこぞの“誰かさん”に嫌われないで、手段を選んでいられないような目的を達成する手段とは―――」
「「その手段とは―――」」

 何時の間にかアンリエッタだけでなくルイズも姿勢を正して見つめてくる中、凛は重々しい表情と口調でその方法を口にして―――。



「―――その手段で、自分(・・)も幸せになることよ」



 ―――悪戯っぽく笑った。




















 明かりが落とされた執務室を、月光が照らし出す。
 晩餐の残り香が未だ残る部屋の中、月の光が差し込む窓際に立つアンリエッタが、窓を大きく開いた。夜の冷えた風が入り込み、執務室に残っていた晩餐会の残り香を流していく。風に揺れる髪を押さえながら、アンリエッタは目を細める。
 アルコールで火照った身体が、夜風に冷やされ内に篭った熱が口から溢れた。
 窓辺に手を置き夜空を見上げる。
 茫洋とした目に、映る世界。
 遠く、近く、朧に、眩く輝く光。
 雲一つない空には、星と月の光で眩い程で。
 遥か遠い空に輝くそれが、まるで間近に感じる。
 思わず、手を伸ばした。
 指先に、触れるものはない。
 目の前にあるのに、掴めそうなのに、手を伸ばしても、届かない。
 ゆっくりと、戻される手。
 何も掴めず、何も触れられなかった手を、抱きしめる。

 
 ―――結婚なさい。アンリエッタ


 母の言葉が、蘇る。
 晩餐会が始まる前、母とマザリーニの二人が、連れ立ってやってきた。

 
 ―――あなたは世継ぎをもうけなくてはなりませぬ


 二人は、結婚しろと、世継ぎをもうけろと言ってきた。
 理屈はわかる。
 それが、正しいこともわかっている。
 護衛一人を連れ、ガリアに交渉に赴くなど、普通は考えられない。
 殺されたとしても、全く不思議ではない。
 世継ぎもなく、死んでしまえば、継承権を持つ貴族の壮絶な争いが起きるだろう。
 それを防ぐ意味でも、必要なことだ。
 王族として、次に繋ぐための子供(世継ぎ)をつくることは、全くもって正しい。
 そして―――。

 
 ―――敵をお味方にすることから始めるべきです


 貴族の間で、自分の評価が悪いのは知っていた。
 あまりにも、前例のないことをやりすぎた。
 自ら敵国に乗り込むこともそうだが、近衛隊に平民を多数登用したこともそうだ。
 理由はある。
 信用できる貴族(メイジ)があまりにも少ないからだ。
 だからといって、貴族をないがしろにする理由にはならない。
 いずれ不満が限界に達すれば、中立だった者が敵になってしまう。
 そうなれば、どうなる?
 下手をすれば、トリステイン人同士の争いが起きてしまう。
 だから、国内の貴族たちの不満を抑えるために、彼らの一人と結婚しなければならない……それも、ちゃんと、わかっている。 
 

 ―――王の仕事とは、つきつめればどこに何を分配するのか最終的に決定するということ


 その分配されるものには、自分も含まれていることも、わかってはいる―――いるのだ……。
 わたくしは、あの人の力になりたい。
 隣りに立って、共に戦う力はない。
 なら、王として、彼の力になればいい。
 彼の力になる。
 だから、その目的のためならば、どんな手段でも……。
 だけど―――

 
 ―――誓おう。俺の全てを持ってして、必ずあなたを守ることを


 何もかもに目を背け、誤りだと知りながら全てから閉ざしてわたくしを、ただ泣いているからと手を差し伸べてくれた人。
 もし、望まぬ結婚をすれば、笑えるのだろうか……。
 王座から逃げたくなれば、その力になるとも誓ってくれた彼の前で、わたくしは笑えるのだろうか……。
 ―――笑える筈がない。
 彼ではなくてはいけない。
 彼じゃなくては嫌なのだ。
 愛を囁かれることも。
 躰に触れられることも。
 何もかも、あの人じゃなければ嫌だ。
 でも、王なのだ。
 始まりはただ流された結果だが、自分で選んだ道だ。
 耐えなければ、ならない。
 そう、思っていたのに……。
 
 
 ―――どこぞの“誰かさん”に嫌われないで、手段を選んでいられないような目的を達成する手段とは


 知っていた。
 わたくしは、彼女を知っていた。
 時折見る夢。
 その中に、彼女はいた。
 彼と共にいる彼女の姿を。
 どのような困難を前にしても、目を背けず胸を張り対峙する。
 あの人が、憧れをもって見る彼女。
 だから、聞いてみたかった。
 彼女なら、どうするのだろう、と。
 だから問いてみた。
 その問いに対する彼女の答えは、 
 

 ―――その手段で、自分(・・)も幸せになることよ










「……まったく、簡単に言ってくれます」



 文句を言いながらも、口元が綻ぶのが止められない。
 胸にかき抱いた手がゆっくりと身体をなぞり下へと進む。
 下腹部に置かれた手。
 その下には、何時か命が宿るだろう。
 自分と、そして―――。



「―――でも、あなたが言ったんですよ」



 笑みが、深まる。
 それは、無邪気でありながら



「だから―――」



 何処か妖しい



「―――悪く思わないでくださいね」
 
 
 
 淫靡な笑みであった。


 
 
 

 
後書き
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